【覇道】
<Act.2 『遺跡に落とした忘れ物』 第7話 『秘密の里』>
「おぉ! 広いなぁーっ!」
夜中の真っ白な銀世界が広がる雪原スノレティア
誰の気配も感じない、どこまでも広がるのではと思う程の雄大さを俺に見せてくれる
冷たい空気は静かな夜を演出しており、淡く降り注ぐ月光がまた綺麗だった
「クゥッ!」
そのあまりの広さに白犬も駆け出す程
まぁ、白犬――正式名称ハクバウは元々雪原に棲む魔物だ
その白い毛皮の保護色となる雪原で暮らし、身の安全を図る
ほんと、こんな真っ白なところに紛れたら見失ってしまいそうだ
「…………」
「……さて、真面目に探すか」
懐に潜むレンの静かな眼差しが今は心に刺さる
何も考えずスノレティアに来たものの、どこにフェイユがいるのかまったくわからない
到着してからその問題に気づき、以前会った場所に来てみたが案の定、真っ白な雪原しかなかった
まぁ、どこかに住んでいるのは間違いないんだろうけど……闇雲に探すには広過ぎる場所だ
とはいえ、今は他に手の打ちようがない
向こうが気づいていることを祈って歩こう
「クゥッ! クゥッ!」
「おいおい、そんなはしゃぐなって。今行くよ」
先頭を駆けるのは白犬
部屋でずっと大人しくしていたので駆け回りたいのかもしれない
悠々と駆けるその姿は無邪気な子供となんら変わりない
「クゥ?」
突然、白犬の足が止まった
見つめるその先に俺も視線を向けると、そこにはいつの間にいたのだろう
白狼が一匹、まるで置物のように静かに佇んでいた
雪の盛り上がりにしか見えない程、景色に溶け込んでいる……見事の一言に尽きるだろう
「何の用だ」
ハッキリと人語を話し、そして鋭い眼光で見つめてくる白狼
以前会った3匹の内の1匹だな……
よくよく見ると左目が鋭い斬撃の痕が刻まれており、開かれていない
隻眼の白狼
その威圧は滲み出るものだけではなく、故意に放たれているものもあるようだ
……どうやら快くは思われていないみたいだ
「このハクバウの子を街で保護した。親元に帰してあげたいんだけど、場所がわからなくて……相談しようと思ってきた」
「…………なるほど。前回のこともあり、筋は通っているな」
目前に佇む白犬を見て、そして俺を見つめる
白犬の無邪気な様子を見てだろう、信用してくれたのは
でなければこいつはいまにでも――襲い掛かってきそうだ
思わず夢幻に手を伸ばしたくなるが、そんなことすれば余計に敵意を与えてしまう
ここは耐えるべき場面
「……長の命により友、ユーを迎えに来た。……ついて来い」
ある程度逡巡した後、白狼は覚悟を決めたように挨拶を言う
まさに礼儀のための挨拶はまだこの白狼が俺を認めていない、ということを如実に語ってくれる
白狼ってことはフェイユの息子かな?
この間はスゥって子を不快な思いさせてしまったけど……
一度も振り返ることなく、白狼は歩く
どこに向かっているかはわからないが、俺はこの白狼を信頼している
信じて俺は遅れないように白狼の後ろを歩く
「あの、名前はなんて言うのかな?」
「…………ガルド。俺に気安く話し掛けるな」
「ちょっとぐらいは――いえ、なんでもないです……」
白狼――ガルドはこちらへと振り返り、殺気を滲ませた目で俺を睨む
これ以上の会話は無理だと判断し、俺は大人しく引き下がった
うーむ……気難しい、とでも言えばいいのだろうか
ま、名前がわかっただけでもよしとしよう……
そう一人で納得している時、急にガルドは口を開いた
「――落ちるぞ」
「へ? ――ぅぉっ!?」
ガルドの後をついて歩いていると、不意に足元の感覚がなくなった
落下する時の浮遊感と、穴に落ちた暗さで視界が暗くなる
着地をどうしよう、とかガルドはいるのか、とか驚きで色々と考える
しかし、まだ落ち続けている異常さに俺は逆に落ち着きを取り戻していた
ガルドは正面にいる
気配でわかるし、目も闇に慣れてきた
うっすらとその白い輪郭が僅かに見える……
いったい何がどうなっているのか……
「――着くぞ」
「えっ? ――ぉぉうっ!?」
突然の一言
考える暇もなく、急に今度は落下スピードが徐々に減速し出す
魔法の風の効果なんだろうけど、まるで羽毛の中を落ちているようだった
落下のスピードがなくなったと思えばゆっくりと足が地面に着く
そこはまだ暗闇が広がっているが、前方の先に妙な明かりが見えた
「先に言っておく。長は貴様のことを凄く信頼している。その信頼を裏切るようなことがあれば俺が――殺す」
「……俺は絶対に裏切らない。もしそれを破ることがあれば殺してくれてかまわない」
闇夜に浮かぶ金色の瞳
俺はそれに向かい、真剣な想いを真剣な言葉と真摯な眼差しで伝える
数秒、俺とガルドは見つめ合い、やがて――
「…………ふっ。ついて来い」
「あ、あぁ」
不意に笑み――なのかな?――をこぼし、ガルドは明かりに向けて歩き出した
俺もそれについていくように歩き出す
「クゥ」
「おう。おいで白犬」
足元にいた白犬を抱き上げ、懐にいるレンも一撫で
レンの奴、微妙にヤキモチ焼いてるみたいだったからな……
そんなレンも可愛いと思ってしまうのは親バカかね?
