【覇道】
<Act.4 『実技試験』 最終話 『病魔に襲われた村』>
「くそっ! なんでダメなんだ!!」
俺は湧き起こる怒りに身を任せ、目前にある机に拳を振り下ろす
帰ってくるのは机の悲痛の叫び声と、俺の右手に残る痛みだけ
目を開ければ机の上には変わらず、一通の紙が置かれている
「人が苦しみ、死んでいるんだぞ……こんな時に何が条例だっ!!」
認められない現実が目の前にある
一通の通知書
それは薬草の採取を認可されなかった証明書だ
今、この村はラビニー病に侵されている
魔物のラビットから感染する病気で、高熱に魘される症状が発生する
だが、この熱は下がることがなく、そのまま体力がなくなってしまえば死に至る伝染病だ
村にある医院には既に20名が狭い中、収容されている
村の人口は300名
感染力の強いこの病気をいつまで防ぐことが出来るか……
「こうなれば俺が――――……いや、落ち着け」
医院の中の光景が頭を過ぎった
怒りに身を任せ、ヤケになってしまうのは早い……
俺は深き息を吐き、落ち着いて何か方法がないかを考える
薬草等の採取は王国によって一定量というのが決められている
出なければ薬草を全て採取してしまい絶滅してしまう恐れがあるからだ
よって薬草の採取は全て王直属の管轄にあたる警備隊によって管理されている
つまり、カノン街の警備隊に薬草採取の依頼を出さねばならない
そう、そして結果が……目の前のこの通知書になる
「………………」
カノン街の領主は――久瀬家
当主は公爵の位を得ており、キー王国の北方の統治権を与えられている
つまり、ダーア村の村長を勤める俺の上役になるわけだ
久瀬家の当主に嘆願してみるか……管轄が違うとはいえ、権力はあるのだ
警備隊へのなんらかの影響を与えることが出来るはず……
「……いや、そんな暇はない」
事態は急ぐ
既に最初の発病者が現われてから3日しか経っていないのだ
しかし、20名という人数が感染してしまっている
感染を食い止めることは出来ても、発病者を助けるには時間が足らない
つまり、もし久瀬家当主の判断が警備隊と同じであれば時間がかかり、確実に死者が出る
そんな悠長なことをしている暇はないのだ
「…………俺、か」
部屋の片隅に置いてある両手剣へと目を向ける
今年で俺も32歳
亡くなった親父の後を継ぎ、昨年この村の村長となった
この若さでも皆が俺を認めてくれたことが嬉しかった
だから、頑張ろうと誓った
傭兵だった俺は剣を握っていた手にペンを持ち、鎧を纏った体には農作業の服を着た
今、俺は……力を欲している…………
……ギィィ
「っ!」
ふらふらと誘われるように剣へと歩み寄り、俺は剣を手に取った
その瞬間、ドアがゆっくりと開かれる
俺は思わず剣を抜き、ドアに向かって構えを取っていた
開かれたドアから身を滑り込ませたのは緑髪の男――ガラッグだった
「! アキミチ、おまえ……」
ガラッグは俺の手にある剣を見て驚きに目を剥いた
それはそうだろう
条例なぞ無視して薬草を採ればいい
そう主張したガラッグを否定し続けたのは――――この俺なのだから
「……ガラッグ。もう他に手はない」
「アキミチ。理解してくれて嬉しいぜ」
俺の言葉にガラッグは微笑む
だが、俺はそれに笑みを返せる程の心の余裕はなかった
法を破る悪を止める俺と、皆を助けたい俺が葛藤状態になっている
どうすればいいか俺にはもう、わからない
だが、あの医院で苦しむ人々を――我が村の村民を俺は助けたい!
俺はその意思を尊重した瞬間、タンスに仕舞い込んでいた懐かしい装備品を取り出していた
「懐かしいな……“
「再結成はない。アイツがいないんだ……」
「……あぁ」
俺の静かな返答にガラッグも目を伏せて答えた
そう……あの頃を思い出すようで嬉しさは確かにある
だが、そこにアイツはもう……いない
俺達が守ってやりたかったアイツはもう……いないのだ
「ガラッグ! 何か準備でもしてあるのか!」
俺は簡単な鎧を纏い、気合を入れ直す
俺達が愛したアイツはもういないが、俺には今、村民を守るという使命がある
そのために尽力することこそが、今俺に必要なこと
懐かしい装備品を出して哀愁を感じている暇などないのだ
「あぁ。ギルドへ依頼を出した。俺の伝手で秘匿で頼んだから、いい奴を紹介してくれる」
俺は玄関へと向かいながらガラッグの横を通り抜ける
村長になってから穏やかな性格になったが、これでもガラッグを拳で言い聞かせてきたのは俺だ
粗暴な性格なのでそうでもしないと聞く耳さえ持たないからな、ガラッグは……
俺はドアを開けると、静かに雪が降り出し始めていた
「よし。細かいことは移動中に聞く。馬で一気に行くぞ!」
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