【覇道】

 

<Act.0 『純白の国へようこそ』  最終話 『朝まで後5時間』>

 

 

 

 

 

「はい、確かに。ではカードが出来次第に及び致しますので、ロビーかレストランにてお待ちください」

「わかりました」

 

記入を終えた用紙を受付の人に渡すと、奥の廊下へと消えてゆく

その背を見送っていても仕方ないので、俺はロビーのソファに腰を下ろす

周囲を見渡しても人もまばらで、昼間は少しは忙しなく動いていた従業員の数も見るからに少ない

まぁ、真夜中である現在の時間帯ともなればこんなものだろう

僅かに感じる眠気を奥底に沈ませて、腿の上で丸くなったレンの背を撫でてやる

 

「もう1時か……明日大丈夫かなー?」

 

宵も深まること午前1時

明日――もう今日になるが――から学校に通うことになるというのに俺は何をしているんだか

そう自問しなければ落ち着かないぐらいの状況だというのに、レンを撫でているだけで気が落ち着く

あぁ、落ち着く

紛れるとかではなく、心の底で頑丈な心構えができるほどに落ち着ける

それがなぜなのかは俺にはわからないが、これが長い付き合いで生まれる絆ってものなんだろうか?

そう…きっと家族という絆に似たものによる恩恵……そう思いたい

 

「……あぁ、大丈夫。大丈夫だ」

 

目蓋を閉じて自分に呼びかける

今まで多くの修羅場を潜り抜けてきた

それに比べれば学校に入学することなどおそるるに足らないはず

未知の領域であるがために無知の恐怖はあるが、それに負けるほど俺は弱くない

当面の金についての問題は先程ギルドに引き渡した“白き辻斬り”で十分に解決したのだ

後は本来の目的にのみ気を配ればいい

 

「……この豪華さも少しは納得だよな」

 

暗い視界に光を拓くように今一度広がった視界で屋内を見渡す

ギルドにしては豪華過ぎる内装とは思っていたが、その豪華さに少し納得がいくようになった

それは俺も今申請中だが、カードなどの登録制による限定要因があるからだ

このギルドは専用のカードを作ることにより傭兵や仕事を実行する者を管理しているらしい

またカードを作るほどでもない流れ者にはその仕事を行う限りの登録用紙を提出しなければならないとのこと

その会員制とも呼べるやり方だからこそ信頼と安全、そして責任をもったギルドが完成するのだと思う

これが成功したかどうかなど、この建物を見れば一目瞭然だし

 

「……“白き辻斬り”、か」

 

今一度、手元にある手配書を取り出して見つめる

思い出しても奴は奇妙な点が多すぎた

まず最初に思うのは宙に浮いているという事実

あれがなにより奇妙すぎて、一時は人なのかと疑ったぐらいだった

後は強い衝撃でも外れない笠や、片言な言葉遣い

それらの謎を解明しないままギルドに引き渡したわけだが……気にするようなことじゃない、か?

カードを作る前に既に本人である確認はとれていたため、カードの完成と同時に賞金も貰えるはずである

200万

とりあえず入学費と学費

そして当面の生活費として使えばなくなる金額だが、今はそれでちょうどいい

余分に持っていてもなくしそうだしな

 

「相沢様、相沢様。受付の方にお戻りください」

「……レン、落ちるなよ」

 

お呼びがかかったのはよかったが、膝に乗っているレンはかなり眠そうだった

頬を指で擦って起こしてはみたが、まだまだ半目状態

一応定位置ともいえる肩に乗せたのだが妙に不安定な感じがある

……少し悲しくもあるが、マントに爪を立てることも今は見逃すとしよう

 

「相沢様、お待たせ致しました。こちらが当ギルドのカードになります。お受け取り下さい」

「どうも」

 

差し出されたのは掌サイズとも言えるごく一般的なカードの大きさだった

書かれている内容は意外にも少なく、小さな顔写真と名前、そして青い線で書かれた小さな魔方陣のみ

この魔方陣、おそらくはギルドにあるデータを呼び出すための代物か、もしくは本人確認のためのものだと思う

じゃなきゃカードの偽造だの、本人詐称だのといったトラブルが勃発するだろうし

シンプルなのか手が込んでいるのか微妙だと思いつつ、俺は受け取ったカードを懐におさめた

少なくともこの一年間はこのカードをよく使うことになるだろうし

 

「そしてこちらが“白き辻斬り”に懸けられていた賞金、200万ベルとなります」

「……どうも」

 

続いて出てきたのは紙幣

1万ベルの紙幣が200枚――そう、200万という大金だ

けれど、実際に紙幣にしてみるとそれほど多くは見えない

紙が200枚重なったところで指一歩分の高さにも満たないのだから

とはいえ、久々の大金

思わず少しばかり緊張してしまった自分がいるのもまた、確かだった

紙幣もカードと同じように懐へと納めると、俺は踵を返す

 

「またのご利用、お待ち致しております」

 

ドアに手を掛けたところで丁寧な言葉が背より飛んで来る

夜勤なのに随分とまぁ人格のいい人を使ってるんだな……

ギルドの夜勤など手当は高いのだが、その分の危険性があるため随分とおざなりな人物が多い

そんな一般的なことを無視してのこの配慮の良さ

はっきり言って俺の中にある好感度は抜群にあがっていると言えよう

 

「さーて、これから部屋に戻って一眠り――…………」

 

