【覇道】

 

<Act.3 『盗賊団“紅桜”』  第8話 『魔者の情勢』>

 

 

 

 

 

「……これで報告は終わりだ」

「……なるほど。事情はわかった。大儀であったな、ユー」

 

俺はスラフェイに赴き、事の顛末をフェイユに説明した

“紅桜”は壊滅したものの、殺された魔物達は蘇りはしない

また一つ、復讐の火種が蒔かれた事実は覆しようがないのだ

だが、なんとか今の皆の怒りを納めることぐらいにはなりそうだった

 

「すまない……」

「よい。主はするだけのことはした。人と魔の隔たりなど今に始まったことではない」

 

人間としての悲しみを、そして責める想いが拭えない

それをフェイユは優しく、受け止めてくれる

人と魔の隔たり……そう言ってしまえばそれまでだ

だが、その隔たりをなくそうというのが俺の夢

こんなところで挫けている暇など俺にはないのだ

 

「フェイユ。このキー王国についての魔者の情勢について教えて貰えないか?」

「情勢、とな?」

「あぁ。どんな群れがいるのか、関係はどうなのか、それを知りたい」

「…………知ってどうする?」

「何もしない。ただ何かあった時、戦争を起こさないように動けるかもしれないだろう」

 

俺の質問にフェイユは鋭い眼光で俺を睨み、問い質してきた

厳しく見られたのはちょっと意外だったが、考えてみれば安易に話すわけにもいかないか

魔者の情勢

それはつまりこの周辺の情報となる

もし人間に情勢を知られてしまい、悪用されれば人間に討伐されてしまう恐れさえあるのだ

スラフェイのように人に見つからないアジトとてそう

決して人に知られるわけにはいかない情報なのだ

 

「……よかろう。主が悪用することなど、ありえまい」

「! ありがとう、信じてくれて……」

 

だからこそ、フェイユのその一言がとても嬉しい

人間である俺のことを認め、そして信頼してくれているのがわかるから

ここにガルドなどいれば猛反対しただろうな……

今はいないことを幸いと思い、俺はフェイユの語りに耳を傾けた

 

「キー王国全土となると長くなる故、北部であるここら一帯について話をしよう

 まず北部一帯には我等を含めて6つの群れが存在する

 まずは我等、雪原スノレティアを縄張りとする白狼一族

 次に主も出会ったというゲルグ高山に棲まう天狗一族

 ものみの丘には古くから妖狐と呼ばれる狐の一族が棲んでいる

 後はここより東にある三日月山岳。そこには氷の精霊達が棲み付いていて我等も滅多には近づかぬ」

 

精霊、か

魔者の群れとして数えられていることにも驚くが、精霊が群れとなるほどの勢力を持っているのも珍しい

精霊は俗世には基本的に関わらないため、対立関係等を築くことはない

つまり、その場所を守る必要がある、ということ

何か神聖な場所なのだろうか……

 

「最後に大森メロウスノー。人間の間では“魔の森”とも呼ばれているそうだが、ここには2つの群れが対立している

 1つは巨猿ギガラントスを筆頭とするゴクリキの一族。そしてもう1つは大虎ブリジスが率いる獣人の群れ

 それぞれの群れには傘下がついていて小さな群れは多数存在するが、大きく分けてこの2つの勢力に必ず属しているはずだ」

 

大森メロウスノー

その単語を聞いて思い出すのは今日読んだ雑誌の記事

討伐隊の結成……まだ確実な情報でもないのにここでフェイユに言うと混乱を招く可能性が高い

今は言うべきタイミングではないが……そのメロウスノー内部で群れが対立しているとなると、よろしくないな

協力し合う必要が出てくるはずだ

とはいえ、傘下がつくほどの大きな組織となっている状態なのだ

余程の群雄割拠を得てできた巨大勢力……何をするにしても一筋縄ではいかないだろう

 

「この6つの群れが主だったものだ。互いの関係は相互不干渉、という状態になっている

 特別取り決めたわけではないが、天狗と妖狐は古来よりその地に閉じ篭っているため攻め込まぬ限りは干渉はせぬ

 精霊達とて同じこと。そして我も人との諍いはあるが、領土を広げるつもりもない。実質、抗争しているのはメロウスノーの荒くれ者ばかりだ」

 

