【覇道】

 

<Act.0 『純白の国へようこそ』  第3話 『金髪と灰人』>

 

 

 

 

 

「身包みを剥ぐ? 上等じゃない、この変態エロオヤジッ!」

「んなっ!」

 

奴の台詞を逆手にとって奴の心情を揺らす言葉を返した

効くかどうかは運次第だったが、さすがに人目のある中でのあの台詞

俺の言うとおりの意味に捉えるものもいるだろう

それを認識した時、男の顔が僅かに引き攣った

既に地を蹴っている

手にある棒に魔力を注ぎ、銀の棒が白光を放つ

刹那

俺の手に握られるのはやや長くなった棒と、その先端に造られた刃の穂先

片手用槍に変化を遂げた俺の武器を見て、男の引き攣る顔は驚愕に変わる

 

ヒュッ――

 

跳びつつ、それでいて上半身のバネを使っての貫く一撃

けれど男は正気を取り戻し、身を捻ってかわす

風を裂く音

だが、反応が鈍かった

刃の穂先は男の肩当に僅かに掠り、男の体制を微かに揺らす

 

「くぉのぉっ!!」

 

斧を振るうにはあまりにも俺を間合いに入れすぎた

それを悟ったのか、斧を持っていない左手を広げて俺の顔を掴もうとする

その体格に見合うだけの大きさと、屈強さを兼ね備えている手であることは一目でわかった

迫る掌

それを俺は首を捻ると同時に上半身を傾け、なんとかかわすことに成功する

 

「小賢しい!」

 

滞空時間の限界に伴い、俺は男の足下に着地する

左手を空振った男だが、その右手には肩に乗せている斧が残されていた

足下にいる俺

そして振り上げられた状態の斧

男が斧を下ろすのは明白だった

それが証拠に、自らの優勢を悟った男は口元を緩めている

 

「ッフ。馬鹿がっ!!」

 

状況は最悪

それは傍目に見ている人達もわかるのか、僅かに悲鳴も聞こえた気がする

確かに着地のせいで体を落としているため、かわすのは至難の業

けれど、かわす必要はない

俺は手にある槍を斧に向かって突き上げる

それと同時に棒に魔力を注ぎ込み――――

 

「ァガァッ?!」

 

瞬時に槍は白光を放ち、その身を巨大な盾に変えてしまう

盾の影に覆われる中、斧の直撃を受けたのか凄まじい音が俺の耳にも届く

路面に食い込む自重を誇る盾はその衝撃で振動を大地に伝え、その伝わった振動が俺の靴裏にも届いたほどだ

けれど、それでも盾を倒すことも壊すこともできなかった

さすが伝説の万能武器――“夢幻ムゲン”だ

 

「せーっの!」

 

盾に当身を食らわせるように盾そのものを押し出す

斧は手が痺れて落としているのか、盾の向こうにその感触はなかった

僅かに空振りと思うかの一瞬の後、盾に男の体がぶつかる

盾に防がれた一撃のせいなのか、男は盾の突撃を受け止めきれず後ろへと倒れ込む

軽い感触になったと同時に盾に魔力を注ぎ再び白き閃光が放たれる

 

「ちっ、く…こ――」

 

瞬時に拡がった視界

その目の前には尻餅をつく男の姿

僅かに怯んでいるけれど、決して折れていない目を持つ男

俺は男が喋ろうとしていることを無視し、迷い無くその側頭部に盾を変化させた棒で打ち込んだ

軽く横へと弾くように頭が飛び、そのまま脱力した体とともに男は路上に倒れた

 

「ま、こんなところか」

 

長い棒に再び魔力を送り込み、白光の後に最初の片手用棒へと変化させ懐に収める

なぜならこの場にはもう闘う相手は残されていないから

周囲を見渡してみれば弾智と叫んだ男も、寡黙だった男も飛び入りの人に倒されていた

俺がこいつを倒している最中に誰かが飛び出して、戦闘にもつれ込んだのはわかっていたが腕は確かだったらしい

二人は互いの顔を一瞥すると、揃って俺の方に視線を向けた

どう対応すればと悩む中、二人はゆっくりと俺に近づいてくる

 

「ども。邪魔したかな?」

 

気軽に声を掛けてきたのは金髪の青年だった

いや、青年と言うよりは学生と呼ぶべきか

ここ数日で何度か見かけている紺のブレザーに純白の防寒マント

それはカノン学園の制服に他ならないのだから

 

「いえ。危ないところ、助かりました」

 

