【覇道】

 

<Act.3 『盗賊団“紅桜”』  第6話 『薄幸の少女』>

 

 

 

 

 

「ふぁぅ。さすがに疲れた……」

 

街の喫茶店のテーブルに座り、コーヒーを飲んで一言

朝は早起きして、“紅桜”との一戦

ルイ・ダニアンとの闘い

そして天狗の少女を保護

一息吐けたと思えば天狗達の襲撃

誤解を解くために頑張って、ようやくカノン街にまで戻って来れた

既に時間は夕方の15時

学生はまだ学校の時間なので、喫茶店も今は空いている状態だ

 

「はぁ……無断欠席は響くだろうな」

 

北川に頼んではあるものの、言い逃れ出来ない部分もまたある

学校を休んだのは事実だし、その理由も言えないこともある

学園はそれ程気に留めないかもしれないが、名雪や秋子さんの反応が心配だ

…………ま、今回みたいなことももうないだろうし、謝って許して貰おう

 

「美味しいか、レン」

「…………」

 

ミルクをコクコクと喉を鳴らして飲み続けるレン

とても可愛らしい

俺の問いかけに数回頷き、またミルクを飲み始める

レンのおかげで警備隊を回避することが出来たんだ

好きなだけミルクを飲むぐらいのご褒美はしてもいいだろう

 

「さて、少し考えてみるか」

 

コーヒーをもう一口飲み、久々に身辺状況を整理してみようと思う

まずはお金

“白き辻斬り” 200万

“赤鬼” 500万

ルイ・ダニアン 2100万

短期間の間にこれだけの賞金首の捕獲に成功している

赤鬼は賞金稼ぎの女性と半分ずつなので250万

ルイ・ダニアンは藤田さん達と分けるので350万

合計で800万も稼ぐことが出来た

うち、入学費用の100万は一括払いし、今月の学費はマーブル遺跡の件で15万報酬を貰っているので5万支払った

つまり、俺の懐は今、710万ベル

それなりの軍資金ぐらい溜まってしまった……

ま、お金はあるにこしたことないし、無駄遣いはしないで溜めておこう

 

「……フフッ。でも、おかしな話だよな」

 

今、挙げた名前の連中は俺が最初にこの街に来て見た賞金首達だった

その全てと関わり合いを持ってしまうとは俺の強運――いや、凶運かな?

それもずいぶん大したものだな……

思わず笑みをこぼすが、コーヒーを一口飲んで思考を切り替える

 

「さて、と……」

 

問題はこれからどうするか、だ

フェイユとの約束であった“紅桜”の壊滅は達成した

まずはその報告に行かねばならないだろう

そしてそのままこの近辺の魔物達の情勢も聞いておきたい

俺が今、知っているのは雪原スノレティアの白狼一族

ゲルグ高山の天狗一族

この2つだけ

他の場所にも群れを率いる一族が必ずいるはずだ

後はそれぞれの勢力の関係も知っておきたい

……仲良くしてくれてればいいけど……

この近辺の魔物達の情勢を知っても、俺が何か出来るかはわからない

そもそも俺は学生生活を満喫するためにこの街に来た

それは目的が違うが、争いの火種があるのに放っておくことも俺には出来ない

 

「……とりあえず、フェイユか。後は学校……」

 

夜のことについてはフェイユに聞くまで進展はない

話はそれから、っていうので十分だろう

それよりも学校

実技の試験も間近に迫り、名雪との一戦も近づいている

まぁ、試験なのだからそこまで考えなくてもいいと思うのだが、名雪の入れ込みようを見ると不安だ……

ま、負けたから命が危ない、ってこともないんだ

それなりの真面目さでいいのかもしれない……

 

「ま、考え過ぎもよくないな。気楽に行こう」

 

コーヒーを飲み干して頭の中が少しスッキリした気分だった

なんかごちゃごちゃだったものを少し纏めれた気がしてスッキリだ

俺はミルクを飲み干して物ほしそうにしているレンを見て、すぐに手を挙げた

 

「すみません。コーヒーとミルク、おかわりお願いします」

「はい! 畏まりました!」

 

ウエイトレスのお姉さんにそう頼み、俺は持ってきた本をテーブルに広げる

『週刊 キラーズ』

喫茶店に来る間に立ち寄った本屋で買ったものだ

主に傭兵や賞金稼ぎが知りたいことが載っている情報誌らしい

ギルドの情報もいいが、たまにはオープンになっている雑誌の情報の仕入れも重要だ

確実なことから怪しいことまでではあるが、情報の目利きさえ出来れば有効に活用出来る

数ページ捲ると、気になるキャッチフレーズが目に飛び込んできた

 

