【覇道】

 

<Act.0 『純白の国へようこそ』  第5話 『只今テスト中』>

 

 

 

 

 

「混ざるしかない、な」

 

星崎さんの叫び声など無視し、俺は懐に手を入れて片手棒――夢幻を取り出す

既に魔力を送り込まれているが、変形させるにはまだ早い

それぞれがそれぞれの闘いをしている最中に俺は突っ込んだ

視線がそれぞれ一瞬ずつ俺を突き刺す

けれど、魔物はそうじゃない

故に目前の魔物に意識を即座に戻すしかないのだ

俺が見つめるのは三匹の白狼

大きさは既に大型犬のそれを超えるが、巨躯と呼ぶには小さい程度

1m半ちょい、ってのが体長だろうな

 

「悪いが、邪魔するなっ!」

 

無視して疾走しているとはいえ、ただ通してもらえているわけじゃない

人間側より魔物側に入れば当然、俺が標的にされる

それでも駆け抜ける速さを利用してかわしていたのだが、正面に黒い毛色をした熊が立ち塞がった

鋭き牙を剥き出しに喉を唸らせる

両手を大きく広げて立ち上がり、その鋭き爪を構えた

 

「グルゥァ――ンッガ?!

 

一歩を強く踏み込むと同時に夢幻を変化

長い棒へと変化させ、眩い白光を目眩ましに利用

あちらの視界が遮られたことを確認した直後、喉元に鋭い一突きをくれてやる

突然止められる呼吸、そして喉を襲う衝撃

半端ないその一撃を前に黒熊は背から倒れ込み、その意識を刈り取ることに成功した

 

「くそっ。もう三分の一はやられてるな」

 

駆け抜けてくると同時に戦況の確認も忘れてはいない

人間側の被害はまだ少なく、あったとしても負傷者が関の山だろう

死者などいたとしても一人か二人

けれど、魔物側はそうも言えない

倒れ、動かなくなった同胞の数は20匹ぐらいはいただろう

かなり圧されていることはわかっているはずなのに、それでも退く意思は誰も見せない

俺の言葉、信用してくれるだろうか……いや、信用させるしかない

 

「っ、ふぅー」

 

街からここまでそれなりに距離があった

街は少し小高い部分――というか、森に行くまでの間が溝のように低くなっている

雪原を下るように駆け下り、その余速を生かして僅かに駆け上る

そうして辿り着いたのが森に入る前のなだらかな傾斜

そこでは既に乱戦とは切り離されたように、三匹の白狼と三人の人間が向かい合っている

 

浅間あさま先生。こりゃおしおきにしてはちと厳しいんでないかい?」

 

肩にかからない程度の茶髪の男子学生は白狼と睨み合いながらも顔に緊迫感はない

いや、緊迫感というよりまだ余裕を残しているような涼しさを見せている

とはいえ、それでも僅かに頬は強張っているが

ちなみにマントは着ておらず、紺のブレザーのみ

ネクタイはなしで中のYシャツも着崩れている

 

「おまえは少し弛んでいる分、このぐらいがちょうどいいんだ」

 

そう言い返したのは白の道着に黒帯を巻いた男

浮いているような刈り上げられた黒髪に、澄んだ黒瞳をしている人物

一目でわかるが爽やかというか、真っ直ぐな人物なんだろうというのは読めた

俺のあまり好きではないタイプの人間だろう

隣の生徒から先生と呼ばれている以上は、彼もカノン学園の教師なのだろうが……

手には得物はなく、装備とも言えないような指出しの手袋ぐらいしかつけていない

格闘家、だろうか

まぁ、それ以外には見えないのだが

 

「うぇ。マジかよ……」

「折原。これが終わったらちょっと職員室に来い」

「んげっ! やぶ蛇ぃ……」

 

互いに目前の白狼からは目を離さず、会話を続けている

それでも白狼が仕掛けないのはそれだけ隙を見せていない、ということ

男子生徒の手には木槌

それもT字型の典型的なタイプで、両手で持つ柄の長さだ

木槌の平面には薄い鉄でカバーもかかっており、強度もそこそこあるだろう

まぁ、空振った時の隙はデカそうではあるな

 

「――――――来る」

 

僅かな沈黙

けれど、その間にも白狼達の表情は険しくなるのに俺は気づいた

鼻に皺が寄り、機会を待たずして三匹同時に飛びかかる

魔物の――加えるなら動物の表情など見てもそうそうわかるものじゃない

だが、彼女の合図の声は紛れもなくピッタリのタイミングだった

長い黒髪、そしてリボンでポニーをつくっているあたりがさっきの星崎さんと似ている

けれど、黒瞳という共通点を除けば他には何も共通点がない

鋭い眼光

そして半端じゃない剣気

飛びかかる白狼に対して手にある両手剣を一閃

振るわれる直前の眼光と威圧

それだけで白狼は身を捻り、剣閃をかわすことに集中していた

 

