【覇道】
<Act.2 『遺跡に落とした忘れ物』 第1話 『謎の究明』>
「トゥギリ、か……」
今回の目的であるマーブル遺跡付近にまで到着した
しかし、異常を察知して俺達は気配を殺し、茂みから遺跡の様子を窺っている
案の定、遺跡の周辺にはカマキリの魔物――トゥギリが徘徊していた
「となると、さっきの足跡は警備隊かな……」
「だろうな。傭兵のグループにしては人数が多かった。警備隊、ってのが妥当だろうな」
先程、遺跡に向かう道筋に無数の足跡が残されていた
しかも、かなり慌てていたようで足跡からかなり走りっていたことがわかる
統率もなさそうな走り方のため、余程のことがあったと推測
俺達――俺と北川と川澄さんは潜むようにして遺跡に近づいた、というわけ
「でも、トゥギリってそんなに強い魔物じゃないよな?」
北川が言うようにトゥギリはさほど強い魔物ではない
特徴とも言える手の鎌にさえ気をつけていれば大して苦戦することはないだろう
ましてやカノン街の優秀な警備隊ならば十分、迎撃することができるはずだ
数は……見える範囲で50、というところか
遺跡内にいることも考えれば一度退いてもいいかもしれないが……
「…………7人、死んでる」
川澄さんの指差す先には遺跡の近く
そこにはおそらく警備隊と思われる人達の亡骸があった
……絶命していることは間違いないだろう
雪に滲む血
動かない体
とても生きていると思わせる様子はなかった
「………………」
様々な情報は交錯しており、誰もが少し口を閉ざした
とりあえず言えることは、これは学生が担当する依頼ではない、ということ
学園側から余裕があれば魔物も撃退してくれ、という感覚の話ではないだろう
つまり、依頼から今に至るまでに何らかの新しい問題が発生した、ということになる
「……どうする? ここは一度戻るか?」
そう提案するのは北川
確かに学生の依頼の範囲を超えている内容に思える
そう提案する北川の意見は極普通のものだろう
しかし、俺としては別に気になることがいくつかある
まずはトゥギリの死体が一つもないこと
警備隊が交戦した形跡はあり、また警備隊員の死体もある
しかし、トゥギリの死体は一つとして見当たらない
同族を弔ったり、死体を食す習性はトゥギリにはない
つまり、警備隊十数人でもってしてトゥギリ一匹倒せなかった、ということになる
それは変だ……
後は遺跡周辺にいるトゥギリ達の動き方だ
それはまるで人間が街を警備しているかのような巡回を思わせる動き
明らかに統率がとれている……つまり、これは魔物の群れの可能性が高い
トゥギリを従えている何者かが、今遺跡内にいる……個人的には調べたい所だが……
左右にいる2人のことを思えば、ここは普通の学生通り一度戻った方が――――
「……2人は待ってて」
「え?」
「あ――」
突如、隣で立ち上がったのは川澄さん
何を思ったかと思えば、洋剣を手に持ち遺跡に向かい駆け出した
もちろん、トゥギリの群れに一人で突っ込んだわけで……
「まったく、どういうつもりだよ」
「ま、とりあえず倒すってことだな」
夢幻を掴み、即座に片手剣を2本作り出す
突然の勝手な行動に対する俺の悪態に北川が言葉を返す
思考の切替が早いことで……
しかし、いきなりの実戦にも関わらず、2人は気負いをした様子や、無駄な緊張感がない
少しは場数を踏んでいるんだろう……俺も学生に対する認識を改めた方がいいかもしれないな
「はぁっ!!」
鋭い一息と同時に川澄さんは近場のトゥギリへと切りかかる
それは見事な銀閃だった
振り下ろされる一太刀は必殺の気合がこもっている
それが見て伝わるほどの鮮やかさだったんだ
しかしその剣戟がトゥギリに届くことはなかった
「っ!?」
驚愕に川澄さんの表情が強張る
あの鋭き一撃がトゥギリに触れる直前――見えない何かに止められているようだった
俺も初めて見る
薄い風のような膜が張ってあるのだろうか?
しかし、物理攻撃を止めるなんて……しかも、魔法を使えないトゥギリが――っ!
