【覇道】

 

<Act.1 『初めての学園』  第6話 『一見互角』>

 

 

 

 

 

「くっ! ――らぁっ!」

「っう! ――フゥッ!」

 

竹刀二本と片手棒二本

互いに似通った得物で俺達は何合も打ち合っていた

腕前はほぼ互角と称してもいいだろう

左からくれば右で受け止め、右でくれば左で受け止める

大きく間を取らずしての一呼吸を合い間に入れるのがやっとの激しい乱撃の打ち合い

それはまだ終わりを告げない

 

――ガァッ!

 

ぶつかっては引き戻し、小振りの最速連続攻撃をし合う中で互いの得物が強く弾き合う

十数秒振りに訪れたほんの些細な、けれど大きな間

北川もそれを瞬時に悟ったのか半歩ほど後ろに下がった

半歩と言えど今の俺達にとってはそれなりの距離となる

溜めを行うように息をゆっくりと吸い込みつつ、腰の捻りを加え始めた状態だ

それなりの一撃がくる!

上半身が右側へと向いた状態で、二振りの竹刀がどう繰り出されるのか予想もつかない

構えとしては薙ぎのようだが、ヘタな予想は反応を鈍らせる

俺はどうしようかと僅かに悩む

結論――溜める時間がない以上、奴の斬撃を阻止!

左手の棒を僅かに振り被り、俺は隙だらけである北川の左肩に向かい一撃を――

 

――ビュォォッ――

 

瞬間、鋭い一撃が俺の目前を通過した

それは北川の竹刀による一撃だったことを振り切った様子を見て悟る

速かった、段違いに

研ぎ澄まされたかのような一振りは繰り出した俺の棒を弾き飛ばしている

いや、あれは弾いたと言えるのだろうか?

突風が過ぎたと思えばまるで風に攫われるかのように俺の手から棒は飛び出していった

感覚など、覚えていないくらいに

何が起きたのか理解しかねる現象

それほどまでに今の一撃は研ぎ澄まされていた、とでも言うのか?

 

「――っ!」

 

あまりの出来事に反応が鈍った

頭の鳴らした警笛に気づいて意識が戻る

今放たれたのは左の竹刀

それはほぼ腕のみの力で振り切った一撃

そして、また北川の体は開ききっておらず、右手に力強く握られた一本が俺の視線を釘付けにする

 

間違いなく第二撃が――――くるっ!!

 

あの振りの速さからして夢幻の変化でさえ追いつけるかは怪しい

白光によるめくらましとてこの至近距離では回避には繋がらないだろう

俺は残された一本の棒の両端を持ち、縦に構えて襲い掛かるだろう第二撃に対して身構えた

反応が遅れたと思った割りに素早い反射神経で守りに間に合ったことは褒めるに値する

しかし、構えた直後に違和感に気づく

第二撃が――――――こない?

 

「ッフ」

 

口元が僅かに緩み、笑みをこぼす声が確かに聞こえた

瞬間、北川の左手首が翻る

それを見て思わず驚きに目が見開くが、体の反応が遅れた

初太刀とは逆に捻り始める北川の上半身に伴い、振り切った右手の竹刀が引き寄せられるように切り返される

 

「っく!」

 

後ろへと咄嗟に跳ぼうとするが撓るように襲い掛かる竹刀の一撃を棒で受け止めるしかなかった

そのため体勢が揺らぎ、後ろへと跳ぶ距離も段違いに落ちる

足が止まるのは一呼吸もあるかないかだったが、目前の北川は旋風の如く身を回す

そして背面を見せてから回転力を加えた一撃が肩口の向こうより姿を現した

身のこなしが早い!

再度後ろへ跳ぶのは遅い

かと言って受け止めるとなれば――くそがっ!!

 

「たてよたてよたてよたてよたてよたて――盾ヨッ!!」

 

考える時間が無駄と悟り、頭の中を盾のイメージにのみ集中させる

口もイメージを早急に固めるために盾という言葉を連呼させた

眩い白光が視界を覆う

手に感じる形が棒より盾のそれへと変化する瞬間を感じた

 

――ガドッッ!!

 

それなりに伝わる衝撃が盾の取っ手を持つ手に届く

さすがに金属と竹ではいかに鋭い一撃であろうがその衝撃の差は大きい

俺はそんなことよりも変化が間に合ったことに歓喜するが、それも刹那のこと

衝撃を感じたと同時に攻守逆転とばかりに俺は盾を持ったまま前へと跳ぶように歩み出た

体の旋回のために僅かなれど宙に浮き上がっている北川にはこの攻撃は効く!

 

「チッ!」

 

白光の余韻も消えかかろうという時に北川の舌打ちが聞こえた

盾に伝わるのは竹刀などではなく大きな物体の感触

間違いなく北川だ

このまま押し切ってあいつを床に倒してやる!

