【覇道】

 

<Act.0 『純白の国へようこそ』  第2話 『ストレス』>

 

 

 

 

 

「もう少し……けれど、まだ2時間」

 

ギルドの喫茶店で時間を潰してはいたが、それも限界と感じて外へ飛び出すこと一時間

街にある店を冷やかす――もとい、見て回る行為にもそろそろ飽きが生じてきていた

街路に建設された時計の示す時間は午後2時

学園が指定してきた時間まではまだ2時間もあり、逆に言えば後2時間だった

 

「3時のおやつにすらまだ早いこの時間帯……なんて微妙なんだ」

 

この街に長く滞在することになったとしても、基本的な店の位置、品揃えなどのチェックは終わっている

逆を言えば郊外染みたところに建っていそうな公的施設はまだ手付かず状態になっているが

いくら時間が余っているとはいえそちらまで手を回せば学園に遅れるかもしれない

そう思うとどうしても街中で時間を潰しておきたいのは必至

しかし、それもそろそろ限界なんだよな……

 

「レンは何か……ん?」

 

肩に乗ったままのレンに相談を持ちかけようとすると、普段は目を閉じているレンが前方を見つめていた

何事かと思ってレンの視線を追えば、そこにはなぜか人だかりができている

場所としては何かの店の前というわけでもなく、煙が昇っているわけでもなく

大道芸かなにかかね?

妥当な線で推測すればこの程度だが、だとしたら余程の芸人なのだろう

人の輪は厚く、とてもじゃないがここからでは皆が何を見ているのかわからない

 

「いってみましょーかね」

 

暇潰しにはちょうどいいかもしれない

それ以上の動機も、またそれを否定する動機もなく俺の足は人垣に向かう

本来なら人混みは好きじゃないのだが、暇を潰す欲求の前には些細な障害だったといえる

普段なら人目を惹く俺の容姿も、皆の視線が前へと釘付けのため俺に向けられることはない

俺はある程度人壁に潜り込むと、周囲の人の視線の先を辿った

 

「どれど――っ!!」

 

視線の先にあった光景を見て、俺の頭は一瞬真っ白になる

視線の先にあったのは数人の男達と、その中心には鎖で繋がれた白い体毛の狼――白狼はくろう族の子供が一匹いたのだ

首輪などではなく、直接首を絞めるように鎖をつけてあり、白狼の子供が苦しんでいるのは明白

しかし、男達にはそれを哀れむ気持ちも、いたわる気持ちも持ち合わせてはいない

男達の顔にあるのはこれから先に起こることへの期待に満ちた下卑た笑みだけ

服装も一応は旅のマントを着ているが、その傷み具合からして相当のもの

冒険者と言うよりは盗賊崩れとでも言った方しっくりくる小悪党面だ

 

「さーてさて、誰かいねぇーのかー? ここにいるのは間違いなくかの名高き白狼族だぜー!」

「吹雪く雪原スノレティアで捕まえた完全な天然モンだ!」

「それを今なら20万ベル! これが激安価格なのはわかってるよなー!」

 

所謂叩き売り、というやつだった

路上でのこのような商売をこの国が、街が認めているのかは俺は知らない

けれど、人々の関心はそこではなくやはりその内容に向いていた

白狼族

それは普段なら人目にさえ触れない雪の深い山の奥などに生息する地上では稀な魔物

その毛並みの良さによる工芸品

肉の引き締まった美味さによる料理

その愛らしい姿から愛玩動物――ペットへ

供給の少なさに対して需要のその多さによって狩猟者からすれば幻の一匹にも数えられる魔物だ

値段なんてよくは知らないけれど、少なくとも100万はあるのは間違いない

それが20万という安さはまさしくおいしい話に他ならなかった

胡散臭さ、そして子供という点で人々は二の足を踏んでいる

 

「いまだ! いまだしかねーぜこの好機! もう二度とこいつを手に入れるチャンスは訪れないぞー!」

「どうだいそこのアンちゃん! 愛しの彼女のプレゼントにでも!!」

 

明らかに服装、そして顔付きから胡散臭さのある男達

けれど、それでもこの人垣が崩れないのは白狼のおかげだろう

白狼の珍しさによる好奇心

そして手を出そうか悩んでいる人も何人か見受けられる

俺はそんな中、ただ静かに…そして真っ直ぐ苦悶の顔を浮かべる白狼の子供を見つめた

 

「……クゥ?」

 

子供が俺の視線に気づき、俯いていた顔を挙げて俺を見つけた

視線が交錯する

愛らしいまでの緑瞳には諦めの色で塗り込まれていた

抵抗も幾つかしたのか、毛並みを整えられてはいるが怪我らしきようなものもかろうじて見える

俺は何も考えず、そして訴えず真っ直ぐと子供の目を見つめ続ける

やがて緑瞳の輝きは色を取り戻し、俺に対して訴えを見せた

その目は語る

――タスケテ、と

 

