【覇道】
<Act.1 『初めての学園』 第0話 『朝の予感』>
「なに? 転校生?」
「あぁ。間違いない」
朝のホームルームが始まるまでまだ時間はあった
喧騒に包まれている教室内だが、特に俺はすることもない
世間話に花を咲かせてもよかったのだが、残念なことに今日はあまり気がのらなかった
……昨日請けた依頼、詰めが甘いばかりに報奨金が8割になったしな
たった2割
されど2割
その2割はぶっちゃけ2万ベルに相当する
貧乏な俺としては2万ベルは大きいのだ
「いくらなんでもそれはないだろう。もう12月だぞ?」
そんな一人でしょげている俺のところにやって来たのはクラス一――いや、学園一の問題児こと折原だ
まぁ問題児、問題児と囁かれているが芯はしっかりとしている奴だ――と思う
俺も友というか、悪友と呼ぶ程度にはこの一年で仲はよくなった
こうやって世間話っぽいことを話してこられるほどになっているぐらいだからな
「チッ、チッ、チッ。俺のデータによればまず、間違いない」
それが間違いそのものだぁぁぁ!!
そう咄嗟に言い返さなかったのはまさしく褒めるに値する
自信満々に、そして俺を嘲笑うかのように言い返した折原
もちろん、ムカツク
けれど、そんなことに翻弄されていては身が持たない
俺はとりあえず話の終わりまで耳を傾けることにする
溜めた怒りの爆発所を求めて……
「データってなんだよ?」
「よくぞ聞いてくれた。この学園に張り巡らされたORIHARAネットワークの凄さを潤、おまえに特別に披露してやろう」
目を輝かせて笑む折原の顔には悪意などない
そう、微塵もない
だからこそタチが悪いと言える
しかも微妙に気になるようでどうでもいい、というような微妙なところをついてくるのがツボだ
こいつは本当にその微妙なラインをとるのが巧い
もどかしいような気持ちに駆られるから苛立ちは微妙に増すんだけどさ
「まず重要な証拠その一。俺の住まいである水瀬寮に新しい部屋が用意されたこと」
「おまえのって……」
ボケなのか素なのかわからないが、とりあえず寮を我が物のように語るのはほおっておこう
ここで俺がツッコミを入れようが入れまいが、あの水瀬寮が折原のものになるなんてことはありえないわけだし
というか、寮と呼ぶのすら違和感がある
あれは寮というより……下宿先?
普通の寮とは違い民家――とはいえ、道場だけど――なわけだし、寮という感じではない
「新部屋か…確かに可能性はあるな」
「うむ。そして証拠その二。最近目撃情報が豊富な美人が学園に出入りしているのだ」
いつ指を立てていたのか知らないが、Vサインのように指を二本立てて語る折原
前々から思っていたのだが、こいつ話術の才能もあるんじゃないだろうか?
人を惹き込む話に熱のこもった語り方
そう誰でも出来るものじゃないだろう
特に意識してやっているのではなく、ただ普通にそうなるのだから見込みは十分あるだろう
ただし、こいつの性格からすれば話術士は向かないことだけは確かだ
「学園に出入りするくらいじゃ、証拠とは言えないだろ?」
口では正論を返しつつ、“美人”という単語で数日前の美人を思い出した
斉藤とギルドに向かう途中で出会ったあの人……
膝まであるだろう長い白髪に、どこか鋭さを兼ね備えた黒い瞳
今まで見てきた中ではダントツ一番の美人だったと言える
まぁ、違法販売云々のゴタゴタの中で出会っただけなので、その後は不明
そのゴタゴタの証言も斉藤のせいで虚実――とまではいかずとも、あの人には火の粉がかからない処置をとってしまった
ま、悪人には見えなかったし俺も悪い気はしていないが
「その通りだ。しかし、美坂嬢が受付にてその美人がなにやら書類を書き込んでいるのを見たというならば、どうだ?」
「え? 本当か?」
折原の自信ありありな態度を少しは崩してやりたい
そんな気持ちも心の隅に抱きつつ、俺は左斜め前に座る美坂嬢こと、美坂 香里本人に言葉を飛ばす
話はさすがに席が近いだけに筒抜けだったのだろう
美坂は嫌々そうながらにこちらに振り返ると、予想通りやや不機嫌そうな顔で口を開いた
「……確かに見たけど、入学するかどうかなんて知らないわよ」
「と、美坂は言っているが?」
「まだオシが弱い、と。そうおっしゃるわけかいアンテナさん?」
「証拠不十分だろうが。――それとアンテナ言うの、やめろ」
いきなり口調が変わったのは折原の大切にするノリってやつだろう
一年も悪友続けていればそのぐらいのことはわかる
ツッコムだけ無駄なので特にコメントはしない
ただし、アンテナという不名誉な名称だけはやめてもらわないとな
俺の髪型にちなんだ言い方であるのは認めるが、気に食わないのだからしょうがない
もしも定着しかかったらこいつを半殺しにする心持であるのは秘密だ
「ところがどっこい。実は俺も目撃してるんだよな。土曜日の補習で」
「土曜日? ……そういえばおまえ、補習がなんたらって言ってたな」
土曜日と聞いてなぜか引っ掛かった
だが、それも土曜日のことを思い出す過程で納得がいく
俺が見掛けた美人もその土曜日だったから、というわけだ
放課後になって折原もギルドに行くかと誘えば、補習があるからとかで折原はパスしてたし
