【覇道】

 

<Act.1 『初めての学園』  第4話 『それはなんともない時間』>

 

 

 

 

 

「うぉぅっ……さすがに訓練場は冷えてるなぁ」

 

体を抱くように腕を回し、小刻みに震える体を慰める折原

その折原に続くように俺も足を踏み入れると、確かに冷気と呼ぶべき温度に一度体が身震いする

けれど折原みたいに大袈裟な表現をするほどでもない

寒さは俺も苦手だが、戦いという要素が混ざってくればそんなものに気をとられている場合じゃないし

ここが訓練場ということが俺の中で寒さに我慢できる理由を生み出しているのだろう

 

「これだけ冷えてるってことは、前の時間は珍しくどのクラスもここを使わなかったみたいだな」

「だろうな。くそっ、マジで最悪だ」

 

北川の冷静な判断に折原は拗ねたような言葉を返す

八つ当たりというわけではないだろうが、あえていうなら前の時間どのクラスもここを使わなかった導きへの文句か

歯さえ噛み合わず、カチカチという音が聞こえてきそうな勢いだし……こいつ、俺より寒さに耐性がないのか?

白い息を手に吹きかけ、寒さに耐えうる姿はどことなく哀れなようにも思える

 

「ところで相沢。初めての授業の方はどうだった?」

「あーそうだなぁ……」

 

北川の言葉に今日ここまでに過ごした三つの授業を思い出す

一時間目は数学

隣の折原とのお喋りのせいで教師の折原に対する扱いがわかった、ってのが最大の収穫だった

数学そのものの内容は殆ど意味不明

わけがわからない、とも言える

とりあえず優秀になるには相当の努力が俺には要求されるだろう、ってのは確かだ

二時間目は国語

これは現在世界で基本的に使われている共通語のお勉強だった

まぁ俺達も普通に使っている言語なので、普通の範囲では問題はない

ただし、深く勉強に入っていくと世間とのズレが色々と出てくることがわかった

とはいえ、勉強していてもためになるし面白くもある

教師も悪くなかったし、好印象な授業だったかな

三時間目は歴史

こちらは南の方に三百年ほど前にあった三国の話の真っ只中だったらしい

その三国についての要点、絡み合い、なぜ対立し滅んだのか…などなどを学ぶこととなった

興味がないわけでもないが、いきなりマイナーな話をされたので少し微妙

まぁそれがお勉強なのかもしれないな……

 

「……とりあえず新鮮だったかな」

「そうか。ま、今まで傭兵してたんだっけ?」

「あー、そんな感じ」

「そこからいきなり学生になれば新鮮に感じるよな。学校ってのは社会からみれば異質な場所なわけだし」

 

正直な感想を言ったのだが、我ながら表現力が微妙だと思えてしまう

そんな台詞だというのに北川は揚げ足をとることなく、素直な言葉を返してくれた

話をあわせてくれるところとかもこいつが良い人であるのがよくわかる

それとも今までの時間で隣に折原がいたから、そのギャップですっごくいい人に見えるだけなのか?

……まぁ、どっちでもいい

結局良い奴であることに変わりはないし

 

「ところでさ、戦闘実習って何をするんだ?」

「はぁー……相沢、おまえ馬鹿か? 戦闘実習だぞ? 闘うに――」

「――黙れ寒がり。凍死させてやろうか?」

 

俺の純粋な質問に対して素直に揚げ足をとりにかかった折原

こういうくだらない時だけ顔が活き活きとしているのだから困りものだ

ちょっとうざったかったので思いっきり冷たい目で睨み返してやる

さすがに寒さで力が衰えているのか、素直に引き下がった

まぁ背を向けて口笛を吹くというそれとなくお決まりなことをしているところが、さり気ない抵抗なのかもしれない

 

「……で、戦闘実習ってのは基本的に実戦と自主練習が主になるな」

「え? そうなのか?」

 

北川の仕切り直した台詞に思わず驚きの声を挙げてしまう

だが、それも当然だろう

本当に意外だったんだから

授業というからにはなんか武術の達人みたいな人が教えてくれるものだと思っていたのが正直なところ

まぁ、どういう風に教えるのかはイマイチ想像できてなかったんだけどな

道場風な感じなのか、兵士の訓練みたいな感じなのか……

 

「教師が手取り足取り教えてくれると思ったか?」

「……と、思ってた」

 

