【覇道】

 

<Act.4 『実技試験』  第6話 『2年の頂上試合』>

 

 

 

 

 

「そういえば美凪。香里の相手って誰なんだ?」

 

Fコートへと向かいながら美凪へと話しかける

まだ他の試合場では試合が続いているようで、歓声等が時たま聞こえてくる

折原と北川の試合は見所は十分だったが、時間としては短かった

他のコートももうしばらくすれば決着はついてくるだろう

 

「……美坂さんの相手は2年D組、久瀬 まことさんです」

「げっ」

 

思わず、美凪の口から出た“久瀬”という言葉に声がこぼれた

とにかく俺は久瀬という言葉にいい記憶がない

あの憎たらしいムカツク一族、という印象が刷り込まれている

 

「……祐。久瀬 誠さんは祐が出会った久瀬 竜一さんの弟さんですが、性格は真逆です」

「……となると、いい奴、ってことか?」

「……はい。北川さんとも仲がいいですよ」

 

美凪の補足説明に思わず「へぇ」と声がこぼれた

北川とも仲がいい、というのならば性格は悪くないのだろう

ダメな兄を手本としてちゃんと育ったのだろうか?

少しだけ沈んだ気持ちを取り直していると目的のFコートが見えてくる

 

「……久瀬さんは久瀬家のやり方を快く思っていないようです。ですので久瀬家の中でも特異の目で見られている節があります」

「……つまり、あの兄貴の方が久瀬家っぽい、てことか?」

「……そうなります」

 

久瀬家

確かこのカノン街の領主を務めている一族だ

北川の話では兄貴の久瀬 竜一は性格を除けばパーフェクトな人物、って評価だったっけ

つまり領主を行うだけの才能がある人物が多いのだろう

その中でも今の久瀬家のやり方に気に入らない、という久瀬 誠

どのような人物なのか期待が高まる

 

「お。ちょうど始まるところみたいだな」

 

見物人はボチボチだが、コートの中で対峙する香里の姿があった

白いローブを羽織ったその姿は以前同様、魔法使いを連想させる

対する黒髪の人物

学生服に手には刃を潰された片手剣を手にしている

至ってノーマルな格好のこいつが――久瀬 誠

 

「両者構え――――始めっ!」

 

教師の合図で場に緊張が張り詰めて行く

どちらも動かないかと思えば逆だった

互いに開始の合図と同時に動き出している

久瀬は香里に向かい疾走

香里は魔力を掌に集め迎撃体勢を

スピード勝負からこの試合は始まった

 

「――“迸る炎蛇の牙ガルグロ・スネーイァ”」

 

落ち着いて魔法を唱える香里

下級とはいえ無詠唱で魔法を発動する辺りに香里の魔法使い能力の高さを感じる

香里の掌から落ちた炎の雫は蛇の形を模して久瀬に向かい走って行く

威力は低いが、あれだけの数の蛇を地面に巻かれては対処は難しい

さてどうするか――――

 

「ッフ!」

 

見物と思っていると、驚くことに久瀬は剣を目前の地面に向けて投擲

そのあまりもの判断の早さに俺は驚いた

自らの武器を簡単に投げるなんて……

俺の驚きの合間に久瀬は地面を蹴り、剣の柄に飛び乗った

そして左手には魔力の光

 

「――“氷竜より落ちし氷牙アイグロス・ファング”ッ!

 

左手を一振りして三つの氷の槍を香里に向けて放つ

同時に三本精製するとは、こちらも侮れない魔法の資質だ

さすがは久瀬一族、って感じかな……

香里は迫り来る氷の槍に対して手に持つ杖を翳した

 

「“駆け上がれ炎馬ギャロップ・ファイア”ッ!」

 

すると香里の足元より炎の塊が跳び出す

それは炎の馬を模り、迫り来る氷の槍へとその身を突っ込ませた

燃え盛る炎と氷の塊がぶつかり合い、瞬時に白い蒸気が吹き上げる

その灼熱の蒸気へと久瀬は柄を蹴って飛び込んだ

 

「っく!」

 

飛び込んだ久瀬は香里に向かっていた

それに対して香里は杖を薙ぐが、久瀬はその杖を掴みその場に着地した

打撃を止められたことで香里は苦い表情を浮かべる

 

「フンッ!」

 

久瀬が右手を振り払う

香里との距離はあるため攻撃、とかではない

魔力を纏っている様子もないため魔法でもない

なら何か?

