【覇道】

 

<Act.4 『実技試験』  第1話 『しつこいナンパ師』>

 

 

 

 

 

「………………ん、ん?」

 

おぼろげな視界

溺れているような思考

これが起き始めていることだと頭のどこかで理解している

しかし、この蒙昧な世界を堪能するかのように俺は眠気目を擦る

ぼんやりした視界の中、何かいつもと違う影が見えたような――っ!?

 

「っな!?」

 

思わず布団を掴む

見えたのは人影だった

しまった! 油断したかっ!?

命の危機を察して瞬時に起き上がろうとするが、その顔が見えた時に力が抜けた

 

「……おはようございます」

「み、なぎ……」

 

ぺこり、とお辞儀をして丁寧に挨拶するのは美凪

昨夜、自らの身の上話をしてくれて俺の仲間となった女性

俺は居たのが美凪だとわかると力が抜け、布団に沈み込む

 

「ビックリしたぁ……」

「……すみません。起こしに来ようと思いまして」

 

申し訳なさそう――なのか?

割と無表情で謝る美凪

むぅ……ちょっと怪しい

俺は動き出した思考で考えながら、美凪に問う

 

「今、来たところか?」

「………………はい」

「嘘だっ!」

 

少し長い沈黙

俺は瞬時に切り替えして言葉を突っ込んだ

ちょっと大きな声に美凪は驚くが、すぐに視線を逸らして頬を染めた

 

「…………ぽっ」

「はぁ……まぁ、いいけどさ。ちょっとビックリしたから、次からは気をつけてくれよ?」

「…………はい」

 

息を吐き、肩の力を抜く

まだ誤魔化す以上、理由はこれ以上聞かないでおこう

そこまで知りたいわけでもない

俺の注意に美凪は嬉しそうに笑顔を見せた

……美凪って、こんな顔も出来るんだな

昨夜の出来事以前はとても寡黙で、表情の変化も殆どないようなイメージだったが……本当にただのイメージだったらしい

 

「ふぁ〜ぅ……さて、起きるか」

 

欠伸をしながら体を伸ばす

昨夜もフェイユの所に行っていたのでちょっと疲れが残っている

今夜辺りはゆっくりと休もうかな

肩を回しながら時計に目をやると6時を回ったところだった

 

「よし。すぐに着替えるから先にダイニングに行っててくれるか?」

「…………はい」

 

美凪はコクリと頷くと静かに俺の部屋を後にする

部屋を出る時に小さく手を振る辺り、なんか女の子らしさがあって可愛い

んー……どうやら凄く懐かれているようだ

まぁ、昨夜の話を聞くに孤独にずっと耐え続けてきたみたいだった

こうなるのも無理ないのかもしれない

 

「さて、あまり待たせるのも悪いな。早く行くか」

 

 

 

 

「お、珍しい組み合わせだな」

 

ダイニングでの朝食中、入ってきたのは北川だった

朝練でもして来たのか、火照ったような顔をしている

朝の早いダイニングにいるのは俺と美凪だけ

まだ皆、朝食に集まって来てはいなかった

 

「おはよう」

「……おはようございます」

「ども。おはよう」

 

互いに挨拶を交わしながら北川が向かいの席へと座った

まぁ、確かに俺と美凪が一緒に行動しているのは今日からだ

珍しくて当然だろう

 

「遠野さんはこの時間に起きてるの珍しいね」

「……いえ、いつも部屋で起きています」

「あ、そうだったんだ」

 

朝食に来るのはある程度、時間に自由がある

部屋で起きていても別に問題はない

女性なら特に髪の手入れとか色々と仕度にも準備がかかって当然だし

 

「北川は朝練か?」

「あぁ。今日、いよいよあの折原とだからな……出来るだけのことはしておきたくてな」

 

そう語る北川の顔には自信の笑みが浮かんでいる

相手の情報を欠いているとはいえ、北川には負けないだけの自負がある

ま、先日の学園の依頼を一緒に行った時に北川の強さは見せて貰っている

相当な手練だ……そうそう負けることはないだろう

だが、同時に俺は折原の戦闘センスも見たことがある

あれは天性のものがあった……折原はそれがどれだけ磨けているかで勝敗はわからなくなる

……どちらにせよ、浅間先生の狙い通り実力伯仲した試合にはなりそうだな

 