「あいつだけはやばいな」

 

今の剣閃が証拠だった

あの白狼達も強いし、そこらの傭兵でも敵わない

けれど、単純に強さだけで言うならあの女剣士の方が上だった

残りの2人は微妙ではあるが、白狼を即座に倒せるというレベルではなそうだ

となれば、あの女剣士が戦っている白狼のところに混ざるか……

方針を決めて、俺はすぐに棒を握り締める

そして、覚悟を決めて――駆けた

 

「フゥッ!」

 

駆ける最中、上半身のバネを使い長い棒を投げ槍の応用で投擲

棒は見事に目的地である女剣士と白狼の間に落ちた

そこで棒の軌道を察してか、女剣士の一瞥の視線が俺を射抜く

その隙をつくように白狼が飛びかかろうとするのだが、瞬間――棒から白く、眩い光が放たれた

下級聖魔法“聖なる霧光シャイツ・レイ

それを込めておいたのだ

閃光というよりも小さな水滴に光が乱反射したような眩さがあたりを包む

その隙に俺は棒を手に取り、そのまま白狼を――っ!

 

ヒュッ――

 

危機感

本能の訴えに従って俺は棒を取った瞬間に後ろへ跳んだ

ほんの紙一重とでも呼ぶべき差で、鋭い風切り音が目前を通り抜ける

明らかに女剣士の剣閃だった

……短いスカートの学生服を着ていたので学生であることに違いない

けれど、間近で感じ、そして見た雰囲気、そして剣筋

本当に学生なのか?

そこらの傭兵とかいうレベルのものではなかった

 

「……ま、いい。いくか!」

 

相手はしたくない

寧ろ人間側なのだからあっちも俺を攻撃する意味は普通ないだろう

だが、戦地の判断としてはあの女剣士は正しい

素性の知れない奴が魔法で乱入

何を企んでいるかわからないまま不用意に接近してくれば迎撃するのが普通だ

おそらく、この場にいる連中の中で一番強いかもしれない

 

「ンッ!」

 

長い棒の端を持ち、霧光の中から飛び出して白狼に一撃を振り下ろす

突然の奇襲とはいえ、白狼は持ち前の反射神経で後方に跳び、一撃をかわした

喉を唸らせ、牙を剥き出し、爪を出す

完全な威嚇状態で俺を睨む白狼だが、飛びかかる一足を踏み出せずにいた

既に俺は振り下ろした棒を手中で滑らせ、両手で持ち直している

距離は5m弱

 

「いく――ぞっ!」

 

膠着は3秒にも満たない

均衡を崩したのは俺自身

手にある棒の真ん中を切断するように夢幻を変化

片手棒をそれぞれ左右に持ち、僅かな白光の中を突き進む

だが、それが間違いだった

 

――ビュォォォォォッッ!!

 

目眩ましのはずの白光を利用して、白狼はその場を動かなかった

突き進む俺に対して用意されていたのは大きく吸い込まれた白狼の吐息

白狼の属性は凍が基本

つまり、凍らせる冷たい吐息は白狼の十八番のようなものだった

吹雪くように吐き出された吐息を俺はギリギリのタイミングでかわす

それこそ前に踏み出した足を軸に、横へと倒れ込むように跳び込んで

 

「っく!」

 

倒れて転がること一回

すぐに反動を利用して起き上がり、白狼の方へと振り返る

白狼は倒れ込んだ俺の止めを刺すためか、既に俺に向かって飛びかかってきていた

開かれる顎

煌く牙の鋭さ

それを前に俺は怯むことなく右手の棒を差し出した

 

ガッ!

 

噛み砕くつもりだったのか、鋭い振動が棒を伝う

それと同時に右腕に白狼の加重が一気に増す

振り下ろすように白狼を雪面に下ろし、左手の棒を振り上げつつ言葉をかける

 

「子供のことだろ?」

「っ!」

 

攻撃の態勢よりも、俺のその言葉に驚いたように身を退く白狼

どうやら人語は理解できているようだ

白狼のように高等種族に属する魔物なら人語を解している者は多い

まして扱える者も多いぐらいだ

この白狼達もその高等種族に位置する存在だったことにまずは一安心

大変なのはここからだ

 

「子供は俺が取り返した。今夜、必ず届けに行く。だから、ここは退いてくれ」

「…………」

 

半信半疑――いや、疑惑の目で俺を見据える白狼

そんな白狼に対して俺が出来ることと言えば、真摯に白狼の青き双眸を見つめ返すだけ

俺の言葉を信じてもらうためには俺の気持ちを伝えるしかない

言葉では伝えた

でも、足りない

ならば態度で示すしかないのだ

子を攫ったであろう人間という種族を、白狼は今一度信じてくれるだろうか

そんな些細な不安も今は打ち消す

全ての気持ちを白狼の子を返すという意思に塗り固め、俺は白狼と見つめ合った

 