それは蒸気の中より飛び出した影――片手剣が正体だった

 

「“吹き抜ける爆風バクドゥ・デミーヤ”ッ!」

 

香里は左手を剣に向けて翳し、詞を一つ

瞬間、火種が左手先で光ったと思えば急速な爆音と爆風が吹き荒れる

炎魔法にして爆発のみを引き起こし、爆風を生み出すことを目的として変な魔法だ

爆風によって飛んできた剣はその勢いが落ち、香里が避けるだけの時間を与えてくれた

爆煙に呑まれる久瀬

香里は弧を描くように横手へと駆け抜け、手に炎を生み出す

 

「“飛来する火矢フリッティル・ファイア”ッ!」

 

一つの詞で掌から連続して炎の槍が放たれて行く

爆煙の中へと入って行く炎の槍

衝突する爆炎の音だけが聞こえてくる

久瀬はどうなっているのか

その様子がわからないまま香里は炎の槍を5本、撃ち込んだ

 

「っ!」

 

香里が足を止め、様子を見ようと距離をとった時だった

爆煙の中より人影が飛び出す

それは剣を構えた久瀬の姿

そして足元には氷を張り、久瀬はその上を滑っていた

体勢を崩さずに近づいてくる久瀬の登場に香里は驚くが、すぐ思考を切り替え炎を生み出す

 

「――“立ち上がる炎神の防掌フリート・ファイア”」

 

冷静な判断だ

香里は迫り来る久瀬に対して2mを超える炎の壁を横5mに渡って展開

跳ぶにしても相当の高さが必要とされ、突き抜けるには炎の壁は厚い

だが、久瀬は進行を止めずそのまま炎の壁に突き進む

氷でブチ破るつもり――っ!

久瀬の滑る氷の板が炎の壁を前にしてなだらかに上がって行く

なるほど! 氷そのものの向きを変えることで炎の壁を超えるつもりか!

こちらも素晴らしい判断に俺は驚くが、何よりもあの薄い氷を割れないように精製し続けることが凄い

最後は跳び上がって炎の壁を超えると――いや、久瀬は炎の壁を前に高らかに跳び上がっただけだった

炎の壁を超えようとはせず、剣の切っ先を真っ直ぐに差し出す

 

「降り注げ――“落下する氷柱群アイス・フォール

 

香里の頭上に展開されたのは腕程の大きさの氷の矢

そう、まさに氷柱のような姿をした氷は無数に出現し、香里に向かい落下する

自らの逃げ場を炎の壁によって減らしており、落ちてくる氷柱に香里が気づいているかもわからない

熱さ、轟音、視界

その3つを自らの炎の壁に奪われた香里

あの氷柱をかわすことが出来るのか

そう思った時、何かに気づいたように久瀬は慌てて剣を振り被る

久瀬が睨む先は炎の壁の根元

 

「さすがだ美坂っ!!」

 

久瀬が吼える

瞬間、炎の壁より飛び出した香里の姿があった

防御壁でも展開して通り抜けたというのか

香里は拳を作り、落下してくる久瀬を捉えている

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

香里は叫び、右拳打に炎が灯る

あれは、魔法と格闘技の合わせ技――エクストリーム

繰り出す炎の拳打に対して久瀬は剣を振り下ろす

 

――“爆拳ばくけん――

 

剣が拳を捉えるよりも早く、香里の右拳打が爆発する

飛び散る炎と爆風によって久瀬は後方へと吹き飛ばされ、中空を飛ぶ

そんな中、香里の左掌が開かれ、中より炎の球が現れた

 

「――“炎神の怒りの涙ファイア・ボール”ッッ!

