【覇道】
<Act.4 『実技試験』 第5話 『侮れぬバカ』>
「それでは、Bコート第3試合――始めて!」
折原と北川はコート内で向かい合い、試合開始の合図を出したのは星崎先生だった
試合目当てなのか、星崎先生目当てなのか半ばわからない見物人も多い
だが、この2人の実力をわかっている者もいるようだ
試合を見る視線が真剣なもので、動きを見落とさないようにしようとしている空気も感じとれる
「ふははははっ! さぁ、かかってくるがよいぞ、北川ぁ」
折原は突如、両手を広げ胸を張り、堂々と悪者のような台詞を吐く
しかも更に偉そうだ
だが、北川はそんな挑発には乗らない
手にはマーブル遺跡の時と同じ竹刀が一振り握られている
一方の折原は柄の長い木槌を構え、北川と向かい合う
「……行くぜ、折原っ!」
北川は折原のペースに乗らないように心掛けているのか、声を掛けてから疾走する
その動きは速い
真っ直ぐに折原の下へと駆けるが、それをただ待つ折原というわけでもなさそうだ
右掌を翳し、詠唱を始める
「我が声を届けし雷神よ 遥か彼方まで届けし御手の力 今ここに具現せよ」
折原は詠唱を紡ぐと翳す右掌に雷光が僅かに飛び散る
折原のその魔法を使う姿を見て見物人から驚きの声が漏れた
?? なんでだ?
俺が小首を傾げる間にも北川は距離を詰め、折原へと迫る
「くらいな――“
折原の詞の直後――唸るように雷達が迸る
下級雷魔法“
二本の雷が絡み合うようにして標的へと迫る魔法だ
だが、折原のは通常の“
スピード、太さ、雷の猛々しさ
傍目から見ただけでも一目瞭然だ
瞬く間に北川へと迫る雷光を北川がかわす術は――ない
「はぁぁっ!!」
北川は迫る雷光に対して竹刀を切り上げる
形無き雷光をただ斬るなど不可能だ
避けれないとしての悪足掻き――と判断するにしては北川の目に怯みがない
そう思った瞬間、北川の姿が雷光に呑まれる
「北川対策その1――魔法でやっつけろ、は失敗かっ!!」
飛び散る雷光の中、北川の疾走スピードは変わらない
なぜならば雷は既に四散し、その中を北川は駆け抜けたからだ
北川は雷を斬ったのか、それともあの竹刀が特殊なのかはわからない
ただ折原の魔法が効かなかったのは事実
折原は既に間合いへと入っている北川に対して槌を構える
「かかってこいやぁーっ!」
折原の叫び声にも北川は反応せず、間合いへと入り込むと走る勢いを乗せて竹刀を振り下ろす
それに対して折原も槌を構える体勢に入っていた
――ビシッ!
木槌に竹刀が振り下ろされる
無論、斬ることなど敵うわけもない
防がれた一撃
折原はそのまま木槌で竹刀を押し返し、両手で槌の柄を握る
「おぉぉぉりゃぁぁぁぁっ!!」
小さく空振り気味に槌を振り下ろし、北川を一歩後ろへと下がらせる
だが、それが狙いではない
槌をそのまま振り続け体を器用に一回転
次に槌が現れたのは折原の頭上からだ
北川は至近距離
体勢を崩せば避けれないこともないが、北川の顔からは避けるという発想を感じなかった
バシンッ!
痛々しい音がした
北川は足の力を溜めていたようで、瞬時に加速して折原と擦れ違う
そして擦れ違い様に強烈な一撃を折原の顔面に叩き込んだ
折原は槌を振り下ろしつつ顔を逸らされて体勢を崩す
その間に北川は踵を返し、折原の背中を狙う
「そりゃぁぁぁっ!!」
折原は飛び込む北川を警戒し、振り返りながら大振りを繰り出す
北川も間合いに踏み込みのを留まり、一旦後ろへと小さく跳ぶ
そして折原の空振りが終わるのを見計らって再び踏み込んだ
槌を振り払い半分背中を見せる折原
対応のしようはないかに思えるが、柄先が北川の方へ向いていることに気づく
――ビュッ!