「…………頑張ってください」

「お、ありがと。そういえば遠野は誰と試合するの?」

 

北川の質問は確かにそういえば、なものだった

俺も美凪が誰と試合するかは知らない

興味を惹かれ隣に座る美凪へ自然と視線が動く

 

「……私はミーシャさんとです」

「うわ……そりゃ大変だ」

 

ミーシャ

その名前を聞いて思い出す

あのハクバウの子が殺されそうになったことを

どこか抜けていて、しかし狂気染みた殺気を纏う赤髪の少女のことを

彼女は異常な面はあるが、あの魔法の才能については目を見張るものがあった

北川の反応を見るにやはりそれなりに有名なのだろう

しかし、美凪の反応はいつもと変わらない

俺は美凪についてはまだなにも――知らない

 

「大丈夫なのか?」

「……はい。頑張りますので見ていてください」

「あ……」

 

美凪は俺の方へ振り向いて笑顔を見せる

その笑顔を横から見ていた北川から声がこぼれた

……やはり美凪のこの笑顔は驚きだったらしい

 

「あぁ。応援するよ。頑張ってな」

 

ちょうどそこで俺の目の前にあった皿は空になる

トーストとスクランブルエッグ

秋子さんも名雪の朝練で忙しいのに本当に感謝だな……

 

「ごちそうさまでした」

 

俺は皿を持って立ち上がると美凪も着いて来るように立ち上がる

皿を片付けてダイニングに戻ると北川の笑みが待ち受けていた

 

「仲いいな、相沢と遠野。何かあったのか?」

「…………ぽっ」

「こら。紛らわしい反応をするな」

 

なぜかを頬を朱で染める美凪

俺は軽く頭を小突くと小突かれたところを摩っていた

……ったく。美凪は意外と茶目っ気があるよな

イメージとのギャップだったので意外な感じだが、美凪自身が楽しそうなのでよかった

 

「ん?」

「……一緒に学校に行きましょう」

 

袖を引かれたので視線を向けると、美凪からの提案が飛び出した

……別に毎朝、誰かと一緒に行く約束をしているわけでもない

ただ少し時間が早いのが気になるが…………!

名案が閃き、俺は嬉しくなって美凪へ返事を返した

 

「あぁ。それじゃ仕度してくるから、玄関で待ち合わせな」

 

 

 

 

「ふむふむ……」

 

俺は手にある記事を片手にコーヒーを一口

向かいに座る美凪もココアを飲んでいた

 

「……どうでした?」

 

美凪は記事を読む俺に具合を確かめるように尋ねる

記事にはこう書かれていた

 

『“大森メロウスノーに潜む陰”

 先日、某傭兵チームがメロウスノーに入った際に大怪我を負った。証言を確認すると巨大な猿に襲われたという話だった

 我々ギルドはその巨大な猿をゴクリキであると推定する。話では数匹のゴクリキが存在していたらしく、魔物とは思えない巧みな動きをするとのこと

 中でも更に巨大な者もいた、ということで賞金首となっている“巨猿きょざる”である、と推定している

 “巨猿きょざる”は数年前からメロウスノーで目撃証言があり、1100万もの賞金がついている危険な魔物だ

 最近では特にメロウスノー内の魔物の動きが活発になっており、その――――』

 

記事はまだ長々と続くが、この“巨猿きょざる”がギガラントスの可能性が高いだろう

俺は美凪に雑誌を渡し、コーヒーを飲みながら美凪の反応を待った

 

「どうかな? ギガラントスのことっぽいだろ?」

「…………はい。そうだと思います」

 

美凪も同意もとれて、まぁ間違いないだろうという判断を俺の中で確定させた

しかし、メロウスノーにいる二大勢力の一つのボスが賞金首とはね……

先日の討伐隊の話もある以上、余計に討伐隊の結成しそうな材料である

むぅ……よくない流れだな……

ギルドの雑誌――『ギルド通信』を美凪から受け取り、再度記事を見て苦い顔を浮かべる

 

「……祐はどうするつもりですか?」

「どう、って?」

 

美凪とギルドのカフェに寄り道しているが、本当に美凪は俺のことを何でも知っていた

それこそカノン街に来てからのことだって……

昨夜のフェイユとの話も夢を視たらしく、説明はなくとも話がしっかりと通じている

今後のことを話すにはいい空き時間だと思い、情報収集も兼ねてギルドに寄り道してみた

 

