【覇道】

 

<Act.3 『盗賊団“紅桜”』  第3話 『VSルイ・ダニアン』>

 

 

 

 

 

「……これで、大丈夫かな」

 

テント内にあった布を使い、魔法で周囲の雪を溶かして濡らし、少女を拭き上げる

全身を穢されてから時間が経ったのだろう

汚れをとるのに少しは苦労したが、幾分かマシにはなったはず

最後に布で少女の体を巻き、代わりの服として代用した

猿轡や、腕を縛られた痕が痛々しいが、外傷がないことだけはせめてもの救いだった

 

「……にしても、どうしよう」

 

少女は暗い瞳で俯いて下を見るばかり

……あれだけのことがあったんだ。正気を保っているだけでもよしと思うしかない

しかし、今の状況としては俺と一緒に連れて回るしかないか……?

ルイとの戦闘になった時、俺が不利にはなるが……少女を見放していくわけにもいかない

ましてやここに置いていきでもすればまた賊が現れる可能性とてある

 

「……一緒に行きましょう。私が貴女を守ってあげる」

「………………」

 

手を差し出す

そして笑顔などではなく、真剣な顔で少女を見た

少女も俺の視線に気づき、顔をあげる

そして静かに俺の手に手を重ね、立ち上がってくれた

 

「それじゃ、行きましょ」

 

話は後でいい

今は一刻も早くルイを倒し、そして盗賊団を壊滅させること

それまで少女は俺が守ってあげればいいだけの話だ

少女の手を引き、俺はテントの外へと飛び出した

瞬間――空気が張り詰めていることを知る

 

「っ!」

 

それは反射だった

俺は少女を後方へと投げ、半身で出来るだけ体を沈める

その横を走っていたのは――銀光

マントを放り、身を隠す

敵はすぐそこに――――いるっ!

 

――シュシュッ!!

 

風を切る音が流れる

俺はそのまま雪上を転がり、音を背後で聞くことが出来た

手にある夢幻をダガー二本へと変え、受け身をとりようやく体を起こす

振り返ればそこにはピンクの髪をした赤い瞳の女性がいた

手には長い銀の槍を手にしている

 

「まさか天狗狙いとはね。アンタら、一体何者だい?」

 

女性は槍を構えながら、剛毅な笑みを見せる

だが、俺はそんな受け答えをする余裕はまだなかった

肝を冷やしたのは先程の――突き

あまりにも速い突きだった

先日のマーブル遺跡でもランスを持った機魂兵を相手にしたスピードとはまた違う

槍の動く速さそのものが速い

そう、本当に光線と思わせるほどに……

俺は後方で佇んでいる少女を一瞥で確認し、無事であることに安堵した

 

「傭兵よ。ルイ・ダニアン。貴女の首――貰いに来たわ」

「はんっ。とんだ小娘が来たもんだ。アンタにこのアタシが殺れるとでも?」

「……そうだとしたら、どうかしら?」

 

そこで剛毅な笑みが止む

俺も立ち上がり、ダガーを二本構えた

だが、あれだけの長い槍を相手にダガーでは分が悪い

懐に潜り込めば話は別なんだろうが……

緊迫する空気

迸る剣気がぶつかり合う

じりじりと間合いを詰め合い、そして俺が――――動く

 

「――ッフ!」

「っ!」

 

右手を一振り

ダガーをルイに向かって投擲する

そのことにルイは驚きのためか、眉を僅かに動かすが、槍を動かす気配はない

確かに距離もある投擲だ

あれだけの達人ならかわせるだろう

そうそれがただの――――ダガーだったらの話だが

 

「広がって!!」

「んぁっ!?」

 

俺の声を合図にダガーは光を放ち、その形をダガーではなく蜘蛛のように広がる

蜘蛛の足を思わせる突起はルイを取り込もうとして迫った

だが、驚きながらもルイはその得意の一撃を夢幻に放つ

 

――ギガッ!!

 

貫くことは出来ない

だが、ルイは穂先を器用に操って夢幻を右上へと放り投げる

うまい!

だが――隙だらけだ

俺はその間も距離を縮め、ルイは槍を天に突き上げた状態

為す術はない!

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ――――」

 

ルイはしかし、雄叫びをあげながら放り投げながらこちらに背中を向けた

意味がわからない!