 

放たれる火球

それは進む度に徐々に大きさを増し、2mへと達する

巨大な火の玉を前に中空を吹き飛ぶ久瀬はなす術は――ない

無駄とは知りつつも横に薙いだ剣閃が久瀬の最後の抵抗だった

 

ドォォォォォォ――――

 

花火のような爆音が鳴る

吹き上がる爆煙の中、久瀬は地面に無防備のまま落下した

そして香里の動きも止まり、静寂がコートに訪れる

 

「……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

静かになるからこそ、聞こえる香里の荒い息遣い

さすがに下級や中級魔法を詠唱なしであれだけ展開させていたのだ

中々に高度な魔法バトルだったと言える

その代償はしっかりと香里も、そして久瀬も受け取っているのだろう

 

「……そこまで!」

 

その一言でようやく、香里は緊張感から解放された

瞳を閉じ、静かにガッツポーズを決める

周囲のことなど気にしていない

久瀬に勝利出来たその喜びを押さえきれないようだった

 

「……美坂さんは学年次席なんです。対する久瀬さんは学年主席。互いに認め合うライバルなんです」

「……ライバル、か」

 

俺が不思議そうな顔をしていたのか、美凪は説明してくれた

なるほど。学年でもトップクラスの闘いだったわけだ

そりゃ、ハイレベルな闘いにもなる、ってもんだな

しかも属性的にも対極に位置する者同士

刺激があって互いに互いを高め合う、ってわけか

香里の嬉しそうな笑みと、治療されている久瀬の悔しそうな表情の理由に合点が行く

 

「……さて、祐。次は祐の試合ですので少し――――」

「ふははははっ!!」

 

美凪が何かを言い掛けた時、背後からバカの笑い声が聞こえてきた

俺は嫌な予感を感じてすぐに振り返ると、なぜか斉藤の肩の上に乗る折原がそこにいた

群集から頭だけではなく、体も飛び出ているため一目でわかる

 

「相沢 祐一! 俺は貴様を決闘の舞台へ招くために参上した!」

 

俺に指を指すため、周囲の視線が俺に集まる

……はぁ、サイアク

俺は頭を抱えて溜め息をこぼすが、折原の話は容赦なく続く

 

「さぁ、来るがよい! 瞬速の姫君がおまえを待ち望んでい――る゛!?」

 

折原の台詞は最後でコケた

後頭部に何か当たったようで、その衝撃で前のめりに倒れる

もちろん、最初からふらつきながら支えていた斉藤もバランスを崩している

盛大に倒れるかと思えば、折原は斉藤の肩から跳び上がり、無事に着地を決めてみせた

……後ろで斉藤は倒れているが

 

「イテテ……誰だよ、俺に――……」

 

折原が振り返ると、そこには冷たい笑顔を湛える星崎先生の姿があった

凄く、笑顔だ……鬼気迫るものを感じはするが……

折原もそれを感じ取っているからこそ、言葉を失って立ち尽くしているんだろう

 

「お〜り〜は〜ら〜く〜ん。ちょぉ〜っと調子にのりすぎているんじゃないかしらぁ〜?」

「斉藤! 作戦HSだ!」

「マジか!!」

 

妙に間延びして喋る星崎先生はより恐怖を助長させる

だが、折原は怯まずに声を発する

それに機敏に反応したのは無様に倒れていた斉藤だった

斉藤は瞬時に起き上がると、なんと星崎先生を後ろから羽交い絞めにした

 

「え? え? ちょ、ちょっと――」

「皆! 俺に力を分けてくれ! 責任は俺が持つから星崎先生を押さえ込んでくれぃ!」

 

突然のことに戸惑う星崎先生

その間に折原は周囲にいる生徒に謎の呼びかけを行う

意味不明の状態に皆、呆然として反応のしようがなかった

 

「つまり――俺の責任で星崎先生に触り放題なんだよ!」

「お、おおおおぉぉぉぉぉぉ――――」

 

折原のバカな発言につられたのか、20人程のバカが星崎先生のもとへと全力で駆け出した

つーか、それはヤバイだろ、折原……

俺は呆れて動く気すらなかったが、誰かが飛び込むのが見えた

すると駆け出していた生徒の数人が吹き飛び、他の者は足を止めた

 

「この、馬鹿者がぁぁぁっっーーー!!!!」

 

吼えた

叫びだった

凄まじい叫び声は角刈りの教師――浅間先生のものだった

武器は持っていないので、格闘技だろうか?

バカな連中とはいえ生徒を一瞬で吹き飛ばす実力はやはり戦闘担当なだけはある

 

「相変わらず、底なしのバカだな……」

 

 

 

 

 

戻る?