【覇道】

 

<Act.2 『遺跡に落とした忘れ物』  第4話 『ボス戦?』>

 

 

 

 

 

「よっ。何してるんだ、そんなところで」

「っ!」

 

扉を潜りトコトコと堂々と、しかに自然に北川は歩いていく

そしてある程度進んだところで声を掛けた

壁に向かっていた白髪の男は驚きの形相でこちらへと振り返る

目には丸い黒いサングラス

髭はないが、白髪が示すようにそこそこの高齢だというのはわかる

細身の体に165cm程度の身長

戦闘能力の要素は感じられない

 

「誰だっ! どうやってここに――」

「俺はカノン特別警備部隊の者だ。通称はキンって呼ばれてる」

 

驚きのまま吐く台詞を悠然たる余裕を持って遮り、自らを名乗る

そのあまりの自然体さ、余裕さに男は圧倒されつつあった

……あいつ、演劇の才能あるんじゃないか?

予想以上の出来栄えに俺も驚きを隠せずにはいられない

まるで本物の警備隊に思わせる北川の謎の余裕が素晴らしい

 

「で、おまえはどこの誰だ? 勝手に遺跡内を荒らされちゃうと困るんだよね」

「わ、私は……考古学者だ。遺跡調査の許可もカノン街より貰っている」

 

急に落ち着きを取り戻したように懐から用紙を取り出した

むぅ……主導権を握れたかと思ったが、やはり中々上手くはいかないな

あの許可証を北川がどう判断するか、が大きな鍵になってくる

……だが、北川を出したのは正解だったな

肩に乗せる竹刀を男は鋭く一瞥していた

つまり、犯人は間違いなくこいつ、ってわけだ

 

「それはいつの許可証だ? 俺は遺跡が大好きでな。遺跡に出入りする人間は全てチェックしてんだよ」

「くっ!」

 

半ば怒りを滲ませながら、少し低い声で北川は脅すように言葉を放った

ナイス、北川。それで正解だ

警備隊という言葉はここで生かされてくる

警備隊に所属しているなら遺跡の採掘許可を管理している可能性が高い

どちらが嘘を吐いているかなどすぐにわかる――ま、どっちともなんだけどな

 

「それで、どこのどちらさんですか? 出来れば詰め所まで同行願いたいんだけど……」

「……貴様、どうやってここまできた?」

「普通に歩いて、だけど。外にいたトゥギリなら全て倒したし、そこにいる鎧さんなら上で倒させてもらったよ」

 

北川の返答で明らかに顔色を悪くする男

ま、普通ならあのトゥギリに仕掛けられた機械の謎で止められそうなものだ

それにあの槍を持った鎧とて正直、手強かった

少なくともそう易々に突破されるとは思えない防衛陣だったが、突破した者がここにいる

それゆえの焦り、だろうか

男の顔色が焦りから覚悟を決めた顔へと変貌を告げ始める

 

「無駄な抵抗はやめな。鎧なら俺の相手にならないし、もうじき応援も来る。大人しくしていた方が――」

「かかれっ!」

 

問答はそこでおしまいだった

だが、それを俺も川澄さんも読んでいる

情報はそれほど聞き出せなかったが、こいつが犯人で間違いない確証はとれた

それだけでも及第点だろう

俺達の中から迷いが一つ――なくなったのだから

 

「ッチ!」

 

北川の舌打ちが聞こえる

同時に俺と川澄さんは扉から飛び出していた

川澄さんは北川の背に向かい真っ直ぐに駆けて行く

一方、俺は自分の眼前に光の球を三つ浮かばせ魔法を唱える

 

「――“邪を焼き尽くす聖炎デリ・ガンド・ラン

 

輝かしい光を放ち、三つの光の球からそれぞれ光の砲撃が鎧に向かい走る

だが、そのスピードは決して――速くない

敵を焼くことや、砲撃が大きいことが利点ではあるがスピードが遅いのがこの魔法の欠点だ

だから俺は夢幻に込めたりすることでそのスピードを補うことが多い

ま、川澄さんの存在を隠す目晦ましとしては十分だろう

 

――ガゥンッ!

