【覇道】

 

<Act.3 『盗賊団“紅桜”』  第7話 『夢を視る少女』>

 

 

 

 

 

「さぁ! どういうことか説明して貰おうか相沢っ!」

 

俺の正面に立ち、堂々と言い放つ男――折原

その顔はいつになく真剣なのだが、お馬鹿な時の真剣さなのでため息がこぼれる

 

「白状しておけ……さもないと、どうなるかわかっているだろう?」

 

折原の隣に並ぶのは相変わらずの馬鹿――斉藤

まるで俺を脅すかのような発言には殺気を込めて睨み返す

すると斉藤は慌てて視線を天井へと逸らし、鼻歌を歌って誤魔化した

……相変わらず、根性がない奴

 

「浩平……相沢君だって言いたくないこともあるよ」

 

この場で唯一俺の味方である長森さんが折原に言葉を投げかける

しかし、そんなこと歯牙にもかけず折原の視線は俺から外れない

むむむっ……こやつ、俺の武力行使を警戒してやがる

さすがに何度もしていたので警戒することを覚えたようだ

意外と隙を見せず、俺の挙動を伺っている

 

「甘い! 甘いぞ長森! こいつはきっと楽しいことをしていたに違いない!」

 

折原は俺を指差して絶叫するように叫ぶ

しかし、秋子さんの承認も得ているため適当にすることも出来ない

夕食の時、やはり俺の話が持ち上がった

名雪等は特に騒ぎ出したのだが、秋子さんからは

「今後はないようにしてくださいね」

と寛大な一言で頂いて終了した

しかし、そこで納得しなかったのはこの折原だ

まぁ、学校を休んだことよりも何をしていたのか、という奴の関心を惹いてしまったことが原因だけど

 

「俺が予想するにだな……デート、だったりしてな」

 

思案した後、折原が言い出したのは予想の範疇を超えるものだった

……ま、“紅桜”と闘っていた、って事実を言い当てる方が難しいだろう

デートと言えば逢っただけだが、栞って少女と逢ったな

あの子、少しは元気出してくれてればいいけど……

 

「んー……じゃ、それでいいよ。これでいいか?」

「くそぅっ! 外れか……」

「いや、待て折原。あえて素っ気ない態度で真実を隠す、ってこともあるんじゃないか?」

「むっ! なるほどな、斉藤……その線も十分にありえる」

 

アホと馬鹿が揃うと手が付けられない

別にどう思われいたっていいので早く解放してもらいたい

折原の部屋で4人もいると暑苦しさもあるし……

とはいえ、ドアの前は折原と斉藤でしっかりとガードされているので無視することも出来ない

それに、秋子さんからも

「できれば話せるのなら話してあげてね」

との一言を貰っている上に、折原も調子に乗ってるしな……困った

 

「もう、浩平。いい加減にしないと――」

「――そうだっ!!」

 

長森さんの言葉を遮り、突然折原が叫んだ

わざわざ掌の上に拳を叩く動作までつけて

……何かを閃いたんだろうけど、本当に今閃いたのか疑いたくなる

 

「斉藤。ここは遠野に協力を求めようじゃないか」

「遠野? ……なるほど。遠野か。それはいい」

 

遠野

俺の中でその名前に該当するのは一人しかいない

俺達のクラスの委員長も務める寡黙な才女――遠野 美凪

彼女の部屋は俺と同じで3Fだったな

 

「さぁ、行くぞ相沢!」

「え? え?」

 

折原と斉藤が突如、俺の腕を掴む

そして有無を言わさない勢いで部屋の外に飛び出し、階段を駆け上がり出した

こいつら! こんな夜に女性の部屋へ乗り込もうっていうのか!

俺の驚きなど露知らずで、折原と斉藤はあっという間に3Fに到着し、部屋の前に辿り着く

 

「遠野ー。折原だ。折り入って話があるので開けるぞ」

「こらーっ!!」

 

部屋を簡単にノックして返事も待たずにドアを開ける

こいつ、どーいう神経してんだっ!!

俺の怒りの叫びも全くの無視で、無情にもドアは開かれた

 

「ぬぉっ!?」

「……お待ちしていました」

 

開けた折原が驚きで僅かに身が飛ぶ

だが、それは俺も同意する

部屋を開けると部屋の明かりはついていなかった

かわりにまるで蛍のような柔らかな緑の光が各所で光を放っている

まるで幻想世界の部屋かと思わせる不思議な空間が広がっていた

更に驚くべきは遠野さんが俺達の方を向いてテーブルに座っていたこと

まるで俺達が来るのを最初からわかっていたかのように3つ分の座布団が敷かれていた

 

「……どうぞそちらへ」

「あ、あぁ」

「失礼します」

 

戸惑う折原だが、しっかりと前へと進み座布団に座る

俺もようやく解放され、肩を軽く回して遠野さんへ挨拶して座る

斉藤はしっかりとドアを閉めてから座った

自然と俺は遠野さんの正面に座っており、左に折原、右に斉藤という座り順だった

 