『“白き辻斬り” 隠された情報!?』

 

俺は自然とそのまま記事の文章へと目が移っていた

 

『先日、賞金稼ぎによって捕らえられた賞金首“白き辻斬り”。警備隊によって身柄を拘束されており、取調べを受けているという話だ

 しかし、その警備隊内部で奇妙な噂が流れているという。噂の内容とは“白き辻斬り”が機械人間だ、というものだ

 警備隊への取材を申し込んだが、業務上の機密とのことで拒否されており真偽の程は定かではない

 だが、もし“白き辻斬り”が機械人間――ロボットだったとしら、事態はかなり重大なのではないだろうか

 もし、闇組織が開発したものだったとしら、数年後には我々を脅かす兵器となるだろう

 警備隊が事態を公表出来ないのももしかしたら公には出来ない大きな問題があるからかもしれない』

 

「フフッ。噂なのはどっちなのやら、ね」

 

記事を読んで肩の力が抜けた

警備隊は情報が漏れないようにしっかりと警備隊内部ですら情報防衛をとっているようだ

誰の指示かはわからないけれど、それは正解だ

こうやって噂話が記者に流れる、ということは警備隊内部で情報が知れていたら漏れていた可能性が高い

この記事だけでは、もしもこうだったら、の仮説のみなので噂話に尾びれ背びれ、って印象でしかない

だが、実際はロボット――というわけでもないが、機械染みた部分があったのは確かだ

警備隊がどう調査してどういう結論に持っていくのかはわからないが、わからないことが多すぎて困っているのは事実だろう

しかし、公表もまた出来ないだろう

市民の不安を煽るだけだ……俺としても気になるところだが、今にして思えばあれもボルゾイが関与していた可能性がある

ボルゾイが開発したという機魂兵と動きが似ている面もあるしな

ま、そこまで俺が関与することでもない

警備隊の仕事に期待するとしよう

 

「お待たせ致しました」

「ありがとう」

 

コーヒーとミルクが届き、俺はコーヒーを口に含んでまたページを捲って行く

すると、小さい記事だがそのタイトルは見落とすことのできないものが載っていた

 

『“魔物討伐隊結成案浮上?”

 先日、カノン街を魔物の群れが襲撃した、という事件があった。警備隊、カノン学園教諭、傭兵が協力し迎撃に成功している

 ここまではよくある話だが、警備隊の内部で魔物の討伐案が浮上していることが判明した

 カノン街は警備隊の手によって幾度となく魔物の襲撃による防衛に成功しているが、後手後手の対応である、という意見が強まっている模様

 まだ領主の久瀬家への提案書は出されていないようだが、警備隊内部では既に討伐隊の隊員候補の選定が始まっている、という噂もある

 カノン街周辺には魔物達の棲み易い場所が多いが、やはり討伐隊を送るのは“魔の森”と呼ばれる大森メロウスノー辺りだろうか

 いずれにせよ、まだ確定事項にもなっていないが、警備隊内部だけの人員では特別部隊の結成は難しいだろう

 傭兵達への外部依頼もありえる話だ。もし手の空いている方がいればカノン街にしばらく逗留するのもいいかもしれない』

 

記事を読み終え、さっき抜けた肩へ力が入っていく

先日の魔物の群れの襲撃、とは俺が学校の編入試験に行った時のことだろうか

あれは白狼の子供を攫った人間がいたからだ、ってことなのに……

警備隊等にそんなことわかっているはずもなく、外敵への脅威の対策なのだろう

まだ確定事項ではないのだろうが、雑誌に載る位だ……警備隊内部では意見が相当強まっていると見ていい

問題は久瀬家がその提案を認知するかしないか、だ

俺の中で久瀬となると生徒会長のムカツクイメージしかないので、どう判断するかはまったくの予測不可能

だが、もし討伐隊が結成されると……魔物達との戦争になる可能性もある

なんで人間ってのはこうも魔物を殲滅しようとするのか…………

長い歴史によって作られてきたこの人と魔物の壁を感じる度に心が締め付けられるように痛くなる

悲しい気持ちのまま、またページを捲っていく

そこでようやく気づいたのだが、どうやら各国ごとにわけて情報を記載しているようで東鳩王国のページになっていた

 

『““獣女帝ビースト・クイーン”と交渉決裂?”

