【覇道】

 

<Act.2 『遺跡に落とした忘れ物』  第5話 『生徒会長と魔法研』>

 

 

 

 

 

「はぁ……疲れた」

 

思わず、その一言がこぼれてしまうのは無理もないだろう

あの後、怪しい男――ボルゾイを捕縛し、そのまま遺跡の外へ出ると大勢の警備隊と遭遇

警備隊の事情聴取に連行されかけたところで、学園より教師が来て間に介入して貰えることとなった

学園で事情聴取を行い、その結果を警備隊へ報告する

そーいうことでその場では話は片付き、簡単な説明をしてボルゾイを引き渡した

ま、超危険人物の重要参考人ってことで厳しく問い質されているだろうが、悪党ならば仕方ないことだろう

 

「でもさ、休みの日に学校にいるのってのも変な感じだよなぁ」

 

学園での事情聴取は佐伯校長により校長室で行われた

俺達は自分達が受けた依頼、そして行動内容を事細かに報告

それを隣にいた緑髪の女性の先生が書類へと書き記していく、という流れ

ま、3人で行動した範疇に関しては事細かに報告はした

……最後に俺が一人で独自に聞き出した情報はもちろん、そこでは伏せた

 

「……みまみま」

 

今、俺達は川澄さんの教室であるという3年B組にて秋子さんのお弁当を堪能中だ

誰もいない教室は確かに平日での賑わいとはあまりにもかけ離れていて不思議な感じがする

遠くでは誰か生徒でもいるのか、声が聞こえたりもするがこの教室は静寂に包まれていた

朝早い出発だったので、こうして事情聴取から解放されても午後の2時

遅めの昼食としてはちょうどいい時間帯だろう

 

「遠くで声が聞こえるけど、休みの日でも授業はあるのか?」

「あ、それは部活動している連中だな」

「部活動?」

 

弁当を食べつつ、不思議に思っていたことを聞いてみると不思議な単語が返ってきた

まったく予想がつかないため北川にそのままオウム返しで聞き返してしまう

 

「あぁ。授業とかとは関係なく、スポーツとか競技とかの練習をして自ら磨く活動のことだ

 その集団のことを部活。または学校に認められていないものだと同好会、として活動してるんだ」

「へぇー……あ。名雪もなんかしてる、って言ってたやつか」

「そうだな。水瀬は陸上部に所属してるな」

 

なるほど。陸上部が何かよくわからないが、とりあえず部活動への謎は解けた

それだけでも幾分か心の中がスッキリした感じがする

そう思い僅かな落ち着きを感じたのも束の間、弁当のおかずが減っていることに気づく

 

「……川澄さん」

「みまみまみま……ん?」

「……いえ、なんでもないです」

 

何か一言を――と思うが、美味しそうに夢中で食べる川澄さんを見て言葉が霧散する

俺の返事が聞くと、川澄さんは再びおかずへと箸を伸ばす

こうして見ていると、なんか凄く純粋な少女のような心を持った人なんだな、って実感する

数時間前までの達人の剣士を思わせる面影は僅かしかない

なんか不思議な人だなぁ……

思わず呆然と眺めていると、不意に廊下に人の気配を感じた

 

「おや。誰かと思えば学園一の問題児――川澄さんじゃないですか」

 

振り返る前からムカツク言葉を聞いて胸糞が悪くなる

そう思いながら振り返ると廊下からこちらを見ている生徒が一人いた

紺のブレザーを着ていることから学園の生徒だということはわかる

黒い髪を肩にかからない程度まで伸ばしており、右頬には爪痕のような古傷が刻まれている

こちらの様子を窺う黒瞳はなぜか俺に嫌悪感を抱かせる嫌な笑みだった

 

「…………何か用?」

「いえ、校内の見回りですよ。そうしたら誰もいないはずの教室から声が聞こえたので、様子を見に来ただけです」

 

