【覇道】
<Act.0 『純白の国へようこそ』 第9話 『嘗めるなよ?』>
「フゥッ!」
互いに示し合わせたように前へと飛び出し、急激に縮まる間合いに踏み込むと同時に一閃
左と右から疾しる銀光が交われば、甲高い音を奏でて軌跡を逆走する
俺は衝撃を逃すために泳ぐ腕を手繰り寄せつつ二歩後ろへ
しかし辻斬りはフワリと宙へと舞い上がり、上へと衝撃を逃す
そしてそのまま俺の頭上で凶刃を振り上げた
「槍っ!」
夢幻の変化は全て俺の想像力によるところ
既に長い鍛練を積んで声を紡がずとも変化は可能だが、それでも手早い変化では強いイメージを宿す言葉は便利だ
自らの想像力を高め、より高いイメージをもつことができるため変化が早い
右手にある片手剣の切先を辻斬りに向けつつ、淡い白き閃光を放つ最中で鋭い穂先が宙に向かって伸びる
キィィッ!!
いきなり伸びてきた穂先を振り上げていた刃で叩き落す
外側へと打ち落とされた穂先を片手で持ち堪えることはできず、俺は槍の半ばを切り離した
残ったのは長さ半分の柄――棒
一撃を放ったとはいえ、俺に向かう辻斬りの動きは止まっていない
構え直した刀は既に二太刀目の準備が整っている
「ぅっ――っっ!」
首筋に視線を感じ、首を狩るつもりであることを悟る
俺は先手をとろうと棒で突き崩すことを狙うが、僅かにあがった顎で笠に隠れていた眼光が刹那の時、見えた
闇夜においても浮かび上がるような、揺れる蒼白き灯火
既に人とは呼べないその眼は奴が何者なのかをわからなくする
ガギィッ!
双眸に意識をとられ、反応が遅れる
突くことは間に合わず、咄嗟に棒を寝かせて太刀筋を受け止めるのが精一杯だった
ふわふわと浮いているような軽身のくせに、振り下ろす凶刃はそれなりに重い
互いに得物を通して伝わる振動に打ち震えているのか、僅かな膠着がそこにはあった
「ん――えっ!?」
切り崩そうかと腕に力を込めた時、辻斬りの蒼白き眼が強く揺らいだように見えた気がした
直後、辻斬りの持つ刀の刃に蒼白き炎が灯る
目前で生まれた突然の炎に驚きの声を漏らすと同時に、切り崩すタイミングを逸した
そう思った時には既に辻斬りが――動いている
「ッフ――ゥウッ!!」
鍔迫り合い状態で棒を前に押し出し、辻斬りの態勢を僅かに崩す
そして息をつく暇もなく後ろへと飛び退くが、浮いている辻斬りは遅れながらも早い時間で接近してきた
俺は間合いに踏み込ませぬためにも後ろへ跳んだ直後ながら、地面に降り立つと同時に棒を下から上へと振り上げる
風を唸らせ、振り上げた一撃に辻斬りは勢いを殺し後ろへと半歩分引いた
よし! 足止めできれば十分だ!
互いに足は止まり、間合いは侵していないが互いの距離は短い
俺は棒の両端を持ち、夢幻を変化させる
真ん中を境に分かれた二つの銀棒は白光を放ちつつ、その姿を反りのある刃――曲刀へと姿を変えた
無論、片手用のものだ
「ア…ア――アガァッ!」
今まで沈黙を守っていた辻斬りは突如、奇声を口走る
それと同時に蒼白き炎の灯った刀を振り上げ、滑るように進む動きで間合いを縮め凶刃を振り下ろす
ゴォォゥッ!!
大気を裂く動きで炎が燃え盛り、雄叫びのような音を鳴らす
炎に意識を奪われず、俺はその中にある刀身に意識を集中させる
振り下ろす凶刃は遅くはないけれど、特別早いわけでもない
既に何合か打ち合う中で一番多かったのがこの振り下ろし
見慣れてきたと言って構わない――――かわせるっ!
