【覇道】

 

<Act.1 『初めての学園』  第5話 『テストが近い』>

 

 

 

 

 

「なるほど。君が編入生の相沢か」

「……はい」

 

俺の目前に立つのは教師らしい人物

刈り上げの黒髪に肉付きのいい体

迷いなどこの世にはないというような爽やかな顔のその人は以前に見かけた記憶がある

白狼の一軍が街に攻め入ろうとした時、折原と一緒に白狼を迎撃した内の一人

あちらは俺を見掛けたわけでもないだろうし、知らないだろうけど

 

「話は和観さんより聞いている。戦闘技術はかなりのもの、とな」

「傭兵を嗜んでいましたので、それなりには…と自負してます」

 

妙に俺に目をかけてもらっても俺としては迷惑な話だ

かと言って変に下手に言えば謙遜していると思われてしまいドツボにはまる

だからなんともないように受け流すため、言葉を選んだ

その俺の返答に教師――浅間先生は困ったように眉を顰める

どうやら俺の予想通りで自分の思惑が外れて困っているようだ

 

「そうか。まぁまだわからないことだらけだと思うから、わからなければ遠慮せず俺をはじめとした先生達や、クラスメイトになんでも聞きなさい」

「はい。ありがとうございます」

 

戦闘教師ということでもっと大雑把な性格の人物を予想していたのだが、そうでもないようだ

担任の石橋よりも面倒見のよさそうなことを言ってくれるし

少し爽やか過ぎる笑顔が俺にとっては不慣れで戸惑いを覚えるが、悪い人ではない

まぁ、なんにしても上下青のジャージ姿というのは授業を嘗めてるとしか思えないが

……しかし、以前見掛けたような道着姿で来られても困るし、まだマシかもしれない

 

「早速質問なんですけど、さっき言っていたテストっていうのはなんですか?」

「あ、そうか。テストの話をまずはしなくてはいけなかったな」

 

訓練場は既に生徒達の各自行動に任されている状態になっている

これが先程言っていた自主練習、という状況なのだろう

空いている場所を使って演舞したり、素振りをしたり、軽く打ち合ったりしたり

奥の方にできている人の輪は練習試合みたいなものをしているんじゃないだろうか?

まぁ、何はともあれこういう状況を作り出した原因は目前にいる教師の一言にある

 

『テストが近いので、各自テストに向けて自主練習を行うこと』

 

その言葉の直後、多少のわざめきをちらつかせながらも生徒達は今と同じような状況を作り出したのだ

残念ながら俺は編入生――つまり新人ということで浅間先生にここに呼ばれて現在に至っている

 

「テストというのは普段の授業で学んだことを生かせているか、会得しているかどうかを仮に試す場として設けられた試験のことだ」

「試験…ということは、落ちる可能性もあるということですか?」

「校内テストなので落ちるようなことはないが、成績に響くぞ。成績が悪ければ進級は見送りになるし、評価も低くなる

 後は赤点と言って最低基準点数以下だった者には補習を与える罰も用意されている」

 

先生の説明でなんとなくではあるが学校の仕組みというものが見えてきた気がする

つまり全員の目標は進級の先にある卒業を迎えること

もちろん、そこに至るまでに得る知識と技術こそが本当の目的ではあるが、わかりやすいように卒業というゴールが設定されているんだろう

そして日々の知識と技術の確認がテストであり、次の段階に進んでもよいかどうかを判断されるわけだ

ということは、どうあっても頑張っておかなければならないもの、ってことか

 

「学問の方は筆記テストと言って問題を答案用紙に書き込むものになる。戦闘の方は毎回査定方法を変えていてな、一定ではない」

 

少なからず予想は出来ていたが、筆記の方もテストはあるのか

今日やった数学とかはかなり自信がない……というか、編入早々ついてないな

あんなのわかるわけがない――と愚痴ったところでどうなるわけでもなし、できるだけのことはやるべきか

戦闘の方の査定方法が一定していない、というのは編入試験と照らし合わせればわかりやすい

つまり集団対集団や、個人対個人などあらゆる方面の戦闘を想定して査定方法を変えるのだろう

ある一定の闘い方でなければ強くない、なんてのは実戦ではさほど役に立たないからな

 

「今回は一対一の試合方式の査定を予定している。勝負の勝敗もそうだが、それ以上に戦闘の中身を評価していくぞ」

 

元気に説明を続ける浅間先生

なんというか、テストが待ち遠しいような表情をしているように思える

しかし、戦闘の中身を評価するとは……中々に深いことをしてくれるものだ

つまりはいかに凄い一振りをするか、とかではなく闘い方そのものを評価するということ

組み立てる戦術、咄嗟の判断などなど……ただ強いか弱いかでは判断しないところが好感をもてる

 

「なるほど。テストの方は大体わかりました」

「そうか。他に質問とかなければ授業に入るけどいいか?」

「? はい。かまいませんけど」

 

先生の言葉を俺は意図し切れず、半ば疑問のまま言葉を返した

授業と言えば既に自主練習が始まっているわけだし、始まってるわけだろ?

