【覇道】

 

<Act.0 『純白の国へようこそ』  第6話 『白狼一派』>

 

 

 

 

 

「ただいま――って、これは中々……」

 

精神的な疲れを感じつつ、見慣れてきた宿屋のドアを開ければ見慣れない光景が広がっていた

この部屋には生活感が限りなくない

それこそ宿屋の部屋ではあると同時に、俺はこの部屋を弄りも何もしていないから

素っ気無い状態だったのだが、現在は色々なものが荒れている

それこそ、物取りが入ったんじゃないか、ってぐらいに

 

「暴れん坊はお休みですか」

 

テーブルの上に横になっていたレンが俺の気配を感じて振り返る

どことなくその目は焦っているようで、そして困惑しているようでもあった

まぁ、白狼の面倒を任していたからな……手を付けれなかったことへの罪悪感、か?

修理費いくらかかるんだろう……

確かにそう思えば憂鬱にもなるものだが、まぁ如何せん子供のしたことだ

大目に見るとしよう――というか、するしかない

その肝心の白狼はベッドの上で丸まり、横になっていた

 

「レン。夜になったらこいつを親元に返しにいくから、今の内に少しは寝ておけよ」

 

とりあえず足場もなさそうな部屋でテーブルだけは確保する

私物はほぼ皆無だし、部屋を出る時に弁償金さえ払えば問題ないだろう

片付けはもちろん、宿屋の人に任せるに限る

この問題はこれで解決と話題を切り上げ、俺は懐から地図を取り出してテーブルの上に広げた

レンも興味津々なのか、仮眠よりも地図を一緒に覗き込む

 

「スノレティア……あぁ、ここか」

 

学園より戻る前にギルドに立ち寄り買って来た近郊の地図

キー王国内を見るには十分な少し大雑把な地図だが、スノレティアのことは載っていた

カノン街を東に向かって隣村のレイソンを通過

街道ではなく東北へと北上した丘の連なる草原

そこが雪原スノレティアと呼ばれる地帯となっているようだ

範囲は中々に広く、北にある山の麓から浜に近い森の中まである

 

「スノレティアのどの辺りにいけばいいんだろう……」

 

白狼との口約束にはそこまで詳しい情報はなかった

けれど、心配は無用だろうと信じておこう

場所を指定したのはあっち

そしてスノレティアは白狼達の縄張りにして棲家

ならばあっちが俺を見つけ出してくれるに違いない

うん、そう信じておこう

 

「はぁー……」

 

スノレティアのことはこのぐらいにして、考えるのは今後のこと

そう思考を切り替えたところで憂鬱のあまりに溜め息がこぼれる

今日のテストの結果は上々だったと思う

結果報告は明日、ここに届くらしいけれど…落ちはしないはず

問題はその先

まずは当面における学費だ

幾らかかるのかは知らないが、入学費は分割払いにしてもらうとしても、月々の学費は支払わなければならない

既に手元にある金は乏しく、旅に出る前に渡された金はここに来るまでにだいぶ使ってきてしまっている

もともと作戦の一つとはいえ、学校に通うのは俺

学費は自分でどうにかするつもりだった

つまり、ギルド通いをせざるえない…ということだろう

 

「家も、どうしたもんかねー」

 

頬杖をして体をテーブルへと持たれかける

考えれば考えるほどに憂鬱だけが増していく

俺が住むところも考えなくてはいけない

もちろん、この宿屋に泊まり続けるのも手だが、最低一年間も泊まり続けてはあまりにも無駄

そして損だろう

つまり、新しい住居も見つけなくてはならないってこと

学生の多い街なのだし、学生に優しいアパートとかあってもおかしくはないかもしれない

 

「やることはいっぱいだが…………とりあえず明日だな」

 