折原は後ろを向いたまま突きを繰り出した
だが、北川はそれを読んでいたのか半身の体勢で突きをかわす
そのまま折原との距離を縮め、竹刀を思いっきり振り下ろす
バンッ!
折原は上半身が80度程傾いているというのに無理やり柄を頭上に構えた
北川の一撃を柄で受け止めはするが、その体勢で踏ん張りは効かない
折原はそのまま床へと倒れ込みつつ、北川は竹刀を再度振り上げ――――
「――ぅァつゥぁ!!?」
悲痛な叫びが北川の口から飛び出した
なんと折原は倒れ込みながら右足を蹴り上げたのだ
しかも――北川の股間に……
無論、蹴りを出したことで折原は着地の体勢は更に悪化する
だが、折原は受身をとるとすぐにうつ伏せに向きを変えて四つん這いで歩き出した
北川は好機ではあるが身動きがとれないのか、小刻みに震えて膝を閉じるだけだった
「はっはっはっは! そこは鍛えてなかったようだな!」
「………………」
ある程度距離をとると、折原は北川を指差して高らかに笑う
一方の北川は不気味なほど沈黙していた
挑発にのってブチ切れるか、冷静に対処するかの葛藤だろうか
北川が選択したのは――
「……完全に死角をつかれた。やるな、折原」
「…………ノリの悪い奴だな」
北川の双眸には怒りはなかった
冷静な目で折原を捉え、そう言い返す
折原は挑発の意味も兼ねていたのか、北川の対応に表情を曇らせた
…………単純にノリが悪いと思っている可能性も十分にあるが
「ゆっくりしたペースは好きじゃない。一気に――行くぞ!」
北川は言葉を捲くし立てるように言い切り、折原に向けて疾走を開始する
一方の折原は突然の北川の動きにも対応しているようで、木槌を構えていた
「北川対策その2――圧倒的パワー!」
そう宣言すると折原は木槌を高々と振り被る構えをとった
誰が見ても振り下ろす、とわかるその構え
何か罠があるのかどうなのか、判断する時間は少ない
北川は迷わずに折原へと駆けて行く
「いくぞぉぉぉぉぉぉ――――」
北川が竹刀も構えて折原の間合いへと踏み込もうかというタイミング
そこで折原は木槌の振り下ろしを開始した
大振りのため振り下ろしに時間がかかるが、少し早いような気がする
そう思った時、木槌の柄の先端が僅かに光ったように見えた
「――“
柄先から雷が突如、迸る
劈くような音を鳴らす暴れる雷光
至近距離
北川にかわす術など残されていないが、北川は竹刀を切り上げる
「読んでるぞっ!」
雷の収束を散らす一撃のように見えた
竹刀の一振りは雷を散らし、折原への道を拓いた
だが、その雷のベールの向こう側には木槌を振り下ろす折原の姿
それをかわすにはもう――時間がない
「はぁぁぁぁ――――っ!!?」
北川は振り上げた竹刀をそのまま一歩踏み込み、力強く――いや、鋭く振り下ろす
それは木槌の柄を捉え、横から衝撃を与える形となった
北川は木槌の振り下ろしの軌道を僅かに逸らすつもりらしい
しかし、振り下ろす木槌の一撃は力強く止めれない
そこで北川はT字となっている境目で受け止めようとするのだが、なんとその衝撃で木槌の先端が――――抜けた
「――もらったっ!!」
木槌の先端が抜けた瞬間、ただの棒となった木槌は勢いを加速させて北川の右肩に叩き込まれた
その一撃に北川の呻き声が聞こえてきそうだった
だが、折原のそこからの動きは速い
瞬時に棒を手の中で滑らせて先端を引き戻し、一歩を踏み込んで至近距離の北川の腹部へ棒を突く
「ぁぐっ――」
それに北川は対応できず、無防備の状態で深い一撃をもらった
後ろへとたたらを踏むように後退させられる
右肩に力が入らないのか竹刀は左手のみで持っていた
顔を上げて正面を見れば、折原は棒を回しながら北川へと踏み込む
「せぇやっ!!」
回転の勢いを乗せて棒を振り上げる
その一振りを北川は半歩下がって紙一重でかわした
だが、折原は振り上げた棒を弧を描くように手首を返し、反対側の先端でかわした北川を薙ぐ
「っく!」
北川はその一撃を痺れる右腕で構えを取って受けた
相当痛いだろう
思わず飛び出た苦鳴は決して小さくない
