【覇道】
<Act.3 『盗賊団“紅桜”』 第5話 『誤解なんです』>
「それで、相沢。どうしたい?」
時間がない
ここから見ても天狗達の怒りが大気に感染して伝わってくる
とてもじゃないが、話しを聞いてくれ、と叫んでも先程と同じことだろう
ここはとりあえず――あのリーダーっぽい人の耳に俺の声を届ける必要がある
「あの指揮官の人を説得してみます」
「わかった。じゃ、俺達が道を作ろう」
藤田さんはそれ以上、何も聞かずに頷いてくれた
細かい部分を聞く必要はない
暗にそう言ってくれていた
その信頼が今はありがたく、そして嬉しい
「相沢は止まらずあいつのところまで駆けろ。俺達が周りのをどかしてやる。な、葵ちゃん」
「はいっ! 任せてください!」
藤田さんは背負っていた両刃の両手剣を引き抜き、前原さんは手に赤い革グローブをつけた
藤田さんが俺を信頼してくれたように、俺も藤田さん達を信頼する
そう思いながら夢幻を一本の棒へと錬成し直す
突撃の準備は――整った
「――行きますっ!」
俺はそう声を発し、目標目掛けて雪原を駆け出す
その後ろからはしっかりと2つの気配が付いてきてくれた
天狗達も俺達の動きを見て、真っ向から向かってくる
まずは――空中にいる天狗達の突撃攻撃
さすがにあの数、しかも上空からの攻撃となると俺の魔法しかない!
「上空の天狗には私の魔法を――」
「大丈夫だ! 琴音ちゃんが止めてくれる! 相沢は進めっ!」
走りながらの俺の提案を藤田さんは一喝で一蹴した
俺は少し悩むものの、魔力を四散させそのまま疾走へと集中する
まず向かってくるは――第一陣
「キェェェェ――ッン!?」
空中から滑空し、その手にある槍の穂先を俺へと向ける
しかし、突如槍がまるで空中で固定されたように動かなくなる
天狗達は驚く間に身体だけが前へと進み、槍を宙に置き忘れにしていた
――いまだっ!
「セヤッ!!」
動きの止められた天狗の鳩尾へと棒を一突き
そのまま隣の天狗は無視して前へと進む
あくまでも俺の目的は目標のところまで疾走すること
後ろの2人がしっかりとサポートしてくれる!
後ろで聞こえる打撃音がそれを証明していた
「ハッ! ッタァ! セィッ!」
次々と槍を止められていく天狗達
その摩訶不思議な現象に戸惑い、困惑してる
俺はその隙をつくように棒で頭を打ち払い、体を突き飛ばして前へと進む
「馬鹿者がっ! 槍を捨て風を使え!」
俺の少し先にいる天狗が一喝を飛ばす
頭に変わった帽子をのせているので、この部隊の隊長さんかな?
今の一声で天狗達は思考を切り替え、全員槍を手放して手に魔力を――いや、直接風を掻き集める
なんていう魔法レベル!
こんな天狗の群れの中を突き進んでいる状態で全員が風を放たれたら――
想像すら途中で止めたくなる状態になるのは目に見えている
どうしよう
そう焦りの気持ちを抱いた時、右から影が飛び出した
「うぉぉぉりゃぁぁぁっ!! 吸い取れぇぇぇぇぇぇっっ!!」
誰もいない場所を目掛けて藤田さんは両手剣を大きく一振り
瞬間、黒い風のようなものが天狗達一帯へと襲い掛かる
するとどうだろう
突如、天狗達が次々と雪の上へと倒れて行った
正直、原因はサッパリだが、突破するには――好都合
俺は更に走るスピードを上げ、部隊長の天狗へと迫る
「な、なんだというのだっ!?」
仲間達が倒れたことで心配、困惑を見せる部隊長
まさに混乱している今が好機!
