【覇道】

 

<Act.1 『初めての学園』  第10話 『夜のおでかけ』>

 

 

 

 

 

「おぅ……寒いなぁ」

 

月夜に照らされた森の中

雪が月光を反射し、夜なのにどこか明るさを齎してくれる

冷え込む雪の森

カノン街南西に広がる雪森ホルン

中々に神秘的な場所だと言えよう

 

「…………」

「人化のまま一緒、ってのも久々だな」

 

レンと一緒にこの森を散策している

もちろん、ただの夜の散歩というわけではない

赤鬼

奴の捜索を行うために今、ここにいる

夜、寮を抜け出してギルドへと直行

赤鬼の最新情報が入っていたのだ

昨夜、この森の中で賞金稼ぎが一人、殺されたという

現場に残されたのは力任せに折られた木や、大男のような足跡

おそらく、鬼ではないか……という推測が強い、ということだった

賞金首にしては中々に有力な情報と言えよう

ギルドのお姉さんの話だと幾人の賞金稼ぎが今夜、この森に来ているみたいだったし……

 

「普段は静かな森なんだろうが、今夜は少し……騒がしくなりそうだな」

 

見上げる夜空は何も答えてくれない

ただ見渡せるだけの星空が雪の積もる木々の間から覗けるだけだ

目を閉じて耳を澄ます

どこまでも聞こえそうな静けさの中、微かに人の声が混ざっているような気がする

 

「…………」

「ん? どうした、レン」

 

不意にレンが俺を見上げているのに気づいた

心配そうなその瞳は何かを訴えている

レンの視線の先には左の指輪だった

それを見て、俺はレンの心配していることを理解する

 

「大丈夫だ、レン。これは余程のことじゃなければ使わないから」

「…………」

 

コクリと頷くレン

少しはその心配は和らいでくれただろうか

もし、俺の手に負えない程の上級の鬼であれば指輪の力を使わざる得ないかもしれない

しかし、そう簡単にこの力は使わない

それがユーグの皆の願いでもあったのだから……

ギュッと握り締めた左拳

その指に嵌まる3つの指輪

この力は――使わない

 

――――ォォォ…………

 

強く意を決したその時、遠くから音が聞こえた

それはまるで――木が倒れた音のような

 

「――行くぞ、レン」

「っ!」

 

俺はその言葉を残して、音の聞こえた方へと駆け出す

その後ろでは徐々に差の開いていかれるレンの姿がある

まぁ、一緒に向かうけれど同時に現場に踏み込むわけではない

俺が闘い、レンはその場を影ながらサポートする

それが俺とレンの連携プレイだ

 

「――こりゃ、ビンゴだな――っ!」

 

近づくに連れて音が大きくなっていく

その音は紛れもなく木が倒れる音

――いや、へし折れると言ってもいいかもしれない

だいぶ、音も大きくなってきた

それに伴って人の悲鳴も聞こえてくる

 

「あれか――っ!」

 

夢幻を手に取る

魔力を込め、イメージは長い一本の棒

心に覚悟を宿す

いい鬼か、悪い鬼か……

俺の視界の奥に見えたのは、木々がなくなり空より光が注がれる場所

その月光に照らされる中心に、赤い肌の大男がいた

大きな背中――背丈は2mは超えるぐらいだろうか

その大きな掌に鷲掴みにされ、宙に持ち上げられている男性

おそらく、もう息はないだろう

 

蓮治れんじーーーーっっ!!!!」

 

絶叫

森に木霊するかのような叫び声は鬼の左からだった

殺された男性の仲間だったのだろうか

青い長い髪をした女剣士が、悲しみに暮れて膝を折っていた

その声に惹かれるように女性の方を向く鬼

そこでようやく顔が見えた

女性を捉えた赤い瞳が齎したのは――喜悦に満ちた口元だった

 

「――死になさい」

「っ!?」

 