「ッフ――」
二本の曲刀を握り締めつつ、振り下ろす凶刃を睨みつける
剣筋を見極め、横手へと小さく、無駄のないように跳びかわす
振り下ろされた凶刃はギリギリまで待っていただけあり、止めること叶わず地面に叩きつけた
蒼白き眼光が再び俺を睨みつけるが、気にも止めない
踏み込む一歩と同時に上半身を前傾させ、両腕を左右に開き二本の曲刀を左右より引き寄せるようにして薙ぐ
「ァグァアァァァッ!!?」
擦れ違う一文字の剣閃は辻斬りに二線を刻み込む
深く斬れたのか、後ろに浮き飛びつつも悲鳴のような叫び声が口から飛び出した
手応えは――浅い
けれど白き和服を裂き、そこより滲むのは赤き血液
少なくとも生物であり、肉体が存在しているというのは間違いなさそうだ
浮いてはいるものの明らかに動きの鈍った辻斬りを前にして俺は動かない
両手にある剣を握る力、辻斬りの動きを把握するための目
いつでも対応する心構えに応じた足腰の状態
いずれにも隙はないが、俺には問い質さねばならないことがある
「負けを認め、武器を捨てなさい。命までとるつもりはないわ」
脅しとしてはなんとも迫力の無い声色だが、それも仕方ないこと
後ろに佇んだままの二人には俺が女性である、と認識させてしまっている
ならばフリとはいえ続ける他ないだろう
もっとも、俺は殆ど男女どちらでも問題はないが
今に至る長年でどっちの顔をするかなど、ほぼ半分半分のようなものだったし
もう慣れた、と言えばそれまでだ
「ァ、ァ、ァ、ァ、ァ……」
小刻みに震える様は痙攣しているよにも見えた
俺の問いが聞こえていない、ということはないだろう
けれど俺の言葉に反応するどころか、マトモな言葉すらも発していない
自我の確立はなされていない、と判断するのが妥当か
こいつの動き、状態、双眸、態度……それら全てをひっくるめてみても不可解なことが多すぎる
いわゆるおかしい人――変人だ
まぁ人間かどうかもかなり怪しいが、推測ではかろうじてまだ人と呼べる状態であるように思う
「……主の断罪を受けるべき者よ 汝の御霊を裁きの祭壇へと捧げたもう……」
「ァグ、ァガ、ァガァガッ」
魔力の篭った声を紡ぎつつ、俺は両手にある剣を重ねて夢幻の形を再び変える
白光を放ちつつ夢幻は俺の目の前で十字の銀へと姿を変えた
俺よりも高い背丈の十字架
穢れ、曇り一つないそれは明かりがないように見える曇りの夜でも、微かな光を反射して闇夜に浮かび上がる
まさしく、月の化身とも言うべき御姿
その十字架の向こうに見えるのは、間隔を置いて強く跳ねる辻斬り
俺の放つ魔力の気配を感じ取り、妙な動きをしているのかもしれない
「汝の罪を具現とし 断罪を受けるべき姿をとれ 汝は咎人 光の十字の許 その身を――――捧げよっっ!!」
直感
それで自らの危機を察したのだろうか
怪我など気にも止めず、宙を滑空するように俺のもとへと迫る
その勢いは今までの比じゃない
けれど、動き出すのが遅すぎた
俺の詠唱は既に終わりを迎え、眼前にある十字架は眩い光を解き放つ
吹き出す魔力は力となりて辻斬りに襲い掛かるだろう
今、仕上げの詞を――――
「――“
最後の一言が止めとなる
急激に集束していく光
それは眼前の十字架だった
視界を失う中でも動きがとれるのは確認済み
だがこの魔法は動けたからと言ってどうとなるものではない
その白き光こそが、対象者を捕縛する形無き鎖なのだから
その光の中に身を置いた時点で辻斬りの負けは――確定していた
「ァゥ!! ァガァァァァァッッッッ!!! ァクァガガゥァァ――――……」
十字架に磔にされた辻斬り
それでも手にある刀を手放さない姿は賞賛に値した
暴れる野獣の如く捉われた四肢を動かし、怒号を轟かせる
けれど、それも十秒にも満たない間のだけのこと