そう思い、棒を持つ手に力が込められた瞬間――背後の闘気が膨れ上がる
――“
棒を使って跳躍
それで俺は部隊長の天狗の頭を飛び越えた
その直後、背後より飛んできたのは空気の塊
それは部隊長の腹部へと深く打ち込まれ、部隊長の膝を雪の上に落とした
「ここは任せてください!」
振り返ると、拳打を打ち出したポーズをとる前原さん
その体からは僅かに風が立ち込めているようだ
魔法と融合した格闘技――エクストリーム
彼女は風の属性か……
今のは俺の魔法である“
ま、俺のなんちゃってエクストリームとは違って洗練された一撃だとは思うけど
俺はそこで思考を前方へと戻す、立ちはだかるのは地上の天狗達
あの数を2人で相手にするのはちょっとキツイ
幸いにもガタイのいい天狗は一番前に立っている
ここが俺の――頑張りどころかな
「話を聞いてっ! 私達は貴方達と争いたいわけじゃないのっ!!」
これ以上近づいては相手を刺激する
そう判断した俺はここで初めて足を止めた
後ろの藤田さんも状況を察してすぐに止まってくれる
そして静かにこの場を眺めていた
「ふんっ! 薄汚い人間の言葉なんぞ、聞く耳もたんっ!」
そう言って腕を上げると数人の天狗がこちらへと低空飛行で飛んできた
手にあるのは槍
向けられるは殺意
俺は棒を構えると、再び藤田さんが隣に来て両手剣を一振り
「吸い取れっっ!!」
瞬間、再び黒い風のようなものが走り、天狗達は意識を失ったのか雪の上に倒れた
魔法……なのか?
現象の理由がよくわからないが、怪しく剣に埋め込まれた赤い宝玉を煌いているのが印象的だった
だが、今はそんなことを聞いている場合ではない
俺は視線を天狗へと向け、自らの思いの丈を言の葉にのせる
「私達、人間のことは信じなくてもいい! でも、灯台を見て! そこに貴方達が探している子がいるのっ!!」
「なに!?」
俺の叫びに天狗は動揺し、目を細めて灯台へと視線を向けてくれた
そしてその目は少女を捉えたのか、みるみる驚愕の表情へと変わっていく
これで、話の切欠を掴めたかな……
そうは思うものの、こんなところで安堵などしていられない
俺はすぐに言葉を続けた
「私達はあの子を保護したの。少女を攫った連中は灯台に閉じ込めてある。だから、私達が争う必要はないのよ」
「………………それを証明するものは?」
無表情となった男の口からの返答は、それだけだった
怒りの矛先を見つけたが、それが間違いだった
認めたくはないことだろうし、一度放った怒りの矛を納めるのも容易ではない
男の心の中は凄い葛藤で揺れているに違いなかった
「少女に聞いて貰えばわかるわ」
「貴様らが脅しをかけているかもしれぬ」
「なら、私達は天狗達を一人たりとも殺していないし、斬ってもいないわ。皆、気絶しているだけ。証明にはならないかしら」
用心深い天狗の男の言葉を間髪入れずに返事をする
男はさすがにそれ以上の言葉は出て来ないのか、静かに目を閉じて一呼吸
そして目を開けた時、静かに手を挙げて軽く振った
すると天狗達が構えていた槍が下ろされ、臨戦態勢が解除される
「思慮が足らなかった。反省し、そして詫びよう――申し訳ない」
「いいえ。状況が状況だったもの。仕方ないこと。それに同じ人間としてこちらこそお詫びを……」
互いに頭を下げて謝る
その気持ちは互いに通じ合うことが出来たはずだ
男の顔に笑みこそ浮かばないが、俺は説得が出来た嬉しさで微笑がこぼれた
これで無駄な争いがなくなったのだ
喜ぶのは当然だろう
「子は連れて行く」
男が再び手を挙げると、天狗達は一斉に飛び上がった
倒れる仲間や、少女のもとへと飛んで行き帰り支度をするのだとわかる
そんな中、俺と男は向き合ったまま会話を続けた
「無礼をした。この詫びは必ずする。我は
「私は相沢 悠」
「俺は藤田 浩之だ」
そう名を名乗ると、男――黒冴は今一度目を閉じて名前を頭に刻んでいるようだった
そしてゆっくりと翼を動かして飛び上がる