そう思っての押し切りをかけるところで、いきなり反動が押し寄せた

 

「うっ」

 

思わず踏み込みかけた足が止まり、盾を押していた腕が肘のところで曲がった

足で蹴ったか何かして盾を押し返したらしい

どちらにせよ北川の体勢を崩したことには変わりないはず

俺は盾に変化させた夢幻を手甲の形をへと変化させた

それもただ腕の部分を補強するだけの形のものではなく、まるでグローブのように掌と指をコーティングしてある形のものだ

まぁ、肘は関節で曲げる必要があるので肘の手前までの腕を完全に銀で固めた形になっている

 

「ったく。おまえの武器はなんでもありかよ」

「見ての通り、ってところさ」

 

追撃をかけてもよかったが、確実に相手の状態を確認もせずに突っ込む危険を背負う必要もなかった

北川はいつその状態を保ったのかは知らないが、既に両足で立って竹刀を構えている

真っ向で対峙している今でさえ不用意に突っ込む気は失せるだけの構えだ

追撃はかけておかなくて正解だった…かな

互いに間を計るように息を吐き、そして落ち着ける

いつ来ても、いつ行っても大丈夫なように

 

「先に言っておくぞ、北川」

「ん? あぁ、いったいなん――っ!」

 

俺の言葉に僅かでも気を許したのか、北川の構えが僅かに緩む

俺への警戒心と、その挙動を見張っていた目の鋭さが微妙に、な

返事の途中でいきなりの踏み込みのもと、俺は北川に勝負を仕掛ける

それこそ攻め込む素振りを見せていない状態からの、深い一歩目の踏み込み

こちらも迅速に攻め込むにしては出足はよくないが、深く陣取った一歩目がその遅さを補助カバー

明らかに突然の行動に焦る北川

既に北川の間合いへと踏み込んだ俺に対して、北川の右手が上へと上がり――

 

――ヒュッッ

 

それに遅れるようにして左手が腕だけの刺突を放つ

ただ迎撃のために振り上げたのではなく、そちらを囮にしてみせた

いきなりのことで焦ってはいるが、決して浅い男ではないらしい

そのことを認識しつつも俺は僅かに走る軌道を半歩横にズラすだけで刺突を悠々とかわす

俺の視野はそれほど狭くなく、北川の刺突など普通に反応することができた

そして、その刺突が――真の囮であるということも

 

「ハァァァ――」

 

振り上げたのは右手

そして刺突は左手

なら避けるならどちらか

それは振り上げた右手のない右側

刺突のために突き出された竹刀の外側は北川の背となり、まさしく死角

選ぶならばこちらが妥当だ

そして、それ故に北川の術中に嵌まったと言える

鋭い声と同時に北川の上半身が鋭く回った

それは振り上げた右手を振り返りの横薙ぎとして繰り出すため

本来なら間に合わないその行動を間に合わせるのは偏に北川の努力の結晶だろうか?

だが――――それは俺の予想通りの動き

 

「フゥッ!」

 

北川の背中、右肩部分のやや斜め下後ろの空間

その一点を睨みながら駆けていた俺

その場所は北川が振り返る動作の上で右腕が現れるはずの場所

目標部分まで残り二歩強

そこに右腕が姿を見せる

瞬間、俺は前傾姿勢のまま迷わず前へと滑空するように飛び込んだ

前へと突き出す両手は北川の強く、そして鋭く振り出される右腕を掴むように取る

 

「っ!?」

 

思わぬ衝撃に北川が息を呑む気配を感じた

俺はそんな些細なことは気にも留めずに前へと進む力を北川の腕を支点として足先を振り上げる

振り上げた足先には行き場が詰まった前へ進む力が両手より流れていき、頭、そして北川の腕の向こう側へと通り過ぎていった

その最中も俺を支えている北川の腕だが、振り抜く力強さが俺の突撃を受け止めただけでそれ以上の力は必要としていない

この力の流動は二秒にも満たない一瞬の間の出来事なのだから

 

「よっ――とぉっ!」

 

腕の向こう側に着地する間際、体を半分捻って北川の方へ向き直る形をとる

驚きで間の抜けた顔をしている北川と俺は目と目が合う

瞬間、北川の顔に正気が戻った

けれど、その時にはもう俺は北川に向けて足を踏み込んでいる

体は開き切り、そして動きも停止させられた状態の北川に咄嗟の行動がとれるはずもない

僅かに動かすのは左手の竹刀

俺は一応牽制のつもりで北川の左肘内側に当てるだけの拳打を打ち込んだ

 

「ぁぅっ!」

 

牽制とはいえどもこれでも格闘にはそれなりに自信のある俺の一撃だ

決して痛くないわけではないし、ダメージがないわけでもない

苦鳴をこぼす北川

その左手は力を奪われたように地へと沈む

その間にも俺の体は滑り込むように北川の体へと近づき――

 

「ぁぐぅっ?!」

これで終わりだジ・エンド

 

