【覇道】

 

<Act.2 『遺跡に落とした忘れ物』  第2話 『新たな敵』>

 

 

 

 

 

「ないなぁ……」

 

床を見てキョロキョロとする北川の声が小さく木霊する

マーブル遺跡の中は遺跡とは思えない程、小奇麗な造りとなっていた

北川が言うには既に観光地化もされており、町の大工がある程度修復を施してあるらしい

俺も遺跡は色々と見てきたが、歴史的価値も低そうな建造物だ

なんの目的で造られたのかは定かではないが、見る限り何かの儀式用と見ていいだろう

 

「そういえばどんなネックレスなんだ?」

「金の鎖に銀の月がついているやつ。相沢、ちゃんと事前の資料読んでるのか?」

「一応確認だよ」

 

大して興味なかったので細かくまで読んでいなかった、とは言わない方がいいだろうな……

そう心の中で言葉を漏らし、俺は遺跡に再度目を向けた

遺跡の中にはどんな敵が待ち受けているのか、と思いきや予想とは反して何もなかった

北川の話ではいつも通りの遺跡内だ、ということらしい

魔物がいるわけでもなく、人がいるわけでもない

俺達は警邏も兼ねて依頼のネックレスを探すことにし、今に至る

 

「…………」

「後は3Fだけ、か……」

 

階段を前にして川澄さんは立ち止り、階段の先の闇を見つめた

1F、2Fも異常がないままここまできた

残りは3Fのみ……なぜ、妙な緊張感を感じてしまったのは俺だけだろうか

川澄さんは一息吐き、そして雰囲気を鋭くしてから階段に足をかけた

 

「北川。3Fってどうなってるんだ?」

「……3フロア程度しかない広さだ。内、1つは広くて昔は避難用か、宗教の溜まり場だったんじゃないか、って場所になってる」

 

俺と北川も川澄さんの様子を感じ取り、少しだけ心構えを変える

俺でもまだ何かあるのか、なんて何も感じない

しかし、確かに嫌な予感のようなものは薄らと感じるような気がした程度だ

物静かで鋭く、ミステリアスな川澄さん……第6感とかが鋭いのかもしれない

そう感じているからこそ俺も北川も少し息を呑んだのかも、しれないな

登り切る階段

そこには正面に両手開きの扉が一つ

左右には控室のような部屋に繋がりそうな小さなドアが二つ

まるで教会のような造りを感じさせる部屋の配置に宗教的要素を連想させられる

 

「…………行く」

 

その一言を残し、川澄さんは正面の扉をゆっくりと押し開けた

古いためかギコチない音を扉は発し、ゆっくりとその中を俺達に見せてくれた

中は北川が言ったように確かに広い

天井までの高さもそれなりにあるし、何より講堂のような広さは集会所を思わせる

正面の上には光を取り込むステンドグラスも埋め込まれており、あたかも教会を感じさせた

しかし、何もない

何もないフロアのはずなのは俺でもわかる

しかし、正面のその奥には妙な大きな機械が置かれている

煙を小さな音で吐き出す機械は今も動いていることを教えてくれる

 

「北川。あの機械はなんだ?」

「…………さて、なんだろうな」

 

その返答で普段はあるべきものではない、と俺に教えてくれる

つまり、何かが起きている

そういうことだろう

そしてその機械の前に佇む不気味な影も同じ、ということなのだろう

 

「…………何者?」

 

静かな部屋

そう思い出せてくれたのは川澄さんの声が響いたこと

言葉を掛けられた相手は不気味な程、動く気配を見せなかった

灰色の甲冑を身に纏い、顔も立派な騎士の兜で覆い隠されている

背丈はある……俺よりも高く、190cm程だろうか

手には長い金属の槍――いや、ランスか

柄が通常の槍のようだが、刃物ではなく円錐状の先端となっている

 

「…………今一度、問う――何者?

 

その一言と同時に川澄さんは剣を抜き、相手に切っ先を向けた

そして放たれた言葉と同時に飛んだのは――剣気

どれだけの修練を積んできたのだろう

川澄さんより放たれた剣気は並みの傭兵が出せる程度のものではなかった

洗練された達人の剣士にのみ許されるその領域に踏み込んでいる

 

「……ギ、ガ…………」

 

甲冑の者――鎧が動いた

兜があるため表情が読めないが、少なくとも置物ではなかったらしい

嫌な予感を俺に抱かせる

ギコチないその動き

それは数日前の――白き辻斬りを俺に思い出させるものだった

 

「……テキ、ハッケン……デリート」

「――来るっ!」

 

鎧の謎の言葉の後、川澄さんの一言が合図となった

甲冑を身に纏っているくせに鎧は突如、凄いスピードで疾駆を開始する

その速さから迷いなど微塵も感じられない

駆けてくるその姿はこいつを敵だと、俺達に認識させるには十分なものだった

 

「北川、囲むぞ!」

「おうっ!」

 

俺と北川は左右へと反対に走り、鎧を翻弄する動きを見せる

しかし、鎧はそのまま真っすぐに川澄さんの方に向かって駆けていく

知能があるのか微妙だが、対複数相手においてその判断は――正しい

 

ギィッッ!!