んで、代わりというわけでもないが斉藤と行くことになって、その途中であの人と出会ったというわけ
偶然なんだろうか……
「補習っていうか、おしおきだな、あれは。偶々魔物の群れが向かってきててさ。川澄先輩や浅間ちゃんと一緒に迎撃に向かわされたわけ」
「なるほどな」
普段から問題騒動の多い折原故に、校則破りの罰則やら色々とツケが溜まっている
しかも本人に反省の色は無しだからこそ、段々とキツクなっていっているんだろうが……
とはいえ、学園最強の一人である川澄先輩がいたなら心配も不要というもの
なにしろどこぞの国の騎士団から声がかかってる、って噂があるくらいだし
浅間先生も学園においては指折りの先生だ
熱血過ぎるのが玉に瑕だが、実力は申し分ない
まぁ折原も弱いというより強い方だし、その面子で敗北はまずありえないだろう
……まぁ、おしおきになっていないから意味があったのかどうかは怪しいが
「それで、そのおしおきと美人がどう繋がるんだ?」
「そうそう。実はそこにその美人も来たんだよ。あれは恐らく編入試験だと俺は睨んでいる」
「浅間先生はなんて?」
「浅間ちゃんは知らなかったらしい。付き添いは希望先生だったから訊こうかとも思ったんだけど、間が悪くてな」
ここまで話が来ると、さすがに可能性は大きくなってきたと言える
新しい部屋、受付にて書類の書き込み、そして編入試験っぽい出来事
それらがこの数日の間に連なるようにして起きるのが信憑性を高めている
全員が同一人物かどうかというのも気になるが、恐らく間違いないんだろう
折原は騒ぎを起こすが、手はそうそう抜かない奴だし
「どうだ? 転校生の予感“大”だろう?」
「……ここまでくるとさすがにそう思えてくるな」
「だろ? んで、とどめの証拠その三。先程届いた新着情報によれば新しい制服が一着、取り寄せられたらしいぞ」
「……もう確定じゃないの」
まさしくとどめとなった情報に頷いたのは美坂だった
折原に話を振られてからはずっとこっちに耳を傾けていたらしい
それはともかくとしても、美坂の言う通りで確かに確定同然だろう
これらの出来事が偶然にも巧く噛み合っただけで編入ではないと言われても、イマイチ信じられない
寧ろその可能性の方がずっと低くなると思って構わないはずだ
「と、いうわけでここに編入生がどのクラスに――」
――ガラッッ
折原の言葉を遮るように鳴ったのは教室のドアが開く音
時間としてはそれぞれが自分の席に着くか否かの絶妙なところだ
だが、このクラスに関してはその恐怖から除外される
担任の石橋はきっちりとした時間に朝のホームルームは現れ、帰りのホームルームでは即刻解散がポリシーだからだ
石橋が来るまではまだ3分はある――はずだった
その油断、慢心が教室内を静寂に包み込む
全ての視線が注がれたその先にいたのは、青い長い髪を流し、肩で息をする少女――水瀬がいた
「はぁ…はぁ…はぁ…ま、間に合ったよ〜」
息切れをしながらも遅刻をしなかったことに対する安堵が水瀬の顔に笑顔を灯す
遅刻ギリギリにして常習犯の水瀬としては今日は少しは早い方か?
ドアを開けた主が水瀬とわかるや否や、クラスには再び喧騒が戻る
それは目の前にいる折原も同じだった
「というわけで、だ。編入生がどのクラスになるかここは一発、賭けないか?」
「どのクラスって、学園にどれだけのクラスがあると思っているのよ」
「たくさんだ」
「…………」
美坂の発言は実に的確であったが、相手が折原である以上通じるわけもない
しかし、折原も本当にイベントが好きな奴だとつくづく思う
うんざりするような気持ちなど一割にも満たず、刺激ある毎日をくれることをありがたくさえ思える
……まぁ、多少行き過ぎと思うこともしばしばだが
「で、何を賭けるんだ?」
「二日前、
金額にして三万五千ベル。敗者は勝者にこれを贈ること、ってのでどうだ?」
折原の提案は俺の予想よりも高額なもので少し驚く
けれど、俺のようにギルドの仕事をこなす者からすればどうにかできる金額の代物だ
それは折原もわかっているからこその、この提案なのだろう
しかし、“
そもそも魔法の使えない俺が使える魔道具なんてそうないしな
せいぜい妹の
「いいだろう。のったぜ」
「それでこそ北川だ。――それで、どこにする?」
まず編入ということでこの時期
卒業間近な三年には入るとは到底思えないので却下
つまりは一年か二年になるわけだが、可能性としては一年の方が大きいだろう
もうすぐ学年が変わるわけだから二年から授業を受ける方が学ぶことが多いわけだし
それに最初の一年なんて基礎を学ぶようなものだから、既に自立している人からすればあまり必要のない一年でもあるしな
「俺は一年D組、にしておくか」
「お、一年か。中々渋いところついてくるな」
「で、折原。おまえはどこにするんだ?」
ニヤリとほくそ笑む折原の妙に自信に満ちた顔
それは毎度のことなので気にしないでおく
完全にランダム――運なのに勝つ自信をもてるってのはある意味凄いわな
こいつの思考回路を一度は覗いてみたい
「斉藤は自分のクラスを選んだ。ならば俺も――このクラスにこそ来ると信じようではないかっ!!」
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