俺もその輪の中に入っていけ――と言われれば少し抵抗あるが問題ないと思う

まぁあれだけ個々で練習していれば混ぜれないことないと思うし

けれど先生は俺の返事を聞いて「そうか」と笑みをこぼすと、訓練場全体に向かって息を吸い込んだ

 

「これより! 新入生相沢の歓迎試合を行う! Aコート内にいる生徒は速やかに試合線の外に出るように!」

 

突然の先生の大声はざわめきを包んでいた訓練場に響き渡り、幾度かの木霊を聞くこともできた

静まり返る訓練場だが、少しずつ小さな喧騒を生みつつも訓練場のある一定区域が空けられる

おそらくあれが先生の言っていたAコートという位置なのだろう

床をよくよく見れば境界線のような線が刻まれており、それが試合線というものなんだと思う

形は正方形――凡そ、距離の長さは一辺30mと中々に広い

……まぁ、この訓練場が馬鹿広いので、小さく見えてしまうが

 

「突然試合ですか」

「あぁ。さっきも言ったように今回のテストは一対一で行われる

 対戦相手は俺達教師が決めるわけだが、できれば実力伯仲の者同士をあてたいんだ」

「なるほど。そういうことですか」

 

先生の言葉に突然の試合にやる気を失せていた俺も、多少は気持ちを立て直すことができた

つまり俺の未知なる実力を暴き、テストの対戦相手選抜のデータが欲しい、ということなのだろう

それに実力伯仲の者同士をあてるのは一番効果が望める形でもあると思うし、いいと思う

逆を言えば自分より強い相手に勝つ方法、精神の持ち方とかも重要だし、自分より弱い相手に対する方法も自分なりに持っておいた方がいいが

ま、今回は実力伯仲という話なのだから、それを有意義に生かすだけだ

ただ一つ、落とし穴があるとすれば――――俺が誰との実力とも伯仲していない場合どうするのか、ってことだけどな

 

「見せ試合になってしまうが、そこは我慢してくれ。テストでも同じようなものだからな」

「別に俺は構いません。見られて困るような戦法でも、実力でもないと思いますし」

「ほぅ。中々言うな」

 

俺の不敵な発言に先生は興味深そうに目を細めた

まぁ、本当のことを言えば夢幻での闘い方は見られて困る

不意打ちという有効打が暴露されるわけだから

とはいえ、バレたからと言って攻め手がなくなるような弱い奴ではない

実力もそれなりに自信はある

負ける気はしないな

 

「試合はこの正方形に刻まれた線の内側で行うこと。線を越えれば場外負けということになる」

 

Aコート内につれてこられた俺は試合の説明を受けている

なんとなく予想はできていたがやはり線を越えれば負けか

感覚としては武術大会やエクストリームと同じように思っておいた方がよさそうだ

 

「対戦相手は……北川か。まぁちょうどいいだろう」

 

既に対戦者として名乗りをあげたのか、俺と向かい合うような位置に金髪の少年――北川が佇んでいた

その手には左右一本ずつ竹刀が握られており、あいつが剣士であることを物語っている

しかし、それにしてもあの竹刀……妙に年季が入っているように見えてならない

一般に置かれている市販製の者とは明らかに一線を超えるなにかを感じる

あれがこの学校で用意されている武器なのだろうか?

 

「相沢。そこにある開始線で待機してくれ。審判である俺の掛け声で試合を開始することになる」

「あ、はい。わかりました」

 

正方形のほぼ中心のところに3mほどの距離をあけて二本の線が刻まれている

北川もその線の前に立って待機しており、俺もそれに見習って立った

既に間合いとも呼べる近さで対峙する俺と北川

北川の雰囲気は教室で感じたような明るさを残しつつも、確かな鋭さを秘めた空気を纏っている

こいつ……相当な腕前かもしれない

 

「よっ、相沢。よろしくな」

「こちらこそ、だ」

 

余裕や油断とはまた違う、いつもの調子で北川は気軽に声を掛けてきた

俺もそれに応じるように普段のままに言葉を返す

 

「おまえの実力は少しはわかっているつもりだ。だから、手加減なんて一切せずにいく」

「望むところだ」

 

