【覇道】

 

<Act.2 『遺跡に落とした忘れ物』  第8話 『傭兵チーム出現』>

 

 

 

 

 

「では、今日はこれまで」

 

その石橋教諭の一言で授業後の時間――ホームルームは終了を告げた

ぼんやりしている内に一日が過ぎていく

平和に満ち足りたこの環境が時間の感覚を狂わせるのだろうか?

俺はどこかぼんやりしたまま、退室する石橋先生を見送った

 

「ふはははっ! よし、相沢の! 早速見にいくぞ!」

「ふぇ?」

 

ボケッとし過ぎていただろうか

隣に急に立ち上がり――いや、飛び起きた折原

声をかけられて思わず間抜けな声を出してしまった

そこでようやく、自らが半分ボケッとしていたと自覚した

 

「って、もういないし……」

 

何かに誘われたようだったが、折原は俺の方を見向きもせずに教室を飛び出していった

折原が騒がしいのはいつものことだが、今日はクラス全体が少し浮足立っているようだ

皆、早足に廊下の方へと駆けて行く

なんだ? いったい何かあったのか?

 

「あら、相沢君は随分と余裕なのね」

「お、香里」

 

声が聞こえた方へと振り返れば香里が俺の傍に来ていた

早足で教室を出て行くクラスメイトを尻目に香里は落ち着いているようだった

 

「余裕、って……どういうことだ?」

「はぁ〜……石橋先生の話、聞いていなかったの?」

「??」

 

ため息をこぼす香里

その呆れた表情に思わず、自分が情けなくなりそうだ

どうやら俺がぼんやりしている時に大事なことを言っていたらしい

……いつもはそんなことないんだけど

 

「実技のテストの対戦相手の発表よ。今日が発表日で、皆は校門に張り出されている対戦相手を確認しにいった、ってわけ」

「あ、なるほど」

 

実技は浅間先生の担当だ

今回のテストの内容は対戦内容の中身を審査する、ってものだったな

先生としては実力伯仲の相手をあてたい、ってことで俺も編入初日に北川と対戦したっけ

ペンを持つ授業をついていくのに必死で余裕がないが、実技はいつも個人練習なところが多いためあまり気にしていなかった

 

「また相沢と、だったらおもしろそうだな」

「ま、いい勝負にはなりそうだな」

 

北川も残っていたのか、俺と香里のところへと加わった

北川はあれでかなり実力派だから誰が相手でもそうそう負ける奴じゃない

昨日の依頼を一緒にこなしてわかった

こいつは経験こそ不足しているが既に傭兵である俺や、舞に劣らない実力を身につけつつある

ま、実戦だと竹刀ってのが大きな壁になるが、試合程度ならばそのハンデはなくなる

北川の剣術は学園の生徒にとっては脅威だろう

 

「祐一、放課後だよ」

「知ってるよ」

 

名雪も残っていたようで俺のところへとやってきた

いつもと変わらないその笑顔も、俺の一言で眉根が寄る

からかいがいのある奴だ……

 

「うぅ〜。祐一のイジワル」

「さて、それじゃ俺も試合の相手とやらを確認しに行こうかな」

 

なぜか俺の席に集まってきていたので、俺も帰ろうかと席を立ち上がる

旅人の時と同じ革袋を担ぎ上げ、帰る支度は即完了

 

「それで、皆も見にいくのか?」

「もちろんでしょ。ね?」

「あぁ。誰が相手か楽しみだな」

「うぅ〜。緊張するよぉ〜」

 

話しながら誰もいなくなった教室を後にして俺達も校門へと足を進める

確かに学校中がちょっとざわめきだっている感じがして妙な気分だ

遠くで聞こえる喧騒はきっと校門前に群がっている生徒達のものに違いない

 

「そういえば相沢君と北川君。昨日は川澄先輩と依頼に行ったらしいじゃない」

「なんで香里が知ってるんだ?」

「けっこうな噂になってるわよ。マーブル遺跡で何かあったらしいじゃない? 警備隊も出張ったって話だし……」

 

香里の言葉に納得する

確かに俺達が駆け付けた時点で一度、警備隊が退いているのだ

その警備隊が退いた相手を俺達は打ち破り、事件解決に貢献したことになる

……学園の株はあがるが、警備隊の面子が潰れてるな

白狼の時といい、俺は警備隊とは犬猿の仲みたいだな

 

「ま、ちょっとな。詳しい話は北川にでも聞いてくれ」

「おい! なんでもかんでも面倒なことを俺にふるな!」

「へぇ〜。私に話をするのはめ・ん・ど・う、なわけ」

「あ、いや、そういうわけじゃ――」

 

北川のツッコミに対して食いついたのは香里だった

香里はあれでプライドが高いからな……今の発言は完全に地雷だったと言える

悪いな北川。今日も俺は忙しいので身代わりよろしく

……今度、なんかで北川に借りを返しておいた方がいいかもな

そんなことを考えている内に玄関を通り過ぎ、校門へと出た

 

