【覇道】
<Act.4 『実技試験』 第10話 『親愛なる依頼』>
「相沢 祐一君。最近、だいぶギルドで功績を挙げているみたいじゃない」
そう言いながら支配人の女性は笑みを浮かべ、俺を見つめる
俺は女性の意図する部分が読めず、僅かに困惑していた
そんな俺の心中など知る由もなく、女性の話は続く
「半月の間に賞金首の“赤鬼”、“白き辻斬り”……そしてあの“
これはそこらの賞金稼ぎだって出来るものじゃないわ。ましてや2100万の賞金首であるルイ・ダニアンを倒すなんてことは、ね」
「……何が言いたいんですか?」
もったいぶって話す女性の喋りに少し痺れが切れた
遠回しに話を進めているのはわかるのだが、本意がどうも見えてこない
俺の発言に興を醒ましたのか、女性は笑みを絶やし俺を真っ直ぐと見つめる
紅い瞳が俺を値踏みするかのようにじっ……と静かに視線を送って来ていた
「まぁまぁ、そう怒らないで。それじゃ、本題へと入りましょうか」
女性はそう言うと組む足を入れ替え、一度間を置いた
すると白い太腿が顔を覗かせる
……なぜこんな寒いのに足が見えるドレスを着ているかな、この人は……
この部屋が暑いのはわかるが、部屋を暑くして薄着を着るのは無駄なのではないだろうか?
「祐一君。貴方は親愛なる依頼、って聞いたことある?」
「っ」
女性の言葉に俺はようやく、話の意図が掴めて来た
“
それはギルドで
ギルドへ依頼を出す依頼者は多種多様に極まる
無論、依頼の内容も簡単なものから超難関のものまで様々だ
ギルドはたくさんある依頼を選別して掲示板等に張り出すわけだが、実は全てが張り出されるわけではない
絶対に失敗の許されない依頼
あまりにも危険性が高く公表することが出来ない依頼
秘匿にしたいため信頼のある者にしか頼めない依頼
ま、そういったギルドが公表したくない依頼というものは存在する
そしてそういう依頼を名指しで傭兵に依頼する
ギルドにとって信頼のある者にしか頼めない依頼
それを“
通称――親愛なる依頼、と呼ぶ
「……“
「あら。どこの支部に気に入られていたの?」
「それは秘密、ということでお願いします」
俺の返答に女性は興味の表情を抑え込むようにして消した
親愛なる依頼は信頼を置かれているからこそ頼まれる依頼
それはつまり、依頼に関する秘密性も保持する必要がある
通常の傭兵では“
ギルドがどれだけ機密性を保とうとしているかが窺えるだろう
……もしくは漏れた情報を抹消しているのかも、しれないが
女性もこのことは理解しているからこそ、それ以上追及はしなかった
「口は固いようで安心したわ。ギルド カノン支部として正式にお願いしたいの
登録No4401 傭兵の相沢 祐一。親愛なる傭兵となってくれないかしら?」
女性の言葉に俺は思案していた
学生としてこの地に来たのだから、こんなギルドに当てにされる傭兵になっても正直、目的がズレる
資金の方も既にそれなりに出来たので1年位なら平気で暮らすこともできそうだ
だが、ここで悩むべきことがある
ギルドと親密になる、ということはより多くの情報を入手できる、ということ
ただの学生では魔物に関する動き等の情報が入手出来ない
ギルドという大きな組織力の情報網を得られるのは正直、嬉しい話だ
俺は数秒、悩んだ末に結論を告げる
「……俺でよければ、ぜひお願いします」
「っ! よかったわ……断られたらどうしようかと思った」
俺の返答を聞いて平気そうな顔をしていたのに、大きな胸を押さえて安堵の息をこぼしていた
どうやらポーカーフェイスを決めていたらしい
俺としてはそれだけ喜ばれていることが、ちょっと嬉しいけどな
そもそも俺をそれだけ信頼してくれていることは悪い気はしない
……ただし、本当に信頼してくれているか、は結論を出すには早い
「それにしても、半月しか活動していない俺をなぜ親愛なる傭兵に?」
俺は素朴に感じている疑問を率直に尋ねてみた
いくら功績があろうとも、それは強いだけなら誰でも出来ることだ
