【覇道】

 

<Act.0 『純白の国へようこそ』  第4話 『なぜか星崎先生』>

 

 

 

 

 

「こちらの方で少々お待ちください」

 

淑やかな事務員のお姉さんに案内されたのは所謂、応接間、というところのようだった

黒革のふかふかのソファに腰を落ち着けるものの、慣れていないのか心が落ち着かない

高そうな調度品に加え、飾られている絵画や壷などは触る気すらしないな

入学の手続きである書類は既に提出済み

ここで行われるのは少ない話し合いと、テストの説明…というところだろう

問題はそのテストがなんなのか、ってことだが

 

「…来たか」

 

気配を感じて俺は立ち上がり、相手を迎える準備を整える

向こうは教員で、俺は入学希望者

どちらが下手にならなければならないのかは理解している

開くドア

ドアの向こうより現れたのは黒髪のセミロングをした妙齢の女性だった

黄色のセーターに白のタイトスカート

彼女が何者なのか、見ただけでは判別不能だった

しいて挙げるなら……主婦?

 

「あらはー。本当に写真通りねー」

「? あの、失礼ですが……」

 

笑顔を湛えた女性は事務のお姉さんを下がらせると目前のソファに向かう

妙に俺を見る目が好奇心に満ち溢れているような気がしないでもなかったが、とりあえず放置しておく

 

「まぁ、とりあえず座りなさいな」

「あ、はい」

 

進められるままに腰を下ろし、女性も腰を下ろす

妙に楽しそうな笑顔を浮かべ、俺を見つめる女性

気まずいというより不快感を僅かに抱かされる視線だった

そのことを察したのか、女性はすぐに口を開く

 

「私はこの学園の校長をやってる佐伯さえき 和観かずみよ。初めまして、相ちゃん」

「あ、あいちゃん……」

 

にっこりとした笑顔のままとんでもないことを平気で発言する女性――佐伯さん

長年の勘でわかる

この人の性格は尋常なく、そして俺が圧倒されるタイプの年上の女性だということを

こんな容姿ゆえにちゃん付けで呼ばれることも何度かあったが、名字で――それも上半分だけで呼ばれたのは初めてだった

 

「あの、一応男なんでその呼び方は勘弁願えませんか?」

「あははっ。軽いジョークよ、ジョーク。そんな焦らないでいいわよ、祐一君」

 

半分ジョークで半分は本気だったと思う

微塵も揺るがない笑顔だが、何となく俺はそう思えた

おそらく俺の一言がなければずっと同じ呼称で呼ばれていたに違いない

にしても、この人が本当に校長なのだろうか?

イメージとしては年食ったおっさん、って感じだったんだが……

 

「さて、冗談はこのぐらいにして、本題に入りましょうか」

「はい」

 

そう言うと一息吐き、出会ってから初めて笑顔を途切れさせた

僅かに真剣みを帯びたその表情は確かに校長と名乗ってもおかしくはない風格がある

なるほど。只者ではない、って点では十分かもしれない

 

「入学の話だけど、本来なら新学期――つまり、来年の4月ね。そこで新しい一年生として入ってもらうのが本当はベストなの

 もう年末の12月だし、そう遠くないわけだからね。でも、推薦状にもあったように貴方は今、入学したいのよね?」

「はい。出来るならば実力の見合った学年に」

 

真っ直ぐと佐伯さんを見て言い返す俺を見て、佐伯さんは僅かだが顔を曇らせる

学園側としては俺の我儘な申し出は聞き入れたくないところだろう

なにしろ一から物事を教えるわけでもなく、しかも学年の終わり際のこの時期だ

あまりにも中途半端過ぎる

しかし、俺としては好都合と言えないこともない

今、途中で入学して最高の学年と言えば二年生だろう

三年ではもう卒業になってしまうし、二年生に入るのがベストだ

幾ら目的があるとはいえ、二年や三年も学業にうつつを抜かす気はない

一年ちょっと

それだけで成果を挙げれるかどうかは謎だが、そのくらいでいい

 

「となると、やっぱりテストを受けてもらうがベストね」

 

いよいよその話が切り拓かれるのか、佐伯さんの顔は完全に真剣なものになる

テストと言う割には気合の入り過ぎのように思えるが、学園としてはそれだけ重要なものなのだろう

俺のような胡散臭い奴を入学させるかどうか、の瀬戸際なわけだし

 

「我が校では実戦の経験を積むということで、ギルドのように依頼を請けることもしているの

 祐一君には先程入った依頼を一つ請けてもらい、その過程、結果を考慮して入学を決めるわ

 推薦状には実戦における経験はある、とも書かれていたし大丈夫よね?」

「こちらとしては問題ありません」

 