今俺が心の中で思ってたことを代弁するかのように北川が言葉を紡ぐ

隠すことでもないのに心の中を見透かされた気がして、頷くのを少し躊躇ってしまった

正直な言葉を返すと北川は微苦笑を浮かべた後、口を開いた

 

「そういう基本的なことは中等部で学ぶんだ。俺達は高等部だから基本はマスターしている、って判断されている

 だから自主練習を基本として、成果を対人の試合とかで試すんだ。まぁわからないところは自分の武器と同じ武器を使っている先生に訊けばいい」

 

北川の説明はまさしく納得の一息をこぼすだけのものがあった

俺は編入という途中参加の手段で入学したので、中等部とかのことが頭に入っていなかった

つまりこの高等部にいる連中は最低限の闘い方を覚えているレベル、ってことになるわけか

だから編入試験とかを設けて誰でも入れるようにはなっていないのだろう

……つまり試験落ちても学園に入りたかったら、俺は中等部に回されていた…のか?

 

「なるほどな。でも、同じ武器を使っている教師がいない場合はどうするんだ?」

 

俺のような特殊な武器を使っている者はなしとしても、それなりに愛用者が少ない武器ってのは存在するものだ

鞭もそれなりに有名で使用者もいることはいるが、それでも剣やナックルなどに比べればやはり使用者の数は落ちる

他にも同じ剣使いでも流派による違いや、剣の長さ、種類も多岐に渡るだろう

それと同じ教師が仮にいたとしても、そいつはその教師色に染まっていくことになる

染まるのが悪いとは言わないが、何人も同じ生徒を作り上げているようで生徒の可能性を潰しているような気もしてしまう

 

「そういう時は人それぞれだろ? 我流に進むのもありだし、どこかの道場に入るのもありだ。現役の傭兵に教えを請うって手もあるしな」

「……本当に自主的なんだな」

 

そこまで来ると学校に来ている意味があるのか、とさえ思えてくるほどに自主的だ

けれど、学校に来ている、という事実と安心感は生まれるし、自らの武に向き合う時間だって持つことができる

それらの要素は実に有意義な意味が大きい

誰もが自分の進もうとする道を自信を持って歩けるわけじゃない

何かに躓く時だって必ずと言っていいほどあるわけだし

そういう時に学校や教師という手助けが存在するというのはとても心強いものなのだろう

俺が多くの人達に師事を仰いだのと同じ感覚――だと思う

 

「義務的なのは中等部まで。高等部からは自主的な教育になるのよ、相沢君」

「お、美坂か」

 

俺と北川の会話に割り込む声は幾時間か前の休み時間で俺を助けたのと同じ声

まさしく会話の間隙をつくのがうまいものだと思わせてくれる

狙っていたのではないかとさえ思えるのが、声に惹かれて振り向いてみれば美坂は歩きながらこちらに近寄っている最中

つまりは偶然

けれど、ここに歩み寄る最中の僅かな間にある会話の間をつくのはやはりうまいってことだと思う

 

「香里でいいわよ、相沢君」

「それなら俺も祐一でいいぞ」

「残念だけどそれは遠慮させてもらうわ」

 

何が残念なのかわからないが美坂――香里は俺の申し出をやんわりと断った

どこか余裕があるとでも言えばいいのか……微笑みを浮かべて喋るさまはとても学生とは思えない人格の高さを窺わせる

こんな大人びた学生がいてもいいのだろうか……いや、別に悪いわけじゃないけどさ

 

「うぅー。私もいるのにー」

「振り向いた時からわかってるぞ」

 

香里の隣には親友である名雪ももちろんのこといた

最初はにこやかな笑顔で俺を見ていたのに、香里と話している最中にみるみると不機嫌に変化していったのだ

なんていうか、猫っぽい奴というか……本当にレンみたいだと思えてしまう

まぁ、レンはそこまで嫉妬深いというか…ガキくさくはないけど……

逆を言えば好かれている、ということなので悪い気はしない

 

「香里のその恰好…ズバリ、魔導士か」

「正解よ。ま、この恰好を見れば誰でもわかると思うけどね」

 

香里の恰好は学生服の上に白い体を覆い隠すようなローブを纏っているだけ

俺が旅をする時の恰好によく似ている

まぁ俺はあんな純白の派手なものを纏ったりはしないが

手には杖――というより棒のようなものを持っており、傍目から見ても魔導士っぽい恰好なのですぐにわかる

 

