【覇道】

 

<Act.1 『初めての学園』  第2話 『限界馬鹿オリハラ』>

 

 

 

 

 

「どうだ? 少しは落ち着いたか?」

「……うん」

 

顔を洗い終えた名雪が俺の方に振り返り、にこりと笑みをこぼす

それでも先程の号泣を思い出させるやや純血気味の瞳と赤味を孕んだ頬は隠せない

……とはいえ十分に普通と呼べる範囲内の状態だと思う

 

「ごめんね。いきなりで驚いちゃって、それで私動転して……」

「気にするな。確かにいきなりだったから、な」

 

まだ動揺が残って――いや、久しぶり過ぎる“俺”という存在の接し方に困っている感じだった

嫌々という感じではなく、どういう風にすればいいのかわからない、という方向で

俺としても名雪にどう接すればいいのか悩むものはあったのだが、気にしないことにしておいた

素の通りに話して素のとおりに反応すればいい

そうすれば自然と昔のように接することができると思ったから

 

「それにしても久しぶりだ。最後に会ったのは確か……」

「――7年前だよ、祐一」

「7年……そうか。もうそんなに経つんだな」

 

思い出そうと記憶を穿る直前で名雪の素早いきり返しが答えを運んだ

7年

言葉にすれば簡単だが、その中身が実に濃く、長いものだった

名雪と別れてからたくさんの出来事があった

いや、そこから俺の第二の人生が始まったと言えるかもしれない

今の俺を形作る多くの出来事がその間に起こったのだから

 

「あのね、祐一。たくさんたくさーん訊きたいことあるんだけど――」

「あぁ、わかってるよ」

 

嬉しそうな笑顔を絶やさない名雪の様子を見れば、俺との再会を喜んでいるのはすぐにわかる

溢れ出さん感情を言葉にできないもどかしさがあるように名雪の喋りには落ち着きがない

そして何かを焦るかのようにやや早口でもある

そんな名雪を落ち着かせるために俺は名雪の言葉を遮り、思わずこぼれた笑顔で名雪を見つめた

 

「後でゆっくりと話をしよう。残念だが今はもう時間がない」

「うん。後で絶対に、ね」

 

 

 

 

「――で、あるからして、ここで公式のAを当て嵌め――」

 

現在、授業中

激しく授業中である

授業というのはとりあえず指定の席に座り続け、そこで教壇で説明をする教師の話をよく理解するものらしい

まぁ、それはなんとなく知っていたので問題ないが、そのやり方が中々に驚きの連続だ

教会などで神父が教える勉強会などとは違いかなり本格的である

……当然のことか

まずはノートをとるということをしているらしく、自分なりに必要と思う情報を書き込むらしい

話では黒板に書かれることをまんま写しておけばとりあえず大丈夫なんだとか

……ただ写すだけじゃ効果は低いだろうけど

 

「よっ。また会ったな」

 

教科書を見せるために俺と机をくっつけた隣の男子生徒は、小声ながらもそう話しかけてきた

教師の指示で机をくっつけたまではよかったが、すぐに授業が始まった――というか、始まっていたので会話は一切無し

名雪と俺との関係が気になっているんだろうが、話す場面ではないことは確かだ

故に背中とかに視線を感じたりするわけで……ったく、授業に集中しろっての

 

「……また?」

「見覚えあるはずだぜ。特に昨日の夜とかな」

「!」

 

授業など全く気にも留めず、そう話しかけてくる男子生徒の顔を見直すと確かに見覚えがあった

いや、ありすぎる

初めて見掛けたのは編入試験の時

そして次に見掛けたのは本人が言う通り、昨夜――“白き辻斬り”と闘った時

目に被るくらいの茶髪にあどけないくらいの笑み

そう、名前は確か――

 

「……折原木槌」

「そう。俺の名前は折原木槌――って、んなわけあるかいっ!」

 

俺の漏らした呟きに思わず、といった勢いなのか折原の声は大きくなっていた

しかも腕を僅かに振るというツッコミの動作までつけており、まさしく静かなる教室内で聞こえなかった者はいないだろう

眠りを誘うかのような教師の語り部も止まり、本当の静けさが教室内に舞い降りる

無論、その視線は折原に集まっていた

 

「……折原君。私の授業を妨害したい、という意思表示かな?」

「いえいえいえいえ、そんなま・さ・か、ですよ先生。あっはははははっっ」

 

予想以上に醒めた反応の教師に俺はやや驚いたが、折原は慌てた様子もなく豪胆な台詞を言い返す

教師もそれ以上とりあう気もないのか、黒板の方に向き直り文字を書き始めた

つまり、よくあること――そう判断して問題ないはずだ

そしてあの教師の態度を鑑みてみれば自ずとこの隣にいる男――折原は大人しいタイプの人物でないことは確かだろう

 

