【覇道】

 

<Act.3 『盗賊団“紅桜”』  第4話 『天狗一族』>

 

 

 

 

 

「……ふぅ。これで終わったな」

 

そうようやく一息をつけたのは昼過ぎになってからだった

盗賊団総勢120名――死人もいるが、その全てを捕縛することに成功した

縄で縛り上げ、灯台の地下に幽閉している

もとは食糧庫だったようで、閉じ込めるには持ってこいだった

ボスのルイの死亡を知るとその殆どのものが脱力し、無抵抗になったのは驚きだったが……

 

「でも、まさか“狂いの殺人剣士クレイジー・ジャック”のフランケまでいるとは驚きでした……」

 

姫川さんは賞金首のリストを見てそう言葉を漏らす

そう、陣に潜入して佐藤さんが最初に闘ったのは盗賊団のNo2でもあり、賞金首でもある男だった

全身を包帯で巻いた狂人で、人を殺すことしか興味がないような奴らしい

とある街で幾つもの家族を皆殺しにしたのが事の発端

狂ったように様々な街で多くの人を殺し歩いていた犯罪者だそうだ

佐藤さんの一閃により、首が胴からおさらばしてしまいその凶刃が振るわれることは二度とない

 

「でも、凄いです! 悠さん! ルイ・ダニアンに対して一人で勝つなんて!」

「……ありがとうございます」

 

興奮気味に話す前原さんに対して、一応褒められたお礼だけを返しておく

その俺の冷めた態度に戸惑ったのか、前原さんは困ったように苦笑いをこぼした

確かに2100万の賞金首だったんだ……俺が余裕を持って闘える相手ではなかったな

俺としては指輪の力を使ってしまったことへの罪悪感があるのだが、それでも無傷で勝利を飾れたのだ

なにより、この少女を救うことが出来たのだからよしとしよう……

俺は自らの腕の中におさまる翼のある少女の頭を撫で、ようやく笑みを浮かべることができた

 

「相沢。ありがとな。おかげでルイ・ダニアンを捕まえることができた」

「いえ、こちらこそ……盗賊団を一網打尽に出来ました。本当に感謝しています」

 

藤田さんは俺に礼を述べるが、お礼を言いたいのはこっちだった

一人ではとてもじゃないがこの盗賊団を倒すことは出来なかっただろう

予想以上の猛者だったルイ・ダニアン

そして1600万の賞金首だというフランケまでいたのだ

とても一人ではどうにもならなかった…………

利害は一致していた

だから手を組んだ

それゆえに俺も藤田さんも、それ以上の礼を述べることはしなかった

 

「それで相沢、どうするんだ? もうじき警備隊が来ると思うが……」

 

藤田さんの言葉に俺はすぐに返事を返せなかった

今、佐藤さんがカノン街へ警備隊を呼びに言っている

さすがに敵の人数も多く、細かい事故処理等も考えると警備隊の協力が必要だった

つまり、状況の説明のため藤田さん達も事情聴取を受けるわけだ

学校に秘密にしている俺としてはこのままここにいるのは不味いだろう

 

「私はここで退散させて頂きます。賞金の方はギルドに4401の番号で預けておいてください」

「わかった。……で、その子はどうするんだ?」

 

ギルドの俺のカード番号だ

そうすれば後で俺がお金を受け取ることが出来る

そう、俺が相沢 祐一とバレることなく、な

立ち上がった俺の足を止めたのは藤田さんの鋭い返答

俺の腕の中におさまった少女は俺の服を離そうとせず、しっかりと掴んでいる

余程の恐怖心からか、まだ心は落ち着いていない……そのため話すことも儘ならない

 

「親元に帰します……」

 

俺の一言が灯台の2Fの一室に小さく響き渡る

魔物を帰す

それは本来、変なことに部類される発言だ

魔物とは人類の敵

本来は殺すべき、というのが殆どの人の判断だろう

しかし、この場に俺の発言に対して反論をするような人物はいなかった

もちろん、口を噤んだ人もいるだろうが

 

「帰すって言っても、どこか心当たりはあるのか?」

「……いえ」

 

そう、俺はこの子がどこから来たのか、すらわかっていない

少なくともスノー大陸なのはわかる

ルイが捕まえていたのだ

この大陸内での仕事と見て間違いない

だが…………そういえば…………

ルイのことを思い出していて、ふと少ない会話のことが思い浮かんだ

 

