【覇道】

 

<Act.4 『実技試験』  第4話 『美人がいるとアホは強い』>

 

 

 

 

 

「――“飛来する火矢フリッティル・ファイア”ッ!

 

斉藤が詞を紡ぐぎ、右手を振り払う

すると腕の通った軌跡から炎の矢が飛び出していく

何かを投げたイメージで魔法を展開させたようだ

高速で迫る炎の矢を前にして柏崎さんはロボットを自らの正面へと移動させた

ロボットの動きは意外と――素早い

 

「下級炎魔法如き、私のマナブ君には効かないわ」

 

自信の笑みとともに台詞を送る柏崎さん

確かにその言葉が示すように炎の矢はロボット――マナブに当たると拡散するように散った

あれは物理的な硬度で矢が砕けたのか、対魔法効果のためなのかはここからでは判断出来ない

炎が飛び散り僅かに眩しさがあるが、斉藤はその間に動き出していた

 

「――“飛来する火矢フリッティル・ファイア”ッ!

 

左へと走って移動し、また腕を振り抜く

射撃角度的には柏崎さんを狙えるが、マナブが動く方が速いのは当たり前

マナブは再び迫る炎の矢に対して自らの体を差し出し、胸板で炎の矢を防ぐ

その光景を前にして斉藤は更に笑みを深めた

 

――“飛来する火矢フリッティル・ファイア”――“飛来する火矢フリッティル・ファイア”――“飛来する火矢フリッティル・ファイア”――“飛来する火矢フリッティル・ファイア”――“飛来する火矢フリッティル・ファイア”――」

 

斉藤はその場で腕を何度も交互に振り払い、炎の矢を連続で放ち続ける

物量で押し切る作戦なのか、高速で放たれる炎の矢は吸い込まれるようにマナブへと飛来する

マナブはその全てを受け止めるために腕を×字に閉じて炎の矢を全身で受け止めていた

飛び散る火の粉の量も半端なく、一番前の見物人等は被害を受けたくないため喧騒をあげて動き合っている

下級魔法とはいえ、あそこまで連発を早くにするなんて……斉藤も意外とやるな

少しだけ斉藤の評価を見直したところで柏崎さんに動きがある

 

「マナブ君――突撃!」

 

命令の一言の直後、マナブは×字で防御をしたまま炎の矢の中を全身する

どうやら何らかの方式で柏崎さんがマナブを動かしているみたいだな

さすがにマナブが自立型で動いていたら相当の大発明だもんな……

魔法は効かないとばかりにマナブは突き進む

斉藤と柏崎さんのちょうど中間に来た頃、斉藤の炎の矢が止んだ

 

「可愛い女の子は下がっててよ――――“膨れ爆する焔プロディス・ファイア”」

 

直後――真っ赤な閃光が視界を埋め尽くした

目が壊れないように咄嗟に目を瞑り、美凪を胸に抱き寄せる

あんなのモロに見たら目がイカれるわ!!

そして鳴り響く大爆発の音

更には爆風が髪を揺らす

余程の爆風だろう――周囲の悲鳴やらもみくちゃにされるやらで大混乱だ

俺はまだ余韻の風を感じる中、目を開ける

すると耳に聞こえてきたのは詠唱の台詞

 

「猛りし炎神の怒号の涙よ 燃え盛るその身を飛礫となして力と変えよ

 我が呼び声に応え 我が眼前の敵を屠るためにここへ来たれ――」

 

爆煙でまだコート内の様子は確認出来ない

ただ、周囲の見物人達は頭を抱え、それぞれ身を寄せ合っていた

……こいつ、本当にアホだろ

今は静けさに包まれているが、この後に起こる怒りの叫びが今にも聞こえてきそうだ

 

「……さぁ、まだするかい?」

 

爆煙が晴れてくると、コートの中には炎の球を身近に浮かせる余裕の笑みの斉藤

そして上半身が折れ、二分割になりかけて動かないマナブ

そのマナブを見て身動き一つとれない柏崎さん

……柏崎さん自身で戦闘を継続する以外は手立てはないだろう

 

「マナブ…………マナブーーーっっ!!」

 

柏崎さんは斉藤の方など目もくれず、マナブの方へと駆け寄って行った

勝負は決した、な

そう思ってコートから意識を外すと、胸の中に暖かな感触が

ふと視線を下ろすと頬を朱に染めた美凪が俺を見上げていた

 