だが、折原の動きはまだ止まらない
棒を引き戻し、再度棒の先端を北川へと向け――放つ
「っぁ!」
北川は咄嗟に後ろへと飛び退くが、折原の突きは予想以上に伸びた
腹部へ一撃を入れられて体勢を崩す
突きが伸びもするだろう
折原は大股で踏み込み、腕を伸ばしきり、棒の長さを限界まで伸ばして見せたのだ
そして、その先端が僅かに――――光る
「――“
これはかわしようがなかった
体勢を崩し、身動きのとれない状態の北川は雷をモロに浴びる
全身を襲う電撃に悲痛な叫び声が木霊した
そして雷の飛んできた衝撃で後方へと吹き飛び、仰向けに倒れて動かない
「……そこまで!」
星崎先生の一声で、この試合が終わったのだ認識出来た
あまりの緊迫感だったため、終了の声で安堵の息をこぼす者も多い
俺から見てもこの試合は中々によかったと思う
正直、北川が勝つと思っていたのでちょっと意外な結末だったかな
だが、折原の対北川に対する準備があればこその勝利だろう
けっこう真面目に対策考えてたんだな……
「……いい試合でしたね」
「あぁ。でも、なんで折原が魔法を使ったら皆、驚いてたんだ?」
そう、試合を思い返してみると折原が魔法を使ったことに見物人は驚いていた
別に俺から見ると不思議なところはなかったと思うんだけど……
「……折原さんはこの学園で魔法を一度も使っていないのです」
「……なるほど」
美凪の一言で全て合点がいった
隠していたのか、そうではないのかはわからないが、魔法を一度も使っていなかったのならあの驚きもわかる
つまり、魔法が使えない、という認識だったわけだ
それが下級とはいえ魔法を使いこなしていた
それは確かに驚きだろう……
「……折原さんは地属性という話で聞いていたので、雷魔法を使ったことでも驚きはあったと思います」
「地属性……なるほどね」
美凪の続く説明に今度は俺が驚く
人にはそれぞれ魔法に適した属性というものがある
基本、その属性を中心に魔法を覚えていくものだ
相性がいいため魔力の燃費もよく、威力も少し強まることが多い
ま、対極の属性でなければ大体は自分とは違う属性の魔法も使うことは出来る
だが……魔法を今まで使っていなかった折原が自分とは違う属性の魔法を使う
余程、今まで上手に隠してきたのだろうか……
「よっしゃぁぁーーっ!! 北川に勝ったぞーーっ!!」
折原はその場ではしゃぎ回り、絶叫している
さすがにいい試合だったので折原の歓喜の声に見物人がある程度は応えていた
倒れた北川は星崎先生の回復魔法のおかげか、起き上がる状態まで回復していた
その顔は苦笑いではあるが、悔しそうだ
「北川対策、か……」
ふと、折原と斉藤が考えた北川対策のことを考える
@は魔法でやっつけろ、だったか
魔法を使っていなかった折原が使うことの意味と、魔法を使えない北川に対する攻撃としてはいい手段だろう
Aは圧倒的パワー、か
北川は素早さを駆使した勝負で攻めてくる感じだったな
まぁ、武器は竹刀ではそれも仕方ないだろう
ゆえにパワーで押す作戦も悪くはない
後は公言されていないが、あの槌の先端が抜ける仕掛けだろうか
もしわざと抜けるようにしてあったなら、木槌を振るフリをして投げ飛ばすことも出来ただろうしな
最後は俺も驚いたが、折原が棒を器用に操っていたこと
木槌以外でも武器を操れる、っていうのも意外性の一つになるんじゃないだろうか
見ている感じではこんなところだが、まだまだ未公開の対策もあったかもしれない
……こーいうことには本当にしっかりと真面目にする奴だな
「美凪。次のいい試合はあるか?」
コート上で動き回り、観客を相手に遊ぶ折原をこれ以上見ていても仕方ない
まぁ、もう少しで北川の治療が終わって星崎先生がキレそうだが……
そんな喧騒に巻き込まれたくないので、早く場所を移動したい
そう思い隣にいる美凪へ問いかけた
「……はい。Fコートで美坂さんの試合があります」
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