ギルドを出て一伸びした瞬間、突き刺さる視線というものを感じ取った

見られている……睨まれるほどではないにしろ、鋭い視線

まさしく突き刺さるような感覚を覚えずにはいられない

まだこの町に来て日は浅いが、狙われるほどの敵対心を抱かせる相手は作っていないつもりだ

俺は夢幻に手を掛けつつ、ゆっくりと通りの真ん中にまで歩み出る

……ちっ。気配の隠し方が巧い

ただ見ているだけというのが逆探知の感覚を鈍らせる

殺気や怒気でもあててくれればすぐにでもわかるのだが、ただ見られているだけでは発見は難しい

それこそ、向こうも気づかれまいとする気配の隠し方をするからだが

 

「……出てこいよ。何の用かは知らないが、俺のストーカーになるつもりでもないだろう?」

 

周囲全体に呼びかけるようにして俺は語りかける

――と、同時に一気に気を張り巡らせた

挑発はつまり相手に俺が気づいていることを知らせる行為

もし暗殺の類であれば諦めるか、それとも一気に命を奪いに来るかの二択が可能性として大きい

迎撃の態勢だけは整えておかねば遅れをとる

俺の今の台詞だけで現状に気づいたのか、肩に乗るレンの目はぱっちりと開かれていた

さすがは相棒。よくわかっていらっしゃる

 

「…………」

「おまえ……」

 

少し距離をあけた狭い路地裏よりゆっくりと歩み出る影を見つける

目を細めて凝視し、月明かりすらない夜において相手の姿を見極めた

現れたのは見覚えのある顔

長い黒髪をリボンで結い、素早さを重視した軽い鎧を身に纏う剣士

それは俺の編入試験において白狼を闘った時、一味違う力量を見せていた女剣士だった

あの時と同じように、掴み所のない真っ直ぐとした双眸で俺を見つめる

……何を考えているのかサッパリ読めない

 

「俺に何か用か?」

 

相手の素性はおそらく学園の生徒――だと思う

それすらもわからず、またあっちも俺が誰かわからないはずだ

普通、その程度の互いの認識で会おうという気はしないだろう

つまり、それを覆す何かをこの女は俺に抱いている、ということになる

只者ではないと理解できるだけに油断は禁物

倒すだけならどうとでもなるかもしれないが、この街に滞在しなければならない以上、処理の仕方は限られる

ただでさえ白狼強奪事件で警備隊か何かに目をつけられていそうなのだから

 

「……辻斬りを倒したのは、貴方?」

 

言葉足らずで最初に投げ掛けられた質問は、これまた即答するには難しいものだった

相手がどうでもいい奴なら真実を言うなりしてさっさと切り上げるのだが、あっちは学園の生徒

200万といえば雑魚とは言えないレベルの敵だ

それを倒してしまうというのは学生のレベルを超えている話なのではないか、と思う

簡単に頷くのも問題もの、というわけだ

……けれど

そう思い、今一度女の顔――いや、目を見つめ直す

真っ直ぐ過ぎる双眸を見れば嘘を吐く気にはなれない

そして俺の勘だろうが……こいつには嘘よりも真実を語るべきだ

そう確信のような心を抱く自分がここにいた

 

「あぁ。今し方、引渡しも終わって賞金を貰ったところだ」

「……そう」

 

素っ気無いまでの一言を残すと、女は俺に背を向けて立ち去ろうとする

そのあまりにも自然な動作に俺は声を出すのが遅れてしまった

 

「ちょっと待てよ。おまえ、俺に何か用があったんじゃないのか?」

「…………」

 

俺の呼び声で一応足は止めた女だが、こちらに完全に振り向こうとはしなかった

半身の状態とでも言うべき形でこちらに向いているのみ

長居をする気は毛頭ないというのが間接的に伝わってくる

けれどそんなことは気にしていられない

互いに名前も知らないというのに、顔を合わす

この奇妙な関係に終止符をさっさと打っておきたいと思うことはきっと普通のはずだ

 

「……浩平を助けて欲しいと、瑞佳みずかに頼まれた」

 

俺の質問に僅かに逡巡するかのように目を伏せた後、女は唐突なことを語り出す

それが何に繋がる会話なのかはイマイチ理解できていない

けれど真剣な顔付きを崩さない相手に失礼な質問をするのも気が躊躇われた

特に話を折るなどというのは特に……

浩平に瑞佳など、俺にとっては知らない名前を並べられても困り果てるしかない

だが俺は沈黙を守り、女の言葉の続きを待った

 

「……そうしたら浩平が貴方のことを話してくれた。私は貴方の無事を確認しにきただけ」

 

不審な心持で話を聞いていたが、続く言葉を耳にしていくうちになんとなく理解できた

とりあえず、この女は話すのが実にヘタクソだということ

物事の一番大切なところというか、要点を見抜く目はあるが伝える会話を行うには言葉が足りていない

おそらくその浩平という人物が辻斬りと闘った時にいた二人の内のどちらか一人なのだろう

そいつに俺の話を聞いて俺を探していた、と……?

 

「無事かと言われれば、見ての通り無事だよ」

「……はちみつくまさん」

「――は?」

 

イマイチ会話の成り立ちと流れを掴めない状態で繋いだ言葉だったが、相手はそれすらも許さないらしい

意味不明な単語を言い残すと、これ以上話すことはないというように背を向けて夜の路へと消えていく

俺は謎の言葉を言い残された上に、もう呼び止める台詞すら残されていなかった

姿が見えなくなり、僅かながらに場が緊迫していたことに今更ながらに気づく

掴み所の無さ過ぎる奴……

思わずレンと視線を交し合うが、互いに語る言葉は無し

あの女剣士にどういった感想を吐けというのか――あ

 

「……結局、名前すらわからないままじゃん」

 

 

 

 

 

 

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