【覇道】
<覇道への至り>
“
その言葉が生まれたのは五年前の出来事だった
西南部地方――別名エスラルド地方とも呼ばれ、幾つもの国が列挙する高原の多い地方
そこで凡そ五年前から三年に渡り、大きな戦が起きた
大国同士の戦争でもなく、民衆の反乱でもなく、地下組織のテロでもない
起きたのは一人の女神と称される者が率いた魔者の群れによる闘争
魔物、魔獣、魔族を主に、他民族を従えた一人の女神が起こした一大闘争劇
初めは某国内におけるちょっとした事件のはずだった
それが瞬く間に規模が拡張し、国同士が同盟を結び、敵対しなければ戦えないほどの巨大さになっていた
魔者を率いた女神の名は――“
白き長い髪を靡かせ、綺麗な顔をした美少女だったと謳われている
ユーというのが本名なのか
彼女は人間だったのか
それは一切の確認をとることができず幻に消えた
人々が知りえるのはその容姿とユーという名前のみ
女神ユーは主張した
『私は、平和を望む魔者が暮らせる土地を創りたい』
魔者
それは即ち魔界を故郷とする異種族
魔物とは殺意だけは満ちた、異形の動物
魔獣とは動物には区切れない異形の巨大なる魔物
魔族とは人型をした残忍で、冷酷で、人よりも優れた力を有する異心の生物
そんな者達を率い、ましてや地上に住まわせる土地を創るなど人が許すはずがなかった
それが故に闘争が勃発したに過ぎない
闘争は三年の長きに渡った
多くの国は力を消耗し、また勇気ある若者は散っていった
しかし、女神を捕らえ、女神の率いる魔者の軍勢――“
長きに渡る闘争の終結に人々は歓喜した
『もう暗い空を見上げることはないんだ』
――と
牢の中でユーは悲しみに暮れる中、まだ叫んでいた
『私達はただ……私達が生きるための場所が欲しかっただけなのです……』
その願いは聞き届けられることはなく、ユーの処刑日が決まる
それは人々の歓喜がおさまるであろう頃合の日程だった
処刑日前夜
そこで事件が起きた
ユーグの残党達がユーを捕らえていた監獄を強襲
そこで何が起きたのかは伝えられていない
ただ、脱出不可能と呼ばれたアリサーヌ監獄は生ある者はなく、全てを壊されていたという――…………
「ねーねー、おばあちゃん。さいしょのまてんし、ってのはどこいったの?」
「おや、そうだったねぇ」
また婆ちゃんがあの話をしている
最近の話だっていうのに、まるで昔話のような語りはあいも変わらず、か
自称女神の大悪魔ユー
学校の教科書じゃそういう風な感じで書かれてるし、俺はそう学んだ
一般的にはユーという少女はとんでもない悪者にしておかなければならない
意見としては多分、人それぞれでわかれるだろう
あくまで客観的に考えれば、の話だが
ここのようにその闘争の傷痕が深く残る国はとりあえず悪者風に考えておかないと危険だけどな
「ユーグを率いる女神様がいたろぅ? そのお方が魔天使様、と呼ばれる方なんじゃよ」
「? かみさまなのに、てんしなの?」
「何者かはわかんねぇーの。それで女神だの天使だの言われてんだ」
婆ちゃんのまどろっこしい口調を待てず、俺が言葉を挟むようにして一気に喋る
すると弟と婆ちゃんの視線が俺に向いた
学校帰りの俺が珍しく会話に入ってきたので驚いてんだろうな
だがまぁ、自分で言うのもなんだが珍しい
俺だって会話に入るつもりはなかった
ただ……婆ちゃんが笑みを湛えて語る様子は他人には見せられない
それだけはわかっているし、弟に魔天使賛成派になってもらわないため、ってのもあるかね?
「じゃぁ、すっごくきれーなんだ」
我が弟ながら柔軟な頭をしてやがる
確かに天使や女神という揶揄が消えなかったのは美しいと称された外見故だろうな
絵も写真も残されてはいないが、その美しさだけは教科書でも否定されていない
まぁ、目撃者がいる以上は嘘は書けない、ってことなのかも
「あぁ、そうだよぉ。魔天使様はそりゃぁもう、綺麗なお方だった……」
「ん? 婆ちゃん、ユーを見たことあったのか!?」
相変わらずユーを讃えるかのような微笑みは否定はしたくないが、困るものだと思う
しかし、今はそんなちっぽけなことはどうでもよかった
懐かしそうに語る婆ちゃん
その時の光景でも思い出しているのか、普段は重たそうにしている双眸は閉じられていた
まるで見たことあるがような口草に驚いた俺は考える間もなく言葉が飛び出す
「あぁ、あったさねぇ。あたしの住んでた村に訪れたことがあったからねぇ」
婆ちゃんは今は息子夫婦である父さんと母さんの家があるこの町に住んでいる
つまりその前に住んでいたあのチンケな村の時の出来事か
魔天使の起こした闘争――教科書的には“魔天使の反乱”などとそのまんまなことを書かれてあった
別にそんな名前が流行るわけもなく、適当に言えば伝わる、って感じなのが事実
そもそも魔天使という単語だけで十分だった
魔天使という名だけ知っていれば、それに関わることなどすぐに想像できるのだから
「あんたの嫁にでもなってくれりゃーねぇー」
「んなことになったら一家心中だ」
大罪人と呼ばれるユーと俺が結婚でもしたら生きてこの国を出られまい
魔天使の闘争において家族を失った人達の恨みを買うことにだってなるだろう
まさしく生きているだけで俺の家族は罪を背負うことになる
いくら美人と称される女とはいえ、そんな疫病神は勘弁だ
「ねーねーおばぁちゃん。めがみさまは、どうなったの?」
「今もどこかで、みんなのためにがんばっているんだよぉ」
婆ちゃんのその言葉を最後に、俺は二人から遠のくように部屋を後にする
これ以上、俺がどうにかしようとしたところで無駄なのだ
弟はただ話しに夢中なだけだし、婆ちゃんの魔天使酔狂振りはもう治せそうもない
このことが公にならないように務めるのが俺のすべきこと、そう信じる
階段をのぼり、自分の部屋に入る
そこでふと、思った
「そういや、魔天使って逃げたんだよな……今もどこかで、生きてんのかねぇ〜?」