【覇道】

 

<Act.1 『初めての学園』  第3話 『クラスメイト』>

 

 

 

 

 

「今日の授業はここまでにしておく。明日はこの続きをやるので復習はできるだけしておきなさい。以上だ」

「……起立……礼」

 

黒板を白字で埋め尽くした教師に対して全員で立ち上がり、頭を下げて一礼した

とりあえず見様見真似で同じ動作をやや遅れてしておいたが……礼を尽くす、ということなのか?

不思議な現象を目の当たりにした面持ちのまま、教師は教室を後にする

その後、クラスに息吹が戻ったかのように喧騒が生まれ出した

 

「ふぅー。授業ってのは疲れるねぇー」

「……おまえは寝てただろうが」

 

隣で自分の肩を揉みながら疲れた動作を見せる折原

こいつは俺との話に花を咲かせていたのも前半の話

後半では教師の目が厳しくなってきたので折原は眠りについた

眠るのもどうかと思ったのだが、授業の邪魔をしなければそれでいい扱いらしい

こいつの教科書をとりあえず俺が独占して見ていたのだが……難しい、ってのが俺の心境の全てを言い表せることのできる一言だろう

 

「祐一っ!」

「おわっ!?」

 

席に座っている俺に後ろから抱きつく者がいた

声を聞けば一発でわかる――名雪だ

首に腕を回して力いっぱいに抱きつかれると、はっきり言って苦しい

それでも切羽詰ったような、切なげな声で呼んだ言葉を聞けば何も言い返す気にはならなかった

 

「おい、落ち着けって名雪。そんなことしたら目立つ……だろぅ?」

 

軽く腕を解こうとするが、名雪の腕は決して緩まらない

まぁ、多少苦しい感じがするだけで息苦しいわけでもないし問題はない

問題はないが……集まる視線と突き刺さる視線はクラス全員分と言っても差支えが無いだろう

折原や名雪といった存在が俺に不用意に近づくことを許さないオーラを放っているのだろうか

その他大勢とも呼べる人達は身動きがとれないように俺のことを見ている

はっきり言いまして、息が詰まりそうだ

 

「あいや、皆の衆! ここにおわす相沢と水瀬はなんと!! 従兄妹同士なのだ!!」

 

突如何を思ったのか、授業の時にはありえない元気さをもって叫ぶ折原が隣にいた

片足をイスの上、もう一つを机の上に乗せて高らかと叫ぶ姿は旗取り合戦の勝利の雄叫びにも似ている

まぁ、そんな突然の突飛な行動よりも、折原の活き活きした顔の方が俺は問題だと思う

あの顔は一番楽しいことをやっている時

そう思わせるかのような活き活きさが折原の顔に満ち溢れていた

 

「思い出せ皆の者! あの水瀬の従兄妹だ! かの有名な従兄妹こそがこの相沢 祐一なるぞよっ!!」

 

反応がイマイチ――というか、従兄妹というか親戚の間柄なら驚くことでもないだろう

別に名雪は某国のお姫様なんてわけでもないし、ただの一般家庭――ただし道場――の娘なだけだ

従兄妹がいても不思議でもないし、別に特別でもない

しかしクラスの反応は折原の一言で明らかに変わっていた

ただの納得の一息から感嘆するかのような興味深い一息に

いったいこのクラスでは名雪の従兄妹にどのような価値を与えているというのだろうか……

当の本人である俺は置いてけぼりの状態で、幾多の視線が俺を見遣る

 

「はいはい皆。興味があるのは当然だと思うけど、当人にとっては迷惑極まりないわよ。少しは落ち着きなさい」

 

見世物となりつつあった場の雰囲気を手を叩いて注意を逸らし、言葉を割らせた人物が現れた

高いソプラノの声はまさしく女性のもの

声の出所へと振り返ればいつの間にやら名雪の後方に女生徒が一人佇んでいた

ダークブラウンの長い髪をロングウェーブに仕立て上げた鮮やかさが何よりも映える

落ち着きのある雰囲気を漂わせているせいか、大人びている印象が強い

ちなみにけっこうな美人なのではないか、と俺は個人的に思う

 

「まったく……落ち着きのないクラスでごめんなさい」

「いや、別にあんたのせいじゃないだろう。それに珍しがられるのも慣れっこだから気にするな」

「なるほど。名雪の言う通りの人物みたいね」

「名雪の……」

 

女生徒の何気ない一言だったが、そこで俺は事態の原因に気づくことができた

名雪の言う通り――つまり、このクラス中の全員が名雪によって話された俺を知っているということだろう

名雪がいったい俺をどういうふうに話したのかは非常に気になるが、恐くて聞けない気持ちも半分

しかしここまで反応されているんだ……きっと相当なことを――――っ!

