【覇道】

 

<Act.1 『初めての学園』  第7話 『人化の術』>

 

 

 

 

 

「よっ、待たせたな」

「いや、気にするな。大したことじゃないし」

 

少し小走りで校門前に辿り着けば、口約束通りに北川の姿があった

放課後になり、学費の振込み、寮の説明などで時間が掛かったのだ

そもそも今日中には寮に移動する予定だったし、仕方のないことだったと言える

その寮までの案内を誰かに頼もうと思ってみれば、予定が空いているのは北川だけだった、というわけ

地理勘の薄いままで地図を片手にうろつくほど俺は愚かではない

……寧ろ自信もないし

 

「それでどうする?」

「とりあえず俺の泊まっている宿屋に行こう。手荷物とチェックアウトの手続きしないといけないし」

「宿の名前は?」

「“白き花草ホッテュン”って言うんだが、知ってるか?」

「あぁ、あそこか。ならその宿屋の後に商店街に寄りたいんだが、いいか?」

「別に構わないけど、何か用事か?」

「ちょっと、な」

 

俺の問いかけに北川は苦笑いをして言葉を濁す

あまり言いたいことではないらしい

そう察した俺はそれ以上深く訊ねることはしなかった

既に俺達の歩みは進んでおり、学校もそれなりに遠くに見えてきたことだろう

とりあえず学校から出れば制服からは解放されるので、今の俺は普段着となっている

もっとも、旅マントのせいで中の服は見えないけどな

 

「そういえば制服はどうしたんだ?」

「……皮袋の中に入れた」

「ってことは、明日も女装ってことか」

「だな。 ……はぁぁ」

 

放課後、制服の件についても尋ねたのだが今から発注するとのことで週末にならないと届かないらしい

少なくともこの一週間は女装ということになる

……寧ろその姿がイメージとして焼き付けられそうなので恐ろしい一週間になりそうだ

まぁ、発想を逆転させれば一週間で済むのだから良しとするべきか

校長の態度を見ているとこの学園に通う条件にさせられそうな勢いがあるし

 

「相沢。おまえ学費はどうするんだ?」

「えーっと、一応学園から依頼を回してもらう予定になってる」

「ってことは、俺と同じで自費学生か」

「自費学生?」

 

北川の口から初めて聞く単語を耳にして思わず聞き返す

すると北川は少し驚いたような顔を浮かべた後、小さく溜め息をこぼした

 

「説明はされたと思うが、覚えてないのか?」

「あー……やり方なら覚えてるが、そういう名前があるのは知らなかった」

 

自費学生

それはおそらく俺が望んだように自費で学費を払う制度のことだろう

学園より学費を稼げるだけの簡易な仕事を回してもらう制度のことだ

まぁ学生にやらせるという時点で難しいものはないだろうが、依頼が常にちょうどいいものがあるかどうかはわからない

その辺りは臨機応変になるとは思うが、まぁそういう制度を受ける、ってことだ

一応条件として依頼をこなせるだけの実力があるかどうかを学園が認定するらしい

俺は傭兵業を営んでいたこともあり、様子見も兼ねてだが自費学生制度を受ける許可が下りたのだ

 

「北川もその自費学生なのか?」

「あぁ。これでも家を飛び出して一人暮らししてるからな。学費分に加えて生活費も稼いでる」

「へぇ……色々と大変だな」

「ま、それなりにな。でも、それなりに楽しいぞ」

 

そう語る北川の顔には曇りはなく、自然とこぼれた微笑みだけがあった

余程実家との間で問題があるのか、それとも自力で生きているのが楽しいのか

どういう理由なのかはわからないが、北川はそれなりに今の自分の暮らしが満足しているのは伝わってきた

しかし、学生の身分で大したものだと思う

家を飛び出して自力で生きる

特別な環境で育てられた者はともかく、普通の生活をしてきた者にとっては一大の決意だったろうに

しかも自分の力で生きていく、それも学園に通えるだけの実力があるのだからたいしたものだ

 

「あ、そうだ。少し聞きたいんだが……」

「ん? なんだよ?」

「学園から回される依頼ってのはどういったものなんだ?」

 

俺の質問に北川は眉を寄せて、正面のやや虚空を見つめる

顎に手を当ててうーむと言う言葉でもこぼしそうな小難しい顔

どうやら具体的なものを思い出しているみたいだ

実際、依頼はするとわかっていてもどのようなレベルのものをするのかが気になっていた

学園が取ってくる依頼がどの程度のものなのか

自分で依頼を選べない以上は気になって当然だと思う

北川と同じく、学費、寮費以外の生活費も稼ぎたいと思っているし

……もっとも、こっそりとなにかすることになるとは思うが

 