「川澄さん! 戻れっ!」
「っ!」
横から別のトゥギリが川澄さんに襲い掛かる
振り上げた鎌が川澄さんに近づくが、川澄さんは地を一蹴り
卓越した身のこなしですぐに後ろへと後退し、その鎌が川澄さんに届くことはなかった
「なるほど。なぜ警備隊が撤退したのかわかったな」
「……けっこうマズイ状況だろ、これ」
俺の一言に隣に佇む北川は気の重い一言をこぼす
前で構えをとる川澄さんもこの状況には困りものだろう
実際、俺も困っている
だが、何かあの膜を作る仕組みがあるはずだ
普通のトゥギリにはなく、この目前にいるトゥギリにあるもの……それを見つけ出さない限り、俺達に勝機はない
「とりあえず、個々で三方向を担当。正面の敵を打ち止めることを考えよう」
「……あわよくば、あのバリアーを攻略する術を見つけろ、ってことね」
「…………」
俺の提案に皆、とりあえずは賛同してくれる
正面は川澄さん
左は俺
右は北川
これだけの敵に睨まれては逃げることとて容易ではない
今は打開策を見つけ出すしか術はないのだ……3人で助かるつもりなら
「――死ぬなよ。危なくなったら声を出すんだっ!」
俺は後ろにいる2人にそう告げて正面に迫るトゥギリ5匹に向かい疾駆
手には二振りの片手剣
まずは手前の一匹に狙いを定め、右の剣を横に薙ぐ
「っち!」
思わずこぼれる舌打ち
やはり川澄さんの時と同様で何か見えない膜のようなもので止められてしまう
それこそ刃一枚分程度の隙間を残す直前で、だ
川澄さんの剣戟をなんなく打ち止める位だ
相当の防御力があると見ていいだろう
――ビュッ!
刃を止めたトゥギリが反撃とばかりに俺に向かい鎌を振り上げる
しかし、俺はその太刀筋を読み、即座に体を地に沈めた
空振り一撃
見上げる上には隙だらけのトゥギリの腹
俺はそこに目掛けて左の剣を突き出す
――ッガ!
しかし、やはり見えない何かに止められる
しかも刃を止められたために俺の手にも衝撃が戻る
「――“
止められた刃の先端より、込めていた魔力を解放
光の槍が突出するが、やはり見えない何か防がれ円状に光の槍が四散する
くそっ! 物理的にも魔法的にも効果があるのかっ!!
なんて高性能なものなのだろう
しかし、俺はその驚きを続ける暇すら与えてもらえない
「ッフ!!」
すぐに横手へと飛び退き、別のトゥギリの攻撃をかわす
わらわらと群れ出すトゥギリ達……あまり時間を掛けるわけにもいかない
川澄さんや北川のことも心配だ……早く攻略法を見つけなくては……
俺はその焦りを落ち着かせ、自分の眼前に4つの光の球を生み出す
「いくぞ――“
正面よりトゥギリ一匹ずつに対して光の槍を突出させる
無論、トゥギリの眼前で例の膜により光の槍は四散する
が、今回はそれでいい
俺は光で自分の姿を見えなくし、上に跳んだのだ
着地はトゥギリの後ろ
そこには俺に背を向けるトトゥギリ
後ろからの攻撃ならどうだっ!
一歩を力強く踏み込み、膜を切り裂くつもりで力いっぱい横に薙ぐ
トゥギリの背に刃は食い込んで――――
――ガッ!
――いかないっ!
またもや膜で刃を受け止められてしまう
くそっ! なんだっていう――っ!
心の中で思わず悪態を吐いた時、右側に動く何かを見つける
それは別のトゥギリ
俺の隙をついてか、俺に飛びかかってきていた
しまった! 今の一撃に気をとられすぎた!
態勢は一撃を繰り出した状態で、避けようがない
俺は考えるよりも先に体が勝手に――動いていた
「ァギャッ!?」
「………………え?」
繰り出したのは蹴り
トゥギリの顔面に向けて右足を蹴り出していた
例の膜の衝撃で押し返せるかと思ったぐらいだった
しかし、俺の靴裏はトゥギリの顔面を打ち抜いていた
「――っ!」
思考を瞬時に切り替える
背を向けていたトゥギリ達も俺の方へと振り返っている
考えている時間はないっ!
俺は夢幻に魔力を込めて手甲として両手の腕に装着した
振り返るトゥギリに向かい、剣の間合いよりも更に距離を縮める一歩を踏み込む
「ッハ!」
繰り出す拳でトゥギリの顔面を打ち抜く
すると俺の拳はトゥギリの顔面を捉え、軟らかいその頭を吹き飛ばしていた
なるほど。鋭利な武器がダメだったわけか!