なぜか馬鹿丁寧に話す男に声が耳障りで苛立ちを覚える

たぶん、本能で俺はわかっている

こいつは自分の理想を、思想を相手に押し付けてくる自己中心的な奴だ、ということを

川澄さんも得意な相手ではないのか、いつもの無表情ではなく僅かに頬を強張らせている

 

「そういえばマーブル遺跡で何かあったらしいですね。今日の貴女が学園の依頼で赴いた場所で、ね」

「っ――」

 

何をこいつは意図して言いたいのかは誰にでもわかる

苛立ちを募らせる川澄さんに、思わず立ち上がりかけた北川

だが、それよりも先に俺が立ち上がり、男の方へと体を向けていた

 

「あの、正直邪魔なのでどこかいってくれません? 気分が悪くなります」

「っ! …………お邪魔だったようですね。では、失礼しますよ」

 

心の中の気持ちを女声でハッキリと伝えると、逆に何も言えなくなり男はそのまま廊下の奥へと消えて行く

男が遠ざかったのを確認してから俺は今一度、席に着く

出迎えてくれたのはどこか柔らかく見える川澄さんの表情と、笑顔を見せる北川だった

 

「やったな相沢っ! スカッ〜っとしたぜ!」

「そりゃよかった。……で、あいつは何なんだ?」

「あ、あぁそっか。相沢は知るわけないか。あいつはこの学園の生徒会長を務める久瀬くぜ 竜一りゅういち

 カノン街の領主の久瀬家の次男で、とにかく偉そうで嫌みったらしいんだ」

 

そう説明する北川の表情からも嫌悪を感じ取ることができた

まぁ、あんな感じじゃね……好かれることはないだろうな

俺の中でもムカツク奴リストのNo1を見事に獲得している

正直、顔面でもブン殴ってやりたいぐらいだったからな

 

「でも、あれでも頭は学園トップクラスで実力も学園最強クラス。その上親父はこの町の領主と三拍子揃ってる

 完璧さで言えば学園No1なんだよな……あの性格さえなければ」

「へぇ……なるほどね」

 

北川の悔しさを滲ませた言葉にちょっと驚きを覚えつつ相槌を打つ

……その名声を地に落としてやりたい、と思ってしまうのは俺だけだろうか?

そんな悪いことを思わず考えた時、不意に腕を引っ張られた

 

「……祐一。何もしなくていい」

「……川澄さん」

 

一番馬鹿にされた川澄さんが素っ気無い感じでそう言った

俺の悪い考えでも見抜いたかのような発言に、思わず毒気が抜かれる

……そういえばこの人、感覚が人一倍鋭いんだったよな

遺跡の中でのことを思い出し、俺の怒りは薄れていった

 

「さ、あんな奴のことは忘れて話を変えてだな……あ、そうだ。相沢、おまえって魔法も得意なんだな」

「あ、あぁ。それなりに、な」

 

ふと思い出したように喋る北川の話題は俺にとって好ましくないものだった

あまり俺についての話はしてほしくないんだが…………なんかボロが出て正体がバレても困るし

その感情のせいか少し言葉が揺れてしまうが、余計に不審がられても困るので次の返事は気をつけよう、と心の中で一言

 

「それになんだっけ? 聞いたことのない魔法が――――」

 

――――ォォォンッ…………

 

不味い話題だ

そう思った時、遠くで爆発音のような音の名残が聞こえた気がした

自信があまりなかったのだが、川澄さんが立ち上がろうとしていることと、僅かな校舎の揺れが間違いなかった、ということを教えてくれる

 

「川澄さん」

「…………行く」

「え? あ、おい!」

 

瞬時に食べ終わった容器を片付け、俺と川澄さんは教室の外へと飛び出す

一方の北川は僅かではあるが出遅れ、俺達を追いかけるはめになってしまった

この爆発が何かは気になるが、とりあえず――――助かったぁ

ちょっとそんなよろしくない感謝の声を心の中でこぼした時、隣を駆ける川澄さんが口を開いた

 