「祐一、私は! 私は何かわかる!?」

「名雪か……うーん…………」

 

勢いのある声を挙げたのは先程と同じように名雪だった

本当に楽しそうにしている笑顔は綺麗で魅力的だ

秋子さんに似て美人に育ったものだとつくづく思わせる

しかし……名雪の恰好を見ても名雪が何か、というのはわかりにくい

というより、基本的に全員学生服は脱がないので非常にわかりずらい

香里のようにローブや、軽い鎧、胸当てとかつけてればわからないこともないが、学生服のみの奴もけっこういる

それでも判別がつけれるのは武器を持っているからなのだが、名雪の手にあるのは二振りの小刀――小太刀

ん? 二振りの小太刀ってことは…………

頭の中で浮かび上がったのは嘗て、水瀬家で過ごした記憶

そう、水瀬家は道場だった

その道場が継ぎし業は――――

 

「水瀬流小太刀二刀、か?」

「うん! 大正解だよ祐一♪」

 

俺が言い当てたことが嬉しいのか、名雪は笑顔を満面の笑顔に変えた

俺はその明るい笑顔を前にしてどうしても頬を僅かに吊った微苦笑にしかできない

名雪はまだ知らないのかもしれないが、叔父さん――名雪の父親が命を落とした切欠は俺にある

その時のことも思い出してしまったことも苦笑の原因に挙げられるな

……ま、今は感傷に浸る時じゃない

 

「俺は俺は!? 俺はわかるか相沢ー!!」

 

どこぞで寒さを堪能していたお馬鹿がいきなり戻って馬鹿なことを叫び出した

活き活きとした顔をしているところが馬鹿をしている何よりの証明だろう

既に折原に慣れている北川や香里達呆れた様子で見遣り、名雪は珍しく苦笑いをしていた

俺としては冷めた目で一瞥してやる

これが一番効果的だと思うからだ

 

「……なんだよー、ノリが悪いな〜」

「寒いんじゃなかったのか? 少し大人しくしてろ」

「馬鹿者! この程度の寒さで俺様の中に滾る炎を鎮火されてたまるか!」

 

人数が集まったせいか、折原の勢いは先程の比ではなかった

俺のあしらう冷たい一言では引き下がらず、それを覆す勢いで台詞と声を吐き出す

少しは折原の扱いが分かったかと思ったが、まだまだ俺の思いあがりだったらしい

ま、会って一日目の俺にどうにかできる程度の奴なら当の昔に香里あたりがどうかしていそうだけどな

 

「……北川。折原って昔からこうなのか?」

 

目前で拳を固く握り締めて語る折原

こちらは傍から見ても一目で馬鹿とわかることだろう

俺はそんな折原を指差しながら北川に小声で尋ねてみた

すると北川が微苦笑を浮かべ、小声をこぼす

 

「少なくとも俺が初めてあいつを見た時からこんな感じだ」

「初めて?」

「あぁ。折原って去年やって来た留学生なんだよ。だから知り合って二年ちょい手前ってところ」

「あ、そうなんだ」

 

子供の頃からこの調子なのか素朴に気になっただけだったが、意外な答えが返ってきた

折原の奴が留学生だったとはちょっと意外だ

クラスにもなんの違和感もなくとけ込んでいるし、それなりに中心人物っぽいところもあるし

けれどあの寒さに弱い体質ってのは確かに外者の感じがする

雪国だから寒さに強いなんてことは決まってはないだろうが、多少は慣れがあるものだろう

けれど折原にはそういうものがあまり感じられない

つまりは外者だ、ってことをアピールしているようなもの

……ま、折原がこれだけ有名なら誰もが知っていてもおかしくない周知の事実なんだろうけど

 

「それで、相沢君はいったい何なの?」

 

折原の馬鹿に注目を集まっている最中、香里が話を切り出した

それもできれば振ってほしくなかった話題に

香里の言葉が切欠となり、全員の視線が俺に向く

無論、その目は好奇心と興味に満ち溢れているのか、輝きを感じる

 

「そういえば祐一、特に何も持ってないね」

「剣士か? 真剣は試合では禁止だから、あっちの倉庫にある刃引きのものか、木造仕様のを持ってきた方がいいぞ」

「甘いな北川。予想屋の俺としては中穴の格闘家を狙うぜ」

 