「んー……そうだな。力のない奴とかだと普通の窓拭きだの、草むしりだのといったバイトを回されるが、相沢の場合はそれはないだろ

 多分、俺みたいにちょっと魔物のいる森に入っての薬草摘みだとか、隣街までの護衛とかそういう傭兵系の仕事を回されると思う」

「それはよかった。そういう方がまだ手馴れてる」

 

普通の傭兵の仕事は大体こなせるが、普通のバイト業務ってのは勘弁願いたい

割り当てに危険性と技術性が低くなるので時間と賃金が傭兵のとは大違いなのだ

ま、それだけの価値がある仕事ってことだが

とはいえ、傭兵系とはいえども程度は低くなるだろうな

質より数で攻めてこられるだろう

そのあたりは我慢するしかない……よな

 

「あ。もしかして折原も自費学生か?」

「いや。基本的に留学生は自費学生じゃないぞ。折原も確かタクティス皇国の貴族の家の出のはずだし」

「なにっ!?」

 

辻斬りを捕縛する時、俺よりも先に辻斬りを見つけ出していたのは折原と斉藤だ

学園では勝手にギルドの依頼を請けるのは禁じられているし、賞金首もまた同様

もし狙って辻斬りを探していたのであれば校則違反……

折原ならやっていてもおかしくないな、と思えるし俺としても破るつもりなので別に言うつもりはない

ただし、何かあった時の保険にしておくのは確定だが

……しっかし、あいつが貴族の出とはな

留学をするくらいだから裕福だとは思っていたが、まさか貴族とは……あいつの一家、少し見てみたい気がする

 

「信じられないかもしれないが、これは事実だ。長森さんも認めたし」

「長森? ……あ、あの子か」

 

一瞬、誰のことかわからなかったがすぐに思い出せた

長森 瑞佳

折原のストッパー役にして幼馴染の少女

まだ面と向かって自己紹介はしていないが、存在だけは同じクラスなので確認している

ちなみに香里が彼女について説明してくれた

初っ端から嘘を吐こうとした折原は鋭い一撃によって頭にコブを作っていたのが記憶に新しい

 

「ほら、目的地に御到着だ」

「みたいだな」

 

思っていたより近かったのか、話し込んでいたからなのか

とりあえず視認できる範囲に宿屋が姿を現した

北川の指摘に俺も同意し、そしてすぐに一歩を踏み出して駆ける

 

「すぐに用意して出てくるから、門先で待っててくれーー!!」

 

 

 

 

「……相沢。それは?」

「ん? 猫以外の何かに見えるのか?」

「いや、そーいうことではなくて……」

 

準備を終えて宿屋を後にしてしばらく、北川の視線は俺の肩に乗る黒猫――レンに釘付け状態だった

無類の猫好きというわけではなさそうで、どこか不安げにレンを見ている

ようやく口を開いたのは宿屋を後にして数十秒後

余程の驚きと困惑があったと察するべきか

 

「名前はレン。俺の大切な相棒だ」

「ってことは、寮にも連れ込むつもりか?」

「そのつもりだぞ。ペットの連れ込みができるから、っていう理由があるから今向かってる寮になったわけだし」

「あー、確かに他にペットOKな寮はないだろうな……しかし、よりにもよって猫とは……」

 

北川の脱力するような疲れた言葉に思わず不安を覚える

何を文句言われようがペットOKという条件が提示されている以上、押し切る自信はある

レンなんて特に使い魔のようなものだし、躾という意味では人間と同じレベルだ

特に声を出すことができないのでうるさい、ってことはまずないだろうし

つまり、通常ではない異例の事態がある、ってこと

 

「何か拙いのか?」

「あぁ。猫だけは拙いんだ。あーもう、これはマジで困ったぞ」

 

何故か勝手に困り出す北川

解決できない難問を前にして頭を抱え、目さえ鋭くなっている

……困るのは少なくとも俺であって、北川ではないのではなかろうか?

まぁ、それだけ親身になって俺のことを考えてくれている、と思えばいいのか?

尋常ならざる雰囲気を醸し出している北川にかなり声はかけずらい

唸り声さえ低く漏らし、必死に思考をめぐらせている北川

さて、どうしたものか……

 

「あ、悪い。そこの店に用事あるから、ちょっと待っててくれ」

「え? あ、あぁ。わかった」

 

苦悶の表情から突然解放されたかと思えば、目的地に御到着だったらしい

北川は人通りを滑らかに抜けて少し古めかしい建物に入っていった

店頭のウィンドウガラスを見るに売っているのは小物や道具といった感じだな

戦闘や依頼をこなす上での必需品でも買い足すのだろうか?