「おぉ……凄い人だな」

「だね。いつもこんな感じなんだよ〜」

 

後ろでゴタつく北川と香里は置いておいて、目の前に広がった光景に思わず声がこぼれる

校門付近に立てられた掲示板のようなもののところに生徒が群がっていた

制服のリボンやネクタイを見ると他の学年も混ざっているみたいだ

……せめての別の場所に張り出すとかしろよ

思わず学校側の対応にツッコミを入れたくなるが、文句言っても不満に思われるだけなのでやめておく

 

「だから皆、混む前に見ようと急ぐんだよ」

「なるほどね……確かに、混む前に見たくなるよな」

 

足を動かす気も失せる程に人混みが展開されている

できれば正門から帰ることさえもやめてしまいたいと思うぐらいだ

だが、見たいならば行くしかないわけで……ん?

ふと群衆から何かの影がこちらへと抜けた

何かと思えば茶色頭の問題児――折原 浩平その人だった

 

「見たぞ見たぞ見たぞ見たぞ――見たぞぉぉぉーーーーっ!!!!」

 

群衆の熱気を一人で掻っ攫ってきたような暑苦しさ

片手をあげ、雄叫びをあげて駆けて来るその人物を俺は他人だと言い切りたい

目前に着く頃には息が切れるかと思ったが、意外と肩で息はしていなかった

 

「遅いぞ相沢の! もう俺が全員の対戦相手を確認してきたわ!」

「……それはどーも」

 

なぜか会ってそうそうに怒られた

まぁ、教室で出遅れたのは俺の責任だし、わざわざ確認してきてくれたのだからよしとしよう

さっきは気付かなかったが、折原に遅れて馬鹿の斉藤も折原の後ろに到着した

 

「ふふんっ。さてさて、誰から知りたい?」

「あ。それじゃ私からでいいかな?」

 

折原の誘いにのったのは純粋な名雪だった

折原なぜか凄く偉そうな表情を浮かべ、そしてにんまりと俺の方へと視線を向ける

……なんか嫌な予感がする

そう思った時、折原が鼻息を吹いた

 

「では最初から大発表だ! 水瀬の対戦相手はなんと!!」

 

そこで言葉を区切り話を持ち上げる折原

それを純粋な名雪は真剣な顔で言葉の続きを待つ

思わず、生唾まで飲み込んでしまう程だ

……この純粋さがとても眩しく、そして愛おしいと思える

秋子さんがどれだけ名雪のことを守り、大切にしたかを肌身に感じるからだ

 

「…………おまえだ! 相沢 祐子ッ!」

 

――ヒュッ!

 

反射

そう呼ぶに相応しい反応だっただろう

俺の一瞬で吹き抜けた上段蹴りを折原は奇跡的に身を反らすことでかわしていた

こいつ、やはり戦闘のセンスはあるな……

 

「ふふんっ。 貴様の蹴りなど、もう見切っ――みき……ぉぁっ!?」

「……まだまだだな、折原」

 

蹴りをかわすために無理に上半身を反らしたため、バランスが保てなくなり折原は頭からコケる

その無様っぷりに一言を送ってやるが、今のは蹴りをかわした折原を心の中では賞讃した

蹴りには少し自信があるので、ちょっと悔しいが……折原も鍛錬は積んでるみたいだな

馬鹿しかしてないようなイメージがあるが、影で努力とかもしかしたらしているのかもしれない

 

「……え? え? 祐一が、私の相手……?」

「みたいだな。よろしくな、なゆ――」

「――相沢ぁっ!」

 

戸惑う名雪をよそに、挨拶でもしようかと思ったら声が一つ邪魔して来た

こいつは折原以上にロクなことがない

俺はそれを知っているため、嫌々だが視線を向けた

なぜか不満顔で怒りを放つ斉藤の方へと

 

「貴様! 女装しているのにスパッツとは何事だ! レギンスをは――ぅがっ!?」

 

アホなことを言い出した斉藤を、一瞬で足払いにかけて転ばせる

見事に足を掬われた斉藤はその場ですっ転び、ナイスなことに折原の上に倒れ込んでくれた

 

「お、おの…れ……」

「で、これがメモか……サンキュ」

 

くたばる折原の手からこぼれたのは一切れのメモ用紙

どうやらこれにメモをとっていたようで、ありがたくメモを戴いた

折原から聞こうとする話が長くなりそうなので、本当にありがたい

 

「ふむふむ……やっぱり俺は名雪とみたいだな。よろしくな、名雪」

「えぇーーーーーっ!!?」

 

俺の台詞に絶叫を上げる名雪

耳の奥にまで響くようなとてもいい声だったと言っておこう

その声でか、後ろでゴタついていた北川と香里もこっちへとやってきた

 

「どうしたの、名雪?」

「相沢になんかされたか?」

「……北川。冗談でも酷くないか?」

「ははっ。さっきのお返しだ」

 

