【覇道】

 

<Act.0 『純白の国へようこそ』  第7話 『話で話のまた話』>

 

 

 

 

 

「……ふぁーぅ。眠い」

 

朝陽の差し込む窓より外を見れば、雑踏には行き交う人々の姿で溢れていた

時間を気にして時計に目を向ければ、既に朝の8時を過ぎるというところ

朝帰りとは言わずとも、深夜4時に帰って来たわけだから……4時間は寝れたのか

それだけ眠れば十分なはずなのに、妙に眠気がとれないのは疲れでも溜まっているのかね?

 

「メシにするか、レン」

「…………」

 

俺の残りの温もりでも感じているのか、布団に包まったままのレンを見る

その顔が妙に至福に満ちているような気がしてならない

寝起きで回らない頭を少し掻きつつ、俺はベッドの方へと足を向けた

 

「朝ですよー、レンちゃん。おっきしましょーね〜」

「…………」

 

布団をとり、外よりはマシとはいえ冷えた部屋の空気の中に身を晒させる

さすがにそれで目は覚めたのか、俺に不機嫌そうな眼差しを向けるとそっぽを向いた

……どうやら朝からご機嫌斜め、ということらしい

俺はレンをベッドの上に下ろすし、一人洗面台の方へと足を向ける

 

「お、っと。そういや部屋、変わったんだったな」

 

思わず左に曲がろうとするが、部屋の配置は今までの部屋と逆になっている

以前の部屋は白狼のチビが荒らし回ったせいで現在調整中とのこと

もちろん、それに対する修繕費は支払うハメになったわけだが

おかげ様で俺の懐が一気に寒くなったのは言うまでもないことだろう

 

「金かぁー……今日くらいから、お仕事しないとマズイよなぁ」

 

顔を水で洗い、鏡に映った自分の顔を覗き込んで相談を持ち掛ける

手元の資金は既に10万ベルを切り、9万4千ベル程度となっていた

今月は乗り越せたとしても、来月まで仕事をせずにいるのは難しい金額だろう

家捜しに入学費に、そして続くであろう学費

出費の予定だけはきっちり用意されており、まさしく家計は火の車と言ったところ

 

「ま、ここらの一帯の魔者の状況も知りたいし。早めに動き出して損はなし!」

 

今日は髪を弄るのも面倒だったのでゴムで一束にまとめて後ろへと下ろす

面倒な時はこれが一番手っ取り早い

頭も覚醒してすっきりしたところで、軽く頬を叩いて気合を注入

よし! これで今日も一日頑張れる!

 

「レン、今日はギルドで朝飯を……ん?」

 

頭が回り出したことであることに気づく

妙な体の気だるさ

そして朝に見たレンの至福に満ちた表情

更に記憶を遡れば、確か俺は昨日――

 

『サンキュ、レン。お礼と言っちゃなんだが、今夜の俺の夢は好きにしていいからな』

 

――確かにそう言った覚えがある

つまり、俺は覚えちゃいないのだが、もしかしてこの体のだるさは……

俺は肩に飛び乗ってきたレンに顔を向け、ゆっくりと話しかけた

 

「なぁ、レン。もしかして昨夜の夢……」

「♪」

 

それだけ言えば意味は通じたらしい

少し照れるような微笑を見せ、すぐにそっぽを向いてしまう

つまりは、そういうことらしい

なるほど。この体の妙な気だるさもそのせい、というわけで……

これでようやく合点がいった

まぁ、このダルさも使い魔との関係を保つためなのだから仕方がない

……悔やむ点は俺はその夢を覚えていないということぐらいか

 

「とりあえず、朝飯といきますか」

 

 

 

 

「さーて、どうしたものか」

 

カノン支部のギルド二階にて食後のコーヒーを啜りつつ、俺は賞金首の手配書と睨み合っている

掲示板など一階にてどの分野で金儲けを狙うか考えたのだが、やはり賞金稼ぎの手並みでやるのが一番そうだった

着実なものを目指すならば依頼をこなせばいいが、俺がやってもいいと思うものは数少ないだろう

後は行動の制限をとられないため、か

学生となれば日中は学業に捉われ、仕事どころではなくなる

そうなると夜中でも可能な賞金稼ぎという手法が最もやり易い

まぁ、探すのやらなんやら面倒ではあるが、仕方ないだろう

 

「手頃なのでいけばこの辺りか」

 

新米が狙うような雑魚、潜伏場所の割り出しなど長期の追いかけが必要そうな者削除

そういう消去法を交えて手頃な者を3人ほど的を絞った

まず一番の狙い目っぽいのが“白き辻斬り”