「お、っと……ごめんごめん」

「……いえ。嬉しかった、です」

 

照れているのか、視線を逸らしながらも嬉しそうな横顔を見せる美凪

ま、俺としても美凪に被害がなくてよかった……あの閃光はマジでやばかったからな

安堵した頃、ざわめきがコート周囲へと満ちて行く

さて、そろそろ場を離れた方がいいだろう

俺は美凪の手を掴み、人ごみの外を目指して動き出す

 

「――っと、ここまで来ればいいかな」

 

コートから離れ、隣のコートの間位まで戻ってきた

ざわめきに包まれていくCコート……ま、あれだけ見物人に迷惑をかけてば文句も言われるだろう

 

「……今から斉藤さん、大変ですね」

「だろうな。ま、自業自得だけどな」

 

美凪の言葉には同意はするが、斉藤本人への同情の余地はない

徐々に強まる罵声を遠くで聞きながら、先程の戦闘を思い出していた

アホなことをした斉藤ではあるが、あいつの魔法使いとしての能力は高かったと言える

炎の矢で視覚を奪いつつ、尚且つ周囲へ火の粉を撒き散らした

そして下級炎魔法“膨れ爆する焔プロディス・ファイア”を展開

膨れ爆する焔プロディス・ファイア”は火を大きく膨らませて爆発させる魔法

火の素がいるため大して使用者はいないのだが、あいつはあれを上手く使った

小さな火の粉をどれだけかはわからないが、大量に膨らませて爆発させた

驚くべきはその大量の火の粉全てに魔法を掛けたこと

やはり折原と行動を共にするだけあって生半可な実力ではないようだ

 

「――相沢君!」

「ん? お、香里じゃないか」

 

Cコートの方から視線を外すと、不意に名前を呼ばれた

俺は振り返ってみると群集の中から香里が飛び出してきた

そしてそれに続くように名雪と北川も姿も出てくる

 

「祐一っ!」

「うわっ、と……よっ、名雪」

 

香里よりも先に足の速い名雪が俺の許へ到着

歓喜の笑みを浮かべながらそのまま飛びついて来た

俺は驚きながらも名雪を受け止めると、遅れて香里と北川も到着した

もちろん、俺に飛びつくなんてことはしない

 

「どこ寄り道してたのよ。試験を放棄したかと思ったわ」

「あはは……ま、ちょっとな」

 

香里の多分、冗談だと思う一言にとりあえず笑って誤魔化してみる

香里はそれ以上は気にならないのか、ため息一つで終わるのだが……他の面子はそうもいかないらしい

 

「怪しい……遠野さん遅刻なんてしたことなかったのに、なんで祐一と一緒に遅刻するの?」

「今日、たまたま一緒に登校することになってな……美凪は俺に巻き込まれた形だったんだよ」

「えっ!?」

 

俺の説明に耳元で大声を出して驚く名雪

さすがに耳が少し痛かったので名雪を俺から離して立たせる

名雪の顔はそれでも、驚きのまま固まっていた

……そんな驚くようなことを言ったか?

 

「……祐一。なんで遠野さんのこと呼び捨てなの?」

「ん? なんでって……美凪がそう呼んでいい、っていうから。名雪だってそうだろ?」

「……うぅ〜〜」

 

名雪の意味のわからない質問にも普通に答えるが、なぜか唸って美凪を見る

……いや、睨んでるつもりなの…か?

可愛らしい顔なのでイマイチよくわからんが……

俺は状況が全く読めず、困ったな、と頬を掻くことしか出来なかった

 

「相沢。昨日の今日だぜ。程々にしとけよ」

「わかってるよ。でも、今日のは人災だよ」

「人災って……ナンパでもされたの?」

「………………」

 

北川の当然と言えるありがたい注意だが、今朝のことを思い出すだけで気分が悪くなる

そう思った時に香里から鋭い予測が飛び出した

当たっているだけに何も言葉が出てこず、俺は沈黙してしまう

 

「当たり、ってわけね。ま、相沢君なら仕方ないんじゃない」

「仕方ないって……この制服のせいだろう」

 

もうどうでもいい、と思っていた女子の制服が災いとなっている

旅人の時と違ってマントとかで隠せないので余計に“女”が強調されている

しかもスカートの丈が短い!