そう思ったのも束の間

俺は先日の機魂兵の一撃を思い出した

 

ビュゥッ――――

 

横へと飛んでいた

それはルイが柄尻を突きとして放つ前から

そう、ルイは俺に背を向け、柄尻を先端として後ろ向きで突きを放った

それも、恐ろしい程速く、そして正確に

先日の機魂兵と闘っていなければ反応が遅れ、突きをモロにくらっていただろう

だが、俺はかわした

そしてルイとの距離は既に――俺の間合いだ

 

「やぁぁぁぁ――――ぅっ!!」

 

ルイへと飛びかかる

手にはダガー

狙うは首元

だが、ルイは突き出した槍を戻さず、そのままその場で旋回をする

まずい!

そう思った時には俺の横腹には槍の柄が打ち込まれる

こいつ! 全然焦らないなっ!!

俺は雪の上へと叩き落とされるが、態勢が崩れたわけではない

ルイは槍をそのまま振り抜きつつ、俺と距離をとろうと旋回しながら後ろへと下がる

俺は慌てずに冷静になりルイの足を目がけてダガーを投擲する

 

「ァゥゥッ!!?」

 

ダガーは見事にルイの左足の脹脛へと突き刺さる

苦鳴を漏らすルイだが、その場に倒れることはせず、俺の方へと向き直り再び槍を構えた

 

「ッチ! なんだ、その武器は!!」

「…………いいでしょう? 私の自慢の武器よ」

 

手に僅かに残しておいた夢幻の欠片

それに魔力を込め、銀の槍を作り出す

質量を無視した錬成は確かに反則だと俺も思う

だが、俺の手に夢幻がある以上、そんなこと言っていようが関係ない

伝説の武器なんてえてして反則のようなものだからな

 

「はんっ。アタシと槍で勝負する気かい?」

「えぇ。槍が得意のようだし、合わせてあげようと思ってね」

「……つくづく腹の立つ小娘だね」

 

ルイは刺さったダガーを抜く隙すらも見せず、俺に向かい構え続けている

だが、あのダガーの怪我は大きい

ルイから機動力を奪うことが出来た

あいつはこれで動き回ることは出来ない

とはいえ、あの神速を思わせる突きがある……油断は出来ない

俺は槍を構え、先端に光を集束させていく

 

「ッチ。魔法かい」

「えぇ。避けた方がいいわよ――――“邪を焼き尽くす聖炎デリ・ガンド・ラン

「ッチ!!」

 

槍の先端から光の砲撃を放つ

進みが遅いとはいえ、これだけの近距離だ

しかも足を怪我したルイにしては体を投げて避けるのが精一杯だろう

案の定、ルイは左側へと倒れ込むように飛び退いた

 

「――っ!!」

 

そのルイへ向けて二歩踏み込む

そして槍を突き出そうとした時、目前に銀光が迫った

俺は慌てて突き出そうとした槍を突き出し、迫る銀光を俺の横へと流す

倒れながらにしてあの一撃

恐るべし、ルイ・ダニアン!

俺は踏み込む機会を逃し、視線を向ければ既にルイは片膝をついているが身を起こしていた

そして槍の穂先はこちらへと――向けられている

 

「アンタ、いい奴だろ?」

「? 何を言っているの?」

 

肩で息をするルイ

急なその問いかけの意味が測り切れず、小首を傾げて問い返す

その様子を見てルイはニヤリと笑みを浮かべ、そして左手を横へと突き出した

一瞬、意味がわからず隙をつこうと槍を構えるが、左手の先を思い出して視線を向ける

そこには雪の上に佇む少女が静かにこちらを見つめていた

 

「アタシも魔法は使えるんだよ。さぁ、一歩も動くんじゃ――っ!?」

 

頭に血が上った

卑怯な手

弱い少女を狙った

姑息

許されるべきではない

単語が頭の中を駆け巡る

思考は置き去りだった

踏み込む

驚きに歪むルイの顔

左手に炎が集束していく

 

「伸びろっ!!」

 

手の槍を突き出すより、魔力を込めて夢幻の槍をただ神速の速さを祈って伸ばす

予備動作がなかったためか、槍が伸びるとは考えていなかったためか

ルイは伸びる槍の穂先への対処が遅れ、その腹部を夢幻に貫かれる

 

「ぅっ――“迸る炎蛇の牙ガルグロ・スネーイァ”ァッ!!