「誰が木槌だ、相沢。おまえのせいで怒られたじゃんか」

「俺の責任かい」

 

名前を思い出したところと昨夜のイメージが混ざって思わず言ってしまった名前

まぁ、名前を呼んだつもりはなかったのだが確かに言葉が繋がっていたのは間違いない

というより、口に出す気もなかったんだが……

折原の気にした様子もない軽い非難の言葉を俺も気に留めずに流すと、折原はわざとらしく咳払いを一つした

 

「ぁ、ぁ…コホン。俺の名前は折原 浩平だ。この学園の中心人物を担う天才にして最強の存在とは俺のことだ」

「なるほど。二つ名は“嘘つき折原”か」

「なっ! なぜ貴様、影で囁かれる俺の二つ名シリーズの十七番を知っている!?」

 

出会って十秒少しであるが、折原という存在がよく理解できたような気がする――いや、半ば理解できた

澄ました顔で嘘を自己紹介で言い出す時点でとんでもない奴だというのがよくわかる

それに嘘つきの代名詞が十七番目ということは、それより上の二つ名はより悪化しているはず

まぁ異端児――というと言葉が悪いが、いわゆる問題児というのが折原の正体と見た

ちなみに最後の驚きの声はさっきとは違いそれなりに小さかったので問題はなし

 

「おまえの強さなら昨夜ので凡そわかる。あれがこの学園最高の強さだったとしても、あの程度で天才とは呼ばれないだろ」

「くっ。俺のノリに冷静に、そして的確にツッコミをいれるとは……やるな、御主」

 

そう言い返す折原の表情は悔しがるフリをしてはいるものの、会話そのものを楽しんでいるようだった

確かに世間ではこういう奴を馬鹿と呼ぶのかもしれないが、俺からすれば随分といい奴だと思う

授業をまるで聞いていないのは問題だとしても、編入初日で心細い俺にこうも気軽に話しかけてくれるのは正直助かる

それにこういうタイプの人間、俺は嫌いじゃないし

 

「それより折原。授業聞いてるのか?」

「馬鹿野郎っ。授業よりもおもしろそうな――いやいや、大切なことがここにあるだろうがっ」

 

教師の方を一瞥して折原に話しかける

教師の方はこちらを完全に無視しているのか、なにやら他の生徒達に対して授業を進めていた

どうやら折原に関しては既に諦め状態らしい

ちなみにそれに巻き込まれた俺も同じ状況――ということか

まぁ、今の折原の語りを聞くにそれは当然の判断のように思える……ちなみに小声だった

 

「つまり、俺…ってことか?」

「おう、その通りだ。――で、ぶっちゃけた話、水瀬とはどうなんだ? ん?」

 

ようやく本題と言わんばかりに折原は話を切り出した

まぁ、あの場面を見せられて名雪との関係が気にならない奴はいない

そう推測したのは俺だし、間違いはないだろう

そしてそれは目の前にいるこの男とて例外ではなかった

 

「……従兄妹だよ。数年振りに再会したから、あぁなったんだ」

「なるほどねー。……ん? 水瀬の従兄妹ってことは……あぁ! なるほど」

 

詳しい事情まで話す気は毛頭なかったが、事実くらいは述べてもいいだろう

少なくともこの授業の後にでも起きるだろう質問の回答ぐらいは用意しておかねばならない

その回答は今折原に話した内容で十分通じるだろうし、それ以上はプライベートというものだろう

俺としては気軽に……というか、無闇に話す気は毛頭ない

 

「おまえが“あの”水瀬の従兄妹か……なるほど。確かに綺麗な顔をしてるわな」

「……ちょっと待て」

 

しげしげと俺の顔を品定めの如く見遣る折原

その妙に納得するような態度はおいておくとして、今の台詞の中に聞き逃せない言葉があった

 

「ん? なんだよ?」

「“あの”水瀬の従兄妹の“あの”ってのはどういう意味だ?」

 

俺の言葉に折原の表情が喜び――いや、悦びに歪む

非常に気になるような笑みの仕方に心が揺さぶられる

なぜか不安とか、嫌な予感とか、そういう感じがしてならない

 

「ま、それはおいおいわかるって」

「おいおいわかるくらいなら今知りたい」

「まーまー。昨日のおまえも似たようなこと言ったんだから、これでおあいこだろ?」

 

俺の鋭い視線を宥めるように両手を出して制止のポーズをとる折原

俺は落ち着く前に折原の言う昨日のことを思い出していた

多分、折原が言いたいのは俺が言ったあの台詞のことだろう

 

