【覇道】

 

<Act.2 『遺跡に落とした忘れ物』  第0話 『不穏な気配』>

 

 

 

 

 

「ふぁぅ……ちょっと、眠たいな」

 

朝7時。道場を借りての自主練習も終え、鏡の前にいる自分を見て一言

顔を洗ってみたものの、少し眠い……

しかし、しばらくじっと見つめる……まぁ、なぜ頭の上の癖毛は治らないのかわからないままだが……

 

「今日、か」

 

今日は授業ではなく、自費学生特有の依頼の日だ

それも、久々に大仕事……今回の依頼をこなせばしばらく学費は間違いなく大丈夫だろう

だから気合が入る……ま、他にも気合の入る意味はあるんだけどな

俺は顔を洗い、そのままリビングへ向かう

既にいい匂いが満ちてきている……秋子さんお手製の朝食だ

 

「あ、おはよう。北川君」

「おはよう、長森」

 

リビングのソファに座っていたのは長森

彼女もけっこう朝が早い

たまに秋子さんの手伝いをするぐらい料理も上手だしな

この寮での早起き、って言えば俺と長森ぐらいのものだろう

折原と水瀬は遅刻の常連のお寝坊だし

遠野はよくわかんないし……斉藤は朝の準備に時間かかるからな

川澄先輩は……まぁ、普通だろう

あれ? でも相沢はどうなんだ?

早いような、遅いそうな……どうだっけ?

 

「そういえば相沢って朝、早いのかな?」

「え? んー、どうなのかな? いつも気づいたらいるよね」

 

長森の言うとおりで、俺も同じ意見だった

気づいたらいる

そういえば相沢が来てから数日経ったけど、あいつの寝起きを見ていない気がする

いつも気づいたら朝食を食べていて――って!

 

「おはよう、相沢」

「ん? あ、おはよう」

 

話をしている最中にキッチンから現れたのは相沢だった

相変わらず綺麗で長い白髪をなびかせ、どこからみても女性にしか見えない

……まぁ、斉藤が勘違いしてしまうのも無理ないよな

相沢はそのままイスに座り、ボケーっとしている

不機嫌ってわけじゃなさそうだが、少しが目付きがとろんとしていた

朝は弱いのかもしれない

 

「おはよう、相沢君」

「ん。おはよう、長森さん」

 

俺もそのまま相沢の隣に座る

するとキッチンから今度は青髪の少女――レンちゃんが出てきた

挨拶しようと思った矢先、声が喉で詰まる

冷たい一瞥の視線を俺に当てられたのだ

…………なぜだ?

 

「あ、おはようレンちゃん」

「…………」

「お、おはよう」

 

長森の挨拶にレンちゃんはコクリと頷く

そしてそのまま相沢の隣に座った

一方、俺の挨拶は完全無視

……もしかして、相沢の隣に座ったから、とか……?

 

「なぁ、北川。今日の仕事のことなんだけど」

「ん? 遺跡調査のことか?」

「あぁ……っていうか、調査じゃないだろ」

「いやま、名目上だよ。名目上」

 

ちょっと気だるそうな相沢からの質問

俺の言い方に相沢は少し表情が引きつっていた

まぁ、確かに遺跡には行くが、調査って言葉とはなんか違う感じだ

俺達が向かう遺跡はカノン街北西部にあるマーブル遺跡

なんのために建てられた遺跡かはまったくもって不明

しかし、既に幾多の冒険家によって全て調べ尽くされている観光地スポットの遺跡だ

既に遺跡の一部では学園の授業で使われるほど安全性もある

そんな遺跡に行く俺達の仕事内容は――落し物探し

 

「一応、日帰りのつもりだけど……見つかると思うか?」

「ま、正直難しいだろうな……ネックレスは……」

 

学園に依頼を出したのは観光会社ヒスミスポット

なんでも先日、遺跡内を観光案内していたら魔物の群れと遭遇

現場には雇っていたボディガードがいて事無きを得たようだが、お客が大事なアクセサリーを落としたらしい

それを探すのが今回の俺達の依頼

地味だが、ちょっと骨が折れそうだ……正直、遺跡内はけっこう広いから

 

「でもま、ダメでも魔物を掃討するだけでもいい、って言ってたし」

「……ま、それもそうだけどさ」

 

学園側からも依頼として最近、魔物の出入りが目立つようで掃討してほしい、って話もきている

最悪、ネックレスは見つからなくても、学園側の依頼だけでも十分な報酬がもらえる

相沢と、あの学園最強の川澄先輩が同行するんだ

魔物掃討の方は心配ないだろう

俺の台詞に納得する相沢

しかし、その顔が少しだけ曇ったような……気のせいか?

