【覇道】

 

<Act.1 『初めての学園』  第8話 『寮に到着』>

 

 

 

 

 

「へぇ、なるほどね……」

 

人化したレンを連れて北川と合流し、いまとりあえず説明は終わったところだ

まぁ、説明と言っても本当のことを話す訳にはいかない

レンのことはいつも俺が拾った子供、って設定でいつも話している

今回もそれは変わらない

とはいえ、さっきまでいた黒猫は?

みたいな話になるのは当然なので、変身魔法っていうことで説明しておいた

つまり、猫が人になったのではなく、人が猫になっていた、ってことだ

変身魔法は高位魔法なため使い手は少ないが存在はしている

説明として不審な点はなにひとつなかったはずだ

それが証拠にレンを見つめる北川も顔も納得している

 

「猫じゃないんだから、これで問題ないだろ?」

「まぁな。でも、なんで猫の姿でいたんだ?」

「んー……まぁ、レンが気に入っている、ってぐらいかな」

 

俺にくっつくようにして歩くレン

もともと人見知りな性格だ

猫の姿に変身して人目を集めたくない、って理由にも納得できるだろう

拾い子ということにもしてあるし、北川はそれ以上深くは聞こうとはして来なかった

 

「でも、なんで猫はダメなんだ?」

「あぁ、それか……ほら、水瀬って無類の猫好きだろ?」

「名雪が猫好き? …………あ」

 

北川の言葉に昔の記憶が蘇る

そう言えば名雪は無類の猫好きだった

そして、可愛そうなことに名雪は猫アレルギー体質でもあったのだ

猫を触ると涙や鼻水、くしゃみで顔がぐしゃぐしゃに……それでも嬉しそうな顔をしていたのを覚えている

あの秋子さんが困っていた顔をしていたのも珍しかったっけ……

 

「そういうことか――って、ちょっと待って」

「待たない。ほら、着いたぞ」

 

妙な話の流れであることに気がついた

しかし、その時には既に手遅れ

北川の言葉で目の前を見てみれば大きな屋敷――ではなく、広々とした道場が佇んでいた

閑静な住宅街の中にある大きな道場

立派な庭に、立派な屋敷

門構えもどっしりしていて、表札には『水瀬道場』と――

 

「………………北川。俺は寮に行きたいだけで、名雪の家には用事はないぞ」

「なんだ? 聞いてないのか? 水瀬道場は学園とも提携していて、寮もやっているんだ」

「へぇ、そうなのか……聞きたくはないが、ここが俺の寮、ってことか?」

「ま、そうなるな」

 

おい、なーんにも聞いてないぞーーーーっっ!!!!

その叫びは俺の心の中で木霊する

和観校長の遊び心のためか?

それとも星崎先生の嫌がらせか?

うぅー……なんか、こそばゆい気持ちに駆られる……

どことなく見覚えのある屋内は子供だったあの頃を思い出させる

あの、懐かしくも、楽しく、大切だった北の思い出を……

 

「まぁ、相沢からすれば親戚の家になるのか?」

「まぁな……」

 

少し落ち着いて頭が回り出した

別段、この寮で問題があるわけではない

家賃が安いのには変わりはないし、鍛錬できる場所もあると思えばメリットもある

問題があるとすれば――――

 

「あら、おかえりなさい」

「あ、ただいまです。秋子さん」

 

後ろから声が聞こえた

懐かしいその声に思わず、心がドキリと跳ねる

北川の挨拶したその方向へ、俺はゆっくりと振り返る

 

「あら、そちらの方は…………」

「新しい寮生です。俺が案内して連れてきたんですよ」

 

俺の顔を見た瞬間、秋子さんの顔が固まった

他人の驚いた顔を見ると、なぜか少し冷静になってしまう

数年振り――名雪の話だと7年振り――に見た秋子さんの姿は思い出のものと何一つ変わっていなかった

年齢不詳の美人な奥さん

優しくて、俺の心を癒してくれたあの頃と何一つ、変わっていない

そんな秋子さんの姿を見て、俺はなぜか頬が緩んだ

 

「お久しぶりです、秋子さ――っ!?」

 

落ち着いた笑みで挨拶できそうだったその時、俺の視界は真っ黒になる

――否。秋子さんに強く抱き締められていた

 

「祐一さん、無事だったんですね……とても、とても心配していました……」

 

突然の抱擁

油断していたわけではないが、ここまで虚をとられるとは……秋子さんの優しさのせいだろうか?