おそらく――というか確実に女性だと思われているだろうから、声色はそのままにしておいた

それに対して怪訝な表情を示さないあたり、俺の予想は間違っていなかった、というところか

とりあえず一応助かることは助かったので礼は述べる

例え一人でどうにかできた状況だったとしても、手間が省けたのは事実なのだから

 

「全然危なそうじゃなかったけどな。でもま、美人を助けるのは男――いや、俺の使命だしな」

 

おかしなことを言い出したのは金髪ではなく、灰色の髪をした学生だった

金髪の方よりも多少長い髪は肩に届きそうなほどある

俺は異例としても男としてはまぁ長い方ではあると思うな

顔は整っているのだが美形とまではいかないという中途半端なところ

こちらも白いマントを着ているが、金髪の方に比べればローブに近い代物のようだった

となると、魔導士の可能性が高い…か

 

「本当にどうもありがとうございます。では、これで」

「ちょっと待ったー!」

 

話も切り上げてすぐに立ち去ろうとする俺を灰色の学生は許さなかった

既に踵を返して背を向けていたのだが、魔導士かもしれない相手に背を向けて逃げるのは無謀というもの

しかも大衆にまだ囲まれているせいで逃げ難くもあるし

俺は仕方なく振り返り、再び金髪と灰髪と対面した

 

「折角こうして出会ったんだ。一緒にお茶の一杯でもどうだい?」

「すみません。急いでいますのでまたの機会にでも」

 

余計なことでも聞いてくるのかと思えば、灰髪はにこやかな笑顔を浮かべてお茶を――いや、ナンパを仕掛けてきた

これでもこの容姿のせいで幾人もの男達に声を掛けられている

そのためナンパの対応術も自然と覚えていってしまったのは当然と言うべきだろう

こうやって断るだけで済むのなら問題ないが、しつこい輩だと徐々に対応レベルがエスカレートしていくわけだが……

 

斉藤さいとう。さすがのおまえでもこの子はやめとけって。格が違う」

「馬鹿野郎! 格上の女性を手に入れてこその男だろうが!」

 

灰髪はまさしく頭が壊れているのだろう

馬鹿なことを言い出す輩と深く関わるつもりは毛頭なく、俺は無言のまま背を向けて歩き出す

白狼は戦闘の最中には肩から飛び降りていたが、既に俺の肩に乗っている

助けるべき目標は既に達した

残るは急いでこの場を離れることだけなのだが――――

 

「あ、ちょっと待って」

「…………なんでしょう?」

 

今度俺を呼び止めたのは金髪の方だった

もう少し気づかなければ逃げ出してもよかったのだが、まだ離脱地点までは遠い

変に逃げ出そうとすれば捕まえようとするのが正義を翳す連中によく見られること

勝手に揉め事に突っ込んでくるような連中なのだし、その手の類の可能性は高い

まぁ、ナンパ野郎の灰髪はナンパ目的だったかもしれないが

とりあえす俺は不機嫌さを隠しもせず、苛立ちの眼差しで二人を睨みつける

残念ながら効果があったのは金髪にだけだった

 

「もうしばらくここで待っててくれないか? もう少しすれば警備隊が来ると思うからさ」

「貴方達、そして今の出来事の一部始終を見ていたこの方達がいれば十分だと思いますけど」

 

警備隊と関わるのはまさしく急ぐ理由の一つだった

とりあえずそういう厄介事で警備隊だの、守備隊だの、自警団だのとは関わりたくない

事情聴取などを受ければ俺の正体が露呈しかねないからだ

……まぁ、大丈夫だとは思うが危険なのは事実

本来なら日陰にでもいればいいのだろうが、俺の為すべきことは日陰から出易い

今回もそのうちの一つだろう

 

 

「いや、そうもいかないでしょ。勝手に路上販売していたとはいえ、そいつは売り物だったわけだし」

「……クルゥ?」

 

灰髪とは違い金髪はそれなりにまともだったらしい

俺の肩に乗っている白狼の子供を指差し、冷静に俺に問いかけてくる

明らかに警備隊から逃げようとしている様子は悟られたかもしれないな

少々面倒な事態になってきたことに思わず舌打ちしたくなるが、とりあえず堪えておく

まだにこやかな笑みを浮かべてはいるが、金髪の目は決して笑っていない

俺の動きを見るその目は一端の傭兵に値するものがある

学生ってこんな不測の事態の対処方も習ってるのか?

