【覇道】

 

<Act.0 『純白の国へようこそ』  第0話 『ただ見掛けただけ』>

 

 

 

 

 

「明日は全校集会があるので、遅刻するなよ。んじゃ、解散」

 

日々変わらない味気なく、そしてあっという間のホームルームも既に見慣れた光景となっていた

石橋先生の迅速なるホームルームによっておそらく、このクラスは学園一早く放課後を迎えたに違いないでしょう

けれど、先生を非難する声は一つもない

伝達事項さえしっかりとしてくれれば問題は何もないのだから

少なくとも私は効率的な石橋先生のホームルームに対しての不満はこれといってない

しいて挙げるなら、他のクラスの生徒達の嫉妬…のような感情をたまに感じさせられること、ぐらいかしら?

 

「香里ー。今日は百花屋に寄っていこーよー」

 

明日は土曜――つまり、半日で学校が終わる日

その前日なのだからたまにはハメを外すこともある、そんな日が今日

私は鞄に家に持って帰る分だけの教科書を詰めつつ今後の予定を考えていると、隣から声が飛んで来た

まぁ、間違えようもなく名雪のお誘いだったけれど

 

「何言ってるの、名雪。貴女今日、部活があるはずでしょ」

「でもでも、香里イチゴサンデー奢ってくれるって言ったよ〜」

 

私の正論とて名雪を止める力にはなり得ないのか、名雪の唸り声は止まる気配を見せない

普段はそうということはないのに、イチゴと猫に関してだけは箍がとぶのは相変わらずのようね

鞄に荷物を詰め終えたところで私は視線を逸らそうとしない名雪の方へと向ける

必殺の一言を携えて

 

「はぁ……そんなこと言ってると、柏木先輩に怒られるわよ」

「うっ」

 

前陸上部部長である柏木先輩の名前を出したところで、名雪の唸り声に変化が訪れる

さすがに柏木先輩の名前を出されると我儘を通すわけにもいかないみたい

柏木先輩は頑張れば優しいけれど、曲がったことが大嫌いな竹を割ったような性格をしている真っ直ぐな人

陸上の成績はそこそこだったけれど、いまだに戦闘能力に関しては学園でもトップクラス

あの北川君に魔法無しで勝てるあのパワーは脅威と言わざるえないと思う

 

「イチゴサンデーなら今度奢ってあげるわよ。部活をサボったりなんてしたら、それこそ――」

「わ、わかったよ香里」

 

少し含みを持たせるような言い方に察しがついたのか、名雪は慌てて言葉を出した

手を振る動作をつけてしまうあたり、なんとも可愛らしいものね

予想通りの名雪の反応に思わず笑みがこぼれるけれど、名雪は鞄を手に取ると急ぐようにドアへと向かった

 

「またね、香里。約束、忘れないでね」

「わかってるわよ。部活、頑張ってきなさい」

「うん!」

 

屈託のない笑顔を見せると、名雪はそのまま廊下の奥へと消えていく

あの笑顔を見せられると口元が緩んでしまうあたり、私もまだまだ甘いわね……

まぁ、甘いからいけないというわけでもなし

私もそろそろ帰ろうかと席を立とうとした時、窓側の方から影が差した

 

「よぉ、美坂。水瀬に振られたみたいだな。どうだ、一口計画に乗らないか?」

 

目と耳にかかる程度の茶髪に茶色がかった黒瞳

子供っぽいあどけない笑顔が印象的な彼だけど、その中身はクラス一――いえ、学園一のお馬鹿問題児

おもしろそうな計画やその他の計画に巻き込まれた者の末路は幾度となく見てきた

少なくとも、一年近く同じクラスにいればそのくらいはわかる

……これでもタクティス皇国じゃ大貴族の一子というのだから驚きよね

 

「遠慮しておくわ、折原君。今はそういう気分じゃないの」

「チッ。ノリが悪いな、美坂は」

「先に失礼するわね」

「あぁ。じゃぁな」

 

特に予定があるわけでもないけれど、だからといって折原君の計画に巻き込まれる気もない

私は折原君に挨拶を済ますとそのまま席を立ち、教室を後にした

今日はすぐに家に帰って棒術の鍛練でも積もうかしら?

その前に、図書館に寄って魔道書を幾つか借りるのも……

 

「あら?」

 

昇降口の手前まで来たところで、見慣れぬものを視界に収めた

見えたのは長く、白い髪

名雪の髪も長いけれど、こちらもそれに匹敵するくらいの長さがあった

膝まで届くと思う白い髪は腰の辺りで一括りに纏められている

特に今日は陽射しがあるわけでもなく、快晴でもない曇り

けれど、彼女の純白の髪は神々しさを放つように煌いている――ように見えた

 

「では、こちらの用紙に必要事項をお書き込みください」

「あ、はい」

 

受付の人に紙を渡され、その場で書き始める美女

この学園も大きいから美人の人だっているし、私だって見てきているつもり

けれどあそこにいる彼女はそういう枠組みを超えた美しさを宿しているようにしか見えない

残念ながら体を覆うような旅のマントを着ているためスタイルはわからないけれど、あれだけの美人に間違いはないと思う

 

「……行きましょう」

 

気づけばいつまでも眺めていそうな自分に気づき、独り言を呟いてようやく足を進ませることができた

昇降口を抜けてグラウンドの横にある門まで道を一人歩く

頭の中はほぼからっぽで、浮かぶイメージは先程の美女の後ろ姿ばかりだった

 

「そういえば何を書いていたのかしら?」

 

学園の受付に外の人が用事があるとすれば商売ごとの手続き

でなければ入学関係の人しか用事は殆どないはずである

あの人が商売人には良くも悪くも見えない

となれば、入学関係者……?

 

「まさか、ね」

 

歳の頃は残念ながら判断はできなかったけれど、若いのは確か

20歳を過ぎても入学してくる人も偶にいるわけだし、ありえない話でもない

まぁもし本当に入学するというのなら、一派乱どころの話ではなくなるのは確か

まだそう確信するべき証拠は何一つないというのに、私は妙な予感を胸に感じていた

 

「明日から12月だっていうのに、騒がしくなるかもしれないわね」

 

 

 

 

 

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