頭から足まで見ての名雪の発言に続き、北川の親切な言葉

そして最後にお馬鹿折原のオチという三連続攻撃だったが、結果としては謎のままってことだ

俺の恰好は女子の制服そのまんま

一応マントを着ようかと思ってマントだけは手に持っているが、あまり着る気はしない

ちなみに愛用武器である夢幻は内ポケットに指二本分くらいの小さな棒にして入れてある

一見としては小物としか思えないだろう

そんなものを見抜くことができる者などいるはずもなく、目の前の四人も例には漏れない

 

「それは後のお楽しみ、ってことで」

 

俺の言葉にどこか納得できないような表情を見せる面々

けれど、俺は軽く言い流したがこれは普通のことだと思う

手の内を自ら明かすなんてのは自分を不利にすることでしかない

特に俺のような特殊武器を扱うものにとっては有効な奇襲を狙えるチャンスを潰すことに繋がる

北川はそういうことを理解しているのか、不満そうな顔は見せなかった

……まぁ、軽く残念そうな顔はしていたが

というか、折原は昨夜俺が夢幻を使ったところを見ていたはずだ

惚けているのか、忘れているのか……どちらにせよその話題を振るつもりはないのでどうでもいいことだが

 

「浩平ー!」

 

それなりに話が盛り上がったところで可愛らしい声がこの場を包む

何事かと振り向いてみれば長い茶色の髪を揺らし、愛くるしい茶の双眸をした少女がこちらに駆けて来る

速いわけでもないが、極端に遅くもない程度の微妙な速度で

まさしくパタパタという擬音が似合いそうな人だ、とふと思った

 

「どうしただよもん星人。緊急事態発生か?」

「わ、私だよもん星人じゃないもんっ」

 

傍まで駆け寄ると折原のまたとんでもない言葉が飛び出した

それに律儀に返事を返す彼女の様子を見るに付き合いは長そうだ

しかも“だよもん”って意味がわからなかったのだが、彼女の返答を聞いて理解できた

否定していながらも否定できない事実をつきつけるとは……天然少女か?

否定しながら小さく呻くところとかなんか可愛げがある

可憐…と呼ぶのに相応しい少女、かな?

 

「それで、いったいどうしたの長森さん?」

「あ、そ、そーだ。浩平。浅間先生が全員を集めなさいって言ってたんだよ」

「ぁ? そういうのは学級委員長の仕事だろ」

 

彼女――長森は必死そうに折原に事情を話すが、折原が何事もなく頷くわけもない

当然とも言える折原の返答を聞いて長森は僅かにばつの悪そうな顔をする

それを怪訝に思ったのか、折原が長森を睨むように見つめた

 

「なんだ、どうした?」

「えっとぉ……その委員長さんが浩平を指名したの」

「ぬぁにぃーっ!!」

 

驚きと同時に不満の声を混ぜて叫んだ折原

その大声に長森はやっぱり、とでもいうように苦笑いを浮かべていた

まぁ、自分の仕事を他人に押し付ける行為もそうだが、それ以上に折原を指名するところが恐ろしい

学級委員長が誰だか知らないが、相当度胸があるというか…肝が据わっている奴に違いないだろう

 

「くっそー…遠野とおのめ……この折原様を嘗めるなよ」

 

折原は入り口付近に佇む者を睨みつけた

まぁそれなりに距離があるので向こうからでは気づかないと思うが

入り口の付近には制服を着ていないガタイのいい教師と、授業の開始を待つ生徒達がちらほらと集まっている

後は俺達のように世間話に花を咲かせている連中がグループをつくって屯っている、ってところか

本当に気づいていない連中もいるんだろうが、気づいていても動いていない奴も明らかにいる

まったく、何のために学校に来ているのやら……

 

「よーし――いくぞっ!」

「あ、ちょっと待ってよ浩平ー!」

 

突如息を吸い込み、気合の一声を入れて駆け出す折原

突然の行動に俺達は完全に出遅れ、折原とそれを追う長森の背を見送ることとなる

刹那――背筋に冷たいものがキタ

俗に言う嫌な予感というやつ

直感で理解する

原因は――――あいつしかいない!

動き出そうとするものの、時既に遅し

折原は俺の間合いから既に離脱しており、瞬間的にどうする手も俺には残されていなかった

 

「女装した相沢とデートしたい男女は入り口に集まれーーーーーっっっっ!!!!!!」

 

 

 

 

 

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