「……仕方ない、か」

 

白狼の子供の訴えは切実だったし、俺の心を動かすには十分だった

俺は魔者の全てを助けたいわけでもないし、人間全てを優先する気はない

俺にとって大切なのは俺が守りたいと思った者だけ

それが魔者だろうと、人間だろうと関係ない

俺にとって大切か、そうでないかが問題なんだ

そしてこの白狼の子供は無視するべき者ではなく、出来るなら守るべき者へと認識が変わった

少なくとも、この場は助けてやるべきだと俺は判断する

 

「…………」

「あぁ。もしもの時は頼む」

 

俺の呟きから俺が行動を起こすことを察したレンは俺の目を覗き込む

それだけで十分、意思は伝わった

レンは俺の言葉に頷くと俺の肩を軽く飛び降り、人垣の足下へと消えていく

失敗しないとは思うが、保険はかけておいて損はない

これで遠慮はいらないな

心の中で呟いた一言は俺の口元に笑みをこぼさせる

ストレスを感じた対象にすぐに発散できるというのは気持ちのいいもんだ

 

「おいおい誰もいねぇーのかぁ? 20万だぜ! に・じゅ・う・ま・ん!!」

「ガキとはいえ白狼だ! それだけの価値はあるはず! いや、それ以上の価値があるはずだ!」

「早くしねぇーと場所を変えるぜ? ほらほら、急がないと〜」

 

出すに出せないと悩む連中は確かにいる

そいつらを炙り出したいがために男達の口数は増えていく

しかし大した話術も、言葉も出てこないところは学の低さを露呈しているようなものだった

そんな男達に向かい、俺はマントの内側に巻いておいた紐を取り出し髪を後ろで縛る

腰のやや上で一縛りにされた髪は長く一本に纏まり、動きの邪魔にはならなくなった

 

「あの、ちょっとよろしいでしょうか?」

「お、美人の姉ちゃんが買うのか?」

 

人の輪より歩み出た俺に男達も、そして人垣の者達の視線も集まった

まぁ、膠着気味だった場に動きを与えたわけだから当然だけど

女に見せるために幼い頃に叩き込まれた女性術

その一つである声色の変化によって高めの、女性に近い声を俺は出している

それで全身はマントで見えないのだから、女性と一見で判断するのが普通だ

男達も俺が男だと気づいた様子は欠片も無い

 

「そのつもりなのですが、少し気になることがありまして……」

「気になること? 言っとくが、値切りはなしだぜ。これ以上、値を下げるとこっちも商売あがったりなんでな」

 

買い手である意思表示をすると数人の男達の口元が緩む

しかし、こんな馬鹿どもでも一人くらいはマシなのがいるものだ

そのマシな一人であるらしい四角い顔をしたゴツイ男が俺の前に歩み出る

旅マントで体を覆い隠してあるというのにそのガタイのよさは一目でわかるというもの

鎧も着込んでいる様子で、おそらくこの5人の中では一番強そうである

 

「いえ、お値段は20万ベルでかまいません。ただ、ペットとして飼いたいのでどういう性格なのか調べたいのです」

「性格、か…………ま、少し触る程度なら構わんが、変なことはするなよ」

 

男は俺の言葉にかなりの逡巡な顔を見せた

後ろへと振り返り、白狼の様子を見た後、全員の顔を見直してから言葉を返す

値段の維持、そして買う気のある様子から認めざるえなかった、というところか

理由はわからないがこいつは急いでいるようだし、なにより浮き足立っている感じがしている

早くこの場を済ませたい、という意思は見るだけで誰にでもわかっだろう

故に危ない橋としか思えず誰も手を出すに出せなかった

そういう意味からすればこいつらにとって俺はいいカモなんだろうな

もっとも、カモの皮を被った鷹だということをもうすぐ教えてやるが……

俺はかなりの警戒の眼差しを受ける中、白狼の前へと歩み寄る

白狼は俺に向ける視線を一瞬も逸らさず、じっと見つめてきていた

子供ゆえに俺が何をしようしているのかわからず、戸惑うような、けれど期待を秘めた眼差しで

 

「大丈夫よ。よーしよし、いい子いい子」

「クルゥ♪」

 

手をゆっくりと伸ばす

上からではなく、しゃがみ込んで視線を合わし、白狼の目に届くようにゆっくりと首元へと近づける

僅かな警戒による身動ぎ

けれど、それを笑顔を見せることで敵対心をないことを示し、俺は手を更に近づけた

僅かに身構える仕草

だが、すぐに首元を撫で、そして顎、頭をゆっくりと優しく撫でてやる

それだけで白狼は俺が味方であることを知り、俺から警戒の色を完全に無くした

 

「へぇ。魔物も懐くもんなんだな」

「私、動物とかに好かれる体質みたいなので」

 