 

「名雪! まさかあのことは喋ってないだろうなっ」

「へっ? あ、あのことって…どのこと?」

「どのことって、あのことってのは…………いい。後で二人きりになった時に言う」

 

もっとも知られたくない情報が一つだけある

いや、はっきり言って思い出せば思い出すほどたくさんあるような気がするが、それでも今一番に知られたくないことがあった

それはつまり……小さい頃、女として育てられていた、ってことだ

あの頃の俺は自分が女だと思っていたために奇怪なことを幾つかやっている

またその名残も残されていた上に、俺が自分が男であることに気づく原因となったのも名雪だったわけで……

あーもう! 思い出せば思い出すほど秘密にしておくことがたくさんあるぞ!

とりあえず焦っている自分を落ち着かせ、聞き耳を立てているクラスの連中のことを思い出せてよかった

あのまま動揺していたら墓穴掘ってたに違いない

 

「チッ。惜しいな」

 

隣で舌打ちして悔しがる男はその筆頭なので特に要注意だろう

特に今後名雪から聞き出そうとする可能性もあるので名雪に口止めしておかないとな……

折原に知られでもしたらそれこそ一大事に発展する可能性が大だ

 

「とりあえず、自己紹介させてもらうわね」

「あ、あぁ。すまん」

 

思わず話の流れが変わっていたが、なんとか女生徒のおかげで戻ってこれた

とりあえずこのクラスでしばらくやっていく以上、クラスの連中の名前は覚えなければならないだろう

クラスという感覚がイマイチ掴めないが、チームというか……学校におけるルームメイト?

ちょっとした家族……みたいな捉え方でいいのだろうか?

まぁその疑問はおいおい自分で判断するとしても、名前と顔ぐらいは覚えておかないといかないだろうな

今後、夜中に目撃されでもしたら特に拙い連中ということにもなるわけだし

 

「私は美坂 香里。名雪の親友をさせてもらっているわ」

「名雪の親友を……へぇ。いい親友をもったな、名雪」

「えへへ…うんっ」

 

差し出された手を握り返し、挨拶の握手を交わす

まだ俺に引っ付いている名雪の横顔を一瞥して、言葉を漏らした

女生徒――美坂 香里は初対面にしても十分な好印象を与えてくれている

この年齢の割にはしっかりとした人格ができているので俺としても付き合いやすいと思う

まぁそんなことより、“名雪の親友”と言ったと時の柔らかな声や笑みが何よりも素晴らしいと思えたな

名雪の嬉しそうな返事からも仲の良さは窺い知れる

 

「よっ。男だったんだな、あんた」

「あ」

 

美坂の隣にやってきた男は気軽に俺に声を掛ける

どこかで見覚えがある気がして思い返してみれば、白狼の子が売り飛ばされそうな時におせっかいを焼いた二人組みの一人だった

もう一人のナンパ野郎の方がインパクトはあったが、冷静にその場を対処するこいつの処理能力の高さも瞠目に値していたのを覚えている

学生服を着ていたことから学生だとはわかっていたが、まさか同じクラスになろうとは……

あっちも俺に対しての驚きが残っているのか、どことなく浮ついているような雰囲気を受けた

 

「なに、北川君。相沢君と知り合い?」

「知り合いというか、まぁ…斉藤と街を歩いていたら斉藤が口説き出した相手? みたいな感じ」

「あぁ、なるほどね」

 

美坂の純粋な質問に対して男――北川は惚けるというより、思い出す仕草をして自然に言葉を紡いだ

確かにその答えには間違いはないが、かといって正確というわけでもない

あのことを伏せてくれる辺り、気を遣ってくれたのだろう

思えば警備隊が町を捜索している様子もないし、こいつがうまいこと誤魔化してくれたのかもしれない

レンの幻でちょっとは酷い目にも遇わされたというのに人が良いというか…なんというか……

 

「あの女にはうるさい斉藤でも、相沢の正体は見破れなかったか」

「ま、無理もないと思うけど」

 

折原の言葉に美坂が相槌を打つ

斉藤というのはあのナンパ野郎のことだと察しはつく――というか、昨夜折原もそう呼んでたし

俺の外見に関しての意見はこの場にいる全員が同じ意見のようだ

冷ややかというか、なんとも言えない視線で俺を見てくるクラス一同

さすがに周囲からこれだけ見られると気まずい……特に名雪が引っ付いたままのところとか

 