「頼む。じゃないと、おまえ達の群れは……わかるだろ?」

「…………」

 

長い沈黙

あまり長いこと対峙したままではいられない

他の連中がどう動くかにもよるが、それ以上に会話をしているなど知られれば俺の立場が危うい

まだ目的を達するための入学さえ終わっていない時点でそれは勘弁して欲しいところ

焦る気持ちを抑えつけ、俺は白狼の返答を待つ

……喋れるのか知らないけれど

 

「……ツキ、ヒカルトキ。スノレティア……」

「! あぁ。わかった」

 

何度か逡巡したようだが、戦況を改めて見直して白狼は僅かに半身の状態をとる

そこで少しだけ動きを止めた後、そう片言で話してくれた

俺が騙そうとしていないかどうか、わざとあからさまな隙を見せたところは気にしないでおこう

最初から信用してくれる者なんていないのだから

俺としては俺のことを少しでも信じてもらえたことが嬉しかった

少なくともこの白狼達とは望めば親交を深めることはできそうだ

 

「ワォォォォォォォォォォォォォ――――――」

 

俺に語りかけた白狼は森の手前まで下がると、高い丘から一吼えする

それは街と森の狭間で闘っている者全てが聞こえる声

その声を合図とするように魔物達は踵を返して森に引き返す

突然の撤退

それに戸惑うような輩は――いなかった

すぐに追おうとする警備隊だが、白狼二匹の鮮やかな殿で追従は許されていない

またその二匹を交戦していただろう教師と生徒は魔物を追う気はないようだった

森の中まで逃げ込んでしまえば、さすがに追撃する気も起きないだろう

地の利を自ら失くす行為になるわけだし

 

「……何者?」

 

退却する魔物達を見送り、安堵したその隙をついたのだろうか

女剣士は俺の背後に回り込んでいた

無論、全然気づいていなかったわけじゃない

ただあちらも俺の間合いに踏み込む手前で足を止めたから、気に留めなかっただけ

声を合図に振り返ってみれば、女剣士は鋭い眼光で俺を睨みつける

そして剣の切先を俺に向け、問い質すような一言を解き放った

 

「学園入学希望者の相沢 祐一。現在、入学テストの真っ只中、とでも言っておこうか」

 

問われた問いに素直に答えておく

職務質問のようなものは真面目に、けれど深くを語らず答えるのが一番だと知っているからな

無駄な反抗よりどれだけ浅く、抵抗を少なく切り抜けるかが、重要なのだ

明らかに先程の白狼との一件から話を逸らそうとしている俺だが、女剣士は俺の思惑とは別に驚きの顔を見せる

 

「……男?」

「これでも、ね。よく間違えられるけど」

「……綺麗」

「どうも」

 

既に剣の切先を下ろし、鞘に納めた女剣士

その目元も鋭さを弱らせるが、警戒心はほどけていない

とりあえず、とんでもない危険人物というレベルでは判断されていないようだ

まぁ、今の会話のどこに危険度を下げる要素があったのかは判断がつかないが

 

「あ・い・ざ・わ・くん!」

 

いきなり声が聞こえたのは真上――頭上だった

俺と女剣士はほぼ同時に声の出所である頭上を見上げると、そこにはまたもやゆっくりと降りてくる星崎さんがいた

笑えば可愛いであろう顔で眉を顰め、頬をひくつかせている様はもったいないと思わせる

まぁ、怒っているわけだ、というのはすぐにもわかったのだが

 

「勝手な行動は慎むように、と言ったわよね? っね!!」

 

余程頭にきているのか、有無を言わせぬ勢いで同意を求められる

というより、事実の確認と脅迫にしか思えない

いつでも精霊魔法を放とうがおかしくないような剣幕はさすがに勘弁してもらいたいところ

とりあえず俺は無駄に口を滑らせてみることにした

 

「はい、確かに。ですが状況が状況でしたので」

「そ、そりゃまぁ…で、でも! 連携をとらなければならない場面であんな勝手な行動を――」

「今まで殆ど一人で仕事をしていましたから。そういう連携を学びたい、と思ったのも入学の理由の一つです」

「う…うぅぅぅぅ〜〜……」

 

嘘八百

まさしくその場を凌ぐためだけの思いつきのことばかり

けれど、理は通っているし、これが嘘かどうかを見破る術を星崎さんは現時点では持っていない

ぶつけたいばかりの怒りは理性という箍に堰き止められてしまい、結果――呻き声を漏らすしかなかったようだ

悔しがるようで、隙あらば怒りの視線を俺に向ける星崎さん

うむぅ…この場は凌げたが、いらぬ禍根を生んだ気もする

 

「と、とりあえず、学園に戻りませんか?」

 

 

 

 

 

 

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