そんなことを考えている内に向かっていた光はどんどん大きくなり、そして――
「…………こ、これは…………」
正直、言葉が出なかった
頭の中が真っ白になった
広がったのはとても巨大な空洞の空間
土、雪、氷で作られているのは洞穴式住居と、民家の数々
そして行き交うのは人ではなく、様々な種類の魔物達
文化を持っている
共存している
その姿を見て、俺はあまりの凄さに声が出なかった
「ここが我等が棲家――“
「……………………」
「おいっ。聞いて――……どうした?」
「え? あ、あぁ……」
言葉が左から右へ抜けていくようだった
それほどの衝撃を俺は受け、そして見惚れていた
俺の右頬を伝う涙はその素晴らしき光景に感動してなのか、それとも自らの過去を思い出しての涙なのかはわからない
人と魔の共存
ここには人はいないけれど、あらゆる魔物達が共存している
それは夢の形に限りなく近いものになっており、俺は感動を覚えずにはいられなかった
「素晴らしい場所だ……とても」
「ふんっ。変な人間だ……こっちだ」
「あぁ」
ガルドはそう言うと、手近の階段を降り出し、俺もそれに続く
だが、俺の視線はこの居住区に釘付けだった
壁に直接穴を掘り、棲家としている洞穴住居
地下水が流れているようで、民家の間を川が一本流れている
土壁を応用して作られた民家には魔物達が行き来している
表情を見るに知的な者が多く、おそらく人語を理解するレベルにまで達していると思う
これだけの楽園を作り上げていたなんて……フェイユのこと、尊敬してしまう
「おいガルド。人間なんか連れてどうしたんだ?」
大きな通りになのだろう
店すらも並ぶことに驚きを感じつつ、ガルドに声を掛けた魔物がいた
それはガルドよりも大きな猪
体当たりでもされれば吹き飛ぶどころか、骨まで折れてしまうだろう巨躯
ガルドの知り合いなのかガルドは足を止め、猪を見て一言
「例の長の友だ。俺は道案内中だよ」
「ははーん。こいつが……そんな腕っ節が立つようには見えねぇけどなぁ」
「……ユーです。よろしくお願いします」
「ほほぅ。礼儀がなってるじゃねぇか。俺はガルドの友でベドムラって言う。頼むぜ、男姉ちゃん」
「ははは……さすがにその呼び方はちょっと」
「いいじゃねぇかよ。小せぇことは気にすんな」
強面なので気難しいのかと思ったが、とても豪快な性格をしているようだ
ちょっとその呼び方は勘弁してほしいところだが、とても気さくな感じで好感が持てる
特に俺を人間だからと差別しない、その心の広さはとても素晴らしい
「ベドムラ。長が待ってるから、もう行くぞ」
「おぉ、スマン。じゃぁな、男姉ちゃん。今度、腕っ節の勝負でもしようぜ」
「えぇ。是非」
ベドムラさんと別れを告げ、俺は更に通りを進む
道行く魔物達は俺のことを見て不思議そうに、時には厳しく、見つめてくる
まぁ、この場所で人間の俺がいれば目立つ、だろうな
特にベドムラさんの言い方だと、俺のことは噂にはなっているみたいだし……
ま、心から接して仲良くなっていくしかないだろう
どこでも種族間の壁ってのはとても大きいものだからな
そんなことを考えている内にだいぶ奥の方にまで進んでいた
そして見えてきたのは神殿のような建物
周りには住居などもなく、隣には池……というより、滝壺が一つ
地下水が流れ込んできている場所のようで小さな滝のようになっていた
「この先に長がいる。失礼のないようにしろ」
「了解」
ガルドの注意を受け、俺とガルドは神殿へと進む
扉の近くまで来るととても静寂なためか、妙に神聖な気分を味わう感じがした
うぅ、雰囲気のせいかちょっと緊張してきた……
ちょっとだけ身震いした時、ガルドが扉を押し開けた
中は石造りの柱が等間隔で立ち並び、左右には別室に続くだろう部屋のドアがある
正面にはちょっとした階段の上に玉座――ではなく、ふかふかの絨毯の上に座っているフェイユの姿があった
相変わらずの巨躯に綺麗な毛色
まさしくこの里――スラフェイの長として申し分ない威厳がある
「よくぞ参った。我が友ユーよ」
「やぁ。久しぶり、フェイユ」
気さくに話しかけてみると、フェイユは嬉しそうに目を細めた
隣にいるガルドの視線は厳しくなった気がするけど……
だが、俺とフェイユは友だ
友に気を遣われるほど、嫌なことはない
「どうだ、我が里は。驚いたかの?」
「……あぁ。正直、凄く驚いた。そして感動したよ、フェイユ」