女性を見つけた喜びで周囲の警戒が疎かになっていたようだ

静かに走り抜け、俺はそのまま地を蹴り、長い棒を大刀へと変えて一太刀を浴びせた

後ろから切りかかることへの抵抗感は既にない

なぜならこいつは――――食人鬼しょくじんきへと堕ちた外道だから

 

「ぁ、ぁぐ、ぁっ!?」

 

首元へ一線

首を刎ねるつもりだった一太刀は残念ながら半ばで終わりを告げる

鬼の鋼の肉体を断ち切る切れ味はさすがは夢幻

しかし、そこからは鬼の反応が早かった

切られる方向へと飛びながら即座にその場を脱出

そして片腕で大地についたかと思えば、その腕一本の腕力で大きな体を跳ばせた

既に10m近く距離をあけた位置に佇み、俺の方を向いてる

 

「いい鬼ならば話を聞こうかと思ったけれど、どうやら食人鬼に堕ちた外道だったみたいね」

「ケッ。また賞金稼ぎか……めんどくせぇーな」

 

出血を抑えるように左手で首元を抑える

噴出しのよかった血も、徐々にその勢いが衰えていく

……あの秒単位で刻まれる肉体の再生

それが鬼の特徴の一つ――自己再生能力

 

「だが、いい女だ……美味そうな――な!」

「っ!」

 

地を蹴り、一足飛びで跳んで来る赤鬼

恐るべきはやはりその筋力か

まさかあの距離を一回の跳躍で詰めれるなど脅威でしかない

――だが、それができることも俺は知っている

 

「“邪を貫く光槍デリ・シルバ”っ!

「ッチ!」

 

右手を鬼に翳し、咄嗟に魔法を放つ

右手から放たれたのは洗練された光の槍

辺りを軽く照らせる光を放つ槍は高速で射出され、鬼の腹部を貫いた

一瞬のことに対する反応をとられたためか、鬼の顔には驚きがあった

勢いが殺された鬼は俺の前方で着地しようとする

それを見逃す訳が――ないっ!

 

「フッ――ヤァッ!!

 

一歩を踏み出し、体を旋回させながら鬼の着地地点へと大刀を繰り出す

確かな手応えが返ってくるが、俺の動きは止められていた

なぜなら――鬼はその強靭な腕を使い、俺の刃を喰らいながらも受け止めたのだ

俺の体を宙に支えながら――――

 

「イテェじゃねぇか――よォッ!

 

右手は刃を食い込ませたまま、左で拳を放つ鬼

俺は大刀を食い込ませたまま反動を使い、左側へと身を滑り込ませる

そしてその最中に夢幻に魔力を送り、大刀から洋剣へと形を変えた

もちろん、大きさが変わることで鬼の腕からは刃は抜けている

 

「――フゥッ!」

 

右足元へと潜り込む

鬼の目は俺を捉えるものの、左拳打を繰り出した状態で身動きは取れない

絶好のチャンス

俺は洋剣を鬼の脇下へ向けて突き出した

 

「ッゥギャァァァァァ――――」

 

噴出す血飛沫

夜の森には再び絶叫が再び響き渡る

悲痛な女性の叫び声ではなく、鬼の醜い悲鳴だけど……

俺は洋剣の刃だけを残し、血飛沫がかかる前に鬼の後ろへと駆け抜ける

まぁ、少しはかかってしまったけど……

 

「オ、オマエェェェェェェェッッッッ!!!!」

 

怒りで振り返る鬼

血を噴出しながらも振り返るその肉体にはまさに脅威を覚えるしかない

光の槍もまだ腹部を貫いたままだ

しかし、怒りで血走った鬼の目が語るように、奴はまだまだ元気が有り余っている

鬼を相手にして容赦など――自殺行為に等しい

 

「――“邪を貫く光槍デリ・シルバ

 