 

左手より零れ落ちた炎の玉

それは雪を溶かすよりも早くに少女に向かい雪上を迸る

まるで導火線でもあるかのように炎は一直線に少女に迫る

魔法があまり得意ではないのか、炎の勢いは弱い

だが、弱った少女を一人焼き殺す位の力は持っている

ダメだ! このままじゃ――――

そう悟った

足では炎より早く走れない

魔法の展開も間に合わない

そう悟った俺は無意識の内に左手の薬指に嵌めてある青の指輪に魔力を送り込んでいた

指輪の名は――――“斬鬼の指輪ザンキ・リング

 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁ――――」

 

体に漲る力

指輪に込められているのは鬼の力

鬼の驚異的なまでの肉体能力の恩恵を授かることが出来る

俺は一歩を踏み出す時には既に三歩目に入っている

自分の感覚ではついていけない肉体の加速さ

だが俺は一瞬にして炎と少女の間へと――回り込んだ

 

「ぅぅぅぅぅぅぅ――――“女神の魔祓う掌ユー・イレイザー”ッ!!」

 

夢幻は手にない

俺の左手には高められた光の魔力を宿している

俺はそれを爆発させるように放ちながら左手を振り払う

目前に迫る炎を手で払い除けるかのようにして、迫った炎は弾け飛ぶ

四散する炎達

既にルイの放った炎は掻き消されていた

 

「はぁ……はぁ……」

 

少女の無事を確認して、ようやく頭に冷たい空気が流れ込む

指輪の力……使ってしまった……

こっちにいる間は使わないようにしよう、と心掛けていたのにな……

体への負担が大きいため、皆からはあまり使わないようにと言われていた

……だが、その件も後回しだ

俺は膝を折って動かないルイの方へと歩き出す

生きているのか、死んでいるのか…………

肩で息もしていない

死んでいるのかもしれないが、油断は出来ない……

俺は手に魔力を集めつつ、ゆっくりとルイへと近づいていく

 

「んーーーっ!!!!」

「動くなぁっっ!!」

「っ!?」

 

突如、後ろから声が上がる

何事かと振り返れば、そこには先程気絶させた男の一人が少女に剣を添えていた

くそっ! 完全に寝たと思ったが、眠りが浅かったのか!?

悔みに思わず歯を噛みしめる

少女の悲鳴ともとれる声を聞いた

そして今も刃に怯える少女

くそっ……身動きが…………

 

「っ! 動くなっ!!」

「っ……」

 

左手を僅かに動かしただけで男は少女の首元へ刃を押しつける

僅かに斬れたのか血すらも滲んでいた

っくそ…………っ!!

思考を巡らせる中で、突如正面から凄まじい殺気が膨れ上がる

まず、間違いない――――ルイ・ダニアンだ

 

「よ、よくやったね、ジン……そのまま動かすんじゃないよ……」

 

正面へと向き直ると、腹に槍を刺されてなお、ルイは手に自分の槍を持ち俺の方へと向き直る

槍は間違いなくルイを貫通している

背中から穂先と柄が見えているのだから……

つまり、今はルイ自身の生命力によって生き長らえているだけ

だが、この局面は…………ヤバイ

特に夢幻が手元にないことがまずい

 

「こ、こむすめ……アンタのせいで、アタ、アタシは……アタシはっ!!」

 

来る

最後の力を振り絞るようにルイの槍の穂先が浮き上がる

そして俺の方へと向けられ、ルイの手が素早く動く

 

「ァガッ――――」

 

背後で奇妙な音が聞こえた

そして同時に――――

 

「――いけぇ!」

 

声の主は――佐藤さん

俺は後ろを振り返ることなく、放たれた銀閃へと集中する

迫る銀閃

目前まで迫ったそれを、足の軸による回転で紙一重でかわす

旋回しながら正面へと振り返り、俺は左拳打に光を纏わせ突き出した

 

――“女神の拳骨ユー・ゲンコ――

 

溜めにためた最大出力で光を放つ

俺が狙った先は――ルイの顔面

 

「っぅぁ――――」

 

強烈な一撃はルイの顔面に見事に炸裂し、ルイは後ろへと倒れていく

既にルイの足元は出血のため真っ赤な絨毯のように染まっており、もう助かることはないだろう

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

「お見事。悠ちゃん」

 

緊急事態の連続と、魔力の連続消費でさすがに疲れているのだろうか

俺は肩で息をしながら、倒れ込んだルイを茫然と見つめていた

その間に少女を連れて佐藤さんは俺の傍に歩み寄っていた

そう、優しく声をかけて俺の肩を軽く叩く

 

「これで盗賊団“紅桜べにざくら”も終わりだよ」

 

 

 

 

 

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