「……では、相沢さんが本日何をしていたのか、を占ってみたいと思います」

「占い?」

「そうだ。遠野は占い師もやっててな。けっこう当たる、って評判なんだ」

「へぇ」

 

折原の説明に納得している間に遠野さんはテーブルの上に置かされた大きな水晶玉へと手を翳す

すると水晶玉が僅かに光った――ような気がした

何度か怪しく手を動かし、水晶を覗き込むように目を凝らす

確かに現世とは思えないだけの雰囲気と空気がこの部屋には今、立ち込めている

不思議な力がある、とでもいうのだろうか

折原と斉藤は固唾を飲んで見守り、遠野さんの動きが止まり、静寂が場に訪れた

 

「……………………」

「……で、どうなんだ?」

「折原。ここは静かに待つところだぞ」

 

遠野さんは目を閉じたまま、身動き一つ起こさない

折原の言葉に斉藤は注意すると、折原はむすっと顔をしかめて不満面

……こいつは本当に子供だな

 

「………………少女。儚い少女が視えます。自ら命を絶とうとした少女を助けています」

「……自殺する女の子?」

「それを助けてた、っていうのか?」

「…………」

 

驚きで背筋に冷たいものを感じた

遠野さんから静かに紡がれた言葉は正解だった

俺は驚きと同時に、思考が目まぐるしい勢いで展開されていた

尾行? それとも誰かから聞いた?

いや、そのどちらともない

尾行する暇など遠野にはなかったはずだ

学校にはキチンと行っているのだから

誰かから聞いた?

いや、それもない

俺はほぼ単独で動いていた

“紅桜”の件ならまだしも、栞ちゃんの件は俺しかわからないこと

なら俺の頭へ干渉してきた?

それも、ない……魔力の干渉を受けた感覚は全くなかった

なら、一体どうして…………

 

「相沢、マジか?」

「…………あぁ。ちょっと街で落ち込んでる子がいてさ。話を聞いてあげてたんだ」

「…………悪い」

「いいって。ま、面白いことじゃなくて残念だったな」

 

折原は珍しく、落ち込む位の勢いで俺に頭を下げて謝った

こいつでも悪いと思うことはあるんだな……

そんな妙な部分に感心しつつ、俺は軽い返事をしてやる

すると折原は顔を上げて少しだけ、元気の戻った顔を俺に見せた

 

「今度、なんかで礼はするぜ。――よし、斉藤! 部屋に戻って北川対策の仕上げにかかるぞ!」

「お、おう! 仕上げだな!」

 

折原は俺にそう真剣な顔で一言言ってから立ち上がる

そして斉藤に元気な声をかけて部屋を出た

斉藤も元気を出すためか、慌てながらも声を出して折原に続いて行った

…………馬鹿だけど、それなりに弁えてる、ってことかな

ちゃんと良識も持ち合わせていることに安堵を覚えつつ、折原の勉強になったのならいいか、と思うことにした

 

「…………相沢さん。ようやく、2人きりになれましたね」

「遠野 美凪…………」

 

遠野さんは思わせぶりな言葉を吐いた

俺は先程の占いの件から遠野さんのことを警戒している

名前を呟き、俺の過去に関係する人物はいないだろうか、と思い返すが全く該当はなかった

 

「…………出来ればナギーとお呼びください」

「……遠野さん。幾つか質問したいことがある」

 

遠野さんの冗談はスルーして、真剣な表情で俺は遠野さんを見る

部屋のドアは閉まっているし、ドアの前で誰かが聞いている、というのもない

気配を感じないしな……話をするなら今しかチャンスはないだろう

 

「さっきの占い。あれは本当に遠野さんの力なのか?」

「…………はい」

 

遠野さんは俺の視線の意味を分かってくれたのか、快く返事をしてくれた

自らの力が疑われたというのに嫌な顔一つせず、頷いてくれた

なるほど……予知の力、か

予知に関しては力のある者は昔から伝承等でもよく登場している

力のある者では巫女などと呼ばれて指導者となっていることもある

今日、一緒に闘った姫川さんと同じ超能力者なのだろう

それに、さっきの占いは予知では過去の出来事を思い返している

通常の予知能力者以上の力を秘めているのかもしれない……

 

「それじゃさっきの占いのことだけど、返事に結構間があったよね? もしかして他にも何か視えてたんじゃない?」

「…………はい。“紅桜”のことも視えていました」

 

俺の推測は当たりだった

先程、折原が待てなかった程の長い間

単純に視るために時間がかかった、のだと最初は思った

しかし、占いの力が本当ならば他にも見えていたはず

そう、栞ちゃんのことは今日の最後の方の出来事だ

それまでにあった“紅桜”との一件を彼女は視ていたのだ

 

「……ありがとう。伏せてくれて」

「……いえ。こちらこそ、プライベートを覗き見してしまい、ごめんなさい」

「あ、いや、なにも! そこまでしなくていいから」

 