こちらは写真も撮れていないのか、イラストのようなものが写真のところについている

目さえも隠してしまうような笠を被っており、はっきり言ってこれを見て誰かなんてわからない

身体特徴的としては白い和服を着ているらしく、得物は刀

夜な夜な近隣のどこかの橋に出没し、通ろうとする者に勝負を挑むという

負傷者は多数、死者は5人を超えているとのこと

腕はかなりたつようで、死んだ5人は全て賞金稼ぎだとも書かれてある

賞金額は200万

まだ情報が足りないところがたくさんあり、相手の素性も知れていない

額が上がるか下がるかも微妙なところだが、その割には高額気味ではある

ま、ポイントは返り討ちっていうのと出現場所が絞れていないことだろうな

返り討ちは相手の実力の高さを窺えるし、出現場所が絞れないのでは警備隊の出動も難しい

ましてや夜勤勤務ともなれば尚更だろう

そういうのはまさに賞金稼ぎの長所の一つでもあるのだから、うってつけの獲物とも言える

 

「とはいえ、地理勘も養われていないのに橋を夜な夜な探すのもな……風邪ひきそう」

 

待ちぼうけを覚悟してやるのならばいいだろう

とはいえ、近隣の橋のある場所などそれこそ無数だ

そこを運良く同じ日の同じ橋で出遭うなど可能性も低過ぎる

できるならばパスしたい相手でもあるが、手頃と言えば手頃だ

 

「次は、盗賊団か……」

 

二番目に用意したのは盗賊団“紅桜べにざくら”の頭であるルイ・ダニアン

こちらは写真もあり、ピンクの短めの髪をくしゃくしゃにした女性の顔が映っている

豪気な笑みは活力に溢れてはいるが、どことなく悪そうな部分も僅かに含んでいた

あえて言うなら口元とか

近隣地方を又にかけて荒らし回っている盗賊団らしく、被害総額は1億にものぼるという

構成員の数は確認できただけで凡そ100前後とのこと

手口は多岐に渡り、空き巣、追い剥ぎ、強盗などにも及ぶという

頭のルイ・ダニアンは槍術に長けているらしく、幾人の賞金稼ぎが餌食となってるとも書かれてある

賞金額は2100万

情報によれば現在キー王国内に潜伏中らしく、狙い目ってわけだが……

 

「一個師団が相手となるとかなり苦しいが、もしうまくいけば最低でも二ヶ月は余裕で過ごせるだろうな」

 

2100万の金をどう使うか考えればすぐにでも決まるが、そんな妄想に浸っている場合ではない

コーヒーを一口飲んで思考を切り替え、とりあえず辻斬りを狙うよりもありえない、ということで片付けておこう

単独で一個師団に向かうなんてやりたくないし

そう言いつつ捲ったのがある意味本命とも言える存在

こちらも写真はなく、目撃証言で描かれたのかイラストとなっていた

イラストにあるのは鋭き眼光をした、一本角を額につけた存在

赤き肌にして、その肉体は隆々としている

 

「……鬼」

 

イラストだけで何者かなど、俺には十分わかった

そう呼ばれる魔者の一種族だ

武芸に秀で、究極の肉体を持つ武闘派の種族

その強さは人間とは比べものにならず、基本的には魔法で倒すのが常套手段となっている

まぁ、人間でも武に秀でた者は好んで闘いに応じる物好きもいるらしいが、普通は腰が引けるだろう

一度でも見てみればわかる…鬼の恐ろしさ、ってのは……

“赤鬼”とだけ称されたこいつは、街道にて商隊を襲ったらしい

それも数件

最近の事件らしく、まだまだ額は安い500万ベル

鬼の恐ろしさってのはまだよく理解されていないからな

確かにこの程度で500万ってのは高額かもしれないが、鬼が相手では安過ぎる

 

「とはいえ、こいつが本命だよな……」

 

魔者との接触は好ましいし、なによりこんな残忍なことをする原因を調べてもみたい

こいつの気性なのか、それとも何か理由があってのことなのか

そういう意味合いを兼ねて探してみるのもいいだろう

幸か不幸か最後に事件があったのはカノン街の南に伸びる街道の最中らしい

距離も近いし、やっぱり一番手はこの赤鬼に決定かな?

そう思い、残りのコーヒーを飲み干すと――不意に店内にざわめきが広がるのに気づいた

 

「うわ、マジで……」

 

ざわめきと視線の向かう先を見れば、こちらに向かってくる人影が一つ

長い黒髪を揺らしつつ、妙に恐い笑顔で俺の方に力強く向かってくる女性

それは紛れもなく先日のテストで俺の試験官を努めた教師――星崎さんだった

 

「お・は・よ・う、相沢君」

「お、おはよう」

 

妙に刺々しい言い方で俺に挨拶をする星崎さん

何故か挨拶を返すと更に笑顔がキツクなった気がする

おいおいおい……朝一でなんでこの人はこんなに不機嫌なんだ?