気合の入った言葉と同時に北川顔付きが真剣味を帯びて引き締まる

鋭い眼光は俺の挙動を見逃さないように俺の四肢を射抜いてきた

俺も内ポケットにある銀の塊――夢幻を掌に忍ばせて構えをとる

一目見れば俺が格闘家のようにさえ思える状況で、俺達は互いに構えて向かい合った

 

「相沢。おまえ武器はいいのか?」

「はい。問題ありません」

「よし。それでは――――はじめっ!」

 

開始の声が鳴り響く

既に周囲のざわめきも落ち着きを取り戻したのか、妙な静かさが耳を打った

夢幻に魔力を込める

北川は既に――動き出していた

 

「フッ――」

 

二歩

連続して踏み込んだ数だ

駆け出しと踏み込みを一歩ずつで最短の斬撃を繰り出す

上半身を深く前へと押し倒し、右手にある竹刀を弧を描くように一閃

先手必勝とも言えるその一手を予測していた俺は北川が踏み込むと同時に後ろへと跳んでいた

 

「棒ッ!」

 

足が着く前に手にある夢幻を長い棒へと変化させる

白光を放ちつつ夢幻は瞬時に棒の形をとり、着地と同時に前へと体重移動を起こして鋭く一突きを放つ

踏み込んでいるだけにかわしようがないはず!

北川は突然の出来事だったにも驚かず、瞬き一つしない眼光で棒の切先を捉えたのか横へと瞬時にかっ飛んだ

空を切る一突き

掠るか掠らないかの瀬戸際ではあったが、有効打には程遠い

 

「イッヤァッー!」

 

横へと飛んだにも関わらず、着地の体勢は良好

前へと進む勢いを巻き返し、俺との距離を詰める北川

踏み込む足と同時に薙ぎに使われなかった左手の竹刀が地面を這う

切り上がろうとする切先は棒で払える間合いを既に超えられていた

 

「切断っ!」

 

棒となっている夢幻の左手側のみを切り取る形をイメージする

左手分を短く切りとり、片手棒に変化

切り上がろうとする竹刀に対して俺は片手棒を振り下ろす

 

「っ!」

「っ!?」

 

竹刀と片手棒は激突

勝者は振り上げきった竹刀――だと見える

しかし俺は振り下ろしぶつかる瞬間のみを狙って棒を振り下ろした

振り切ることが目的ではなく、竹刀の勢いを殺すことが目的

故に押し切ろうとする竹刀の流れには逆らわず、そのまま棒を退けた

結果、竹刀を振り上げさせられた北川が目前に残る

鍔迫り合いでも予想していたのか、振り上げる際に更に力を込めたであろう北川の顔は驚きに彩られた

 

「ぅぅぅぅっ――っらぁぁっ!!」

 

右手に握っている長い棒を掌の中で滑らせて棒の半ばを掴む

棒を短く持つことで接近した北川に間合いを合わせたのだ

そしてそのまま腰を僅かに捻りためをつくった後、気合の一声と共に棒を穿つ

捻りの回転さえ加えたおまけつきで

 

ガッ―ガッ――!!

 

咄嗟の反射神経とでも呼ぶべきか

北川は最初に払った右手の竹刀を内側へと戻し裂くように薙ぐ

それが突き進む棒へと喰らいつき、僅かに突きの軌道と勢いを殺した

しかしそれで止まるはずもなく、竹刀を払い除けようとした棒へ遅ればせながら振り上げた竹刀が打ち下ろされる

横と縦の軌跡が十字を描くように棒へと襲い掛かる、竹刀の鍔元が滑り止めとなって棒の先端が竹刀に挟まれた形になってしまった

突き進もうとする勢いは残っていたが、互いに鍔迫り合いと呼ぶべき力の押し合いに縺れ込んだ結果――限界がきた

まるで示し合わせたかのように俺達は後ろへとそれぞれ退く

追撃を仕掛けるだけの余力は互いに残っていなかったからこその間がここに訪れる

 

「予想以上に鋭い突きだな。軽く手が痺れたじゃないか」

 

最初に対峙した時よりも距離はあり、北川も俺も相手の間合いに入っていない

だからこそ北川は小休止とでも言うように言葉を投げ掛け、竹刀を二、三度振るった

 

「そっちこそいい動きをするじゃないか。今の反射行為なんて凄いと思うぞ」

 

俺も今の内にと言わんばかりに夢幻の形を二本の片手用にしては長めの棒へと変化させる

棒術ってのは長い棒一本だけのことを指すわけじゃない

全ての棒にそれは対象している

北川と似たような得物にすることで北川に真っ向から挑んでみるつもりだ

それが俺の――授業の受け方

 

「現役傭兵に褒められて嬉しい限りだが――本領はまだまだこれからだっ!」

 

 

 

 

 

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