「名は覚えた。いつか詫びを致す」
そう言っている間に他の天狗達が集まり出す
それぞれ手には仲間、槍、そして少女を抱えていた
「バイバイ。またね」
「…………」
少女に向かって手を振る
少女は小さくだが、しっかりと俺に向かって手を振ってくれた
「では、さらばだ!」
男の大声と同時に天狗達は翻し、それと同時に突風が吹き荒れた
「っぅぁ――」
「おぷっ――」
風の力を大地に向けて放ったのだろうか
突風は雪を大量に巻き上げてまるで吹雪のように雪を散らせる
目も開けていられない
冷たい濃霧の中にいるように真っ白の視界のまま俺はその場に立ち尽くしていた
「……ありがとう、藤田さん。おかげであの子を親元に帰すことが出来ました」
「いいんだよ、別に。それに、一番頑張ってたのは相沢――おまえだろ」
今一度、深く腰を折って藤田さんへ感謝の礼を尽くす
俺の我侭に危険を伴って付き合ってくれたのだ
その優しさに感謝を覚えずにはいられなかった
「にしても、あれだな……相沢は魔物のこと、どう思ってるんだ?」
それは相変わらずの真っ直ぐ過ぎる質問だった
一連の出来事を関連して、思っていたことだろう
しかし、ここまで真っ直ぐに聞かれるのも珍しい
藤田さんは天狗達が去ったゲルグ高山の方を見ながら、聞いてくれた
「私は、人間も動物も、そして魔物も……命は平等である、と思っています」
「博愛主義……マリア主義か?」
俺の話に藤田さんは思い返すように問う
マリア主義――それは命には上下や優劣はなく、全ての生命は皆等しく平等であるという考え
昔、マリアという心優しき人物が世界中の生命のことを嘆き、そして尽力を尽くしたことで生まれた思想だ
俺は藤田さんの問いかけに静かに首を振る
俺のはそんな高尚なものじゃない……
「私は命には種族という隔てはないと思います。けれど、どんな生き物でも救いようのない存在も確かに存在する
魔物とてそう。凶悪に心が歪んでいたり、また凶暴な生態系を持つものもいる。けれど、一方で何も害のない魔物だっています
私は人間だから、魔物だから、ということではなく、その人がどのような人で、どんな存在なのか、ということだと考えています」
「……なるほどね。ようは生物としての心の在り方、ってわけだ」
「はい」
俺の話に藤田さんは納得がいったように、笑みを見せる
俺の言っていることは変なのかもしれない
けれど、隣にいる藤田さんはそれを否定せずに、気持ちよさそうに笑っていた
「確かにな。人間にだって救いようのない悪党はいっぱいいる。そいつが何者なんだ、ってことよりもそいつはどんな奴なのか、ってことか
……いいぜ、相沢。俺、その考えには賛同できる。凄く、納得もいくしな」
「藤田さん……」
偏見などなく、俺の話を聞いてそう言ってくれる藤田さん
俺はその嬉しさを言葉に出来ず、静かに会釈することしか出来なかった
「さて、警備隊の皆さんがご到着みたいだ」
藤田さんの言葉でルベック森の方を見ると、確かに団体さんが雪原に姿を現していた
むぅ……天狗達との予定外の一戦で時間を使ってしまったか
今のままここを離れようとしても警備隊の連中に目がついてしまう
そう思案していると、不意に背中に視線が突き刺さる
「では、藤田さん。私はこれで失礼します。今日は本当に――ありがとうございました」
「え? お、おい。あいざ――っぁ!?」
不意に空が暗くなる
そして暗闇の空の下、白い雪原が妙に眩しかった
突然のことに藤田さんの顔が驚きに染まる
俺はそれでも再度、礼を行い直後――吹雪が吹き荒れる
俺はその吹雪に紛れるように全力で雪原を駆けた
すると俺の隣に現れるのは――黒い影
「サンキュ、レン!」
「…………」
レンは俺の肩に飛び乗り、俺は更に走るスピードを上げる
さすがは長年の相棒だ
絶妙なタイミングで力を貸してくれる
俺はうまいことその場を離脱出来たことに感謝しつつ、後ろを僅かに振り返る
「ありがとうございました。藤田さん」
戻る?