俺は驚きも落ち着き、ゆっくりと秋子さんを抱き締め返す

 

「はい……」

「本当に、元気そうで……何よりです」

 

瞼に涙を見せながら、俺の顔を見つめる秋子さん

心から嬉しそうなその表情に温かさを感じた

そう、7年前のあの頃から今までで……本当に色々とあったものだ

本当に、色々と…………

 

「色々とお話を聞きたいのですけど、いいかしら?」

「えぇ。勿論です」

「それじゃ、中へどうぞ。北川君も中へ入りましょう」

「え、えぇ」

 

さすがに突然の再会劇に置いてけぼりの北川

その驚きは秋子さんのあの態度に、だろうか?

確か普段から滅多に取り乱す人ではなかったはずだから、寮生として一緒に暮らしていたなら驚きだっただろう

秋子さんの案内で俺は水瀬道場に足を踏み入れた

懐かしい思い出の場所に踏み入る自分に俺はこれでいいのか、と問いかけていた

大切な場所に自分が入り込むその意味を理解している

それでも今の俺は状況に流されている、という言い訳をもとに温かな場所へと身を委ねた

 

「……間違い、じゃないよな」

 

 

 

 

「そうですか……姉さんと義兄さんはもう……」

「はい。俺を守るために……」

 

リビングのソファに腰を下ろし、俺は秋子さんとこれまでのことを話していた

俺の両親は世界中を旅する冒険家

南の国での騒動に巻き込まれ、魔獣を倒すためにその命を落とした

俺の命を守るためでもあったんだが……詳細を話すことはできないので、簡単に話すことにした

余り詳しく話してしまうと俺の正体に勘付かれても困るからな……

 

「それからは来栖川くるすがわっていう人にお世話になっていました」

「来栖川? ……あの機械工学の先駆けの?」

「えぇ。両親と親交もあり、向こうからの誘いで身を寄せていました」

 

本当はその後、沢渡さんと出会ったり、“ユー”となったりと色々あったのだが……言う訳にはいかない

まぁ、来栖川さんにお世話になったのは嘘ではないし、今でも大事な盟友だ

身を寄せているのも事実ではあるし……

 

「それで学校というものを体験した方がいい、って勧められてカノン学園に推薦して頂いたんです」

「そうだったんですか……大変、でしたね」

「大変だったかもしれないけど、楽しいことや嬉しいこともいっぱいありました。俺は今、生きていることに嬉しく思えますよ」

 

実の姉を亡くした事実の悲しさと、俺のことを思う優しさに秋子さんの表情が曇る

そんな顔は似合わないと笑顔を見せて俺は言葉を返した

当人の俺の笑顔で秋子さんも少し固いけど笑みを見せてくれる

 

「そうですね……それで、祐一さんは今後どうするつもりなんですか?」

 

秋子さんの問いかけはある程度、予想出来ていた

さっき来栖川さんのところへ身を寄せた、って話をした時に悔やむような表情を見たからだ

優しいこの人のことだ

自分のところへ来てもらえれば、そう思ったに違いない

それはとても嬉しく思えることだが、今の俺にはやることも、大事な仲間もいる

普通の人生に戻ることなどもうない……

 

「もし、よろしければこのままこの家に……」

「まだわかりません。学園生活を終えてから先のことはまだ考えていません」

「……そうですか」

 

明らかに残念そうな秋子さんの顔を見た

でもまぁ、仕方ないことなので……すいません、と心の中で謝っておく

 

「あ、祐一さんなら寮生じゃなくて、ここで一緒に同居しませんか?」

「……ありがたい申し出ですが、寮生という立場で住まわせてください。その方が学生って感じがするので」

「……そうですね。祐一さんがそう言うなら、そうしましょう」

 

距離を縮めようとする秋子さんに対して俺の距離は変わらない

もちろん、その優しさには嬉しさを覚えるが、今の俺にそれは許されない

ずっとここにいるわけではないし、家族の温もりを求めているわけでもない

俺には俺のやりたいことがあるし、この学園生活を満喫しに来たのも事実

皆が俺のことを気遣ってくれた気持ちの学生生活

それを十分に満喫することが皆への恩返しになるはずだから……

 