平静な態度の俺を見て佐伯さんは僅かに安堵したように見えた

もしかすると本来の入学テストはこういったものではないのかもしれない

――というか、そうだろう

依頼ってのは内容にもよるが、あらゆる方面の能力を求められるもの

その能力を高めたいがために学園に来るのに、先に依頼を押し付けても仕方がないというもの

まぁ、俺としてはどっちでもよかったわけだが

先程入った、とも言っているように急ぎの依頼がきたというところか

既に学校も終わり、生徒は殆どいないだろうからな

 

「祐一君にやってもらうのは魔物の殲滅戦の参加よ」

 

再び険しい顔付きに戻った佐伯さんの言葉に心の内で僅かに動揺する

対魔物の依頼は数多いが、初っ端からだとは半分考えていなかった

ここらの魔物の様子を探っていないので第一印象を悪くはしたくないのだが、仕方ない

逆にすぐに会えると思えばいいか

うまいこと立ち回れば対峙していても、向こうの考えを読めるかもしれないし

 

「30分ほど前、東にある隣村のレイソンで魔物の群れがこちらに向かっているのを目撃されているわ

 既に警備隊、ギルドの方に要請はかけられていて東門に集合がかけられているはずよ

 学園からは教師を5人派遣することになって、既に4人は現地に向かったわ」

「それで、残りの1人が俺の監視役ですか?」

「えぇ、そうなるわね」

 

そう語る佐伯さんの顔には真剣さはあれど不安は感じられない

つまり、この学園とはそういうレベルにある、ということだろう

傭兵と肩を並べられる教師は、それでいて生徒の依頼の面倒も見れる信頼感を与えるほどの人物

つまり、並みの傭兵では務めようがないレベルということになる

それほどの強者が魔物の殲滅戦で遅れをとることなどそうそうない

その自信と信頼感が佐伯さんの顔には満ち溢れている

 

「貴方の試験官は精霊魔法を担当している星崎ほしざき 希望のぞみ先生よ。校門の所で既に貴方を待っているわ」

「ほしざき、のぞみ……」

 

その名前にはどことなく聞き覚えがあった

口の中で反芻するが、今一つピンと来ない

会ったことのある相手ではないし、有名な人物というわけでもないはず

けれど、昔どこかで聞いたことがある……そんな響きだった

もう少し考え込んでいたいような気もするが、場合が場合

優先事項は弁えなければならない

 

「わかりました。すぐに合流し、現地に向かいます」

「えぇ。結果を楽しみに待ってるわ」

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと…ちょっと待って――」

 

遥か後方より僅かに聞こえる声

綺麗な女性のその声こそ、俺の監視役こと、試験官でもある星崎先生だった

既に校門のところで待っていた星崎先生だったが、現地に急行するとの言葉を受けて俺は全力疾走中

確か佐伯さんは精霊魔法を担当している、と言っていたし体力というか、運動神経はないのかもしれない

徐々に開いていく距離は既に遥か彼方にさえなろうとしている

道筋だけは聞いてあるので問題なし

ま、遅くても道はわかってるんだしそのうち追いつくだろう

 

「にしても、綺麗だったな」

 

あちらも俺を見て驚いていたようだが、俺は俺で驚かされた

なにしろ星崎先生はかなりの美人だったから

チェックの入った大きなリボンでポニーを結び、長い黒髪はまさしく鮮やかと言わんばかりに白に映える

可愛らしい動作、口調、仕草、表情

どれをとっても男達の人気を集めてしまう要素を全て持っているとすぐにわかった

おそらく、校内においても人気は高いだろう

 

「ま、俺は見せるためにやるわけでもなし。試験官なら自らの力で見てもらいましょうか」

 

俺はテストをする

そりゃ真剣にやるさ

ただし、それを見せるかどうかまでは俺の考えることではない

試験官が見ることが仕事なら見るように努めるのが試験官

試験官に見せることをまで気にしていたら実戦の邪魔にしかならない

 

「ちっ。邪魔だな」

 

東の路を進むに連れて徐々に雰囲気が変わってくる

町並みに変化は無いが、道行く人々の表情、纏う空気が変わってきていた

何が起きたのかわからず、疑問符を浮かべる人

それから話だけは聞いたのか、僅かに顔を青くしている人

更にはすぐに家に逃げ込んでいく人

いずれもいい雰囲気とは言えないものばかり

後は野次馬も集まってきているのか、妙に人口密度が増していく

それが疾走するには邪魔で仕方がない

 

「ちょっと! 待ちなさーい!」

「ん?」

 

遠くに消えたはずの声がかなり近くで聞こえた

俺はなんのきなしに振り返ると、一瞬我が目を疑った

群衆の頭上を箒に跨った白い服の人――星崎さんが飛んでいたのだから

おそらく、風の精霊の力でも借りているんだろうが……すっげぇー目立ってる

東門の騒ぎよりも目の前の出来事

そう言わんばかりに彼女は視線を集めているのに、本人はそれに気づきもしないで俺を怒った顔で直視していた

まずい

追いつかれたら俺まで目立ってしまう!