 

「それとも、貴女も泥棒とかの類だったりするわけ?」

 

その言葉を放つ金髪の目はやはり厳しさを内包している

得物こそまだ見せていないが、放つ剣気はそれなりのもの

ちっ。やっぱり正義のおぼっちゃんか……

確かに白狼は売り物とされていた

それこそ金髪が言うように無断の路上販売とはいえ

魔物には保護する法律も条約も規制もあるはずもなく、弁解する余地はない

時間もだいぶ経っている

ここは保険を使うしかないか……

 

「さぁ? 私は私の信ずる道を進んでいるだけ。それをどういう風に見るかは人それぞれ」

「?」

 

俺の言葉の意図するところが掴めなかったのか、金髪と灰髪は僅かに呆けた様子を見せた

それが最大の隙となる

俺は右手を天に突き出し、レンにわかるよう合図を送った

直後、晴天とはいかずとも雪の降っていなかった街中は大吹雪に包まれる

 

「んなっ!?」

「うぉぃっ?!」

 

突然の吹雪に二人はさすがに驚き、動揺した

視界もかなり悪化しているはずなので、既に俺の姿を視界に収めているかは微妙だろう

俺は驚く白狼を胸に抱き、戸惑う聴衆の輪の中に突っ込む

頭を屈め、周囲の人の動きに集中して抜けるように駆け抜けた

そしてそのまま街中を疾走

郊外染みた人通りの少ない道まで来たかと思えば、公園があった

 

「ここまで来れば、大丈夫か」

 

後ろを振り返っても誰もいる様子は無い

周囲を見渡しても誰もいる様子は無く、突然駆けてきた俺を訝しむ人もいなかった

とりあえず公園で一息つこう

胸に抱いていた白狼も人気のない公園を前にすると僅かにもがく

走り回りたいのだ、ということに気づいた俺は白狼の子供を解放した

元気よく飛び降り、そして公園の中を駆け回る白狼

楽しそうに見えるその光景は眺めていて十分に心を和ませてくれる

 

「お、レン。おかえり」

「…………」

 

公園のベンチに腰掛けていると、レンがゆっくりと歩み寄ってきた

そしてそのまま膝の上に当然のように座り、俺も当然のようにレンの頭を撫でてやる

さっきの場でレンに保険を頼んでおいてやはり正解だった、とつくづく思った

保険というのはレンの能力のこと

レンは夢魔むまであり、属性は夢

人の夢を操ることも可能であるが、それと同時に幻想――つまり、幻を見せることも可能だった

先程の吹雪はレンの見せた幻

俺が場を離れてしばらくすれば何事もなかったような天気に戻ったはずだろう

 

「しかし、困ったな……」

 

思わず声に漏らすほど、俺は今困っている事態が二つある

一つは先程の一件

あの場はうまく逃げることが出来たが、警備隊の捜索が始まれば面倒になるだろう

なにしろ目撃者はかなりの数、そして俺は目立つ

つまり捜されるのは時間の問題なわけだ

ま、見つかったら見つかったで適当にすればいいけど

第二に深刻なのはこの白狼の子供をどうするか、ってこと

確かこいつを捕まえてきた連中は雪原スノレティアで捕まえた、と言っていたはず

場所くらいはギルドで誰かに聞けばわかるだろうが、果たして簡単に親を見つけることができるだろうか

……ま、やるだけやるしかないわけだが

 

「時間は3時過ぎ……宿に戻る時間はない、か」

 

公園に設置された時計を見ると時間は既に3時を回ったところ

宿に戻るには少し心とも無い時間だった

とはいえ、魔物の一種である白狼を連れて歩くのもどうかと思う

それもさっきの事件の後なのだから余計に危ないというもの

 

「…レン。悪いけど、あの白狼の子供を連れて宿に戻れるか?」

「…………………………」

 

膝元に座るレンに問いかけると、レンは赤い瞳で俺の目を覗き込む

何も語りかけてこない長い沈黙が続いた

そして沈黙の後にようやくレンはこくりといつものように頷いてくれる

一緒に行動したかったんだろうな、というのはわかっていたがさすがに白狼の子供を街中でほおっておくわけにもいかない

そのことはレンもわかっていただろうし、納得してくれたみたいだ

 

「サンキュ、レン。お礼と言っちゃなんだが、今夜の俺の夢は好きにしていいからな」

「♪」

 

俺の言葉にあからさまに嬉しそうな顔をするレン

普段は俺の夢の操作は禁止してあるので、こういう俺の許可がない限りは認められない

最初の頃はそんな取り決めはなかったのだが、まぁ毎晩毎晩操作されるとちょっとさすがにキツイものがある

どうやらレンは俺の夢を操るのが好きなようなので、礼としては十分だったみたいだ

 

「それでは、テストとやらに単身乗り込んでみますか」

 

 

 

 

 

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