【覇道】
<Act.3 『盗賊団“紅桜”』 第2話 『戦闘開始』>
「悠ちゃん。ここで一度待機しよう」
「……はい」
俺は佐藤さんとペアになり、敵陣の奇襲を担当する
森を抜け、雪原が広がった
このまま一緒に進んでは、もし発見された時に隊を分けることが出来なくなる
なので俺と佐藤さんは別行動をとり、雪原の隅で身を潜めた
ちょうどそれは森から歩いてくる藤田さん達を右側に、盗賊団が根城にする灯台を左側として見ることができる
ここなら派手に陽動をして貰えれば敵の虚をつくことができるだろう
雪の僅かに窪みがあるところで身を伏せ、俺達はその時が来るのを待つ
「あ、あれは……」
藤田さん達がゆっくりと灯台の方へ歩いて行くのが遠目になんとなく見える
盗賊団はまだ朝早いためか、動きなどまるで見られない
全員まだ寝ているのでは?
そう思えるほど、奇襲には適している様子を感じさせる
そんな中、藤田さんの目前で急激に雪が集まり出し、巨大な雪玉が自然と作られていく
「あれが琴音ちゃんの超能力だよ」
「凄い……」
その雪玉はどれほどの大きさになったのだろう
遠目でわからないが、人影の5倍近い大きさになっているように見える
その雪玉がゆっくりと空中へと浮き上がっていく
まるで白い太陽が天へ昇っていくような不思議さだ
見ていても違和感のある光景にしか見えない
魔法ではない物理的に物体を操作する力――念動力か
あれが人体に向かって働くとどうなるのだろう……
少し、背筋が冷えた気がした
「――――行った」
巨大な雪玉が天より落ちるように灯台の麓へ向かって墜落
遠いので音などは聞こえないが、かなりの衝撃だったはずだ
雪煙が爆発のように吹きあがり、周囲へ雪の塊が飛び散っていく
それと同時にここまでも微かに聞こえてくる怒号の叫び
さすがに今の一撃で盗賊団も目が覚めたらしい
陣の雪煙が舞う中、素早い者は藤田さん達の姿を見つけたのが、陣から飛び出していた
「今ので数が少しでも減ればいいんだけど……」
佐藤さんの呟きに俺は同意するように頷く
さすがに灯台を壊すわけにはいかないので、手前の陣に落としたのだろう
にしても、広域魔法と同じような効果がある攻撃だった
まさに予測不可能
先ほどまでクールに説明してくれていた姫川さんの顔が思い浮かぶ
……綺麗な顔して、けっこう凄いことするよね
「数は……50、ってところか」
雪煙もおさまりを見せる頃、藤田さんと向かい合っている盗賊の連中は50程だった
数から見て3分の1
今の攻撃に対する対応としては中々に動きが早い
状況の確認で一部隊、応戦で一部隊、片付けで一部隊、ってところだろうか
相手の統率力を感じながら、俺達はまだ様子を見る
「もう少し近づこう。混乱している今の内に少し距離は縮めた方がいい」
「……はい」
佐藤さんの言葉を受け、俺達は静かに、身を低くしながら陣へと近づく
レンは森の出口で別れたため、緊急事態でもない限りは出てこない
正真正銘2人
白を基調とした格好で俺達は徐々に距離を縮めていく
「あそこ」
「はい」
佐藤さんが指さしたのは僅かに窪みのある部分
そこに俺と佐藤さんは並ぶようにうつ伏せで伏せる
陣までの距離は凡そ――――100m程だろうか
魔法で攻撃しようと思えば出来ないこともない位にまで縮めることができた
ここまで来ると声も微かにだが聞こえ、藤田さん達の戦闘が始まった音も聞こえる
「………………ゆっくりと、距離を保ったまま裏手に回るよ」
「……わかりました」
佐藤さんは陣をじっ……と見つめながら、何かを見て判断したのだろう
半身だけ身を起こし、低い態勢のまま見つからないように徐々に北へと移動する
陣からたまに聞こえる声を聞くと、まだ状況を察しきれていないようだ
叫び声が飛び交い、何が起こり、誰が来て、どうなっているのかが判断つかないようだ
まさしく奇襲攻撃は大成功
しかも部隊を率いて敵が飛び出した、ってことはそれなりの力量がある奴が飛び出したのだろう
ルイが飛び出していたら藤田さん達に任せるしかないが、それはない、と信じて俺達は潜入の機会を窺う
「…………あそこだ」
灯台の北へと回り込むと、叫び声なども反対側のことで声が遠ざかっていた
しかし、妙なことに気づく
灯台の後ろに設けられた陣の周囲にはあまり、盗賊どもが行き交ってないのだ
怒号の声もより遠くに感じる
奇妙な静けさ
それが佐藤さんの判断を頷けさせる
「悠ちゃん。いいかい?」
「えぇ。もちろん」
佐藤さんは一声掛けてから、手に持っていた刀を腰に佩く
俺もブレスレッドにしていた夢幻を一撫でして、僅かに魔力を込めた
軽く体を動かして全力疾走に備える
「それじゃ――――行こう」
佐藤さんは一言をこの場に残し、飛び起きると同時に陣に向かい疾走を開始する
雪の上だというのに全くブレない走り
俺も遅れをとらないように佐藤さんに続く
しかし、佐藤さんの速さにはとても追いつけそうにない
なんて速いんだ! あの人っ!!
みるみる遠ざかる佐藤さんの背中
これでも、足の速さにはけっこう定評があったのにっ!!
「――はっ!」
「っ!」
佐藤さんは雪の壁の近くまで行くと、雪の壁の上に一足飛びで飛び乗った
身軽にも程があるっ!! どこかの密偵かっ!?