「皆さん。天狗、って言葉に聞き覚えはありますか?」

「てんぐ?」

 

そういえばルイがこの子のことを天狗、と言っていた

俺としては知らない魔物だが、この地域特有の、という可能性が高い

黒い翼のある少女

人間と鳥人の混血、とも考えられるが……

俺の問いかけに藤田さんは小首を傾げる

その視線の向かう先には姫川さん

だが、姫川さんも静かに首を横に振った

 

「あの、私、知ってるよ」

「! 本当ですか!?」

 

そう言ってくれたのは神岸さんだった

少し逡巡するような表情だが、今はどんな情報でも欲しいところ

俺の歓喜の声を受け、神岸さんは苦笑いしながら話を続けた

 

「えっとね、すぐそこに見えるゲルグ高山に古くから存在する、って言われている伝説の生き物なんだって

 人のような姿をしているけれど、黒い翼が生えてて風等の天変地異を操作する、って言われてる話があるって聞いたよ」

 

言われるままに少女の姿を確認すると、まさにその容姿と一致する

ゲルグ高山……確か山は険しいが、すぐそこではある

ルベック森の西にある高山地帯だ

問題は地理勘もなく、また広さもあるため探すのには苦労しそうだが……そんなことを言っている場合じゃないしな

俺は行き先が決まり、席を立ち上がる

 

「あ、でも。ギルドで聞いた話だから……それに、伝説の生き物だし……」

「いえ。神岸さん、ありがとうございました」

 

俺は神岸さんに深々と頭を下げて礼を述べる

恐縮したように苦笑する神岸さんだが、これが俺の素直な気持ちだった

俺は頭を下げ、出口へと視線を向けると藤田さんから一言

 

「……行くのか? ゲルグ高山へ」

「はい。この子を、家族の許へ帰してあげたいんです」

 

俺と手を繋ぐ少女の頭を撫でる

柔らかい黒髪の感触が俺の心を落ち着かせた

少女も俺には懐いてくれているようで、目を細めて僅かに笑みらしきものを見せる

……左肩にいるレンからの視線は険しくなったけど

 

「ひとつ、教えてくれないか」

「? なんでしょう?」

 

不意に藤田さんから問いかけがあった

何を聞かれるのかわからず、俺は小首を傾げて返事をする

 

「なんでおまえはそこまで――――」

 

藤田さんの声が聞こえたのはそこまでだった

次の瞬間、まるで爆発でもしたような爆音と、そして地響きが起こる

そして灯台そのものが揺れ、衝撃を受けていた

 

「っく! 皆! 何かに掴まって伏せろ!」

 

急な出来事だった

藤田さんの一声に返事を返す余裕もなく、俺達はそれぞれ部屋の各所に避難する

そして数秒後……地震のような揺れはおさまった

 

「いててて……いったい、なんだってんだ……?」

「っ!」

 

藤田さんが起き上がりながら部屋の状況を確認する

棚が倒れたり等の被害はあるが、俺達には幸いにも怪我はなかった

俺も今の出来事はなんなのか

そう考えていたが、不意に嫌な予感がして部屋を飛び出した

少女を抱き、階段を飛び降りるようにして駆け下りる

灯台の螺旋階段を降りきり、そのまま玄関の扉を押し飛ばすように開けて外に出た

 

「っ! こ、これは……」

 

正面に広がったのは無数の人影

警備隊?

いや、違う

白装束に身を包んでいるのは黒い羽を生やした鳥人達だった

鴉、の鳥人だろうか

立派な嘴をしており、また眼光も鋭い

それに数も多かった……灯台を前に展開されている鳥人達の数は凡そ――50以上

また、空を飛んでいる連中も合わせれば70以上はいる

 

「人間め! よくも我が一族の者を連れ去ったなぁっ!!」

 

怒りの叫びだった

はちきれんばかりの怒りの声が響き渡る

声を発したのは一人、前に歩み出た少し体格が大きい鳥人

身長は2mを超えるだろうか

手には立派な槍を構え、吼えるように叫んだ

 

「人間如きが我が天狗一族に手を出せばどうなるか――身をもって教えてくれるっ!!

「ま、待って――っ!」

 

俺が言葉を挟む時間すらなかった

怒り狂った鳥人――天狗は手を挙げると宙にいた天狗達が槍を構えて俺に向かい滑空する

ダメだ! 魔法じゃ間に合わない!