北川のブラックジョークにちょっとジト目を返す

……まぁ、さっきのことを持ち出されては何も言えないので、沈黙しておこう

俺は心配している香里の誤解を解くために、一枚の紙を差し出した

 

「折原が俺達の対戦相手をメモしてきてくれたんだ」

「……なるほどね。名雪、なんとも言えないけど、おめでとう」

「え? え? え? う、うん。私、祐一と闘う、んだよ……ね?」

「あぁ。お手柔らかに頼む」

 

まだ困惑気味の名雪だが、俺が手を差し出すと握り返してくれた

そこでようやく少し落ち着いたのか、名雪の真っ直ぐな瞳が俺の目へと向けられた

 

「うんっ。よろしくね、祐一」

 

 

 

 

「…………やっぱり、こいつらか」

 

俺は名雪達と別れ、一人でギルドに来ていた

先程、ある情報を受付で確認して仕入れ、今は2Fのレストランで検討中

ま、ちょっと学生服ってことで話が通じるか焦ったが、ギルドカードと“白き辻斬り”の実績が役に立った

後は赤鬼の分も半分は俺の手柄になってるしな

 

「うーん……」

 

俺のテーブルの上には一枚の賞金首の手配書が置かれている

ピンクの髪をくしゃくしゃとしった頭に獰猛な赤い瞳の女性――ルイ・ダニアン

盗賊団“紅桜べにざくら”の頭領だ

昨日のフェイユの話から考えて、怪しい警備隊の連中ではなければ悪党と考えるのが筋

そして今、カノン街にある情報から絞り込めば大所帯で居場所が掴めていないのはこいつらぐらいだ

構成人員は100名前後とのことだが、あくまで推測なので確定ではない

ただスノー大陸における被害総額が1億を超えているため、最低100名という見方が無難だろう

空き巣、強盗、強奪等など……あらゆる方面での盗みを行うらしい

それでいて神出鬼没

アジトも特定出来ていない、ってなると……辻褄があってくる

 

「お待たせ致しました」

「どうも。ありがとう」

 

女性の学生服を着ているので女声で対応する

注文しておいたコーヒーを置き、ウエイトレスさんは戻って行った

熱いコーヒーを一口含み、思考を一時中断する

 

「ふぅ……」

 

推測するに連中は灯台の警備隊をなんらかの形で抱き込み、自分達に協力させている

そして灯台をアジトにして大陸中で悪事を働いていた、ということになる

雪原しかない何も無い場所だとフェイユは言っていた

そんなところに用事もないのに誰も行くはずがなく、灯台の警備員が報告しなければ見つかることはまずない

 

「……問題は、何人で行くか、か……」

 

100名以上に加え、2100万の賞金首が頭領だ

1人で行ってなんとかならないこともないかもしれないが、危険は大きい

腕の立つ人を数名は連れて行きたいところだ

だが、今の俺の立場が特殊なこともあるし、知人への依頼は難しいだろう

折原と斉藤なら夜に出歩いている件で脅せば連れ出せるだろうが、実力的に未知な面が多く不安だ

警備隊に通報してもいいのだが、準備に時間がかかるしフェイユとの約束を守れない

となると、このギルドで臨時のパーティーを求めるのが定石だが……

 

「…………ふぅ」

 

コーヒーを飲みながら左右へと視線を向けるが、見た感じで頼りになりそうな人はいない

いや、いないことはないのだが、協力を求めれるようなタイプではない人が多い

ま、そう都合よく人当たりがよくて腕が立つ傭兵なんていないからな……

しかも学生服を着た女に言われても、信用されるかどうか……

 

「あのぉ〜……」

「へ?」

 

熟考し過ぎていただろうか

いつの間にか傍に女性が一人、近づいて来ていた

優しそうな顔つきの人で、赤い肩までの髪に黄色のリボンが特徴的だった

格好を見るに旅のマント……旅人、だろうか

急に振り向いてビックリしたのか、僅かに半歩だけ女性は後ずさる

 

「あ、すみません……ちょっと、驚いたもので」

「あ、いえ! こちらこそ急に声をかけてしまいまして……」

 

やはり丁寧な人だった

そんな大したことでもないのに何度も頭を下げる

うぅ……こっちが申し訳ない気分になる

この状況を打開するために俺は口を開いた

 

「それで、どうしました? 私に用事でも?」

「あ、はい! えっと、ですね……私、こういう者なんですけど」

 

そう言って彼女が懐から出したのは名刺だった

正直、ちょっと驚く

俺も名刺を貰ったことは何度かあるが、それは全て会社に勤める人物からだった

旅人から名刺での挨拶というのは初めてで、凄く斬新な印象がある

俺は貰った名刺を見て、これまた驚く

 

「傭兵チーム“届け想いよトゥ・ハート”……」

「はい。私は交渉役の神岸かみぎし あかりと言います。貴女に少し、話があるんです」

 

 

 

 

 

 

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