半月程度では人となりを知ることすら難しいだろう
それなのに俺を親愛なる傭兵に選んだことが少し腑に落ちない
俺の質問を受けて女性は落ち着いた表情を取り戻し、静かに話し出した
「そうね……正直、人手不足ってのがあるんだけど、決め手は私の勘かしらね」
「勘……」
「えぇ。私が23歳にしてギルド支部の支配人を任されるに至ったのだって、この勘のおかげみたいなものなのよ」
女性は自信満々に話し、最後はお茶目にウインクまで披露してくれた
直感、か
戦場では戦士の直感を生死を左右することはよくある話だ
ビジネスを戦場とする彼女が、ビジネスで直感を感じたのならそれもおかしい話でもないだろう
「なるほどね。それでさっそく仕事の話でもあるのかな?」
「えぇ。早速――と言いたいところだけど、後で連絡するわ。ちょっと片付けとか残ってるのよ」
人手不足、と言っていた割りにそう返事が返ってきて少し拍子抜けだった
だが、頼まれた依頼を何でも受けなければならない、というわけではない
危険とて伴うのだ
親愛なる傭兵となったとしても、依頼の受諾権利は傭兵にある
……情報が貰える程度にこなすだけ、にしておこう
「あ、そうだ。まだ名前、名乗ってなかったわね」
そろそろ帰ろうかな、と思っていた矢先に女性から声が飛ぶ
俺としては名乗るつもりがなかった、と思っていたので少し意外だった
女性は胸許に手を入れると、そこから一枚の名刺を取り出した
……どこに入れてんだこの人
俺は名刺へと手を伸ばすと、彼女は自分の口で名を名乗った
「ギルド カノン支部支配人のヘヴンよ。よろしくね、相沢君♪」
*
「へぇ。相沢も雑誌読むんだな」
リビングで静かに寛いでいると、不意に声が飛んできた
雑誌から視線を外し、顔を上げるとそこには金髪の青年――北川が佇んでいた
「俺が雑誌を読んでたらおかしいか?」
「いやいや、そういうわけじゃないって」
俺の冷たい返答に北川は苦笑いを浮かべ、俺の隣へと腰を下ろした
ソファは4人掛けなので2人座ってもまだ十分に余裕はある
普段ならすぐに部屋に戻るのだが、秋子さん特製のデザートがあるとのことでリビングで時間を潰している
ちなみに向こうに見えるダイニングで折原達がまたバカなことを話しているようだが、ここまでは聞こえない
だから1人で座っていたのだ
「やっぱり情報は常に把握しておくものなのか、傭兵って」
「……どうだろうな。戦闘にしか興味のない人も多いが、俺はなるべく国の情勢とかは知るようにしている
ギルドにどんな依頼が来るかもわかるし、依頼先でどんなことに巻き込まれるかもわからない
知らなかった、ってことは傭兵にとっては致命的なミスだと俺は思うよ」
「なるほどな。勉強になるよ」
思わず聞かれたので考えたままに喋ってしまった
北川は俺の話を聞いて納得しているのか、しきりに頷いている
……ま、何かの役に立ったのならよしとしよう
北川には何かとカリがあるので無碍には出来ないしな
「ところでさ、次の依頼も一緒に行かないか?」
「依頼? 学園のか?」
「そーそー。ほら、リストも貰ってきたしさ」
北川はそう言いながら数枚の紙を取り出してテーブルに広げた
用紙を覗き込んでみると学園の依頼を一覧に見やすくリスト化したものだった
依頼の題名、内容、準備するもの、推奨人数、依頼に対する適正さ
まぁ、さすが生徒のための学園……綺麗に作ってある
「ほら、これとか今週末どうだ?」
北川が指差したのはルベック森で採れるという薬草の採集
学園内にて薬草についての研究をするため、それなりの数を採ってきてほしいみたいだ
報酬は1万ベル
まぁ、比較的安全な場所での簡単な作業だ
妥当な金額だろう
「これ2人で行ったら報酬、かなり少ないぞ……バイトはする気、ないからな」
「ははっ。ま、これは冗談だ。暇なときに1人で行くよ」
俺の真面目な返答に対して北川は笑って流し、リストを捲る
……本当に冗談だったのか?