フェイユの説明を聞いていて、凄く参考になる

つまり、この地の魔者は基本的に戦いを好まない性質なのだろう

雪が絶えない地方だからか、それぞれが生き抜くことに必死でそんな余裕はなかった、と見てもいいかもしれない

メロウスノーだけは広大な土地の関係か、多くの魔者が集ったため争いが絶えないのだと思う

しかし、そのメロウスノーとて2つの巨大勢力の抗争で人間所の話ではないのだろう

つまり、人間が何かをしない限りは魔者達は手を出してくる状態ではない、ということ

そう、この間の白狼の子を誘拐したりとかなければ、な

 

「メロウスノーについて詳しく聞きたければウリガーのベドムラに聞くとよい」

「ベドムラさんに?」

 

先日、スラフェイに来た時に出会った大猪――ベドムラさんの名前が出て驚く

フェイユは俺が考えるより先に答えを教えてくれた

 

「あやつはメロウスノーの出身者だ。詳しく話が聞けるだろう」

「なるほど……じゃ、少し聞いてみようかな。ありがとう、フェイユ」

「フフッ。また来るがよい」

 

俺はフェイユにお礼を述べ、神殿を後にした

フェイユのなんとも嬉しそうな笑みがまた来よう、という気持ちを抱かせてくれる

まだ友となって日は浅いが、俺もフェイユも互いを認め合い、そして分かち合うことが出来そうだ

あれほど仲良くなれる友がまさかこんなところで出来るなんて思いもしなかった

俺はその嬉しさに喜びを感じながら大通りの方へと歩いてく

すると、川の畔で見慣れた2人の顔を見つけた

隻眼の白狼と大猪――ガルドとベドムラさんだった

 

「こんばんわー!」

 

俺は遠くから声を掛けると俺の存在を見つけ、2人はこちらを見た

正直、ガルドの表情は険しいがベドムラさんは相変わらずの快諾さ

俺は気にせずにそのまま2人のもとへと駆け寄った

 

「よぉ、男姉ちゃん。悪い人間達を退治してくれたんだってな! やるなっ!」

「はははっ。ま、協力して貰ってなんとか、ですけど」

「はんっ。貴様なんぞがしなくとも、この俺がいれば十分だったものを……」

「まぁーまぁー、ガルド。男姉ちゃんの気持ちもわかってやれよ」

 

相変わらずいい感じのコンビだなぁ、と会話を聞いていて思う

あの猛々しいガルドもベドムラさんの言葉には耳を傾けるようで、渋々そうな表情を見せて静まった

 

「ところで、ベドムラさん。俺、貴方に聞きたいことがあって……」

「ぉう? 俺にか?」

「はい。大森メロウスノーについて教えて貰えませんか?」

 

そう尋ねた瞬間、静寂が場に訪れる

ベドムラさんは驚きで言葉が出ず、またガルドは逆に殺気を剥き出しにして俺を睨む

むぅ……ガルドはやはり予想通りの反応か

フェイユと話している時にいなくて本当によかった……

 

「……貴様、魔物の内情を探っているのか?」

「違うよ。情勢を知っておきたいんだ。何かあった時、その方が上手く動けるから」

 

俺の説明にもガルドは疑いの眼差しを向け、今にも飛び掛ってきそうな勢いだ

どんどん鋭くなる眼光に伴い殺気が放たれ出す

……これはさすがに、話してどうにかなる場面じゃないかも……

俺も臨戦態勢をとろうかと思った時、ベドムラさんの声が割り込んだ

 

「……やはり、貴様は殺しておいた方が――――」

「わかった。メロウスノーについて俺が教えてやるよ」

「っ! ベドムラ!」

 

均衡が崩され、俺は息を吐く

一方のガルドはベドムラさんの方へ振り向き、食って掛かる勢いで詰め寄った

 

「俺に聞きにきた、ってことは長も承知の上だろうよ。それにスラフェイのことを知っている時点で、男姉ちゃんは仲間と思っていいんじゃないか?」

「………………」

「ガルド。俺は何も裏切ってないよ」

「っ! ……わかった。好きにしろ」

 