遠野さんは三つ指を床について深々と頭を下げて謝罪の意を示す

ほぼ土下座に近いそれはこっちが恐縮してしまう

確かに覗き見たのは事実だが、それをけしかけた折原達にも問題はある

それに俺はそんなに怒っているわけじゃない

遠野さんの気持ちは十分に伝わったので、これ以上責めるような発言は控えよう

 

「……相沢さん。今度は私の話を聞いて貰えますか?」

 

今度は遠野さんが真っ直ぐで、真剣な眼差しを俺に向けた

俺はその深い眼差しに思わず背筋を伸ばし、座り直す

そして静かに彼女の言葉を待った

 

「…………私はずっと、貴方に逢えることを待っていました。相沢 祐一――いえ、魔天使ユー」

「っな!?」

 

驚きで思わず防衛本能が働きそうだった

その情報を知っている

つまり、俺を殺そうとしている

そういう方程式が成り立つ程のことをずっと体験して来ている

そんな俺が動きを止めれたのは遠野さんの絶妙な制止の手だろう

俺の動きの出端を挫き、俺に考えるだけの時を与えてくれた

 

「……私は生まれつき、予知の力をその身に宿していました。しかし、ある時から同じ夢を見るようになったのです

 そう、貴方の生き抜く壮絶なまでの人生を……毎夜、毎夜……夢の中で視続けてきました……」

「……夢の、中で……」

 

にわかには信じ難い話だった

彼女の力を疑うわけではないが、俺の人生だけを夢で視続ける

それも当人の意思ではなく、だ

そんなことがありえるのか?

疑問と戸惑いを覚えながら遠野さんの話は続く

 

「……おそらく、沢渡 真琴さんが亡くなった時の貴方の祈りが私に影響したのだと思います」

「俺の、祈り……? ――っぁ!」

 

真琴さんのことまで知っている

その事実が俺の疑惑を真実へと頷かせていく

そして遠野さんの言う“祈り”について心当たりが――あった

俺の恩師である真琴さんが死んだ時

俺は世界への絶望感から持てる魔力を全て解放した

莫大な魔力を秘めた俺の魔力解放は周囲へ甚大な被害を及ぼしながらも、なんとか皆が止めてくれた

その時、俺が願ったのは真琴さんが蘇ること

だが、その願いの根本は――――俺の傍に俺のことを理解してくれる人が欲しかった

 

「……貴方のことを理解する人。貴方の人生をずっと夢で視てきた私がそうとは呼べないでしょうか?」

「………………」

「……相沢さん。私を貴方の傍に置いてください」

 

そう言って遠野さんは俺に頭を下げた

そう、震えるような声で……私のことを見捨てないで、というかのようにか細い声だった

俺はなんと返事をすればよいのだろう……

自らの勝手な願いで大事な一生を今、棒に振られた少女が目前にいる

俺がするべきこと……少女にしてあげたいこと…………

 

「……遠野さん。まずは謝らせて欲しい。本当にすまなかった」

 

俺は一歩、後ろへと下がり床に頭をつけて謝る

とりあえず、こうでもしないと気持ちが爆発してしまいそうだった

遠野さんは僅かに戸惑うを覚えるように息を呑むが、俺は頭をあげて言葉を続ける

 

「そして教えて欲しい。今、貴方は何を望んでいるのか、を」

「…………私は、貴方の傍にずっといたい、です」

 

遠野さんは何かに負けないように一生懸命涙を堪え、真っ直ぐに俺の目を見つめていた

俺はその目を逸らしてはいけないと思い、真っ直ぐと受け止めて問い返す

 

「なぜ、かな?」

「…………ずっと貴方を視て来ました。そして貴方の辛さを視ていていつも力になりたい、と願っていました」

「………………俺がとんでもないことをしてる、ってのはわかっているのに?」

「……はい。貴方の夢に交ざりたい――いいえ、貴方の傍にいたい。それに私は家族を失いました。ずっと、独りなんです…………」

 

孤独に怯える少女

目前にいる遠野さんを言い表すならそうだろう

膝に乗せる手が震えているのか、肩が小刻みに揺れていた

ずっと、孤独を耐えてきたのだろう

一人で……俺の夢を視ながら、ずっと一人で…………

夢に出る俺が実在するかもわからずに、ずっと、ずっと一人で…………

 

「あ……」

「傍にいたいだけ、傍にいて欲しい。ごめん、ずっと寂しい思いをさせて」

 

俺は彼女の隣へと移動し、彼女をそっと――抱き締めた

彼女をどうするべきか、俺にはわからなかった

だから、考えた

夢を視せてしまった俺には彼女の望みを叶えることが償いだと思う

彼女は俺の傍にいたい、そう願った

ならば彼女が望む限り傍にいればいい

俺は優しく、けれど強く抱き締める

遠野さんも最初は驚いたようだが、すぐに抱き返してくれた

 

「…………ありがとう」

 

 

 

 

 

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