まだテストの時に起きた些細なことを気にしているのであれば勘弁してほしい

 

「はい、これ。入学に関する書類よ。全部読んでおいてね」

「うっ。こんなにあるのか……」

 

俺に分厚い封筒を手渡すと、自然の流れで向かいの席に座る

レンは然して興味はないのか、チラリと一瞥すると再び眼を閉じた

俺は封筒を開け、中を覗けば種類の束

うんざりしたくなるような量に辟易していると、星崎さんは店員を呼びつけ注文をとっていた

 

「とりあえず、入学はさせてもらえるわけなんだよな?」

「えぇ。性格に難あり、との結果だったけれどそれらは十分に指導の範囲内でしたから。実戦で結果は出したわけだし、反対する声はなかったよ」

 

パンフレットや白黒の紙を読みつつ、星崎さんの言葉に耳を傾ける

とりあえず入学はできる、という当初の目標は達成というわけだ

とはいえ、これで入学可能となるわけではない

そのための星崎さん来訪だということぐらい、わかっている

 

「はぁー……まず、幾つか確認をとりたいのだけど、いい?」

「どうぞ。多分、俺が訊こうとしてることと同じだと思うし」

「では、早速。まず最初に確認したいのは入学費、及び月々の学費についてよ。幾らかかるかは知ってる?」

 

予想通り俺も気になっていることの一つが挙がってきた

まぁ、学園はこれで儲けを出しているわけだし、最初に確認をとる内容としては当然かもしれない

学園も慈善事業じゃないわけだし

俺は星崎さんの方へと視線を戻し、問いかけに対して首を横に振る

 

「入学費は100万ベルね。一括が無理なら分割で月々支払っていけばいいから」

 

なんでもないように言ってくれる星崎さんであるが、こっちとしてはちょっと驚きだった

まぁ、相場ってものがわからないが100万という大金を用意しろ、ときている

俺のようなギルドを通した仕事をする者ならともかく、一般の人達はよく支払えているな、と思う

余程自分の子供達が可愛いか、子供達のことを想っての出費か

こちとら一集団の生活管理を見てきているが故に、金銭感覚は出来上がっている

 

「それで、入学費とは別に月々にかかる学費のお値段は5万ベル。意外と安いでしょう?」

 

機嫌が直ってきているのか、にっこりとした笑顔で話す星崎さん

確かに入学費に比べれば経済的なもの、と言えるかもしれない

一般家庭においてもなんとか支払っていける値段とも思う

俺の予想ではその倍の値段まで予想の範囲内だっただけに、十分許容範囲内であったと言える

 

「とりあえず今月中に入学費は手付金として10万。学費は普通に5万の計15万ベルを学園に納めること」

「了解」

 

星崎さんの要求――というか、述べた事実の金額は既に手許にはない

早速もって今夜から動き出さねばならないな

今月中という時間制限が設けられてしまった以上……

しかし、不幸中との幸いと言うべきは今月――12月はまだ始まったばかりだということ

もう少し早ければ11月の終わりになっいていて絶望的な状況だったかもしれない

 

「次は住居について。相沢君は現在、宿屋“白き花草ホッテュンに宿泊している――間違いはない?」

「その通り。それで、それが何か?」

 

ミルクティーでも頼んだのか、むっとする顔の横にカップが置かれる

店員の慎ましやかな声は視界におさまることなく、店員は奥にさがっていく

少し醒めた言い方が気に障ったんだろうか?

ようやく直ったと思った機嫌がそこなり、俺としては僅かに視線を逸らすことしかできなかった

 

「このままだと宿泊費が大変なことになるでしょ? それで、新しいところを見つかっているのか、ってことよ」

「いや、まだこれから探すつもりだけど……」

 

まるでこちらのことを見透かしたような話の流れに思わず怪訝な視線を向けてしまう

そんな俺の表情がおかしいのか、星崎さんはクスリとこぼすような笑みを見せた

何かを含むようなその笑みは何かしらの淡い期待を抱かさせる

 

「だったら、寮とかどうかしら?」

「寮?」

「そ。学園では寮も経営していてね、月々の安い家賃さえ払えば在学中は利用できるの」

 

寮か……そういう選択肢もあったのか

思わぬところから飛び出した選択肢に思わず考え込む

家賃が安く、学園の管轄下にあるために学校にも程ほどに近いだろう

それに何かあればすぐに連絡をくれるだろうし、生徒とも触れ合う機会が増えること間違いなし

……唯一の問題があるとすれば夜のことぐらいか

ま、それ以上に生徒と触れ合える機会が増える長所は見過ごすことはできない

入学の目的の一つでもあるわけだし

 

「月いくらなんだ?」

「2万ベルよ。ちなみにペットも大丈夫な寮もあるから」

 

そっぽを向いたままのレンを示唆して、星崎さんは安心させるように笑んだ

2万か……悪い話じゃないな

何よりペットOKというところが魅力的だ

今使っている宿屋もそうだが、ペット持ち込みが許される宿は少ない

普段なら野外という手もあるのだが雪国はそれを許されないからなぁ

マジで寒いし

 

「……寮に入りたいかも」

「わかった。入寮の手続きもしておくわ。それで、明日のことなんだけど――」

 

 

 

 

 

 

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