突き出す右手を咄嗟の反射で首だけ横へと逸らす北川

けれど、その反射に俺の反射が追いつく

避けた先に軌道を曲げた俺の右手は狙い通りに北川の首へと喰らいついた

喉を絞められて呻き声が漏れる

まぁ、本気で締めてないので苦しい程度ではあるだろうが

 

「そ、それまで! 勝者は相沢!」

 

終了の声がかかるのを待つこと三秒

それでようやく北川は俺の右手から解放された

咳き込みつつ後ろへと数歩よろめく北川

呼吸を整えている間に俺は夢幻を腕輪の形をイメージして右腕へと戻しておく

 

「おおぉぉぉぉっ!!」

「すっげー! マジすげー!」

 

審判の声よりまた遅れて試合を観ていた生徒達から歓声があがる

それはまさしく色々な感想や、驚きを口にした喧騒とも呼ぶべきものだった

夢幻に対する驚きや、俺の実力

ま、大体はそういったところのものだったかな?

聞こえた範囲で、だけど

 

「ほらほら、試合は終わったぞ。各自自分の練習に戻りなさい」

 

手を叩き、注目を集めたところで浅間先生の言葉が飛んだ

はっきりと聞こえない程度の反抗の声もあったが、浅間先生に表立って逆らう生徒もおらずそれぞれが散るように去っていく

俺としてもあのまま囲まれていたらどうすればいいのか困るので、助かったかな?

 

「さすがに、現役傭兵に勝つにはまだまだだったかな」

 

周囲の状況を確認している間に近づいてきたのか、目前には北川がいた

まだ喉を擦ってはいるが、微苦笑を浮かべるその顔には怒りはない

まぁ、試合の中での出来事で怒られたらかなわないが……

 

「そうでもないさ。単純な戦闘能力だけならそれなりに通用すると思うぞ」

「ははっ。中々に手厳しいなぁ」

 

あえて足りない言葉を伏せて言ったというのに、北川はそれを見抜いてしまったらしい

なにより俺の褒め言葉とも思える台詞に対して返ってきたのが喜びの言葉でないのが証拠だ

伏せたのは“単純な”というところ

今回の試合では真剣も、命の掛け合いも、魔法も使わなかった勝負だった

つまりそれらの状況において北川がどれだけ通じる力があるのか俺は知らない

よってそれらを抜かした状態の一例を“単純な”と言っただけ

真剣を持った途端に弱くなる奴だってけっこういるし

 

「はははははっ! よくやったな相沢!」

 

高らかな笑い声と呼ぶべきか、馬鹿の大笑いと言うべきか

何はともあれ笑いながらこの場にやってきたのは折原

そしてその後ろにはなんだか浮かない顔をした香里と、またも笑顔を浮かべている名雪がいる

 

「別におまえのために頑張ったわけでもないんだが……」

「いやいやいやいや。結果としてはそうなったも同然なのだよ、相沢君」

 

俺の肩を叩きながら笑みが止まらない折原

不気味に思いつつも少なからず予想はできている

折原とはまさに対照的な香里の顔を見ればなんとなく、な

 

「それで、何を賭けてたんだ香里は?」

「うっ。……今日のお昼代よ」

「と、いうわけだよ。あーはっはっはっはっはっ!」

 

腰に手を当てて盛大に笑いを繰り返す折原

んー、ただお昼を奢るだけにしてはこの喜びよう、そして香里のあの落ち込み具合

只事ではない何かがある、ということだろうか?

……とんでもなく高いものでもねだるつもりじゃないだろうな

にしても、折原の奴…少し狡賢いこともするもんだ

あいつは俺の実力を少なからず知っているからな

いくら強いとはいえ学生に負けるとは思っていなかったのかもしれない

まぁ、ただの学生に“白き辻斬り”が倒せるわけないし

 

「ねぇねぇ祐一」

「ん? どうした、名雪?」

「祐一のその武器ってなんなのかなぁ?」

 

名雪のその一言で俺の腕にかかっている銀の腕輪へと皆の視線が集まった

まぁ、どう考えても気にならないわけがないよなぁ

形は変わるわ、二つにもわかれるわ、白く光るわで……

さすがに誤魔化すこともできないだろうし、ここは潔く説明しておいた方がいいか

 

「この武器は夢幻って言ってな。変幻自在の武器で、質量さえも固定されていないんだ」

「とんでもない武器ね」

「あぁ。これほど闘い難い武器はないかもなー」

 

俺の腕輪を見つめ、それぞれ感嘆の息と共に言葉を吐く

北川の言う通りで相手が夢幻を使う者ならば闘い難いかもしれない

間合いは変わるし、戦法も武器が変われば変わるものである

ただ逆を言うならばどんな武器になってもそれなりに扱えなければ意味がない

俺もここまで多種に渡って武器を扱えるようになるのは苦労したものだ

 

「おいおまえらー。親睦を深めるのもいいが、ちゃんと鍛練もしろよー」

 

 

 

 

 

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