深みにハマる思考を一時、断然させる

振り返り時計を見上げれば既に夕方も終わりを告げようか、という時間帯

スノレティアに向かわなければならないのだが、少しばかり仮眠をとってからの方がいいだろう

月が出た時間ではなく、月の出てる時間に赴けばいいのだから

それに帰りのことを考えると少し長い夜になりそうだしな

 

「レン。7時になったら起こしてくれ…少し、寝るわ……」

 

 

 

 

「うぅぅぅ……寒ッ。マジで寒ッッ」

 

背筋を通して震える体を抱き、俺は思わず愚痴をこぼす

天気こそ晴れ、星や月の明かりが道を照らしてくれてはいるものの、この寒さにはなんの意味もなさない

夜の冷たい外気は肌を冷たく撫で、肺に入り込む空気は湿り気を帯びて内側に張り付く

マントを着ているとは言っても、吹き抜ける風を全て防ぎきれるわけじゃない

とはいえ、マントの懐に潜り込んでいる二匹のおかげで俺も助かってはいるわけだが

 

「クゥゥ♪」

「お。けっこう近づいてきた、ってことか?」

 

懐にいる白狼は顔だけ出し、外の景色を眺めている

隣村レイソンを無言のままに通り過ぎ、小さな森を抜けて小高い丘の連鎖を越えること幾つか

見慣れた景色になってきているのか白狼の声はご機嫌だ

こっちとしては予想よりも遠い上に、慣れない雪道による体力の消費が大きくそこそこ疲れてきている

丘に入った時は月明かりに照らされた白銀の世界に声を失くし、目も心も釘付けにされたが今は疲れが勝りつつあった

いい加減この似たような丘の連なる景色は見飽きてきた

 

「月光る時……もう光ってんだけどな」

 

空を見上げれば切れ切れの雲々と、仄かな明るさを落とす半月気味の月が俺達を見下ろしている

小刻みに刻まれる雪の軋む音と、胸の温もりを頼りに俺は歩を進めた

 

――ォォンッ…………

 

空耳かとも思えるような切れる小さな音

響くように木霊した最後の微かな響き

けれど、確かに聞こえた

俺は気づくように顔をあげ、今登っている丘の上を見上げる

するとそこには月明かりに照らされた影が一つ

こちらを見下ろすその姿はあまりにも威風堂々と言わざるえない

月明かりを反射させるような白銀の毛皮はまるで光っているようで、気品も感じられる

 

「よかったな、チビ。お出迎えだぞ」

「クゥクゥ〜♪」

 

どういう血縁関係かは不明だが、家族の姿を見つけてチビも嬉しそうに鳴く

その嬉しそうな鳴き声に思わず俺も顔が綻び、ここに来るまでの疲れを忘れてしまいそうだった

テストの時とか、チビが売られそうになってる時とか色々と大変だったが、今のチビを見ると頑張ってよかったなぁ、とつくづく思う

 

「って、待て! ちょっと待てぇ!」

 

丘の上に白狼の姿を見つけて安心していたのだが、何を思ったのかその白狼は急に踵を返して姿を隠す

俺は疲れてもいるのでゆっくりと歩いていたのだが、待つ気もなかったのか!?

いきなりの出来事に俺は慌てて丘を駆け上るがその最中に気づく

丘の向こうに感じる複数の気配

そして大気を犇かせる雰囲気

なにより――殺気や怒気とかそんなものではない

飛び抜けた圧迫感にも似た、底知れぬ威圧を肌身に感じた

 

「……っん。行くぞ」

 

頂の手前まで来たところで一度足を止め、生唾を飲み込み覚悟を決める

夢幻もいつも通りマントの内側にあるし、いきなり戦闘になっても問題はない

最後の一言をレンと自分自身に向けて放つと、俺は残り数歩の丘を登った

 

「……大歓迎、ってか?」

 