「……今日は、ありがとう」

「え? えぇっと……いえ、俺の方こそ助けられました」

 

いきなりの感謝の言葉にどのことかわからず、色々と思い出す

そう、鎧との戦闘で冴え渡る剣腕を披露してくれたこととか、事件解決への強い志の行動とか

後はその――毒の治癒のこととか

だが、毒の治癒のことは覚えていないはず……まぁ、魔法を掛けて毒を直したのは知ってるし、な

そのことには深くは聞かないでおこう、と思い心の中に仕舞い込む

 

「……舞」

「え?」

「……舞でいい」

 

駆けながらその短い言葉から内容を汲み取るために考える

……それはつまり、呼び方のことだろうか?

試すつもりで俺はすぐに呼んでみた

 

「……舞さん」

 

――ビシッ!

 

呼んだ瞬間、鋭い手刀が俺の額に打ち込まれる

正直……ちょっと痛い

その上、めっちゃ速かった!

甘んじて受けた部分があるとはいえ、かわすのは難しかっただろう

恐るべき速さだ……妙なところで感心してしまった

しかし、今の呼び方でこの対応ということは、つまり……うーん、ちょっと図々しい感じがするけど……

俺はそう考えるのをやめ、彼女が望んでいるだろう呼び方を口にする

 

「改めて――舞。よろしくな」

 

 

 

 

「あ……」

 

音の出所であると思われる校舎の外――校庭に赴くと、僅かな雪煙が立ち昇っていた

雪を片付けられた校庭では巨大な氷柱が地面に突き刺さっている

その氷塊の麓には人影が2つ

胸程度まである赤色の長髪がクルクルと波打っている女生徒

それに短い黒髪に分厚いメガネを掛けた男がいた

そして、その2人と向かい合っているのは白い毛色をした犬に見える魔物――白犬

2人に向かい牙を向き、威嚇しているのがわかる

 

「ハハハッ。犬っころ、私とるつもりぃ?」

「ミーシャ君。先程の氷の破裂についてもう一度見てみたい。やってもらえないか?」

 

白犬を見下して女――ミーシャは嘲笑う

おそらく、あの巨大な氷塊を出したのはこの女だろう

遠くからでも夥しい魔力を纏っているのがわかる……

隣の男はなにやらバインダーを持っており、書類に何かを記入しているみたいだ

……状況は謎だが、あの白犬をほおっておくわけにはいかない

 

「ブッチョー。けっこうそれ、飽きてきたんですけどぉ……」

「後一度だ。破裂する瞬間の割れ方、必要魔力――何より、氷塊の中で魔力を操作する瞬間を見たい」

「後一度だけですよぉ……」

 

そう女生徒は返事をすると、白犬へと視線を戻す

その赤色の瞳が先程とは打って変わり――狂気を感じさせる程のおかしさを見せる

尋常な目じゃない

どこかイッてしまっている――それほどの真っ直ぐ過ぎるおかしな目だ

ヤバイ!

そう感じた俺はすぐにその場を駆け出した

手には魔力を集め、魔法を展開する準備をする

 

「愛しき守神の囀りよ 今、貴女の恵を我は欲する 愛しきなる者を守る為 貴女の美しき調べを我が前に示せ

 優しき声を温かな光の風にのせ 今、ここに届けよ――――」

 

走りながら詠唱を唱える

ミーシャは右手を氷塊に添えて、全身より魔力を展開させる

こいつ、相当の魔法使いだなっ!

俺の走りでは間に合わない

だからこそ、すぐに魔法を展開させた

 

「――砕け散れ」

「――“守神の還し光風デリアル・イユッフー”」

 

突如、建物3F分に及ぶ氷塊が割れたかと思えば、全てが白犬に向かい飛来し出す

魔力操作かっ!