ベドムラさんの言葉に沈黙するガルドに俺は主張の言葉を言う

ガルドは俺が裏切れば殺す、と言った

だが、その言葉は逆に俺が裏切っていなければ殺さない、ということ

俺は何も裏切っていないのだ

信じてほしい

そうガルドに伝えたかったのだ

ガルドは苛立ちを撒き散らしながらだが、ベドムラさんが話すことを認めてくれた

ベドムラさんは苦笑を浮かべつつ、話を始めてくれた

 

「メロウスノーには2つの勢力が対立している。巨猿ギガラントスと大虎ブリジス。互いに幾多の群れを傘下に置いてずっと対立している

 俺がいた頃はまだこの2つに対抗出来る勢力がまだ少しばかり残っていて、まさに群雄割拠の時代だった

 俺は“はぐれウリガー”として一匹でメロウスノーの中を暴れ回っていたんだが、さすがにこの二大勢力を前にするとビビッたな

 どちらも実力はある上に、また手下を操る統率力も侮れねぇ。そこらの群れなら俺でも潰せるが、二大勢力にはコテンパンだった

 俺はブリジスの勢力に命を狙われてたんだが、ガルドのおかげで一命を取り留めてな。その恩返しと思ってここにいる」

「……おい。最後のは別にいらなかっただろ」

 

やはりベドムラさんも相当の実力を秘めている、というのがよくわかる話だった

しかし、そのギガラントスとブリジスってのは相当の実力者であると同時に曲者、なわけか

ただの群れと考えるよりは組織、って捉えておいた方がよさそうだ

具体的にメロウスノーの雰囲気ってのも話を聞いていると感じ取ることができた

強者が犇めき合う巣窟――まさに“魔の森”という俗称がピッタリだ

 

「そういや男姉ちゃん。天狗一族と逢ったんだって?」

 

ベドムラさんの一言でガルドの視線が俺に向けられる

さっきのように怒りを抱いているわけじゃない

興味本位……?

なんか不思議な視線で見られていると思いつつ、俺は頷いた

 

「あ、あぁ。天狗の女の子が攫われていたみたいで、皆で助けに来たんだ」

「で、どうだった? 相当強かったか?」

「んー。向こうが誤解で襲ってきて軽く戦いはしたけど、どちらも小手比べ、って感じだったよ」

「そうか……」

 

俺の説明では得るものはなかったのか、ベドムラさんは気落ちしたように声をこぼす

隣のガルドの興味も失せたようですぐに視線を俺から外していた

 

「何かあったの?」

「あ、いやーなに。天狗ってのは姿を現さない上にやたら強い、って噂だからな。正直、どのぐらいのものか気になるってだけの話だ」

 

ベドムラさんの発言に俺はようやく意味を理解出来た

天狗は幻の生き物と言われる程、人間の間では伝説のような話

魔物の間でも存在は知っているが見たことがない、という同じぐらいのレベルの話だったんだ

確かに天狗は出会ったイメージでは部族として生きているようで、群れるとはまた違う感じだ

しかもその強さは噂になるほどで、力試しが好きなベドムラさんには気になる話だろう

もちろん、強さを誇りに思っているガルドとて同じことだ

 

「俺の見解だけど、風を操る力は正直凄かったと思う。剣技の武術も心得ているようだったし、確かに強いとは思うよ」

「なるほどな。……っていうことは、天狗をあしらった男姉ちゃんを倒せば天狗より強い、ってことだよな?」

「え゛っ」

 

ベドムラさんの意外な提案に思わず変な声を挙げてしまった

だが、それに追い討ちを掛けるようにガルドがほくそ笑む

 

「なるほど。それはいい案かもしれねぇーな、ベドムラ」

「ちょ、ちょっと……ガルドまで……」

「どうだ男姉ちゃん。俺達と腕試しといかねーか?」

「遠慮しとくーーっ!!」

 

俺はまずい雰囲気だと悟り、慌ててその場から退散する

ベドムラさんもガルドも相当の実力者なのは空気でわかる

そんな2人と手合わせなんて勘弁願いたい

俺は里の中を駆け抜けると、そのまま出口の方へと向かうことにした

今日は魔者の情勢も聞けたし、十分だろう

 

「バレる前に早く戻ろう……」

 

 

 

 

 

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