思わず、目の前の光景が現実なのかどうかと思ってしまった

目の前に広がったのは多数の魔物

それこそ、昼間に人間達と交戦した数の倍はいるだろう

その魔物達の中心に居並ぶのは白狼一族

昼間見掛けた三匹は左右にそれぞれわかれ、その更に中心に一匹の白狼

まさしく長とも呼ぶべきはその巨躯か

他の白狼を子供とするならばこの白狼は親

立てば3mはあろうかという体躯はさすがに圧倒させられる

白銀の綺麗な毛並みに、落ち着きのある風格

幾つもの修羅場を抜けてきたからわかる……こいつ、強い

 

「……人の子よ。約を違わずに来てくれたこと、嬉しく思う」

「俺は約束は破らない主義なんだ。遅れることはあってもな」

 

落ち着きのある顔で言を放つ白狼

長き時を生きているからなのか、人語もペラペラのようだった

けれど、驚く必要などない

俺にとってすれば人語を話す、解すという魔者は見慣れている

いや、寧ろ理解していて当然だ、とも言えるかもしれない

 

「ほら、兄ちゃんと仲良くするんだぞ」

「クゥクゥ♪」

 

懐に入っていた白狼を、三匹の内の一匹が俺の前まで来て俺を見上げる

つまり、引渡しを行う、ってことか

俺は白狼のチビを掴み、手前に来た白狼の背に乗せてやった

ここまで来ると完全に街での怯えはなくなっており、チビの顔は笑みで溢れている

 

「……ゥゥゥウ」

「?」

 

そのまま長のところに戻るのかと思えば、何故か引き取りに来た白狼に鋭く一睨みされた

俺、何かしたっけ?

身に覚えはさっぱりなく、首を傾げるしかない

少し府に落ちないものを感じていると、再び長が口を開けた

 

「この子はスゥと言ってな。雌じゃ」

「……なるほど。それはすいませんでした」

「いやいや、人の子では見分けがつかぬであろう。気にすることはない」

 

どうやらスゥは先程の“お兄ちゃん”発言が気に食わなかったようだ

まぁ、女の子に対して失礼なことを言ってるわけなので何も言えない

しかし、俺としての驚きは長の寛容さだろうか

一目見た時は恐ろしい程の無表情で、冷たい眼のように感じた

けれど話をしてみれば気さくそうであり、俺が人間であるというのに割りと警戒心も薄い

まぁ、遠巻きの魔物達は中々に鋭い視線を浴びせてはくるのだが

 

「して、其方の望みはなんじゃ?」

「…………は?」

 

一頻り笑った後、長は唐突なことを言い出した

俺はその意味を図りかね、間の抜けた顔をしてしまう

俺の聞き間違いか?

そうも少し思ったが、真剣な顔で俺を見る長を見れば冗談の類でないことぐらいわかる

 

「特に。俺はただ、そのチビが街で売られそうになっているのを助けただけ。それは俺が助けようと思ったから。ただそれだけだ」

 

真剣な眼に対しては真剣に答える

そうしなければ信頼も何もあったものじゃない

人への共感を求める俺の生き方において忘れてはならないことの一つ

長の目を見つめ返し、ゆっくりと紡いだ言葉を聞かせる

すると、今度は面を食らったのはあちらのようだった

 

「おもしろいの、主は。人の子でありながら、見返りもなく魔の子を助けたというのか」

「人も魔も関係ない。そんなの、ただ種族が違うだけだ。生物であるということに違いはない」

 

微笑を見せる長だが、紡がれた言葉は俺の人生で幾度となく聞いてきたことに似ていた

人だから、魔だから

そんな偏見がどちらにもあって、そしていがみ合ってきたからこその現在の関係がある

対立し、滅するだけの関係

そんなもの、俺にとっては関係ないし、関わりたくも無い

助けたい奴は助けるし、助けたくない奴は助けない

俺は、俺達のための国をつくるんだ

俺達が安穏と平和を手にしている国を……

 

「噂に違わぬ無差別主義よ。さすがは一軍を率いた将であるな」

「! ……何の、ことだ?」

 