「……メロウスノーのことです」

「……正直、わかんない。けど、仲が悪い、ってのは面白くないな」

 

魔者の情勢を聞いたことも踏まえての美凪の問いかけだったと思う

真剣な黒瞳に応えるために俺も真剣に言葉を返す

俺も何かしよう、とか思っているわけじゃない

ただ二大勢力……その二つがずっと互いに争い続けているだけ、ってのはよくないと思う

人間達の動きを踏まえてもそうだし、何より争いの絶えない森、ってのもよくないことだ

群れは集団の統治を促す意味でも無駄な諍いが発生し難い

だから誰かが森をうまく統治出来ればいいんだけど……

 

「よいしょっ、と」

 

考え事をしていたからだろうか

不意に俺達のテーブルの席に一人の男が居座った

勝手に座り込んだ男は禿頭で私服のような長袖と長ズボンを着ている

背丈はあるようで180cm前後だと思われる

俺はその飄々とした顔付きから大体例のアレだと勘付いた

 

「あの……」

「行こう」

 

美凪は声を掛けようとするが、俺はそれを遮り指示を出す

同時に俺は立ち上がるが、既に周囲には3名程の男が立ち並んでいた

…………大胆かつ、面倒くさい

 

「まぁまぁ、邪険にしないで。ちょっと座ってもらえない?」

「――残念ですが、座ってもらえません」

 

俺の方へ軽い脅しの意図も含めて男は言う

俺はその視線を真っ直ぐに見つめ返して言葉を贈る

だが、その台詞に何も感じないのか男は余裕の笑みで俺の返答を受け流した

 

「俺の名は六道ろくどう。傭兵を嗜んでいる。決して悪い奴じゃないよ」

「では、この人達は?」

「俺のチームメイト。俺達は傭兵チーム“流水の猛者ティール・デティール”で、俺がそのリーダーってわけだ」

 

自信満々にそう名乗る男――六道

六道の態度を見るに、おそらく少しは名の知れたチームなのかもしれない

だが、俺はその六道から視線を逸らして歩き出す

 

「残念ですけど、聞いたことないですね」

 

俺は美凪の手を掴み、立たせる

そして六道と向かい合うと、六道は笑みを浮かべているがその雰囲気は張り詰めだしている

こいつの目的とは要は――ナンパだ

 

「……これだけ真っ向から邪険にされたのは初めてかもね。もしかして、喧嘩売ってる?」

「この程度でナンパ師が怒ってたら半人前ね。ちなみに喧嘩は売ってないわよ。非常識じゃないの? って言いたいだけで」

 

俺の言葉に六道は笑みは浮かべるが、明らかに怒りを孕んでいる

朝のこの時間でカフェには殆ど人がいない

人がいないのに俺達のテーブルに勝手に座って言いたい放題

こっちとしても大迷惑だ

それにそろそろ行かないと遅刻しそうな時間だし……

壁に掛けられた時計を一瞥し、目の前の面倒毎に苛立ちが募る

 

「……これだけ強気のお嬢ちゃんは初めてだ。ぜひ、デートを申し込みたいね」

「だから、私達は――」

 

しつこい

ナンパの代名詞とも言えるその感想しか俺の中にはなかった

俺はすかさず返答を述べようとするが、それを遮ったのは六道の動き

奴は背中に手を伸ばすと一本の木の棒――棍が現れた

奴の背丈と同じ位の長さだが……どこに隠していたんだ?

 

「見たところ、腕は立つようだ。それならこれでデートの有無を決めようぜ」

「……だから、そんなことをする意味が私達にはないでしょ。それじゃ」

 

話が無駄

そうとしか思えず、俺は美凪の手を引いて立ち去ろうとする

しかし、それを阻むように六道の仲間達が俺と美凪を囲んだ

 

「つれないことばかり言うなよ。ちょっと、イライラしてくるだろ」

 

沸々と、俺の中に怒りが湧いて来る

しつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこい

拳を握り締め、頭に血が昇るのがわかりつつ俺はそれを止めなかった

 

「イライラしてるのは――――こっちよっ!!」

 

 

 

 

 

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