“
中級の聖魔法にして捕縛魔法としては上位に位置する魔法
十字に敵を捉えることを基本とするが、術者によって付加効果をつけていくことも可能
俺は十字を夢幻の銀で補助しているために付加効果にも十分に手を回せるのだ
付加効果は意識の剥奪を主とした脱力系統
そのおかげで辻斬りもすぐに大人しくなった――まぁ、言い方を変えれば意識を失った、ということになる
「……意識はなし。OK、問題ないわね」
十字架の真下まで歩み寄り、俯く辻斬りの顔を覗き込む
蒼白き双眸がスケルトンの魂である人魂に似ていたのだが、閉じた目蓋は普通だった
人か判断できなかった存在と見ていたのだが、寝顔を見ると人の顔そのもの
生憎と安らかとはいえない寝顔だったが、先程まで剣を交えていた相手にはとてもじゃないが見えない
……かなりの訳ありみたいだけど、俺が首を突っ込む理由はどこにもない
十字架に触れて夢幻の形を変える
手元に片手棒を残し、切り離した分を辻斬りの両手首と両足首を拘束する手錠にした
手足を縛られた辻斬りを受け取り、肩に担ぐように乗せる
まさしく丘に打ち上げられた魚そのものとしか言いようがない
……それでも得物を手放さないのは本当に褒めれることだ
「――っと、まだいたの?」
このままギルドに直行して金に交換!
そう思い振り返ってみればそこにはまだ二人の青年が佇んだままだった
折原の方は俺の戦闘の最中に得物である木槌を拾ってきたのか、その手にはT字の木槌が握られている
立ち去ろうと一歩を踏み出した俺を止めるだけの呆然とした表情
無言、無反応で見られてもこっちが困るわけなんだが……
「おまえ、いったい何者なんだ……?」
先にマトモな瞳を取り戻したのは折原と呼ばれた少年の方
怪訝や疑惑ともとれる微妙な視線で俺を見据えてくる
けれど手にある木槌を構えてないところを見るに、敵ではない、と勝手に判断してしまっているようだ
確かに俺はこの二人を敵に回すつもりはないが、甘さのある態度である事実は変わらない
才能はあってもまだまだ学生ってことだろう
「いずれわかる時が来るわ」
「いずれ? いったいどういうい――なっ!?」
俺の一言に訝しげな眼差しを向ける折原だが、目の前の光景を見て驚愕に表情を歪める
淡い緑の光達がまるで闇夜に浮かぶ蛍のように現れだす
いったい何がどうやって光り、そして現れたのかなどわかるわけもないだろう
ただ、幻想的と思えるその淡い明るさは魅力がある
折原は気づけなかったようだが、隣のナンパ野郎は違った
この光が現れる瞬間、鋭い視線で茂みを一瞥しやがったし
意外といい勘してやがる……
「いずれはいずれ……運がよければまた会えるわよ」
戸惑う二人を前にその言葉を最後として指を鳴らす
すると漂う緑光達は一斉にその身から放つ光を強めていく
まさに閃光とも言うべき眩い光が辺りを包み込む寸前のところで、俺は辻斬りを担いだまま駆けた
足音を殺し、気配を殺し、二人に勘付かれないように
そのままその場から逃げるように走り、ある程度街道を進んだところで息を吐く
後ろを振り返るが、二人はおろか…何者の気配も感じることはない
「また助かったよ。サンキューな、レン」
――ただ一匹の黒猫を除いては
木々の枝でも飛び移ってきたのか、身軽な体で俺の胸に飛び込んだ
毛先に露がいくつもついており、少しばかり濡れてしまったが問題はない
あの緑光の幻想を魅せてくれなければあの場を誤魔化すのは容易ではなかっただろうし
相変わらず何も打ち合わせがなくてもレンは察してくれる
それが何よりありがたくて、そして頼もしい
「それじゃ早速、ギルドに換金しにいくか」
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