恐るべきコントロール能力にして支配力

白犬は目の前で襲い掛かる氷塊になす術もなく、身動き一つとれなかった

瞬間、氷と白犬の間に大きな光の風が靡く

光の風はカーテンのように波打ちながら氷塊を全て跳ね返す

次々と氷塊が地面に落下していく最中、俺はようやく白犬のもとへと到着した

俺はすかさず白犬を抱き上げ、2人と対峙する

 

「へぇ〜……今の魔法、アンタの?」

「…………さて、どうかしらね」

 

俺は今、旅人の格好のため男か女かは判断不可能だ

ゆえに俺は面倒そうな予感を感じたので女声で喋ることにした

こちらを見つめる赤色の瞳は先程の狂気はないが、不思議な雰囲気を持つ女生徒だった

なんというか、物事の関心にしか興味がない

子供染みた純粋さを感じさせるものがある

――とはいえ、俺は今、相当怒っているが

 

「おぉ! あんなマニアックな聖魔法を使う人が学園にいたとは! 実に興味深い!」

 

なぜか隣にいる男がテンションを上げて叫ぶように喋る

なにやら激しい勢いでペンも走らせており、ちょっと怖い

男のせいで喋るタイミングを逸したのだが、女生徒――ミーシャが口を開いた

 

「で、どういうつもりなわけぇ? あたし達の実験の邪魔するなんて〜」

「実験、ですって?」

 

その不快な単語に眉が吊り上る

俺の苛立ちの空気を受けてミーシャは楽しそうに笑みを浮かべた

……こいつ、ふざけてやがる

命を軽んじる風潮は俺がもっとも嫌うところ

こいつらはまさに――そういう連中だということか

 

「そ。あたしの氷魔法をブッチョーがど〜〜っしても見たい、って言うからさぁ」

「そうだ。だが、別に魔物を殺すために使え、とも言っていないぞ」

「あ、ブッチョー。それバラしちゃダメですよぉ〜」

 

男――ブッチョーはミーシャの言葉に対して見向きもしないまま返事をする

見つめる先はバインダーに挟まれた書類のみ

それをケタケタと笑うこの女……俺は怒りをある程度呑み込み、静かに背を向けて歩き出す

 

「――ちょっと。どこ行くつもりぃ?」

「別に。貴方達のいない場所へ行きたくなっただけ」

 

腕の中で暴れる白犬を優しく抱き止める

さっきので余程、怖い思いをしたのだろう……人間に対する恐怖心があるはずだ

俺は苦しくならないように、けど逃げられないように白犬を抱く

噛まれて痛かったりもするけれど、俺は腕の力を変えなかった

 

「どこか行くのは好きにすればいいけどぉ、その犬は置いていきなさいよぉ」

「――断ります」

 

白犬を指差し、ミーシャは言う

苛立ちを覚えているのか、その圧倒的な魔力が少し体より漏れ出していた

だが、俺は少しだけ振り返りキッパリと返事をする

そして歩き出した直後――背中に突き刺すような殺気が当てられた

 

「――じゃぁ、あんたごと玩具にして――――」

「――こらーーッ!!」

 

遠くから声が聞こえた

それは校舎の方

校舎からこちらに向かい一本の箒が飛んで来る

もちろん、その上には長い黒髪を靡かせる美人がのっていた

そう――星崎先生だ

 

「やっばぁ! スターザキじゃん。ブッチョー、早く逃げな――って、いなぁーーいっ!!」

 

妙な殺気は消え去り、振り返ればミーシャは頭を抱えて驚いていた

先程の殺伐な雰囲気など微塵も感じさせないアホっぷり

……どういう人間なんだ

ミーシャの狂気染みた部分を俺は図れないまま、校門に向けて駆け出す

 

「もうぅ〜、サイアクゥ――って! あんたもっ!!」

「さよなら」

 

ミーシャの叫びと、星崎先生の怒り声を背にして俺は学校の外へと飛び出す

舞と北川には悪いことになっちゃったな……寮に帰ったら謝っておこう

俺は腕の中で暴れる白犬を抱きかかえながら、街中へと疾走していく

 

「ごめんな。もうちょっとだけ、待っててくれよ」

 

 

 

 

 

 

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