そう直感で分かるほどに天狗達の宙を舞うスピードは――速い

 

「盾よっ!!」

 

手にある夢幻を即座に変化させ、俺の正面に壁とも言える盾を作り出す

そして俺は盾を背中にして身を預け、両手に魔力を集めて準備をする

その時、灯台の玄関に佇む少女の心配そうな顔と、付き添ってくれているレンを見た

大丈夫だよ

そう伝えるために、俺は少女を見て笑顔を浮かべた

 

「キェェッ!!」

 

間近で聞こえる羽音

視界の隅より2つの黒い影が飛び出した

そしてこちらへと振り返りつつ、その銀の穂先を俺に向かい構えている

うまい――が、遅い!

 

――“女神の拳骨ユー・ゲンコ――

 

両手を突き出して天狗の顔面に光の拳打を打ち飛ばす

天狗達は苦鳴を漏らして雪の上に倒れ落ちた

そして次に来るだろう天狗に備え、俺は盾の一部から夢幻を取り、両手に80cm程の棒を生み出す

少女の家族だ

斬るわけには――いかない

 

「ハァッ!!」

 

次の影が見えた瞬間、盾の裏から飛び出して鳩尾へ突きを入れ込む

息が逆流し、喉が詰まるような音が漏れた

そしてそのまま棒を僅かに引き、首を突く

 

「ェグァッ!?」

 

これでまた2匹、雪の上へ落ちる

そして俺は息を吐く間もなく振り返り、迫り来る天狗達を前に棒を構えた

 

「キェェェッ!!」

 

高速のスピードで風のように吹き抜けていく瞬間、槍を突き出してくる

俺はそれを後方へと飛び退きながら半身でかわし、または棒で捌く

さすがに反撃する余裕はないので避ける事と、防ぐことだけに集中して間髪あかない攻撃を耐え切った

その頃には灯台の前に辿り着き、空中からの攻撃に制限をかけることとなり、ようやく一息吐けた

 

「……おいおい。なんか大変なことになってないか……?」

 

階段を下りてきたのか、藤田さんの声が後ろから聞こえた

それは外に展開される天狗達の姿を見ての正直な感想だろう

俺とて同じ気持ちではあるが、同時に少女を帰せるチャンスとも思っている

 

「あ、あはは……伝説の生き物にしてはたくさんいますね……」

 

前原さんの冴えないツッコミも苦笑いとなっている

まぁ、確かに……言いたいこともわからないでもない

伝説と言うぐらいなのだから、数人しかいないイメージではあったし……

皆さんも降りてきたようで、後ろに人の気配が増えていく

 

「皆さん。私が天狗達と話をしてきます。ですので、もし天狗が襲ってきても殺すことはしないでください」

 

振り返りもせず、ただお願いとしてそう言った

相手は先程の爆発を起こすような力さえも秘めた連中だ

それが70近くもいる……正直、藤田さん達でさえ余裕を持って闘える相手ではないだろう

それなのに相手を殺さずに身を守ってほしい、なんて身勝手な発言もいいところ

だが、この人達ならきっと…………

俺は祈るような気持ちになりながら、後ろからの返答を待った

 

「ははっ。ったく、無茶なことばかり言うよな、相沢」

「へ……?」

 

急に頭の上に手を置かれ、軽く撫でられた

……頭を撫でられるのって、いつ以来だろう?

そう違うことを考えてしまうほど、ちょっと衝撃的な出来事だった

藤田さんはそう言うと、不適な笑みを浮かべて俺の隣へと歩み出た

 

「よし。あかり、その子と猫ちゃんは任せたぞ」

「うんっ。任せて、浩之ちゃん」

「葵ちゃんは俺と一緒に相沢の護衛」

「はいっ!!」

「琴音ちゃんは俺達を後方から支援してくれ。頼むぞ」

「任せてください」

 

的確な指示をあっという間に出していく藤田さん

その横顔を見て思わず、呆然としてしまった

そんな俺の視線に気づいたのか、藤田さんは俺の方へと振り向いた

 

「何でも一人でしようとすんな。一緒にチームを組んだよしみだろ? 協力するぜ」

「っ……」

 

いい、人達だった……

俺はその優しさ、想いを感じるだけに胸を打たれ、涙を流しそうだった

だが、今は涙を流すべき時ではない

俺は目をグッと堪え、正面へと向き直り、感謝の言葉を紡いだ

 

「…………ありがとう、ございます」

 

 

 

 

 

戻る?