俺の詞で洋剣の刃に宿された魔法が発動する

既に体内を貫いていた刃から光の槍が飛び出した

それは右脇腹から左肩を貫き、更に鬼の体から血を吐き出せる

さすがにこれは効いたのか、鬼は血を噴出しながら片膝をついた

俺を憎悪の瞳で見つめながら……

 

「グ、ギ…ガ…ァ……オ、オマ、エ…ェ……ッ……」

「さぁ、止めといきましょうか」

 

夢幻に魔力を込め、次は刀へと変化させる

駆け出そうとしたその時――濃厚な気配をのせた風が場に流れ込んだ

その気に当てられ、俺の足は思わず止まる

左へと視線と、体を向ける

刀を握る手には力が入り、警戒心が高まっていく

これは…………

 

「へぇ、これは凄いことになっているわね」

 

月光に煌く長い金髪

戦場には不似合いなほど、普通の白いワンピースを着ている女性がそこにいた

背丈は俺と同じか、少し高いぐらいだろうか

凄い細身なのに大きな胸が服にキッチリと表れている

とても戦う格好ではないのに、その獣のような金色の瞳と、長い長刀が彼女を戦場にいることを許していた

 

「ァ、タ…タス、タスケ――」

「っ!?」

 

鬼の声

それは今までの下卑たものでも、高慢なものでもなかった

縋るような弱い声

異常なその声に俺が反応しかけた時、女性が走った

いや――しった、とでも言うべきか

恐るべき低姿勢による疾走

それは瞬く間に鬼との距離を縮め、鬼の目前へと迫る

 

「――消えろ、ゴミが」

 

侮蔑する一言と同時に長刀が月光を受けて煌く

二閃

鮮やかな一太刀で鬼の首を刎ねた

刎ねて跳んだ首を宙で更に一線

真っ二つに割れた鬼の顔は鮮血を散らしながら白い雪の上に落ちる

血飛沫の噴水を首元からあげる鬼の屈強な体も、力を失ったかのように雪の大地の上に頽れた

 

「フフッ。悪いわね、美味しいところだけもらってしまって」

 

敵が倒れた

先ほど見かけた時のような濃い空気が彼女から取り払われた

振り向き、見せた大人の笑みは普通のもの

刀を握る手に浮かんだ俺の汗は、勘違い……だったのかな?

今は頭の中に鳴り響いていた警鐘も、静けさを取り戻している

 

「いえ、私では止めをさせたかどうか……技ばかりで、力が足りないので……助かりました」

「そう。そう言ってもらえると、助かるわ」

 

ビュンっと一振り

長刀に付いた鬼の血を真っ白の大地へ振り落とす

真っ白なワンピースは白い夜の世界には良くあうが、血の滴る刀が歪んだ景色と思わせるのか

なぜか俺はこの人のことをよく思うことができない

何もないはずなのに、どこか警戒している自分がいる

 

「まさか本当に鬼がいたとはね……驚きだわ」

「えぇ。でも、下級の鬼で助かりました……」

「あら? 鬼と戦ったことがあるの?」

「昔、何度か……」

 

鬼の死体を見遣り、どことない話をする

正直、話を合わせるだけで十分だ……あまり、話したいとも思えない

感じる嫌悪感はなぜなのか?

俺はそのわからない感情が気になり、頭がうまく回っていない

 

「賞金は半分でどうかしら?」

「えぇ、かまいません」

「そう。じゃ、私は先に戻るわね。縁が会ったらまた会いましょう」

 

そう言い残し、彼女は鬼の切れた顔の片割れを掴み上げ、森の中へと消えて行った

現場の参上など歯牙にも掛けず、血に汚れた死体には目もくれず

ベテランの賞金稼ぎ、と言ったところか……死体の転がる光景にも慣れ、悲しみなど抱かない

自らの仕事と割り切ったその対応は優しさはないけれど、彼女の生き様をハッキリと写しているようだった

俺は一瞬に終わった戦場を見渡し、倒れた男性にしがみ付く青い髪の剣士へと目を留める

改めて周囲を見渡すと、数人の賞金稼ぎらしき人が倒れている

 