雪の壁は2m程あるというのに、壁蹴りもなしって一っ飛びって……
本日の密偵は佐藤さんが担当したらしいが、その情報収集の素晴らしさを今、身をもって感じる
「さすがにあれば無理――はっ!」
俺はブレスレッドにしてあった夢幻に魔力を込めて形を変える
その身を長い棒へと変化させ、俺は棒を地面へと突き刺し、その勢いで雪の壁の上へと飛び乗った
そして邪魔になる長い棒を手甲へと変化させ、身を伏せる
「………………」
まだ俺達のことは気付かれいない
壁の上に身を伏せ、陣の中の様子を見る
陣の中は幾つにもテントが張られており、何がどこにあるのかサッパリわからない
だが、やはりこの陣は盗賊どもの動きがない
ほぼ誰もいないのではないか、と思うほどに人の気配を感じさせなかった
「……降りよう」
「…………」
佐藤さんの言葉に俺は頷き、静かに飛び降りる佐藤さんに見習い、俺も続く
さて、ここからどうしたものか……
今は雪の壁と天幕の間に身を潜めている
手近のテントから手当たり次第に探していくべきか
それとも、誰かを捕まえて情報を吐かせるべきか……
俺が考えている間に佐藤さんは決断したようで、笑みを見せない真剣な顔で俺に言う
「時間を掛けるわけにはいかない。手分けしてテントを――――ッフ!」
それは一瞬の出来事だった
佐藤さんの喋る途中、僅かに何かの鳴き声が聞こえこちらに近づいてきた
佐藤さんは普段の笑みを消し去り、声が聞こえた方へと視線を向ける
直後、あっという間に移動を行い、テントの影より飛び出した影を――――迷うことなく一閃した
「………………」
背筋が冷えた
飛び出したのは茶色の毛をした犬だった
その犬を姿を確認しないまま佐藤さんの刀は首を――刎ねていた
落ちた首
残された胴
その切り口からどちらも血が流れ出し、白い雪に赤く染み込んでいく
「ほほぅ。鼠がちゃんと、忍び込んでたみたいだな」
「……ッチ」
テントの影から飛び出した佐藤さん
その横顔が渋く歪む
聞こえた声は下卑た男のもの
佐藤さんはゆっくりと体の向きを俺の死角の方へと向け、向かい合う
こちらには見向きもしないが、ここは俺まで行く必要はない
俺は敵の頭領であるルイ・ダニアンを探すべきだ
俺は佐藤さんを残し、反対側の方へと静かに歩き出す
そしてある程度、距離をとるとそこからは一気に――駆けた
「フッ!」
手にある夢幻を一本の棒へと変化させる
そして手近のテントへと瞬時に滑り込み、そして暗闇の中……微かに聞こえる息遣いに動きを止めた
「…………誰か、いるの……?」
殺気は感じなかった
しかし、警戒は解かず、身構えたまま俺はテントの中をゆっくりと見渡す
徐々に目も慣れて来ると、こぼれる息のような声は正面から聞こえるのがわかった
正面にあるのは巨大な何か――――鉄檻だった
そしてその中に、横たわる人影が一つ……
「………………っ!」
少しずつ近づき、その正体を見極めようとした
そして俺の目が捉えたのは黒い翼を持つ少女だった
手を縄で縛られ、口には猿轡をされている
そして何より漂う異臭
それは潮臭さのある男の――精液の臭い
少女は呻き声をあげながら、涙を流しつつこちらを見て身じろいでいた
その黒き瞳は訴えている
タスケテ、タスケテ――――と
「待ってて。今、出して――――っ!」
檻へと近づこうとしたその時、背後より人の気配を感じる
テントの外より聞こえてきたのは声だった
「チッ! めんどーな日になってきやがったな……」
「グズグズ言うな! ここがバレちまったんだ。んな悠長なこと言ってる場合じゃねぇーんだぞ!」
どうやら盗賊の手下みたいだ
このテントに近づくところを見ると、この子に用があるのか近くのテントに用があるのかはわからない
俺はとりあえず息を殺し、テントの入り口の左側の隅へと身を移動する
ここなら入ってきたとしても死角だし、気付かれることはない
息を殺して待っていると、急にテントの中に光が舞い込んだ
「っぅ。くせぇ……昨日、調子にのって皆ヤリすぎだ、っつーの」
「うぇ、マジかよ……おい、ジン。てめぇ鍵持ってただろ? おまえがガキを触れよな」
「ぁぁんっ!? てめぇ、俺より弱いくせしてなにを言ってやがる!」
テントに入ってきたのは2人
他には誰も来ていないようで、こいつらを倒しても問題はなさそうだ
何より鍵を持っているのはありがたい
無駄な手間が省ける
俺は揉めかけている2人の方へと一歩、踏み出す
「あのぉ、すみません」
「へ?」
「え――ッブゥ」
道を尋ねるかのように、不意に声をかけた
2人は女性の声であること、また誰のものかわからないものであることに戸惑ったが、こっちへと振り向いた顔は茫然としていた
俺はそこへ力強く一歩を踏み込み、手前の男の顔面を棒で一突き
男は呻き声をあげ、後ろへと倒れ込んでいった
俺はそのまま間髪入れずに間合いを詰め、もう一人の男へと近づく
「あ、な、な、なんだおまえっ!?」
「――ッフ!」
腰にある剣の柄に慌てながらも手をかけるが、その時には既に俺の蹴りが男の側頭部に炸裂していた
男は蹴り倒されると、そのまま苦鳴をこぼして気を失った
俺は最初に倒した男の腰についていた鍵を奪い取り、テントの幕を閉める
「待ってて。すぐに出してあげるから」
戻る?