鎖を持つ男が白狼の様子を見て僅かな驚きを口に漏らす

白狼を撫でつつ俺は一応言葉を返すが、そこで男の視線が俺に向いた

明らかに息を呑む男

感じるのは卑しい視線

それは――俺が好まないもののランキング上位に位置するものだった

 

「みたいだな。俺もあんたに惹かれるみたいで――ナ゛っ!?」

 

鎖を持ちつつ俺に体を近づけようとしてきた男に対して、股間を蹴り上げる

俺の迷い無い素早い行動

そして白狼の方を向いたままだった故に男の油断を誘っていたこと

それが奇襲の成功へと繋がり、男は股間を抑えてその場に頽れた

 

「! こ、このアマいきなり何をしやがる!!」

 

いきなりの出来事に周囲の男達の警戒度が一気に臨界点を突破した

少しは突然の事態に呆然するかと思ったが、意外にも素早い対応で俺の方へと体を向き直る

俺はそれらを無視し、とりあえず頽れた男の手にあった鎖を奪い取り、白狼の首を絞めていた輪を緩めて鎖を解く

 

「痛かったでしょうに……」

「クゥクゥ♪」

 

鎖を外すと白狼はすぐに俺の胸に飛び込んできた

俺は白狼を受け止め、その首筋を見て改めて怒りを覚える

白狼の首筋はくっきりと鎖の痕が残っており、酷い場所では僅かに血も滲んでいた

魔物とはいえ、子供に対するにはあまりにも惨い仕打ちだと思うのはおかしくないはずだ

 

「金を払うか、白狼を返すかしろ。今すぐにだ!」

 

警戒からそれは臨戦態勢へと変わる男達

鋭い声には先程の戸惑いはなくなっており、本当に襲い掛かってくる色を含ませていた

4対1

近接戦にして状況は取り囲まれている

更には人垣にも囲まれているために逃げ場は無し

目の前にある壁は壊せはするかもしれないが、そんな無駄なことはしたくない

そもそも、怒りをぶつけてスッキリしたいのだから、こいつをボコればそれでいいだろう

 

「あ、はい。わかりました。すぐにお支払い致します」

「ぁ? ぁ、あぁ」

 

俺は懐く白狼を肩に乗せ、マントの中へと手を入れる

その行為を金を取り出そうとしている、に見えたのだろう

まぁ、そう見えるようにしているのだが

男はあっさりとした俺の態度に肩透かしをくらったように力の抜けた曖昧な返事を返す

マントの中に入れた俺の手が掴んだのは金ではなく――愛用の棒だった

 

「ん? なんだその――っ!」

「フッゥ!」

 

いきなり銀の片手用棒が取り出されて、訝しげな表情をした男が一人いた

俺はその隙を逃さず、躊躇うことなく一歩を踏み込んで喉元を一突き

避けることも、防ぐことも、反撃することもできずに男は喉を穿たれた

呼吸さえも一瞬絶たれたのか声が切れる男

後ろへと倒れこんでゆき、追撃をかけるには好機だが――残りの男がそれを許してくれない

 

弾智ダンチ! てめ、よくも弾智をっ!!」

「あら、失礼」

 

二人目の男――名前は弾智とか言うらしい――の怪我は浅い

倒れ込んではくれたものの、突き切れたわけではないので気絶まではいっていないのだ

起き上がられると面倒なので、ここはとりあえずソッコーで片付けるしかない

俺に怒声を飛ばす奴も警戒してか、明らかに待ちの構えに移行していた

残りはあのガタイのいい奴と、妙に寡黙で無表情な奴だけ

商売時にも喋っていたのは倒れる二人と弾智と叫んだ男ぐらいだったので、残りの二人は毛色が違う感じがする

 

「……最初からその気だったな?」

「さぁ? 突然、気紛れが起きたのかもしれないわ」

 

ガタイのいい男は険しい表情で俺を睨み、静かに問いかけてきた

俺は真面目に答えるつもりはさらさらなく、適当に受け流すように答える

別に正々堂々とした勝負や、決闘をしているわけじゃない

俺は白狼の子供をいたぶるこいつらにムカついているのだ

真面目に取り合う気なんであるわけがない

 

「そうか。腕っ節には余程の自信があるようだが、俺も同じだ」

 

マントを払うように腕を横に振り出すと、マントの中から現れたのは予想以上にゴツイ鎧だった

青黒い鉄をどっしりと使った厚手の鎧

けれどそれはガタイのいいこの男にはよく似合い、重戦士の印象を抱かせる

そして後ろへと手を回すとよく隠せていたな、と思うような片手斧が奴の右手にあった

蝶の羽のように左右に広がる厚手の刃

あんなものを受ければ軽い怪我では済みそうもない

 

「さぁ、覚悟しろ。貴様の身包み、全て剥いでやる」

 

 

 

 

 

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