『いずれはいずれ……運がよければまた会えるわよ』

 

まぁ、後々にはぐらかすための台詞なだけに同じとは言えないが似てはいるかもしれない

もっとも、この台詞はしつこそうな折原を撒くための適当な言葉ではあったが

ナンパとかでもしつこい奴にはこのように言い切って逃亡するなりなんなりしてるし

しつこい奴には中々持ってこいな台詞なので俺は多用している

 

「……わかったよ」

「それにしても相沢。おまえ趣味が女装ってのは洒落に――アウチッ!」

 

多用している本人が人にものを言えた義理ではないのでとりあえず流すしかなかった

そこで話は終わるのかと前へ向こうかと思えば折原の口はそれを引き止める

しかもそこで吐いた内容が内容だったので即座に太腿を抓ってやった

突然の痛みに加え、俺がそんなことをすると思っていなかったための驚きが授業中の折原に起立をさせてしまう

それも奇声つきで

 

「……折原君。君は私に対して喧嘩を売っているのかい?」

「いやいや、違いますよセンセー。センセーの愛の鞭が痛かったもので……」

「愛の鞭だって? 私が君に?」

「えぇ。だってそこの問い二の答え、わざと間違えて俺らを試してるんでしょ?」

「っ!?」

 

咄嗟の機転を利かしたとでも言うのだろうか

折原の指摘に教師は慌てた形相で黒板へと振り返り、教科書と問題を見比べていた

そして何度も見比べた後、答えを消して新たに書き直すという結果を生み出す

折原はそこでにんまりと笑みを浮かべて座り、教師は折原の方には向き直らなかった

にしても、偶然というか……よくわかったな、というか……

ちなみにそこの問題はさっき折原が注意した時に書いていたもので、おそらく意識が散漫していたものと思われる

 

「よくわかったな、今の」

「ん? まぁ、俺ってば天才だし」

 

素で嘘を誇大広告できるのがこいつの特技かもしれない

今真剣にそう思えてしまった

ちなみに俺はこの授業はサッパリわからん

数学なんて分野、俺が生きてきた中で大いに活用された例がない

というか、知らなくても十分に生きていける

教科書や黒板を見ても異世界の原語を学ばされているとしか思えないのが現状だ

 

「それより、俺の女装は特技だ。趣味じゃない」

「そうか? ならなんで昨日の夜は女言葉に女声だったんだよ」

「基本的に面倒事や、どうでもいい奴の相手をする時は女と認識させるようにしてるんだ。その方がしつこく付き纏われることもないしな」

「ふーん。そういうもんかー」

 

折原は納得するように顎に手を当てて、正面へとようやく向き直った

教壇では教師が先程の失態の動揺も直ったのか、毅然とした態度で授業を進めている

相変わらずこちらを見るようなことはしないが……

とりあえず、折原に今言ったことは事実だ

相手に女と認識させておけば後に会ったとしても男として会えば別人だと大概は通る

勘の鋭い奴とかだと見破られたことも何度かあるが、圧倒的に数は少ない

男女の違いは別人を見るには大きな要因となるし、そういう意味では俺の容姿は非常に便利だと言えよう

 

「にしても、その恰好で素声で話されると微妙に違和感があるぞ」

「……俺としてはその微妙にしか違和感がないことが気になるが」

 

女子の制服姿なのは仕方がないことだとしても、声も仕草も普通にしている

その状態で微妙にしか違和感がないと言われるとかなり気になるだろ

……まぁ、俺も男っぽいのか女っぽいのかよくわからない部分が多いので、気にしない方がいいだろうけど

 

「どうだ相沢。学園一のアイドルを俺と一緒に目指さないか?」

「はぁぁ? なに、おまえ女装でもするのか?」

「はっはっはっ。そんなわけないだろ。俺はおまえのマネージャーだ」

 

また唐突な話を切り出してくる折原

ここまで話題の尽きないというか、妙なことを思いつくものだと思う

しかも本当に唐突に話し出すし

退屈はしないが気が立っている時だとかなりウザイとか思いそうだ

 

「断固として断る。おまえと組む時点で危険の香りがいっぱいだからな」

「おいおい。友となってまだ一時間にも満たないのにその発言は酷いだろ」

「……いったいいつから俺とおまえは友になったんだよ」

 

俺の鋭い切り返しに折原は一瞬驚いたように呆然とした顔を見せた

直後、虚空を見上げて記憶を辿るような仕草を見せる

そして思い出すことを思い出したのか、あどけない笑顔を浮かべて俺に手を差し出した

 

「相沢の友達第一号の折原 浩平だ。この学園について色々と手解きをしてやるから感謝したまえ」

 

 

 

 

 

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