 

甲冑の中に響く音

それは鎧達が地を蹴り、砲撃の直線状からかわしたことを示す音だった

驚いたのがその身軽さ

軽々と宙を飛び上がり、“邪を焼き尽くす聖炎デリ・ガンド・ラン”をかわす

先程の鎧には見られなかった機敏さは俺も――予想外

 

「ハァァッ!!」

 

邪を焼き尽くす聖炎デリ・ガンド・ラン”が壁に激突

打撃的な破壊はこの魔法にはないため、壁に当たると光は粒子の雨となって周囲へと降り注ぐ

光に満ち溢れた部屋の中で川澄さんの鋭い声が響き渡る

邪を焼き尽くす聖炎デリ・ガンド・ラン”をかわして着地した瞬間を狙い川澄さんは体当たりを兼ねた突撃を鎧にかましていた

その剣の刃は正確に大剣を持った鎧の体を貫いている

 

「グ、ゥ…ガ……ガァ……」

「馬鹿な! 我が機魂兵きこんへいがやられただとっ!?」

 

痙攣するように打ち震える鎧を一瞥し、俺も北川に向かい駆けた

川澄さんが倒したのは左手に現れた鎧

後は正面に赤い鎧と、右にナイフを持った鎧が残っている

俺も奇襲で1体は仕留めておきたいところだ

しかし、機魂兵?

それがあの鎧達の呼び方なのか?

思考の隅で考えながら手甲にしている夢幻の一部を小さな球にし、魔力を込めてナイフ鎧に向けて投擲する

鎧は球をかわそうと俺の方へ向かいながら上空へと跳ぶが――俺の予想通り

 

「――“祈りの光柱ティール・スン”」

 

夢幻の球から放たれたのは上下に伸びる光の柱

半径は1m

魔力で構成された光の柱は物理的効果を齎す

つまり、上空にいた鎧は光の柱に打ち上げられ、天井と板挟みとなる

そして動けない鎧に対して俺は掌を向ける

 

「終わりだ――“邪を焼き尽くす聖炎デリ・ガンド・ラン

 

放たれた光の砲撃は的確に鎧へと進み、そして鎧は――光に呑まれる

スピードは遅いがその威力は中級魔法でもかなり高い

聖なる光に焼かれ鎧は無残にもボロボロに溶けて中の機械への影響も大きいだろう

よし! これで2体目!

 

「ぅぁぁぁぁあああああ――――」

 

聞こえたのは北川――ではなく、高い女性の悲鳴声

一瞬、誰だかわからなかったが考えてみればすぐにわかる

この場にいる女性はただ一人――川澄さん

俺はすぐに川澄さんの方へと振り返ると、鎧と川澄さんの周囲に紫色の霧が見えた

あれは、まさか――――

 

「フヒャヒャヒャッ! どれだけ強くとも毒には敵うまい!」

「ッチ!」

 

狡猾な仕掛けだ

男の高笑いが凄く、腹ただしい

俺は自分が倒した鎧へと振り返る

鎧は地面へと落下したところで、その体から紫の霧を周囲へと吐き出していた

排出される量を見ても…………倒した相手を道連れにする程度、か

付近にいなければ問題なさそうだが――くそっ!

 

ドォンッ!

 

今度は打撃音が部屋に響く

そして足に伝わってくる地響き

音の出所に目を向ければそこには金属の槌を振り下ろした赤い鎧の姿がある

対する相手は竹刀を構える北川

1体だけ色違いなのが気になるが、やはりリーダーってことで強いのだろうか?

 

「シロッ! クロを頼んだ!」

「っ!」

 

こちらに振り返る余裕もなく、北川はそう叫ぶ

……危ない。コードネームのことを怒りで忘れていた

激情家なところがあるから気をつけろ、といつも皆に言われていたのを思い出す

だが、今はそんな反省をしている場合じゃない

俺はすぐに喉を抑えて蹲っている川澄さんのもとへと駆けた

 

「クロッ! クロッ!」

 

蹲る川澄さんを抱き上げると、既に意識が朦朧としているようだった

目が虚ろで喉を抑えていた手も今はダランと垂れ下がっている

名前を呼べないことが何よりももどかしかった

まずいな……とりあえず、解毒の魔法をかけるしかない

俺は掌に魔力を集め、川澄さんの額へと手を添えた

 

「――“清浄の御手ケアリク・ステア

 

対解毒用の中級聖魔法

ほぼあらゆる毒に対して効果が見られ、一般的な解毒魔法で知られる

この魔法で助けようがないのは手遅れな状態か、それとも一般レベルを超える有毒かのどちらかだ

輝く掌より力を送るが、川澄さんの顔色は一向によくはならない

噴き出す汗を掌拭い、俺は魔力を四散させた

 

「っく……」

 

効果がなかったことに下唇を噛み締める

あの野郎、ご丁寧に猛毒を使ってくれているようだ

もしかしたら科学者なのかもしれないし、自作した毒、という可能性も考えられる

川澄さんの状態を見るに即効性も高そうだし、これ以上時間を掛けるわけにはいかない

……俺が使える解毒の魔法は後、一つしかない

ごめん、川澄さん

心の中で一言謝罪を入れてから、俺は川澄さんを抱き寄せる

後頭部を持ち上げ、腹の底から魔力を捏ねて解毒の力を生み出していく

そして唇を徐々に川澄さんの唇へと近づけ、俺は目を――閉じた

 