 

疾駆したまま繰り出される鋭く、そして速いランスの突き

あたかも当たったか、と思う程の速さだったが川澄さんは半身で横にかわしつつ、剣でそのランスを左へと捌いた

さすが、の一言に尽きる

 

「せぇいっ!」

 

捌いた剣を捻り、擦れ違い様に銅を薙ぐ

鋭い剣戟は甲冑の胴へと見事的中

しかし、さすがに甲冑を斬ることは敵わず、鎧はそのまま斜めへと軌道をそらして駆け抜けていった

川澄さんはそのまま振り返り、鎧の背を追うが――俺は夢幻を棒に変え、空いた左手を鎧に向けていた

 

「“邪を貫く光槍デリ・シルバッ!」

 

高速に放たれた光の槍は鎧の背中へと命中する

川澄さんも北川も剣士一辺倒みたいなので、自然と俺が後方支援を担当することになる感じだ

ま、たまには遠距離戦も悪くはないけどな……

邪を貫く光槍デリ・シルバ”が命中し、よろめき倒れかける鎧

その背中のすぐ傍には川澄さんが駆け付けている

川澄さんが剣を振り上げたその時――白い閃光が走った

 

「っ〜!」

 

倒れかけた鎧のランスの柄が横に薙がれる

後ろを向いたまま、しかも片手だけの振り

さすがに予想が出来ず、振り上げた川澄さんの横腹に柄が打ち込まれる

そしてあろうことか――川澄さんが地から打ち上げられ横に飛ばされた

 

「川澄先輩っ!」

 

北川が心配の形相で駆けつつ、川澄さんの方へと駆ける

本来なら回復魔法も使える俺が行った方がいいんだろうが、場所的に北川の方が近い

受け身をとったのは見えたが、床の上を転がった川澄さんは心配だ

しかし、川澄さんのことは北川に任せ俺は鎧へと集中する

鎧は倒れ込むのを踏ん張って耐え、川澄さんの方へと向き直ろうとしていたからだ

 

「こっちだ! 鎧っ!」

 

気を引こうと思い、夢幻の一部を小さな掌サイズの球に変え、鎧に向かい投擲する

無論、ただの物理攻撃だけじゃない

その中には魔法を一つ、込めてある――味わいな

 

――カッ

 

球がこちらに向き直った鎧の左肩に当たる

瞬間、球が割れ膨大な光が姿を現した

光は大きく膨れ上がり、太い一条の光を鎧に向けて解き放つ

中級聖魔法 “邪を焼き尽くす聖炎デリ・ガンド・ラン

光の熱量を持って敵を焼き尽くす光の砲撃を放つ

本来は金属を焦がす程度のものだが、俺が使えば――溶かし、消失させるレベルまで可能だ

 

「グ、ガゥッ!」

 

しかし、当たり所が悪かった

左肩に当たったので左肩を焼き消すことしか出来なかった

無論、左腕は肩が無くなった以上、床に落ちる

しかし、出血等はなく、また痛みも感じさせない

ただ俺に向かいランスを構え疾走を――開始した

 

「――ッフ!」

 

俺も気合を入れて疾走を開始する

惹かれ合うように近づく両者の距離はあっ、という間になくなってしまった

右腕が僅かに動く

先程の恐るべき速さの突きを――俺は感じた

 

ヒュゥッ――

 

高速の突き出し

だが、それは読めていた

俺は棒を地につけ、そのまま地を蹴り中空へと身を逃す

そのまま槍を突き出したままの鎧の頭上へと近づき、鎧の右肩へと足を乗せて小さく跳んだ

擦れ違う両者

着地し、すぐに振り返る

その背を襲おうと思った俺が感じたのは――腹部への強烈な衝撃

 

「ぅぇっ!?」

 

訳が分からないまま俺は後ろへと吹き飛ぶ

手にある棒を振り、体を捻り、無様に地に倒れることだけは防いだ

顔を上げて見れば柄を大きく後ろへと突き出す鎧の姿

あいつ……突きの戻しでそのまま俺を突いた、っていうのか……

人間離れした武器の使い方、そして俺の腹部に残る衝撃の威力……まさに怪物

そう思う間にも鎧はランスを持ち直し、俺の方へと向き直った

 

「…………いいぜ。来な」

 

俺は突撃してくるだろうことを予測し、真っ向から受けることを決める

手にある夢幻を棒から片手剣を2本へと変化させる

穴のあいた左肩からは何も見えない……血も、肉も、骨も、何もかも……

最初の川澄さんの一撃を胴で受けた時の音で気づいていた

そう、この鎧の中身は――――空っぽだということに

 

「ガゥッ!」

 

鎧が吠える

そして俺に向けてランスを構え、お得意の高速疾走を――開始した

受け止めるつもりのため、俺は動かず間合いを慎重に測っていた

その時、視界の隅に乱入者の影を捉える

割り込んだのは――川澄さん

 

「ゥガッ!」

 

鎧は体を捻り、間合いに踏み込む川澄さんに向けて高速の銀閃を繰り出す

しかし、これまた川澄さんは剣を薙ぎ、槍を左へと流した

そしてその川澄さんの影より飛び出す影が一つ

――――北川だ

 

「おぉぉらぁぁっ!!」

 

まるで跳ぶような大きな一歩ずつで踏み込み、鎧が動きを見せる前にその間合いへと侵入する

そして繰り出したのは鋭い竹刀での一突き

突いた場所は――兜

 

ガンッ!!