 数日前、非公式ではあるが東鳩王国の南西にある小国ビストロより使者が訪問していたことが判明した

 使者は東鳩王国国王である橋本はしもと 貴史たかふみに謁見したが、交渉が決裂してしまったと思われる

 使者の訪問内容というのが、東鳩王国南西部にあるティゲロ街で起きたとある事件についてだという

 先日、ティゲロ街で獣人の子供が人間を殺した、という容疑でティゲロ街の警備隊に逮捕されている

 それは冤罪であるため即刻、子供を解放しろ、というのがビストロ国からの要請だったようだ

 現在、警備隊によって事件の経緯、原因などは調査中であり、容疑者を解放することはできない、というのが国王の返答だったようだ

 東鳩王国とビストロ国の間では種族問題で度々交戦が行われている。今の事件のため国境間はかなりの緊張感があると見ていいだろう』

 

種族間におけるトラブル

これは本当にどこでも発生するものだ

人間と魔物とでは分かり合えない種族、として相容れぬ存在として互いを敵視している

獣人はその間であり、中間的存在という見方が大きい

しかも、記事を見ると過去から続いている対立のようだし、根は深い話だろう

ただ、その子供が本当に人間を殺したのか、という部分をハッキリさせる必要があるだろう

果たして警備隊が公正な取調べを行うかどうか……

もしかすると戦争へと発展してもおかしくない話だ

悲しい話ばかりが絶えない世界を見て、気分が沈む

目の前に広がる風景を見ようと窓の外を見ると、一人の少女が歩いていた

 

「………………あの子……」

 

雪の街を歩く少女

顔は知らない

黒茶の髪は肩までのショート

かなり華奢な体のようだが、チェックのストールを羽織っているためハッキリとは断言出来ない

ただ、俺が気になったのはそんなことよりも――――

 

「レン。行こう」

「?」

 

俺は伝票を掴むと、すぐに立ち上がる

そして会計を済ませるためにレジへと急ぐ

少女のあの黒瞳

それは俺が何度も見てきた暗澹な闇の深き瞳

希望の光など僅かも反射しないような、暗く沈んだ瞳だった

あの目をする人はこの世の絶望を感じながら死を願っている

そう、ただ暗いだけならまだよかった

ただその暗き瞳が鈍い輝きを放っている

それは――――自殺を決意した者の目

 

「ありがとうございましたーっ」

 

会計を済ませ、お姉さんの挨拶で背中を押される

俺はドアを飛び出し、少女がいた道の方へと急いで駆け出した

ちょっと離されたが、まだ十分に少女の背中を見つけることが出来た

よし! 間に合う!

俺はそのまま全力で雪の道を疾走し、瞬く間に少女に近づく

そこで、ふと思う

――なんて声をかけよう?――

 

「っぁ!?」

 

考え事をした

それは認めよう

しかし、まさかこの俺が――足を滑らせるとは思わなかった

 

「え――」

 

滑る

視界が巡る

少女が振り返ったのが見えた

次の瞬間にはぶつかる

そのまま地面に倒れて木が迫っていた

俺は少女を抱きかかえて守る

 

「っ〜〜!」

 

背中から正面衝突

痛みに苦鳴を漏らすが、次の瞬間には冷たい感触とともに視界が真っ暗になる

…………雪が落ちてきたのだ

 

「冷たっ!!」

 

あまりの冷たさに反射で飛び起きて雪を飛び散らす

幸い、大した量ではなかったみたいで自分で脱出することが出来た

 

「………………」

「あ……ごめん、レン」

 

飛び散った雪の被害を受けたのは助けようとしてくれたっぽいレンだった

顔には雪が飛びついており、ジト目で俺を見ながら雪を払っている

そして忘れてしまいそうなくらいに軽い少女は俺の腕に抱かれていた

 

「大丈夫だった? 怪我はない?」

「………………」

 

驚きでだろうか

完全に身動き一つせずに呆然と俺を見つめている

声も聞こえていないようでまるで人形のようだった

 

「もしもーし。大丈夫ですかー?」

「…………ふぇっ!? わ、私!!?」

 

俺が誰に話しかけているのか、をようやく理解したみたいで突然ビクッと体を動かした

慌てふためく少女を落ち着かせるように強く抱き上げ、一度静かにさせる

 