なんか薬草の採集とか苦手そうにも思えるので、誰か連れて行きたかったのかとも思う
ま、1人で行くと本人が言っているのだし、問題はないだろう
「……これ、とかどうだ?」
「これって……」
北川が次に指を指したのは魔物退治だった
雪森ホルンにて魔物ベアドが出没しているらしい
ベアドは2m近い熊みたいな魔物で、軽快な身のこなしが特徴的な魔物だ
そこらの魔物に比べれば癖があるのでけっこう強い
一人前の傭兵程度なら苦戦もないだろうが……
「……わかった。で、いつにする?」
「お。のってきたな、相沢。明日、学校に行ったら手続きするから、早くても明後日かな」
「明後日か……」
少し考えたが、魔物のことなので無視することもしたくない
そもそもベアドは単独で動くことは確かによくあるが、方向音痴な者が多い
なのでこれは単純に迷っているだけ、という気がする
まぁ、用心深い性格なので人と遭遇したりすると襲い掛かり易い、ってのも問題なのだが……
「相沢、北川。デザートきたぞー」
「おう。わかった」
ダイニングから斉藤が俺達を呼ぶ
視線を移すと秋子さんが苺のケーキを並べている姿が目に入った
折原など奇声――じゃなくて、歓喜の声を上げていた
他の面々も美味しそうなケーキにつられるようにテーブルの席に着いている
「段取りはよろしくな、北川。準備しとくよ」
「サンキュ、相沢。心強いぜ」
「ははっ。よく言うよ」
北川は依頼のリストを片付けて立ち上がり、俺もそれに続く
正直、俺がいなくても北川なら1人でも行くだろう
並みのベアドになら北川は十分勝てるだけの実力はついている
ま、実戦経験がどれほどなのかはわからないので実戦で勝てるのかはわからない
……しかし、依頼の成功率を高めようとする意識はいいことだ
「イッチゴ〜♪ イッチゴ〜♪」
「おっいしいケ〜キ〜♪」
ダイニングに行くと名雪が満面の笑顔で嬉しそうに謎の歌を歌っていた
それにつられるように折原も歌っている
満面の笑みでケーキを見つめる折原は正直、不気味だ
「長森さん。この2人ってケーキ好きなのか?」
「え? えっと、名雪さんはイチゴが大好きなんだけど、浩平は……」
「あぁ、いいよ。わかったから」
隣に座る長森さんの疲労の表情が全てを物語っていた
まぁ、喜んでるだけだし別にいいか
俺は気にすることはやめて順々に並べられるケーキを見る
イチゴの乗ったショートケーキのようだ
しかも既製品というより、これは……
「秋子さん。これ、もしかして手作りですか?」
「えぇ。私と瑞佳ちゃんのお手製ですよ」
俺の思ったとおり、手作りケーキだったのか
秋子さんの笑顔の返答に純粋に凄い、と思う
ケーキ作れるのか……料理もお菓子作りも上手とはさすがだ
「へぇ。長森さんもお菓子作り出来るんだ」
「私はただ手伝っただけだもん。大したことしてないよ」
「でも凄いよ。それに美味しそうだし」
「ふがっ! ほごほごふがっが!」
目の前に運ばれたケーキを見るとお腹が空いた気がする
フォークに手を掛けたところで突如、折原が叫び出した
既にケーキを食べているようで、何を喋っているのかは不明
「ちょっ、ちょっと浩平。口に物を入れて喋らないの」
「ふがってん! べべっと、でがろんが!」
「いただきます」
折原のマナー違反に対して折原の教育者である長森さんが立ち向かう
壮絶な戦いになりそうなので、長森さんには悪いがケーキを頂くとしよう
俺は合掌した後、ケーキへを手を掛けた
「うん。美味しい」
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