長の思わぬ一言に思わず表情を引き攣らせてしまった

それだけでバレたとは思ったが、あくまでシラを切ってみる

すると長は優しい笑みへと表情を変え、ゆっくりと言葉を綴った

 

「魔天使ユー。その者の名はこのような北方の果ての地でも名は伝わっておる。この辺りの長である我ならば知っていて当然のことだ」

「…………参ったね。まったく」

 

嘘を許さない真っ直ぐの瞳

それに勝てるほど俺の心はスレてはいない

けれど、俺の名が知れているのはかなり驚きだった

俺達が思っている以上に魔者達の間では名が売れているということだろうか?

長の言葉に対して周囲の魔者達の様子も僅かに変わる

驚きと好奇の眼差しで俺を見るのは、いったい何を思ってなのだろう?

 

「噂では女神と称されるように女子かと思っておったが、男子であったか」

「見た目だけじゃわからないだろ?」

「うむ。それは言えるの」

 

俺の容姿に関してはさすがに頷くしかなかったらしい

まぁ、俺自身でさえもそうだろうし、それ以外にありえないとも言えるので気にはならないが

とはいえ、女神云々に関しては当時の作戦の一つでもあったんだけど

今となってはギリギリのところまでシラを切ることもできるようになったので、そういう意味でも助かっている

 

「出会ってそうそう図々しいかもしれないけれど、俺は友好を求めたい。一人間としてではなく、魔天使ユーとして」

「……友好でよいのか? 今ならば我が子を助けた見返りとして、盟を結ぶことも可能ぞ?」

 

俺の真摯なる言葉に対して長もまた、真摯に言葉を返してくれる

俺に投げ掛けた問いかけはまさに俺をはかろうとでもしているのだろうか?

それとも、ただ単純に疑問に思っただけなのか……

心の中に生まれた疑問をとりあえず押し殺し、俺は素直に、思ったままの言葉を返す

 

「見返りだの、恩を着せるだのは意味が無い。心を通わせた仲間――いや、家族。それがユーグ

 俺達が求めるのは安穏と協和だ。友好のままで終わってくれて構わない。俺達は何も求めないし、また求めてくれなくていい」

 

語る言葉を長は静かに聞き取る

それこそ、どこにも騙りがないかどうかを確かめるように

鋭き眼で睨まれるものの、俺は動じず心の想いを吐き出してゆく

信じてもらいたいが、信じてもらおうというような押し付けはするつもりはない

自分の主張を、想いを、言の葉にのせて語るだけ

 

「友になろう。ただ、純粋なる友に。……俺が求めたいのはそういうことさ」

 

語り終え、場には静寂に包まれる

先程までは多弁だった長も口を噤み、何も語ろうとはしなかった

無表情な顔で俺を見つめ、そして視線を雪に落とし、最後に月を見上げた

俺もつられるように上を向き、月を見上げる

仄かな明かりは眩しくもなく、温かくもない

けれど包み込んでくれるような淡い儚さが、俺はとても好きだ

 

「我が名はフェイユ。雪原スノレティアの主である」

「俺の名は相沢 祐一。ユーグを率いる長、ユーでもある」

 

突然の言葉に俺は遅れることなく返事を返す

考えに考えた結果のこの言葉

自らの名を語ってくれるということは、先程の件は肯定…ということだろうか?

怪訝には思うものの、ヘタに聞くことはできない

続く沈黙は何を答えてくれるのか

数秒の間を置いて白狼――フェイユは口を開けた

 

「宵も深まってきた。また折を見て我を訪ねてくるがよい」

 

微笑をこぼして吐いてくれた言葉が胸の奥に重く沈んだ

受け入れてくれた

その事実が嬉しくて、歓喜という感情が心の底より湧き上がる

どう形にすればいいのかわからず、高まった感情は目の奥より雫を湧かせた

零れそうになる雫を指先で拾い、俺は短い返事をこぼす

 

「…………是非に」

 

 

 

 

 

 

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