はぁ……まぁ、ナンパ位ならまだよかったのだが、ナンパしてきたのが六道みたいな奴なのがマズかった

かなり手強かったし……あ、思い出したらまだ気が滅入って来た

 

「……まぁまぁ皆さん。祐も反省してますので、そのぐらいにしてあげてください」

「ゆ、祐っ!!?」

 

再び名雪の驚きの声が飛び出す

……ま、確かに成り行きとはいえ祐って呼び名になっているのは驚くかも

香里が次の日には北川のことを潤、と呼んでいたらビックリするしな

驚く声を挙げた名雪を見ると、下を俯き僅かに震えていた

 

「……遠野さんって、意外とやるのね」

「……えっへん」

 

香里の一言に美凪は胸を張る

ちなみにどういう意味の会話なのかはわからなかった

その時、沈黙していた名雪が顔を上げた

その表情は――険しい

 

「祐一っ! 今日の試合で私と勝負するんだよっ! 負けたら勝った人の言うことをなーーんでも一つきくこと!」

 

まくし立てるように言葉を綴る名雪

おぉ……これは怒っているみたいだな

なぜ怒っているのかは置いておいて、今の名雪を宥めるには言うことをきいておいた方がよさそうだ

それに名雪の出した条件は意外と悪くないかもしれない

名雪となら無茶な条件は両者出さないだろうし、そのぐらいはやりがいができてちょうどいいかもしれないな

 

「OK。その条件でやろうじゃないか」

「約束だからね! 行こう、香里」

「じゃ、また後でね」

 

俺の返答を聞いても怒りがおさまらないのか、名雪は香里の手を引いて立ち去って行く

一方の香里は和やかな笑みを浮かべ、手を振ってから名雪に連れて行かれた

何もあんなに怒らなくても……まぁ、どこで怒ったのかわからないので言いようもないのだが……

俺は呆然と2人を見送ると、北川が話を始めた

 

「また大変なことになったな、相沢」

「そうか? ま、負けるつもりはないけどな」

 

名雪がなぜあんな条件を出したのか、はわからない

俺に何かさせたいことでもあるのだろうか?

俺はぼんやりと群集を見ながら考えていると、群集から嫌な茶髪が飛び出すのが見えた

茶髪の男――折原は俺の方に向かい真っ直ぐと駆けて来る

 

「よぉ! 遅刻少女」

「……悪かったな、遅刻して」

「お、蹴りはなしか。いいことだ」

 

嫌味か? と思える挨拶も事実は事実なので認めるしかない

その返答を聞いて折原は満足そうな笑みを浮かべ、一人で頷く

……なぜか妙にムカツク

今からでも蹴りを出してやろうか?

そんな危険なことを考えている内に折原は喋り出していた

 

「さて、北川。宿命の終止符を打ちに行こうじゃないか」

 

折原はそう言うと、両手を広げ真剣な眼差しを北川に送る

北川は苦笑して少し困った様子だったが、身を乗り出して言葉を続けた

 

「おまえとの宿命は知らないけど、いい勝負をしようか。楽しみにしてるぜ」

「フンッ。魔王折原様の実力を見せつけてやるわ」

 

謎な台詞を残して折原は踵を翻し、群集の中へと去って行く

……あいつはあれを言うために急いできたのか?

演劇部にでも入れば、と思う名演技を残して折原は消えた

相変わらずよくわからない奴……

 

「それじゃ、俺はそろそろ行くわ。宿命の終止符を打たなきゃならないみたいだし」

「頑張れよ」

「おう!」

 

北川はそう言うと小走りで駆けて行く

あいつは馬鹿だがしっかりとやる奴だとも俺は思っている

だが、それは北川もわかっていることだ

だから俺の口からわざわざ言うべきことではない

俺は応援の一言だけで十分だと、そう思った

 

「……私達はどうしますか?」

「そうだな……折原の北川対策、ってのも気になるし、見に行こうか」

 

予定表を見ながら確認する美凪に言葉を返す

あの2人が闘ったらどうなるのか、ってのは純粋に興味がある

それに北川対策を控える折原に、朝練から鍛錬を欠かさなかった北川

この2人の結末がどうなるのか、を見届けたいって気持ちもあるしな

俺は美凪へと手を差し出し、呼びかける

 

「それじゃ、美凪。行こうか」

 

 

 

 

 

 

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