「我侭ばかり言ってすいません……」

「いいんですよ。でも、困ったことがあったらなんでも言って下さいね」

「はい。ありがとうございます」

 

秋子さんの笑顔で話が終わってよかった

こっちの希望通りにもなったし、秋子さんも納得済み

うん、問題なしの結果だ

その事実に俺の表情も自然と柔らかいものとなっていた

 

「あ、最後にもう一つお願いが……」

「? なんでしょう?」

「レンのことなんですけど、俺と同じ部屋でもいいですか?」

 

隣にずっと静かに座っているレン

まぁ、喋れないんだけど大人しく座ってくれている

うん、レンはおりこうだな……後でなでなでしてやろう

って、そうじゃない

さすがに幼いとはいえ、微妙な年頃に見えるレン

それと若い俺

間違いなどということはまずないが、道徳的にどうだろう、って部分はあると思う

……ま、レンは夢魔なのでそーいう関係でもあるのだが

 

「了承」

「……え?」

「だから、了承です。レンちゃんと一緒でかまいませんよ」

 

あまりにも即答だったので、なんのことかわからなかった

笑って言い直してくれる秋子さんの表情は相変わらず笑顔だ

拾い子で人見知りの部分を配慮したのか、それとも純粋にかまわない、と思っているのかわからない

一緒の部屋で問題なし、って事実だけもらえれば俺としてはオッケーだ

秋子さんの器量の広さに感謝するしかないな

……ダメならダメで交渉するつもりだったけど

 

「ありがとうございます」

「いえいえ、いいんですよ。では、早速この寮について説明しますね。寮は――――

 

それから秋子さんは寮の説明をしてくれた

まず、水瀬道場の寮というのはちゃんと寮の建物が敷地内にある

それが今俺のいる“雪月華スノー・ライト”という建物になるそうだ

3階立てで各階毎に部屋が4つずつある

俺は3階の部屋の一つを貸してくれるそうだ

ちなみに秋子さんと名雪もこの建物に棲んでいて1階に部屋がある

トイレは各階に設備、浴場は1Fにあり男女決められた時間に入ることとなる

ちなみに多少広めなので3人ぐらいなら同時に入れるんだそうだ

食事は朝と夜、ダイニングで食べることとなる

大きなテーブルがあるらしく、寮生の食事は秋子さんが用意してくれるらしい

てっきり家賃だけの金額と思えば2食付きとは……本当に安い

学生の身分ということで門限は20時。深夜の外出は認められない

とまぁ、こんな感じか……部屋の掃除はもちろん各々が取り組むこととなる

 

――――以上が、この寮での決まりですね」

「なるほど……わかりました」

 

わかりやすく説明してくれたために非常にわかりやすかった

まぁ、便利さと引き換えに様々な制約がつくのは仕方ない、としよう

それも社会人ではない学生という身分だからこそ受けるものだし

学生を味わおうという俺にはピッタリなものだしな

 

「あ、それと今夜、祐一さんの歓迎会を寮生で開く予定なので出席してくださいね」

「え――」

 

明るい笑顔で言われた台詞にちょっと焦った

とはいえ、顔合わせは必要なわけで……目立つの好きじゃないんだけどな

でも一緒の建物で暮らすわけだし、仕方ないことだろう

学校での挨拶でもけっこう恥ずかしかったが……また同じ思いをすることになるのか

嬉しくも思うが、反面ちょっと心も重くなった気がする

 

「あ、そういえば“雪月華スノー・ライト”の寮生って他には誰がいるんですか?」

「祐一さんや名雪を入れて8人ですね。だからまだ空き部屋が少しあるんですよ」

 

誰なんですか、って質問は喉で止まった

微笑む秋子さんを見ているとそれ以上は教えてくれる気がしなかった

『後のお楽しみです♪』と顔に書いてあるように思えたからだ

……俺、名雪、後は北川もここの寮生みたいだったし、残りは5人

ま、知らない顔ばかりだろうけれど、頑張って覚えていこう

一番接する機会が多くなっていくだろうし

 

「では、改めて……レン共々、お世話になります」

 

 

 

 

 

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