「大丈夫? 怪我とか、なかった?」

「え? あ、あ、はい……なんとも、ないみたいです」

「そう。それはよかった」

 

少女は自分の体のことなのに目で自分の体を見ながら返事をする

体感的にも痛い、とかはないみたいだ

自分の不注意でなったことなので怪我がないのは本当によかった

俺は安堵を覚え、少女をゆっくりと下ろした

 

「あ……」

「え? どこか、痛かった?」

「いえっ! そういうわけじゃないです」

 

足からゆっくりと地面に下ろすと突然の声に驚く

けれど怪我を隠していた、とかそういうわけではないようだ

少女の言葉に安心し、俺はそのまま少女を雪の上に立たせた

 

「本当にごめんなさい。足が滑ってしまって……」

「いえ。雪ですから、そういうこともありますよ」

 

少女は先程、一人で歩いていた時の表情を感じさせない笑みを見せる

しかし、僅かに影を感じるあたり払拭し切れてはいないようだ

だが、それにしても顔が白い……何かの病気、ってこともありえる

俺は謝罪で頭を下げて謝りつつ、少女の様子を確認していた

 

「あ、荷物……すぐに集めますね」

「え? あ、いえ。大丈夫です」

「いえ、私がぶつかったのが原因ですから……」

 

少女は買い物帰りだったようで、袋から中身が飛び散っていた

レンは黙々と拾い出しており、俺も慌ててレンを手伝うように物を拾う

少女は遠慮しようとするが説得は難しいと判断すると物を拾い始めていた

さすがに3人で拾えばすぐに拾い終わり、袋に商品を入れて少女に返す

 

「どうもありがとうございます」

「いえ、本当にごめんなさい」

 

拾うのを手伝った御礼を言う少女

俺はぶつかったことを今一度、謝る

互いに僅かな笑みを見せ、別れの雰囲気が立ち込めた

しかし、少女の顔の影はまだ消えていない

 

「あの、後で体が痛くなったら言って下さい。私、カノン学園2年の相沢と言います」

「え!? 学生さん、だったんですか……」

 

さすがに名前まで教えてしまうと面倒になりそうなので、苗字だけで止めておく

だが少女は俺が学園の生徒であることに驚きを示していた

なぜだ……

少し考えると理由なんてすぐにわかった

 

「あ、あはは。今日は別にサボッていたわけじゃないよ。ちょっと用事があったからお休みしたの」

「え……あ、そうだったんですか」

 

何か別の意味で驚いたように声を出し、そう相槌を打つ少女

むぅ……ちょっと腑に落ちない点もあるけど、納得はして貰えたのだから不審感は少しはとれただろう

そういえば今はまだ学校をしてる時間だからな……こんなところをふらついているのはおかしい

 

「あの、出来れば名前……聞かせてもらえる?」

「……美坂みさか しおりです」

 

少女は少し逡巡した後、静かに名前を名乗ってくれた

俺はその名前を聞いて驚きを覚えるが、悩んで名前を教えてくれた少女に感じさせないように心の内だけに留めた

俺は笑顔を浮かべ、少し俯き気味な少女の顔を覗き込むように言葉を続けた

 

「そっか。栞ちゃんか……いい名前だね」

 

俺はそう言いながら少し後ろに下がり、言葉を紡ぐ

 

「また今度会えたらビックリすることを教えてあげる」

「え?」

 

変なことを言っている

それは自分でも理解しているし、栞ちゃんのビックリした顔を見てもわかる

だけど、見知らぬ俺と栞ちゃんという関係で俺が手を差し伸べられるのはここまでだった

 

「元気出してね。また逢いましょう」

「あ――」

 

栞ちゃんの返事は聞かない

俺はそのまま手を振り、レンと一緒に駆け出す

そしてレンの胸に一振りの短剣が抱えられていた

 

「ナイス、レン」

「…………」

 

俺の褒め言葉にちょっとだけ頬を朱に染めて嬉しそうに笑みをみせるレン

そう、あの子の飛び散った物の中に短剣が混ざっていた

食料品や雑貨の間に紛れるにはあまりにもおかしな一品だった

俺はそれに気づきレンに目で指示を伝え、こっそりと回収したのだ

……ま、盗んだ、との見方も出来るが気にしないでおこう

 

「……またもう一度、逢えますように」

 

 

 

 

 

戻る?