 

「なんか、危なそうだよね……大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。なんてったって、相沢がいるし。だろ?」

「おだてても何も出ないぞ」

 

心配そうな顔をする長森を見て、気楽に言い返してみる

まぁ、正直ちょっと緊張はするけれど、気負いにはなっていない

実践としては十分な価値がある依頼だとも思うし

なにより傭兵をしていた相沢の仕事振りを見てみたくもある

 

「皆さん、おはよう」

 

いい香りとともにキッチンから現れたのは我らが寮母――秋子さんだった

それぞれが、それぞれの挨拶を秋子さんへ返す

秋子さんが運んできてくれたのはトーストにスクランブルエッグ、そしてそれぞれの飲み物

ん? 他にも何かある……何かの包み?

 

「今日はお二人にはお弁当もおまけでありますよ」

「あ、どうも。ありがとうございます」

「助かります。ありがとうございます」

「あらあら、いいんですよ。お礼なんて」

 

秋子さんは嬉しそうな笑顔を見せて、キッチンへと戻って行った

料理上手な秋子さんのお弁当……これはいいものをもらえたな

やる気は元からあったが、なんかもっと気合が入った気がする

 

「それじゃ、いただきまーす」

 

 

 

 

「な、なんだこいつらはっ!!?」

「ギャァァァ――――」

 

気がどうにかなりそうだ

俺は幻でも見ているのかっ!?

目の前の事実を否定したくて、俺は自分でもわかるほどに混乱していた

目の前で次々と倒されていく同僚達

カノン街警備隊 蝶月隊20名

その内の半数が既にやられているなんて――っ!

 

ギギィッ!!

 

不意に飛び掛ってきた魔物――トゥギリ

カマキリの姿をし、子犬程度の大きさの魔物

特徴はその手の鎌

鋭き鎌は人間の肉など容易く切り裂く

俺は剣を翳し、飛び掛ってきたトゥギリの一撃を受け止める

鋭い一撃は手に響くが、その程度で剣を飛ばされるほど柔な鍛え方はしていない

 

「おぅりゃぁっ!!」

 

剣を振り上げ、鎌を払い除ける

体勢を崩したトゥギリに一歩踏み込み、剣を振り下ろす

避けるなど間に合わない

最高のタイミング

俺の剣はトゥギリの脳天へと振り下ろされ――――

 

――ガッ!!

 

鈍い音が聞こえた

それと同時に俺の剣は何もない宙で止まる

手応えはある

まるで壁のような感触が確かにこの剣に届いている

しかし、そこには何も――何もないのだっ!!

 

「くそっ!!」

 

苛立ちで言葉を吐き捨てる

トゥギリは体勢を整え、再び鎌を振り翳す

俺はすぐに剣を引き、後方へと素早く退くことでトゥギリの攻撃をかわした

 

「ダメ! こいつら魔法も聞かないわっ!」

 

確かに炎の弾すらも、何もない宙で止まりトゥギリへ届くことはない

なんなんだ!? こいつら!!

マーブル遺跡周辺にたむろするトゥギリの数は50はいるだろうか

その全てが攻撃が効かず、まだ一匹とて俺達は倒せていなかった

 

「っく! 全員! 仲間を連れて退くぞっ!」

 

隊長の悔しさ混じりの命令が飛ぶ

確かにこれ以上はどうしようもない、ってのが現状だろう

倒れた仲間すら、全て連れて行くことさえも今は――――っ!

 

「ちくしょうがっ!!」

 

飛び掛るトゥギリの鎌を剣で受け止める

そしてすぐに力任せに後方へと吹き飛ばし、敵との距離を保つ

くそっ! 向こうからの攻撃の時は届くのに、こっちの攻撃だけはダメってのはどういうことだ!?

理不尽にも程があるっ!

 

「ナム! こいつらに構うな、退くぞ!」

「っく!」

 

同僚の呼び声に俺は悔しさを噛み締めながら退くしかなかった

倒れた仲間達を見捨てていく悔しさ……

普段の巡回で来ただけなのに、この仕打ち

いつもの平和が一瞬で崩されていくこの感覚

自分の無力さを俺は感じていた……

 

「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーっっっ!!!!!

 

 

 

 

 

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