 

鎧から兜が外れる音

そこには何もない、と俺は踏んでいた

しかし、何かが姿を見せる

そう、鎧の数倍も細い黒い棒

おそらく北川の一突きで折れたんだろう

先端は不格好な状態となっており、バチバチと僅かに火花が飛んでいる

――あれも、機械か

 

「はぁぁっ!!」

 

そんな見解をするよりも早く、綺麗な声が響く

先程の槍を捌いた川澄さんがその場で態勢を立て直し、鋭い剣戟を振り上げた

ランスはその剣戟で打ち上げられ、手から放たれるかと思えば――鎧はランスを離さない

それを見て俺はすぐに夢幻を変化

右手の拳を覆うナックルとして形成し、その場で拳を振り被りそして――振り抜く

 

――“女神の拳骨ユー・ゲンコ――

 

高速で跳ぶのは光の拳

光の拳は右腕を正確に射抜き、鎧の右肘を壊していた

手からこぼれ落ちるランス

そこで北川が竹刀を捌き、胴へ一撃を決める

 

「くらえぇっ!!」

 

強烈な一撃

鎧はなす術もなく吹き飛ばされ、空っぽの中身の音を響かせて転がった

3人の視線が鎧へと注がれる

沈黙したのは10秒程……ピクリとも動かない鎧を見て、俺は安堵の息をこぼした

 

「倒した……のか?」

 

そうおぼろげな声をこぼしたのは北川

振り抜いた竹刀を下ろし、動かない鎧を茫然と見つめる

俺は一応警戒したまま倒れた鎧へと歩み寄る

 

「あぁ。多分、もう……動かないよ」

 

倒れた鎧を覗き込む

兜のなくなった鎧から飛び出しているのは黒く、細い棒だった

しかし、折れた部分から何か機械的な小さく細い配線などが見える

火花はもうおさまっているが、さっきは火花が散っているのを俺は見た

甲冑の首元より中を覗き込む

するとこの黒棒が空っぽの鎧の中に続いており、まるで人の骨格のように巡らされていた

…………これで動いていた、っていうのか

にわかには信じられない

鎧に魂が宿り動く魔物――デスナイトなどは知っているが、これは明らかに機械で動かしていた、という感じだろう

あの常人離れした怪力は機械から生み出されていたということになる

……気になるのは鎧の中が妙に魔力が満ち溢れている、ということだけだが……

 

「どうだ、相沢? 何か分かったか?」

「高度な機械で動かしていたみたいだ。理屈はわからないが、中身は機械だけだよ」

 

問いかける北川に対してありのままを返答する

そのまま俺は北川の方へと歩み寄り、ランスを拾い上げる川澄さんへと視線を向けた

 

「…………持って」

「え? ――わっ!?」

 

拾ったランスを無造作に俺の方へと放る川澄さん

慌ててランスをキャッチすると――驚きで思わず手にあるランスに視線が行く

 

「…………なんだ、この軽さ」

 

手にあるランスは2mは超えるか、という長さに対してその重さはまるでペン程度位にしか感じさせない

白色の金属であることはわかるが、何の金属なのかは俺には判別つかない

しかし、中が空洞というわけでも感触からいってなさそうだ

それでこの軽さ

そしてあの怪力に耐える耐久性……明らかに並みの武具ではないことは明らかだ

 

「え? え? なに? どういうことだ、相沢?」

「ほら、持ってみればわかる」

「ん? ……おぉ……って、なんじゃこりゃっ!?」

 

北川の驚きはさておいて、更なる不安を俺は感じずにはいれなかった

川澄さんを見ると、互いに視線が交差する

真っすぐで、純粋なその黒瞳は……なんかもう、何も言えなくなる

 

「川澄さん。怪我は大丈夫?」

「…………平気。貴方は?」

「俺も平気。心配してくれて、ありがと」

「………………」

 

俺のお礼の台詞が照れ臭かったのか、そっぽを向いてしまう川澄さん

なんだ、意外と可愛いところあるんだ……

そんな当たり前なことに思わず安堵してしまい、笑みがこぼれる

そんな和やかな雰囲気もここまでとばかりに俺は気を引き締め、部屋の奥に佇む機械へと目を向けた

 

「それでは、あの機械を……調べてみますか」

 

 

 

 

 

 

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