……まぁ、待てと言われれば待つしかないのだが

 

「えーと……お、あそこでいいか」

 

周囲を見渡してみてもここは街中の大通りの一つ

放課後ということもあってか学生服を着ている者も目立つが、それ以上に人波が凄い

買い物に出ている主婦の方々も多い上に、仕事帰りのおじさん達の姿も多い

そんな中、少し人気のなさそうな細い路地を見つけた

あそこなら人目につかないはず

俺は人波を避けるようにして路地に入り、静けさに満ちた空間に安堵を覚えた

 

「さて、レン。悪いけど変身してくれるか?」

「…………」

 

宿屋についてからというもの、長い時間一人にしたせいかご機嫌はかなり斜めな状態

目を閉じ、そっぽを向くように顔を背けられ続けていたからな……

たまに視線とか振ってみたのだが完全に無視状態

ご機嫌はとらなきゃ、とは思いつつも変身する機会は今しかない

俺は願いを込める思いでレンに言葉をかけ、レンも声色から事情を察したのか俺の方を見てくれた

 

「後でお詫びはするから、頼む。猫を連れ込むと拙いみたいだし、様子見を兼ねてまずは人型でいきたいんだ」

「……………………」

「おぉ、そうか! サンキューな、レン」

 

両手を合わせて猫に頼み込む俺

……傍から見れば怪しいことこの上ないが、誠心誠意を伝えるには仕方がない

レンは逡巡するように長い時間を置いた後、小さく顎を引いて頷いてくれた

そのレンの器の広さ、優しさに感謝してしまう俺

……一応俺、レンのマスターのはずなんだけどな

頭の隅で浮かんだその事実はとりあえず認識せずに放置しておく

 

「…………もう、いいか?」

 

後ろを向き、待つこと数秒

いつもの時間ならこの程度のはず

俺の問いかけに答えるように俺のマントが引っ張られる

振り向いてみれば可愛らしい女の子が一人

水色の長いストレートの髪に大きな黒いリボン

そして不思議なほど似合うゴシック調の黒いワンピースドレスに、黒の肩掛け

お洒落ポイントとしては肩掛けに白い紐が通され、胸元で結ばれていることだろうか

黒に白なのでよく目立ち、愛くるしさが増すというもの

 

「うん。相変わらずレンは可愛いなぁー」

「…………」

 

頭を撫でて褒めてやると僅かに頬を赤くして俯く

そういう初々しさもまた可愛らしいのだが

機嫌も少なからず取り戻せたところで、俺は撫でるのを止める

すると惜しむような、切なげな表情をしたレンが顔を挙げた

そして数秒――互いに目が合い硬直

あまりに切なそうな顔をしていたがために俺は止まり、レンは驚いている俺を見て止まっていた

 

「……北川が戻って来るはずだから、戻ろうな」

「…………」

 

俺の言葉にコクンと頷くとレンはそっ、と俺の手に手を絡ませる

決して顔はあげず、少しだけ照れているのか揺れる小さな頭

俺は手を離さないように少しだけ強く握り返し、またレンも安心したのか握り返してきた

ちょっと久しぶりのレンの人化に戸惑いつつも俺は雑踏の中へと――あ

 

「おい! ここにいろって言った…だ……ろう…………」

 

雑踏の中で周囲を見渡してキョロキョロとしている人間が一人

言わずとして金髪剣士――北川だった

俺達がいなくて焦っていたのか、ちょっと怒った顔で迫ってきたのだが、その勢いも俺の隣にいる人物を見て削られていく

俺の目の前に来た時にはまさに無言

隣にいるレンを見つめ、そして顔を挙げて俺の方へ

――その顔はムカツクほどに哀れみを湛えている

 

「相沢、おまえって――」

「勘違いするな。別に見知らぬ少女を誘拐してきたわけじゃない」

「……いや、そうは思っていないが……」

 

どうやら想像以上のことを言ってしまい、余計に疑われたらしい

怪訝な視線と同じくして、微妙に臨戦態勢をとりかかっているところが本気なだけにムカツク

いい奴過ぎるってのも考えものだ……

俺は説明が面倒だとは思いつつ、小さく溜め息をこぼして一つ

 

「とりあえず歩きながら話そう。雑踏の中での立ち話する理由もないだろう」

 

 

 

 

 

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