俺はその答えに納得するとすかさず両脇にいるトゥギリに向かい蹴りと拳打を打ち込み吹き飛ばす
「ふぅー」
間近にいるトゥギリがいないことを確認し、川澄さんと北川の方を見てみる
川澄さんは剣でトゥギリと真っ向から打ち合いを続け、膠着状態を保っていた
一方、北川は手にある竹刀一本でトゥギリ達を次々と叩きのめしているようだった
なるほど……刃物じゃないからあの膜が展開されないのか
竹刀なんてもので戦場に来るなんてどうかと思ったが、北川め……ナイスじゃないか
「よしっ! 俺の方も片付けるとするか!」
※
「ふぅ……なんとか、片付いたな」
俺は亡くなった警備隊と思われる人達の遺体を木陰へと運び、漸く一息吐けた
後で警備隊の人達が戻ってくるだろうから、その時にこの人達のことは対応してくれるだろう……
簡単に冥福を捧げ、俺は遺跡の入り口で待つ2人のもとへと駆け寄った
「……なんだ、これ?」
近づくと、北川が掌の上に小さな何かを乗せて、それを目を凝らして見ているようだった
俺も近づいて覗き込んで見るが、黒い虫のように見えるのだが……
「どうしたんだ、それ」
「川澄先輩がトゥギリの首元に付いているのを見つけたんだ」
「…………あれ」
川澄さんを見ると、川澄さんは倒れているトゥギリへと視線を向ける
確かにその首元にはよくよく見ると黒い、小さな何かが付いているようだった
つまり、この黒い小さい何かがあの不思議な膜を発生させていた可能性が高い、ってことか……
俺は再び北川の掌へと視線を落とす
「ちょっといいか」
「あぁ」
「……ん? これは……」
北川の差し出す掌から黒い物体をとる
まず手に伝わった感触に違和感を覚えた
冷たく、そして固い
虫と勘違いすることはまずありえない無機質の感覚
そして目に近付けてよくよく覗き込むと小さな、小さな赤い光が明滅しているのを確認できた
「……これは機械だな」
「機械? こんな小さなものが?」
「……あぁ。ちょっと信じ難いけど……機械だと思う」
機械工学の先端を行く来栖川に居たため、機械についても普通よりは詳しいつもりだ
しかし、こんな指の爪よりも小さく、そして薄いこれが機械とは到底思えない
いや、どうやって作ることができるのか、さえ不明だ
しかし、今までの経験上から見てこれが機械の可能性が非常に高い
それもかなり高度な、な……
「川澄さん。これ以上先には進まない方がいいと思う」
「…………」
俺は機械から目を離し、川澄さんへと向き直る
この機械を見て確信した
これは相当ヤバイ事件か何かに繋がっている
学生の依頼で踏み込むべき危険度を遥かに超えているだろう
ゆえに俺は真剣に川澄さんへと言葉を投げかける
「この機械もそうだし、何よりトゥギリ達の動き……あれは統率されたものだった。この遺跡の中にはきっと……」
「……わかってる。けど、私は行く」
「っ――…………」
俺の言葉の先など理解しているだろう
俺の言葉も、瞳も真っすぐと受け止めた川澄さんはそう返事をした
それは本当に全てを理解している黒瞳だったと言える
だから歩き出した川澄さんを俺は呼び止める言葉を持っていなかった
……学生、なんて失礼だな
川澄さんはもう立派な傭兵だ……
ここで俺達が引き返し、応援を呼んでも誰かが結局は解決しなければいけない
正直、警備隊では荷が重くなってくる敵になるだろう
解決出来たとしても、それに伴う犠牲者の数は決して少なくはない
ならば傭兵が解決する方が被害が少ない……そしてその傭兵が今、ここにいるのだから引き返す意味がないということだ
遠巻きな川澄さんの優しさを感じて、思わず口元が緩んだ
「北川はどうする? けっこうキツイ相手になってくると思うぞ」
「行くに決まってるだろ。現役傭兵と学園最強が一緒に居てビビッてたまるかよ」
そう言い返す北川の顔はとても柔らかいものだった
……あぁ、なんて優しい人達なんだろう……
思わず笑みが込み上げてくる
人間の醜さを知っているからこそ、この2人の優しさがとても眩しく見えた
世界がこういう優しい人達だけだったら、どれだけ平和だっただろう……
そんなありもしないことを少しだけ考え、俺と北川も川澄さんの後に続いた
「よし。こうなればとことん原因を究明してやろうじゃないか」
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