 

「あ、こら! 先生が追いつくまで待ちなさいって言ってるでしょー!」

 

群衆に邪魔をされないだけあってかなりのスピードを出している星崎さん

逃げ切れるかどうかはかなり怪しい状態だが、それでも止まる気はない

ただでさえ俺は目立ち易いのに、あんな動く広告塔に巻き込まれようものなら目立ち度が二乗する

人混みの中をすり抜けるように俺は駆け抜け、東門と思われる城壁らしい部分が見えてきた

そこで聞こえる

魔法を使ったであろう、戦闘の爆音が

 

「あ、ちょっと君! ここは今立ち入り禁止だ!」

「ッチ」

 

閉ざされた門の前には人だかりを抑える警備隊と思われる人々の姿が見えた

防具服や鎧を身に包んだ兵士としか見えない連中の統率は傍目から見ても見事と言える

それを無視して突っ切ろうとしたのだが、さすがに呼び止められた

あまつさえ槍を持つ門番の役を担う連中に前方を封鎖されてしまう

ここは星崎さんにどうにかしてもらうしかないな……

 

「現在、東門の外では魔物の群れとの戦闘が行われている。危険だから近づくのは止めてもらいたい」

「知ってるよ。でも、こっちも用ありなんでね」

 

俺を呼び止めたおっさんに女声も、口調もせずに応えてやるとかなり驚いていた

それと同じくして俺は後方を親指で指差し、星崎先生を示す

ようやく追いついたのか、俺のすぐ隣にふわりと微風を撒き散らして降り立つ星崎さん

なるほど。精霊魔法の腕前は確かに素晴らしいかもしれない

 

「ふぅー。もう、勝手な行動は慎みなさい」

「はい」

 

まだ怒っているのか、微妙に吊り上がった眉の表情は残念ながら怖さがなかった

すぐに了解の返事を返したのだが、逆になめられてるとでも思ったのだろう

悔しそうに顔を歪めるその様子は少しおもしろかったりする

にしても、俺なんかこの人に対しては態度があっさりしてるような気が……

特に意識などしていないのだが、結果的にそうなっている気がする

 

「星崎教諭! 貴女も増援に来てくれたのですか!!」

「はい。ですから門を開けてくれますか?」

「はい。おい、すぐに開けろ!」

 

星崎さんに対しては態度が豹変するおっさん

それはこのおっさんが星崎さんに対してだけ、と言うよりも学園の教師だから、という点が大きいように見えた

依頼を請けてこなす学園

生徒の面倒を見れるレベルの先生であれば、依頼を出されるであろうこの街の者と親しくなるのは当然か

依頼の最中に警備隊などと鉢合わせることもあるだろうし、協力関係はバッチリ出来上がっているのかもしれない

 

「状況はどうなってます?」

「こちらがやや優勢の状態であります。警備隊からは切り込み部隊である駿馬しゅんば隊、総勢35名。ギルドからは傭兵が7名

 そして学園の教諭の方々は4名にて凡そ80匹の魔物達を迎撃中です」

「そう…ありがとう。引き続き門の警護をお願いしますね」

「もちろんであります!」

 

僅かに開かれた門に身を滑らせる

俺についての説明はされていないが、星崎さんについていればお咎めはなさそうだった

それより戦闘状況は数としては劣るものの、こちらは魔物を相手に手馴れた者達ばかりだろう

となれば、あのおっさんが言っていたようにやや優勢な状況になるのは当然だ

しかし、問題はここから

向こうの群れのボスによっては――――

 

「あれね。確かに優勢みたい」

 

門の外に広がったのは薄っすらと雪の敷かれた広い雪原だった

遠くには森も見え、その森の手前にまで魔物達は圧されている

飛び交う魔法もそうだが、連携のとれた動きなどを含めても魔物に勝ち目は見られない

 

「行きましょう。でも、無理はしなくていいから。心配しなくても私がしっかりとフォローを――って、こらー!」

 

急に無言、呆然としている俺をビビッてるとでも思ったのか、星崎さんは優しく声を掛けてくれる

というより、先生らしさを見せようとしているとしか見えなかった

だが、俺はこの程度のことで動じるほど生温い修羅場しか潜っていないわけじゃない

俺が確かに見えたのは3匹の白狼

明らかに警備隊を圧倒するその動きは雑魚じゃない

そして何より、白狼がいるという時点で少なからず話は読めてきた

 

「うまく立ち回れ、か」

 

 

 

 

 

 

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