「ほぅ。感動とな?」
「あぁ、俺が目指すものに近い形がここにあった。それを作り上げたフェイユのこと、尊敬する」
「フフフッ。相変わらず、不思議な人間よのぅ」
俺の感想が面白かったのか、フェイユは笑う
まぁ、人間的に見れば俺はかなり変なのはわかる
普通、この場所を見つけたなら魔物の組織的、そして文化に脅威を抱くはずだろう
だが、俺が抱いたのは感動と尊敬
そのギャップが面白かったんだろう
「今日はちょっと聞きたいことがあって来たんだ」
「なるほど。さしずめ、その腕におるハクバウのことか」
目を細めてフェイユが見つめる先には俺の腕に抱かれるハクバウへと向けられる
フェイユの風格のためか、ハクバウは神殿に入ってからは大人しく腕の中で包まっていた
……まぁ、本能的なものでもフェイユの存在感は凄いからな
こうなってしまうのも無理はない
それはフェイユもわかっているからこそ、特別苛立ちや不満も見せていない
「さすが。実は街でこの子を見つけて保護したんだけど、親がどこにいるかわからなくて……フェイユなら何か知ってるかな、と思ってさ」
「………………」
俺の質問になぜかフェイユの表情が曇る
俺にはその理由がわからず、小首を傾げるだけだった
思わず隣のガルドに話しかけようと思えば、ガルドは床に視線を落とし怒りの表情を僅かに見せていた
「……2日前、北の入り江付近の雪原に棲む2つの群れが人間に襲われた」
「……え?」
静かに話し出したフェイユ
その話を聞いて俺は嫌な予感しかしなかった
「群れはハクバウとウリガー。総勢120匹相当の群れだったが、一夜にして9割の者が殺された」
「………………」
話が進むに連れ、全身に力が込められていく
俺が感じているのは――怒り
フェイユの話の情景を思い浮かべるだけで今にもハチ切れんばかりの力が溢れてきそうだった
「その子はおそらく、その群れの生き残りであろう。僅かに生き残った者も今はここに集っている。その子も我に預けていくがよい」
「……あぁ。ありがとう」
「貸せ。俺が連れて行く」
ガルドは場の空気を察してか、俺の腕にいるハクバウを乗せろ、と俺の前に歩み出る
俺はハクバウをガルドの背に乗せると、元気なハクバウは目を輝かせて俺を見ていた
「クゥゥ!」
「あぁ。またな」
退席するガルドの背に乗るハクバウに手を振って別れを言う
まぁ、あの子は話が分からないかもしれない
分からないかもしれないが、あの子のいる前でこれ以上その時の話を聞くのはやめたかった
それは俺も、フェイユも、そしてガルドも同じ気持ちだった
「それで、その話……もう少し詳しく聞かせてもらえるか?」
抑え切れない怒りが僅かに漏れる
だが、俺の心の激情をこれ以上抑えるのは難しい
惨殺され、雪上の横たわる魔物達の姿を想像しただけで……
握る拳の力を抑えることはできない
「生き残った者の話では北の入り江にある灯台にいる人間の仕業らしい」
「灯台?」
「あぁ。北端の海を警備する上で人間が建てた灯台がある。警備の者は数名しかいない場所だ」
「数名で100匹以上を……かなりの手練ってわけか……」
「いや、そうではない」
「え?」
俺の言葉を遮ったのはフェイユ
群れを掃討するってのはそう簡単なものではない
長年の傭兵のチームが連携をとり、ようやく達成出来るものだろう
群れて恐ろしいのは何も人間だけではない
魔物とて同じことだ
「実は一月以上前程から、その灯台に多くの人間が住んでいる、という情報があった」
「多くの人間……」
北の端の灯台
普段は警備が数名しかいないその場所に多くの人間が駐在する理由はない
灯台そのものとてそんな人数を許容する余裕はないはずだ
もし多くの人間がいたとしても、北の海を警戒する何かがあって警備が駐在するならわかる
だが、そんな噂など聞いていない……怪しい臭いがするな
「我もこの状況を看過するわけにはいかない。今、ガルドを筆頭に反撃の部隊を結成しているところだ」
「……フェイユ。数日でいいから俺に時間をくれないか?」
「? どういうことだ?」
怒りを感じる俺が出来るのは、こんなことぐらいだろう
しかし、それでこの里の皆の怒りを沈めることなんて出来ない
ただ、今俺に出来ることというのはそのぐらいのことしかなかったんだ
俺を見つめるフェイユに俺は真剣な眼差しを真っ直ぐに向けた
「人間の不始末は俺がつける。だから、数日だけ俺に時間を与えてくれ」
戻る?