「レン、どう?」

「…………」

 

場が安全と確認したのか、レンは倒れている人達の生存を確認してくれていた

俺に近づくレンに問いかけるが、レンは首を横に振るだけ……

俺は女剣士の方へと振り返り、彼女へと近づく

 

「すいません。少し見せてもらってもいいですか?」

「っひぅ……ぅぅ、ひっぅ……」

 

真っ赤に純血した瞳を手で擦りながら、彼女は頷きながら身を退けてくれた

俺は倒れる男性の横へと膝をつき、容態を確認する

胸の鼓動はなし……首もとの脈も、なし…………だが――――――

 

「………………まだ、間に合う」

「――――――え?」

 

温かな掌に頬

まだ心臓が停止してから間もなく、鬼に捨てられた後も僅かに生き長らえていたと思われる

普通なら無理なら、俺なら……っ!?

 

「あのっ!! 蓮治はっ!? 蓮治を助けてくれるんですか!! れ、蓮治を――――」

 

急に服を掴まれ、泣きながら懇願する女性

既に困惑状態なのか、錯乱している様子を見て取れた

だからだろう

俺のことを察してレンが魔法を使ってくれたのは……

 

「ありがとう、レン」

「………………」

 

彼女は眠りの魔法により、一瞬でその場に眠りに落ちて倒れた

しかし、俺の服を掴む手だけは変わらない……彼を救ってくれという願いを十分に感じることができる

俺はそっと彼女の手を解き、雪の上に横たえた

そして今一度、男性の方へと振り返る

手を男性の前へと翳し、魔力を集中させる

 

「消えゆく魂よ 我が癒しの詞に耳をかしたまえ 眠りゆく体よ 我が目覚めの詞に耳を傾けよ」

 

掌の魔力が癒しの力へと変わり、白光を齎せる

輝く夜の森

白い光は男性の体を温かく、そして柔らかに包み込んだ

 

「我が力の下において 流れ行く魂を今一度ここに呼び戻さん 早すぎた終焉を我が名の下に覆さん」

 

集束する力

傷口を癒しながら消え行く生命の力を今一度高めていく

高めた魔力を爆発させるように、体内へ押し込みその輝きを倍増させる

消えかけた命よ

今ここに今一度、戻れ――――

 

「汝の全てをここへ 我が詞に導かれ舞い戻れ 白き女神の祝福を今ここに――“蘇生の祈り女神の祝福パラミネ・ティリ・ユー

 

輝きが飛び散った後、溶け込むように男性の体に白き光が吸い込まれていく

光が消え、静かな夜に戻った時……男性の胸が上下に動いた

 

「……ふぅぅ。間に合った、な」

 

集中したために、少し汗を掻いた

額に浮かぶ汗を手の甲で拭う

彼を救えたのはひとえに運による部分が大きい

体の損傷がそれほど酷くなかったこと

体が活動を停止して間もなかったこと

そして――まだ死ねないという強い意志を抱いていたこと

でなければ蘇生の魔法を持ってしても蘇ることはできない

 

「…………」

「ありがとう、レン。俺は大丈夫だ」

 

俺を心配してか、ギュッと抱きついてくるレン

その可愛さに少し疲れた俺の体と心が癒される

嬉しくてレンの頭を何度か撫でる

ちょっと照れたようにレンは顔を俯け、視線を逸らした

……フフッ。可愛いな

 

「さて、それじゃこの2人を連れて街に戻るか」

「…………」

 

俺の言葉に頷くレン

赤鬼は倒れ、当初の目的は達成した

しかし、あの金髪の女性…………何者だろうか

名前すらわからないあの女性

どこか、俺の脳裏に焼きついたその姿がどうも忘れられない

俺の思い過ごしならいいのだが…………

 

「しかし、2人を担ぐのは辛いな……」

 

 

 

 

 

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