「おい、名雪。おまえいい加減に離れろ」

「えー」

「いや、えーじゃなくてだな……」

 

まるでじゃれつくレンのように頬擦りさえしてくる名雪

まさしく親に甘える子供の姿そのまんまとしか思えない

……まぁ、その無邪気さが魅力と言えば魅力かもしれないが

にこにことしている名雪の笑顔を潰すのはもったいないが、さすがに俺も恥ずかしい

 

「別にいいんじゃない? 久しぶりの再会なんだし、少しくらい」

「俺的に少しはとうに突破したと思うのだが」

 

冷静で公平な判断を下すと思っていた美坂が思いがけないことを口にした

どうやら俺の見立ては甘かったらしい

美坂は客観的一辺倒ではなく、甘い時は甘くいくようだ

この場はとりあえず親友である名雪の肩を持った、と判断するべきか

うーむ……侮れん

 

「よしっ! ここは浩平である俺が公平な審判を下そうではないかっ!」

 

突如隣で叫び声をあげた浩平

刹那――クラスは静寂に包まれた

小さなざわめき一つ残さずした完全なる沈黙

耳鳴りさえ聞こえてきそうなほどの痛い静けさだった

その中で立ち上がり、ポーズをとっている浩平もまた固まっている

クラス中の反応に凍りづけにあってしまったような、そんな感じ

 

「お、おう。もう休み時間終わりかー」

「えっと、次の授業は〜……」

「国語よ、国語」

「あ、国語ってなんか、宿題出てなかったっけ?」

「あぁ、あれだろ? 復唱現の――」

 

静寂を打ち破ったのは校内に鳴り響く鐘の音

この学園ではこの鐘の音を規定の時間で鳴らすことで授業の始終などを知らせる方法を採っているらしい

つまり授業の終わりの鐘の音の次に鳴ったから、次の授業の始まりを示すことになる

俺を中心に輪をつくっていたクラスの連中も自分の席へと次々と戻っていく

 

「はい、少し終了。ほら、いくわよ名雪」

「うぅ〜…ゆーいち〜」

 

美坂に引っ張られて名雪も自分の席へと向かう

名雪の席は窓際の後ろから二番目という位置で、俺とは横ラインが同じなのだが距離はそれなりにある

俺は廊下側の後ろから二番目という位置だからな

引き摺られていく名雪を見ていると、不意に美坂と視線が合った

ウインクを一つ送るその微笑みが示すのは次の鐘の音が鳴るタイミングを知っていたことを示すのだろうか

だからこそ“少しくらい”と言ったのでは……そんな気がする

 

「相沢。校内見て回るなら後で一緒に回ってやるから一声掛けてくれよな」

「うむ。その予定は既に軍師折原が企画しておる。北川も人身御供としての強制参加が既に会議で決定済みだ」

「誰が人身御供なんかするかいっ!」

 

爽やか――というより、人懐っこそうな笑みを浮かべての一声はなんか気が利いていた

それをいい感じに台無しにしたのが折原の言葉だが

というか、そういう企画立ててたのか……

連れ回されるであろう俺ですら初耳だってのに……

まぁ案内してくれるのはありがたいので文句の一つも言う気は無いが

去っていく北川の背を見ていると北川の席は名雪の後ろらしい

んで、名雪の隣は親友の美坂となっている

……席って自由に決めてるのか?

 

「そういえば折原」

「ん? どうした?」

 

教師がいつ来てもおかしくない状況なので、とりあえず折原は次の授業の教科書を机から出していた

出てきたのは真新しいとしか思えない綺麗な教科書が一冊

折り目も数少なく、新品と称しても問題はないような状態だ

机はずっとくっついたままだったのでこのままで問題ない

問題なのはこいつが自分の教科書を丸々一冊俺に手渡してしまっているということだけ

 

「オヤジギャグはやめとけ。ウケる年層じゃないぞ、ここは」

「うっ。あえて氷山に挑んだ俺の気持ちをわかってくれ……」

「わかりたくない」

 

手渡された教科書を躊躇いなく自分の前に置く

どうせ折原は勉強する気がないのだろうし……既に頭を机上に預けているぐらいだ

遠慮せずに使った方がこの教科書も本望だろう

しかし、授業が始まるとなると休み時間の活力が嘘のように消える奴だ

いったい何を考えてるのか興味あるが、何も考えていなかった時が恐いから知りたくはない

 

「さーて、次はどんな授業かなー」

 

 

 

 

 

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