「ンゥッ――――」

 

――“女神の治癒ユー・ステア――

 

柔らかい唇の感触

顔が思わず、紅潮してしまう

意識はしないようにしていたはずなのに……恥ずかしい

俺はお腹の中で作り出した清浄の光を口を通して川澄さんの体内へと送り込む

悶える口を舌で押し開き、光を送り込んだ

名残惜しい――じゃなくて! 柔らかい唇の感触を離し、俺はようやく目を開けた

 

「…………ふぅ。効いたみたいだな」

 

意識は戻っていないが、川澄さんは静かな寝息を立てて目を閉じていた

眠っているだけ……毒の方は浄化されてなくなっているだろう

即効性の毒を完全浄化できたのだから、後遺症等も残らないはずだ

俺はそのことに心底安堵して、川澄さんを部屋の隅の壁際へと移動させる

 

「っらぁっ!!」

 

後ろでは大きな声が飛び交っていた

川澄さんを壁に凭れかけさせ、振り返ってみると北川が大奮闘していた

赤鎧から迫り来る槌の一撃を的確に見極めてかわし、隙をついて竹刀を打ち込む

しかし、やはり竹刀では決定打にはならず、赤鎧は動き続ける

むしろ効いているのかも怪しいぐらいだ

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

肩で息をし始めている北川

まぁ、相手の攻撃はまさに一撃必殺

遺跡の3Fで対峙した鎧のことを踏まえても、やはり人間離れした怪力は持っているのだろう

それであんな槌の一撃を体に当てられようものなら、簡単に骨など折れてしまうのは明白

かわすことを優先している北川の判断は正しい

 

「――“邪を焼き尽くす聖炎デリ・ガンド・ラン

 

掌を翳し、光の砲撃を放つ

放たれた光に瞬時に反応し、赤鎧は宙へと飛び上がった

俺はそれを見てすぐに赤鎧に向けて疾走する

手にある夢幻を銀の刀へと変化させ、全力で駆けた

 

「ぅぅりゃぁぁっ!!」

 

宙に舞う赤鎧に対して北川も飛び上がる

しかし、赤鎧は宙で身を捻り、その状態から槌を振ろうと――――

 

「“軍神の光縛鎖バイド・ケプチャ”ッ!」

 

無理矢理、魔法を発動させる

赤鎧の左右に出来た小さな光から触手のように光が走る

それは赤鎧の腕を拘束し、腕の動きを止めた

あの馬鹿! 無茶するなよっ!

遠くの場所で干渉物なしで魔法を行使したので、ドッと疲労感に襲われる

だが、その甲斐あって北川の鋭い突きが赤鎧の兜を弾き飛ばす

中から現れたのはやはり、あの黒い棒

俺は駆けるのを止め、その場で鋭く刀を横へ一線

 

――“斬光ザンコウ――

 

刀に伝導させた光を一線することにより、光の斬撃として放つ技

放たれた光の斬撃は的確に黒い棒を切り裂く

しかし、最後の力とでもいうのか

赤鎧は光の触手を力で引き千切り、槌の一撃を繰り出す

 

「――ァゥグッ!?」

 

咄嗟に竹刀で受けたとはいえ、北川は槌の一撃を受けて床へと叩き落された

せめてもの救いは下に落とされたのではなく、横に吹き飛ばされたことだろう

床の上を転がる北川は衝撃は受けているだろうが、命に関わるダメージはないはずだ

 

ガシャァァッ!!

 

落下する赤鎧

甲冑の中に反芻する音だけが部屋に響き渡る

だがもう、その鎧が動き出すことは…………なかった

 

「――動くな」

 

夢幻をボーガンへと変化させ、鏃を白髪の男に向ける

男は目立たないようこっそりと川澄さんの方へと近づこうとしていた

この狭い空間の中で俺が全員の位置、動きを把握していないとでも思ったか?

怒りを滲ませながら俺は殺気を孕んだ眼光を男に向ける

男はそれを感じ取ったのか、両手を挙げて俺の方へと向き直った

 

「ど、どうする気だ……?」

 

俺は鏃を男に向けたまま、少しずつ男に近づいていく

まだこいつが毒などの隠し武器を持っていないとは限らない

僅かな挙動でも見せたら四肢を拘束すべきだ

そう考えながら俺は奴との距離を縮めていく

 

「とりあえず、洗いざらい吐いてもうらおうか」

 

 

 

 

 

 

戻る?